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Psychic×strangers   作者: さがっさ
18/71

第一話 始まりの異邦人 / クライマックスフェイズ 8:繋がる行動で集う者達

何とか間に合いました

一万千字程度です。

 佐助の世界から音が消えた。

 

 周囲の景色、佐助自身が視覚で認識しているものは全て時が止まったかのようだった。

 何とか四肢を動かそうとしても、身じろぎ一つ取る所か、瞬きすら出来なかった。


 嫌な予感が佐助によぎる。

 

 祖父の下で修業していた際に何度か体験した走馬燈と同じように感じる。

 自身に死が迫る刹那、時が止まったかのような感覚を得る。修行ではこの状態を利用して死地から脱する術を身に付けさせられた。

 が、これは走馬燈では無い。佐助はそう判断した。


 異形のヤツメウナギめいたその口が開いていた。

 悪魔のような口が、これまで激昂を発する時でさえも開くことは無かった開かずが開かれていた。

 

 不揃いの歯のような何かの奥、暗い海の底のような口の奥から何かを吐き出し、まき散らしている。

 その奥を見ようとすると、今度はそのくらい闇から目を離すことが出来なくなった。

 吸い込まれるような暗黒とはこれのことを指すのだと、佐助は刹那に思った。



 走馬燈染みた時間の停滞は止まらない。



 指一本動かすことが出来ないままに、唯々佐助の体感時間だけが過ぎていくようであった。

 が、その中である幾つかの変化が起きた。

 その内の一つが異形であった。


 十本からなる異形の触手が、ゆっくりと佐助を捕えるべく動いていた。確実に捕えるそして、打ちのめすべく突き刺すようにして佐助へと殺到している。

 しかし、依然として佐助の身体は動かなかった。


 そしてもう一つ、それは音。


 何も聞こえないはずの空間に突如として音が生まれていた。

 それは佐助の頭部、頭蓋骨、脳を直接揺らす音が段々と大きく響いてくる。

 佐助の耳、鼓膜を弦の代わりに直接震えて音を奏でているようであった。

 

 大きくなる音は、次第に佐助の脳内に異常をきたす。

 音が響く脳内は勿論、手足や骨、内臓に至る体の全身が痛みを訴え始め、その視界は歪み始め視界の端を捉えることが困難となり始めた。

 

 


  走馬燈の中、ゆっくりと流れる時間では音が流れないとそう佐助は感じていたが、それは間違いだった。



(こいつの……三番目の能力はッ……!)


 

 迫りくる触手の群れが眼前に迫りその色彩さえも狂い始め、それを最後に佐助の意識は途絶えた。




   ◆ 


 


 廃坑道の暗がりの中、一切の明かりとなるものは存在しないはずの場所の一画で朽ちずに生き残っていた燭台に明かりが灯っていた。 

 暗い穴倉の中、暖かい光が照らすのは既に動かなくなったドワーフの骸骨と腐った臭いを漂わせながら横たわるゾンビ、そして燭台の下で壁にもたれ掛かって座る人影とそれを気遣うようにそこへと座らせるように置いた黒いローブの人影、明石都子だ。

 彼女の《念動発火(パイロキネシス)》によって燭台は暗闇の廃坑道を照らす。


 明石都子は恭兵を何とか異形のいた部屋から引きずって連れ出し、何とか魂封箱が置かれていた部屋の手前まで連れてくることが出来た。

 ここまでくれば異形があの部屋にいる限りは恭兵に危害が及ぶことは無いだろう。


 都子は改めて恭兵の方へと視線を向ける。

 恭兵は全身を打ちのめされており、身にまとった衣服が千切れ、そこから見える肌は赤か青に腫れ上がっており元の肌色は僅かにしか残っていなかった。

 都子は懐から応急手当用の道具を詰め込んだ袋を取り出して都子は処置を行う。

 今確認できる擦り傷などに、痛み止めと消毒の役割を果たす水薬(ポーション)を掛けガーゼで抑え包帯を巻き、一応の応急手当を行った。

 これ以上の手当は専門的な知識のない都子には無理であった。あるいは佐助であればけがの具合の診断から応急手当まで行えるのだろうが、異形と戦って時間を稼いでいる今はこの場にはいなかった。


 恭兵の鼻から血が滴っていた。


 都子は恭兵から超能力の使用限界について聞いている。

 超能力を使用するほどその限界に近づいていき、先ず頭痛、めまいなどの症状がおこり、能力の制御が利かなくなる。それでも使い続ければ能力を使用する限界に達したそのサインとして鼻血、血涙などの、脳に近い感覚器官から出血を起こす。

 都子自身は自身の《発火能力》を限界まで使用したことがない。

 それでも、恭兵から聞いている情報と照らし合わせても能力を今日はもう能力を使うことは出来ないだろう。

 そうでなくてもこの怪我、気絶して意識も無い、戦闘に参加することは敵わないだろう。



「急がないと……あいつもやられたらもう……」



 目を覚まさない恭兵を置いていくのは心苦しいものがあったが、佐助一人にあの異形を任せておくわけにはいかなかった。

 

 何かが崩れる音が廃坑道内に響く。音源は都子の方へと近づいてきているのが分かる。

 恐らくリッチを討伐したエニステラだろう。都子達が魂封箱を破壊したことでこちらへと向かっているはずである。

 


(エニステラと合流する……? これ以上分かれて行動するのも危険ではあるし、異形を倒すにも協力は必要だけど……)


 都子は佐助が異形のいる部屋へと向かう前に交わした作戦会議でのことを思い出す。

 佐助の推測では異形はエニステラを容易に倒せるほどの力を持つかあるいは相性の良い能力を持っているかもしれないということ。その力をある程度把握しなければ倒すことも万一撤退することも難しいということだった。

 そこで佐助は自ら囮を買って出て、時間稼ぎと情報を収集している。

 だが、佐助が恭兵同様に倒されてしまえば、結局は詳しい情報を持ち合わせていいない都子とエニステラで戦うことになる。 

 エニステラと異形の相性が悪い以上、都子一人で異形と戦わねばならないことになるかもしれない。

 


「当初の作戦通り、エニステラを待たずに佐助の援護に戻るしかない………わよ、ね」


 

 佐助の援護へと向かうべく踵を返したところで、都子の脳裏に異形の恐るべき異貌が思い出される。

 この世の物とは思えぬ外見、恭兵の怪我の度合いから伺える強さとその残忍性。この世界の生物というよりは地球外生命体と称したものに近かった。

 都子が異形を視認したのは僅かであったが、それだけで立ち向かう気力が削がされてしまう。 


 進もうとした足が立ち止まってしまう。

 恐ろしいと感じることを止めることは出来なかった。

 この世界に迷い込んでから脅威というものに次々と行き当っていた都子であったが、あの異形はその中でも飛びぬけて異常であると感じてしまう。


 立ち止まった足は簡単には動かなない。しかし、覚悟は既に決めている。


「恭兵を助けたんだったら、同じ仲間の佐助も助けなきゃ辻褄が合わないでしょうがっ!」


 恐怖を胸に抱えながらも都子は走り出した。

 生来からくるお人好し、かつ異世界における非日常に染まるまいとする意識から善人であろうとする都子はここで仲間を放り出そうとすることはもう出来ない。



 恭兵を引きずり移動した行きとは違い、戻るにはそれほど時間はかからなかった。

 

 都子が物陰に一先ず身を隠そうと思案した所で、その異変が起きた。


 何が起きたかを思考するよりも早く体が反応して、両の耳を手で塞ぐ。

 何らかの異変が都子を一瞬の内に通り過ぎる。

 風の如く通りすがった何らかの異常、都子は完全にその何かが過ぎ去ったことを確認し、一先ず自身の安全、変化が無いかを確める。

 


(特に何かがおかしくなった訳じゃない。痛いところも無いし、普通に動く……じゃあ、あれは一体……?)



 しかし、都子の身体には異常が見られなかった。少なくとも自身には特に変化を感じられなかった。

 一体何が起こったのか、そんな疑問を都子が抱えた時だった。


 何かが壁に激突した音が響く。

 音源は直ぐ傍の部屋、佐助が異形と戦っているはずの部屋であり、異変が向かってきた方向とも一致していた。


 都子は急いで、しかし異形に悟られないように部屋の入り口の影に隠れるように向かう。

 壁際にそったことでどうやら異形には都子の存在は知られていないようだった。が、坑道の壁に体を押し付けるように隠れたために部屋の中が良く分からない。

 顔のみを出して、そっと中の様子を見る。見えたのは異形が伸ばしていると思われる触手と異形――

 

 ――そして触手の群れに貫かれるようにして部屋の天井近くまで吊り上げられている佐助であった。


 都子の判断は早かった。


 

 「《念動火球》ッ!」



 掌に《発火能力》による火の球を作り、佐助を吊るす触手へと投げ込む。

 即座に作り上げたためか火の球の大きさはさほど大きく無く、昼間にハングリーベアゾンビを焼いた程の威力は出ない。



(それでも、注意を逸らすには十分の筈……!)


 

 完全な死角から放たれたはずの一撃、それでも異形は迫る火の球に気づくが、既に触手が反応する前に直撃する。

 

 が、火の球は触手に触れた瞬間に吸い込まれるようにしてかき消された。異形のエネルギー吸収能力、《吸収障壁(ドレイン・バリア)》によって吸収されたのである。


 異形はチラリと都子に視線を向け、その異貌をさらに歪ませる。

 異形の見たところ、この餌は前の不良品やこの煩い虫とは違いその能力は直接的に高威力なエネルギーを放つもの。《吸収障壁》の相手では無い。さらにその見た目からさほど動けるわけでもないことから、触手の一、二本で事足りるだろう。


 そう判断した異形は十本ある触手の内、六本を佐助に、二本を防御用に残し、残りの二本を都子へと襲い掛からせる。


 鋼鉄の鞭の如く放たれる触手、二ヶ月前まで一般的な学生だった都子には身体的に避けることは出来ない。

 しかし、その手の中には魔導書が握られていた。



「《拘束(バインド)》ッ!」



 この世界に来て最も使用した魔法、《拘束》を発動する。その練度は二ヶ月程度の物であっても侮る事は出来ず、火の球とは比較にならない速さで黒い鎖を二つ、構築して放つ、その速度自体は鋼鉄の鞭と化した触手に劣らない。


 異形はそれを見ても何ら慌てることは無かった、《吸収障壁》の前に魔法は通じることは無いと確信しているからである。

 とは言え、都子もそれは承知していた。承知して尚、少しでも触手から逃れるための時間を稼ぐための咄嗟の対応であった。


 異形と都子の間の空間で黒い鎖と触手がぶつかった。

 そのまま、黒い鎖は触手に吸収され、空気に溶けるように消え去り、触手はそのまま黒いローブに包まれた少女を貫く――――






 ―――黒い鎖は消える事無く、触手を捉えた。



『は……? どういうことだ……何故……まさか法則が……!?』

「ッツ!」



 互いの反応は対称的だった。

 異形は思わず《精神感応(テレパシー)》で驚愕を露わにし、目の前に起きた現象を瞬時に受けいれられなかった。

 対して都子は黒い鎖が触手に触れても消えなかったことに驚くが、握る黒い鎖の手応えから触手を押さえつけることは出来ないと判断して咄嗟に鎖を地面に縫い付けて自身はその勢いのまま転がる。


 異形の動揺が触手にも伝わり、鋼鉄と化したはずのその勢いは削がれ、鎖に絡めとられる。

 が、それでもその速度を落とすだけに留まり、触手は黒い鎖を纏わせながら突き進む。


 触手が地面へと突き刺さる。

 されども、すでにそこには都子は居らず。


 転がりった姿勢から直ぐに立ち上がると同時に呪文を紡ぐ。



「《拘束》ッ!」



 突き刺さった触手へと黒い鎖をさらに二つ程放ち、縛る。

 またもや、その鎖は触手に接触しても、《吸収障壁》で異形にその力を吸い取られる事無かった。



(よく分からないけど、私の魔法はアイツに通用する……! とりあえず向かってきたのは対処してみたけど、残りは……!)



 黒い鎖で地面に縫い付けた触手は二本、残る触手は佐助を捕えている六本と異形を守るように動かしている二本。

 魔法が何故か通用することが分かったはいいが、それでも残りの総計八本の対処について都子は考える。

 魔法が通じるとしても、直ぐに呼び出すことが出来るのは《拘束》のみ、他の魔法は触手に対応しながら呪文を唱えて発動させるには時間がない。


 《拘束》で一度に出せる黒い鎖は二本まで、つまり同時に対処することが出来る触手は二本が限界である。

 こちらから攻撃を仕掛けて触手を鎖で縛り上げるということも、異形のように手足を操るようには鎖を手繰る術を都子は持ち合わせていない、放っても直ぐに掻い潜られるだろう。

 また、縛り上げたとしても直ぐに鎖が振りほどかれてしまう恐れもある。現に先に縛った二本もそう時間を掛けずに鎖から脱するかも知れない。


 時間はあまりない。防ぐか、攻めるか。攻めに回るか、受けに徹するか。選択肢は二つに一つ。


 都子は選んだ。



「《拘束》ッ!」



 黒い鎖は佐助を縛る六本へと向かう。


 落ち着きを多少取り戻した異形は自らの防御に回している二本でこれを迎撃する。黒い鎖を《吸収障壁》で吸収することは敵わなくとも、同時に出す事ができる鎖は二本である事、そして連続して放つことは出来ない事を異形は既に把握済みである。

 また、例え異形自身が知らない法則に乗っ取った魔法であったとしても、その発動回数には必ず限界があるはずである。

 目の前の鎖を弾き、餌に無駄撃ちをさせる。すぐに縫い留められた二本の触手も自由になる。対処に使う触手が三本あれば、十分に事足りるだろう。異形はそう判断した。


 体の一部だけあり、触手は巧みに操り都子が放った二本の黒い鎖を弾く。

 僅かに隙が生まれるが、それでも黒い鎖が放たれるのを見てから反応するには十分余裕がある。



 その隙を突くように火の球が放たれた。



 異形は驚いたが、直ぐにほくそ笑む。

 改めて、自身に掛っている《吸収障壁》を確認する。餌の魔法は何故か通じるが、超能力は吸収することが出来るのは既に確かめている。

 隙を突けば能力を解除しているだろうと思いこんでいたのだろうが、それも徒労に終わるだろう。

 一瞬の内にこれは無駄に反応させた上で黒い鎖を通すための物が妥当であると判断した。


 無駄な足掻きを、と異形が思う。しかしその考えは甘い。


 火の球の軌道は異形へと向かうものでは無かった。

 その上、直上の部屋の天井に衝突、爆発を起こした。

 

 割れ、崩れる天井、真上から落ちてくる瓦礫を避ける異形はその場から離れることで回避する。

 の足はそれまでの不動の印象とは異なり機敏に動き、落ちてくる天井からの攻撃を避ける。


 落ちた天井、とは言え威力が乏しかったのか表面の瓦礫を落とすのみに留まったせいか部屋自体の崩落は無く。

瓦礫が地面に衝突して土煙が上がる。

 

 天井からの攻撃を見抜けなかった異形は苛つきと共に舌打ちを放ち、瓦礫が落ちてきた瞬間にちょうど解き放たれた二本と合わせてちょうど十本の触手で持って土煙に潜む餌へとその狙いを付ける。


 ()()()()()の内、二本を迎撃に回して、残りの八本でかかればあの餌には対応出来ない――――



 ―――異形は違和感に気付く。しかし時すでに遅し、攻撃は既に放たれていた。



 異形が行動を起こす前に土煙の中から幾つもの影が飛び出る。

 鉄製の礫のようなものが回転しながら迫る。それらは手裏剣である。


 四本の触手でそれらを全て弾く、本体にはかすり傷一つ付かない。


 黒い鎖があとに続くようにして異形に飛来する。

 それらも二本の触手で対応して弾く。

 

 火の球と同時に手裏剣が放たれる。

 天井に向かう火の球、異形の第三の目を変わらずに狙い続ける手裏剣。異形は触手の内の一本で火の球を消し、三本の触手で手裏剣を弾く。


 土煙は晴れない。これだけの攻撃が中から繰り出され続けているのにも関わらず、煙の中も様子は一向に分からない。

 巻き上げられた土煙は収まるどころか広がり続ける一方だった。天井から落ちた瓦礫で舞い上がった土煙とは思えない。

 異形は魂を探す。

 反応はこの部屋に二つあった。片方は餌、そしてもう片方は確かに捕えていたはずのうっとおしい虫。どうやって触手から逃れたのかは定かでは無いが。この土煙は恐らく虫の方がやったはずであると異形は考える。


 しかし、目の前の脅威の前に異形はある魂を感知した。

 ここよ距離が離れた先にいる魂、傍にもう一つ反応があるが、それを置いてもここにきて反応を示した四つ目の魂である。

 異形はそれを聖騎士のそれだと判断した。

 

 もう時間をかけていられる場合では無い。目の前の餌どもを直ぐに片付ける必要がある。

 

 手元で扱える触手は無い。次に攻撃を行われればダメージを負う可能性があった。


 異形は発動することを決める、第二の能力《爆発触手エクスプロフ・テンタック》を。

 餌が放った火の球でエネルギーは補充することが出来た。撃つことは十分可能である。


 最初に弾いた触手、四本の内二本を土煙の中に突っ込ませる。既に爆発を起こすことが出来る熱は送った。

 どこに隠れているかは分からないが、それでも土煙で覆われた範囲全て、巻き込むことが出来る。

 触手に対して避けるか何かをぶつける程度の力しかない二人を排除するには十分だろう。異形は判断し行動する。

 


 熱が溜まり白熱、白色化する触手の先端、間を置かずに直ちに爆発が起きるだろう。 

 突っ込ませた触手が土煙の中で僅かに空気の流れ、風が起きることを感じたが既に遅い、どこにいようが回避は不可能である。

 


 ―――大い―――ウォ――――よ―――こ―――防―――聖―――!



 光とともに触手は爆発を起こした。

 轟音が鳴り響く。


 異形は伸ばした触手を手元に戻す。

 土煙の中から逃れ出るものは無かった。例え何かしらの手段を用いたとしても虫の息だろう。無事であったとしても先に受けた不良品のように爆発で撒き散らされた衝撃はでまともに動くことは出来ない。


 念のためにもう一度撃つ、そののちに息がある方を聖騎士への人質にすればいい、と異形は算段を立てた所で、違和感に気づく。

 どうも手ごたえを感じない。爆発は直撃したはずだった、それでもその爆発で倒れる人影は見当たらず、そのような動きも確認することは出来なかった。 

 あの餌は行動不能になっていない。爆発を凌いだということだ。

 目を凝らし良く煙の中を確認する。倒れた人影は無く、そしてその頭数は、三人。


 異形の脳裏に最悪の状況が浮かび上がった。 



『馬鹿なッ! そんなはずはッ!』

「いいえ、私は確かにここにいます」


 

 距離は空いていた。止めを刺す時間もあった筈だ。しかし、それももう無い。

 爆発で巻きあがった土埃が晴れる。

 そこにいたのは三人、所々爆発の跡が見受けられる黒いローブに身を包み片手には魔導書を携えた者、地面に手を突き、膝をつき、その姿勢から多少どころではない怪我を負っている黒衣の者。

 そして、もう一人。


 その右足からは血が滴っていた。 

 息も切らしており、直ぐにでも倒れそうであることは間違いない。

 現にその手に持つ武器を支えに辛うじて立っている状態である。

 そもそも先ほどの爆発を受けた筈だ。


 それでもその存在はそこにいるだけで脅威である。



「もう二度と、仲間を失わない私が間に合いました」



 異形の前に対魔十六武騎、聖騎士、エニステラ=ヴェス=アークウェリアはついにそこにいた。





  ◆

 

 


 そもそもの起こりは、都子が触手に最初に攻撃をした時である。


 都子と佐助は目が合った。


 一瞬の事で、都子が再び確認した時には既に目は開いておらず。旗から見れば気絶しているかのように見える。

 気のせいではないかとも思えたが、都子はそれは間違いであるとなぜか確信が合った。

 一瞬の映像に焼き付けられた都子は、佐助が起きているという前提で行動することにした。一人で戦うのは確実に不利である。情報を掴んでいる筈の佐助を助けることが先決であると考えた。


 時間も悠長に掛けていられないことから判断した結果、天井を崩し落下する瓦礫での攻撃ならば佐助が脱出する隙が生まれることを狙い実行した。


 都子は見事に天井へと攻撃を通して異形の束縛を緩めることに成功した。

 

 さて、ここで肝心の佐助はと言うと。


 異形の第三の能力を食らい、無防備で触手の群れの攻撃を貰ったことで意識を失いこそした物の、天井に叩きつけられた時点で意識を取り戻していた。


 忍者は容易に意識を失ってはならない。そのような教えが佐助には伝わっていた。

 意識を失った忍びは実に無防備であり、そうなれば自身の命ばかりか重要な情報さえ敵の手に渡ってしまうおそれがある。

 それを防ぐために不意に意識を失った際はその拍子に奥歯に仕込んだ丸薬を噛んで服用することで沈むはずの意識を無理矢理覚醒させることが出来る。


 これにより、佐助は何とか意識を失わずに済んだのである。 

 

 後は異形の触手に捕えられたことを装うことで時間を稼ぎ、同時に《接触感応(サイコメトリー)》で異形の情報をあらかた盗み出す事に成功する。

 

 都子が突入した時には呑牛を応用、都子の視線を自らに向け、その印象が深く残るようにし、合図を送る。

 そしてこれを見事に汲み取った都子の天井崩しの隙に緩んだ触手から縄抜けの要領で、ヒビが入った右腕の痛みを押して関節をわざと外すことで脱出すると同時に異形に呑牛を掛け、脱出を察知すること事態を遅らせたのだった。


 佐助は着地と同時に外れた肩を嵌め、舞い上がった土煙に合わせるように煙玉を袖から取り出し転がした。

 これにより互いの姿は見えなくなったが、音と気配の感知加えて《接触感応》により異形の位置、動きは佐助から間全て把握することが可能であった。


 そして佐助は土煙に巻かれる都子と合流した。

 佐助は必死に周囲を警戒する都子の肩を叩き、こちらを向かせ、至近距離で互いを確認したのちに《接触感応》を使った。



(都子さん、大丈夫っすか?)

(え? ちょ何? テレパシー? いきなりあの異形とは違う声……佐助? アンタ、テレパシーも使えるの?)

(いやまあこれは《接触感応》のちょっとした応用ってやつで、触れた相手限定で精神を通わせることができるんすよ)

(成程……これアイツには?)

(聞こえてないっす。糸電話だと思ってくれればいいっす。それよりさっさと攻撃しないと保たないっすよ。アイツが触手の一、二本を残して攻撃されるだけでこっちは捌ききれないっすから)

(でも、このままじゃジリ貧でしょ? 無闇に攻撃しても弾かれるだけだと思うけど)

(とりあえず時間をもう少しだけ稼ぐっす。もうエニステラさんが近くに来てるっすからそれまで耐えれば……)

(分かった。やるわよ)


 そして情報を交換した。 

 《接触感応》により、エニステラがすぐそこまで来ていることを知った佐助はそれまでに耐える手段として煙玉による煙幕を張った上での時間稼ぎを行うことにした。

 このまま固まったままでは第二の能力を使われる恐れがある。

 かと言って都子を置いて自分だけ隠れても仕方がない、都子の魔法が異形に吸収されないということからもここで手傷を負わせる訳には行かなかった。


 エニステラの移動速度から、十分に間に合うだろうという判断からだった。

 とは言えそれほど余裕では無かった。いくら思考を読んだとは言っても現在の思考を読み続けているわけでは無い。

 途中で考えを変えられて、直ぐに第二の能力を使われる恐れもある。

 完全に異形の思考を想像して把握できる程詳しく読み込むことは敵わなかった。

 よって、大まかな異形のこちらの行動に対する反応を予想して動く。


 その選択は攻めるの一択。

 異形は出来るだけ自らが負傷することが内容に立ち回り続けている。攻撃の際も防御に対しても必ず緊急時用に触手を一本傍に置いておくほどだ。

 そして攻撃を無視して攻勢に出ることは無い。例え無効化が出来る魔法や超能力であっても対応してから攻撃に移る。

 よって攻撃に移らせないためにこちらから攻撃を行う。攻撃は最大の防御なりとは正にこのことだと佐助は内心思った。


 そして異形の位置が把握できない都子に佐助がその方向を指し示しながらの猛攻が行われた。

 佐助はヒビが入った右腕を地面に付けて《接触観応》を稼働させ続けて随時状況を把握しつつ、左腕で手裏剣を第三の目に投げ続け、都子は絶えず攻撃を繰り返していた。

 

 が、ここで異形が第二の能力の発動を決め、触手が煙の中に侵入した時、

 

 閃光のように駆けて来たエニステラが二人の正面に立った。



 エニステラは元々自身が身に付けていた袋、ハルバードの先端部分のアタッチメントや対アンデッド装備などを押し込んだ荷物用の物に神聖魔法由来の印をつけていた。

 ハルバードや鎧の修繕を任せている鍛冶屋の謹製のものであり、手元にハルバードがあれば呪文を唱えることで精神力の消費を抑えて、袋の位置を知ることが出来るものだった。


 リッチの性格などから、適当な場所に放置せずに自身の手元に保管しておくだろうという読みから魂封箱を隠した部屋にあるはずだとにらんだため。エニステラは魂封箱の位置をおおよそ把握していた。


 そして三人と合流する近道は魂封箱の元へと向かう事。


 幸い、入り組んでいた廃坑道は瓦礫によって道が所所閉ざされていることがあったものの、エニステラが戦闘を行っていた場所と魂封箱が隠されていた部屋とは道が繋がっていた。


 そして、負傷している右足を押して移動を繰り返し、神聖魔法で壁を破壊しながら突き進み。


 部屋の傍で灯っていた燭台へとたどり着いた。

 

 その下では、恭兵が壁にもたれかかる形で倒れていた。意識は無いようであったが、呼吸をしているのを確認しホッと息をつく。

 一先ず、恭兵に治癒の神聖魔法を施してその容体を安定させた。


 そして残りの二人を探そうとした所で、僅かに金属同士が衝突する音をエニステラは聞いた。


 都子と佐助が戦っている。そう確信したエニステラは急ぎ向かうことにした。

 音から感じ取った彼我の距離はそう遠くない。

 

 今こそ使いどころであるとエニステラは確信、迷う事無く二つ目の賦活の丸薬を口にした。


 体中から引き起こされる激痛。とても立ってはいられない状況の中で痛み止めでもある水薬(ポーション)を飲み痛みを誤魔化して、息を吸って吐き。横に跳んだ。


 聖雷を足甲に付与、全速力で駆け抜けてついに開けた空間、異形のいる部屋へと向かう。

 眼前に立ち上る煙の中に突っ込み、そして二人と触手とその攻撃を察知して、瞬時に詠唱を組み上げた。



「《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が斧槍に汝の権能を授け、魔から守る聖盾となしたまえ》、《聖雷の聖盾レイジ・プロフェジョン》ッ!」



 地面にその石突を刺したハルバードを中心に聖雷を纏った薄く半透明なされど堅牢な力場が形成、次の瞬間に放たれた触手の先端から放たれた爆発を防いだ。





   ◆

 




「無事ですか? ミヤコ、サスケ」

「わ、私は何とか。佐助は多分怪我負って、恭兵は……」

「大丈夫です。来る途中で神聖魔法による治癒を施しました。命に別状は無いでしょう。サスケの方は……?」

「何とかって所っすかね。激しい運動はきつそうっすけど」

「分かりました」



 三人が合流して互いの状況を報告しあう。

 その最中であっても、誰一人として異形からは目を逸らさない。その出方を見逃す者は誰一人としていなかった。

 異形はその中であっても、エニステラが現れて尚、その表情、態度は変わらない。

 或いは何かしらの変化があったとしてもそれは都子たちに理解できるほど表面化していなかった。



 とは言え、問題はこちらも抱えている。



「どうするっすか? このまま相手が逃げるならこっちも無理に深追いはしない方がいいっすけど」

「深追いはしない。と言うのには賛成しますが、逃がす訳には行きません。あれほど厄介な敵を野放しにすれば被害が広がる一方です。ここで仕留めます」

「まあ、そう言うと思ったすけど」


 

 佐助はこれ以上言う気は無かった。本人もそれを承知で言っているのだから余計タチが悪い。


 佐助の予想よりエニステラの負傷と消耗が激しかった。

 今立っていることも賦活の丸薬による誤魔化しにすぎず、その限界はすぐに訪れる。

 それまでに決着を付けねば恐らく後は無い。

 十本の触手、自らの守りを考えて最低でも五本だとしても、エニステラという前衛無しで対処できるとは思えない。

 かと言って、異形の三つの能力を全て把握している佐助が居ても尚、消耗の激しいエニステラ、動きが鈍っている自分、そして触手に対応しきれない都子では手が足りずに時間がかかってしまう。



(上手く回っても、一手。後一手欲しい所なんすけど……そう都合が良くは行かないっすかね)



 そう思いながら、佐助は異形の判断を待つ。

 読み取った思考から、自己保身からこの場から逃れる判断をする確率は低くない。そこを狙い撃てば勝てる散弾はある。


 不気味にその場に佇む異形、既に《接触感応》で心を読み取るには離れた距離にいる佐助にはその内心の変化などは分からず。ただその選択を待つしか無かった。





    ◆









 暗く暗く暗く暗く暗い中、ぼんやりとして霞んだ意識が目覚める。

 遠い場所から何かの声が聞こえてくる。

 それは記憶から呼び出された声だった。




『いい加減、本気になったらどうだ? 恭兵』


 


 それは自身が尊敬する師匠の声だった。

 

 応じて、ガリガリと音を立てながら地面に投げ出された拳を握る。

 



 ――――試練を果たした者には報いがある。そう言ったのは誰だっただろうか。

 

 

 

 

 


続きはまた一週間以内に投稿します。

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