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Psychic×strangers   作者: さがっさ
16/71

第一話 始まりの異邦人 / クライマックスフェイズ 6:死霊術士は朽ち、異形は嗤い、忍者は来る

お待たせしました

一万一千字程度です

 ――――夢を見ていることには直ぐに気が付いた。 


 目の前には炎が燃え上がり、眼下の全てを焼き尽くしていた。

 

 辺り一面を埋め尽くす炎の薪となっているのは、家屋だった。自分達が昨日まで生活を営んでいた居場所、その全てが瞬く間に黒い炭と化しているのを自分はただただ何もできずに無力感にさえなまれながら見下ろすことしか出来なかった。 

 


 そこは自分達が住んでいた村だった。

 

 

 魔王の進軍により元々住んでいた場所を追われた難民が、魔王が去った後に空いた戦場跡に、自分達の祖父や親たちが自分達の村を作ったのが、村の始まりだった。

 戦火に踏みつぶされた自分達でも、何かを築けたとそんな村をいつも誇りとして語っていた父親のように、自分もこの村が自分の誇りであった。

 ゆくゆくは、自分の子供、孫、子々孫々まで語り継げる村にしようという決意を胸に秘めていた。

 

 

 しかし、全ては灰塵と化した。



 ―――悲鳴が聞こえる。大人の男から、女子供の区別なく、誰もかれもが死に瀕していた。


  

 燃える家屋の周りを逃げ惑う人々を踏みつぶし、その頭を齧る。際限ない食欲を備えてるのか、畜舎から逃げ遅れた家畜をその畜舎ごと体に纏う炎で燃やして潰しながら、食い散らかしていた。


 ある日突然、村を襲った怪物は、サラマンダーと呼ばれるその巨体に炎を纏った赤い大蜥蜴のモンスターだった。


 その場にたまたま居合わせた冒険者はいないければ、その場に通りがかった騎士もいない。そして当然、人類の敵を殺す武器、最強の十六人、《対魔十六武騎(エイユウ)》もおらず、神の奇跡など起こる事は無かった。


 その厄災に抗う術をもたない村人達は、死に絶える運命でしかなかった。


 その光景を見ながら、自分は何かを抱えていることに気が付いた。

 否、何を抱えているか等、初めから気が付いていたのだ。

 黒こげの死体、傍から見れば人の形を見いだすことすら難しいそれは確かに死体だった。



 ―――自分の命よりも大切なはずだった娘だった。



 マグファイガー・ヴァーマイトは、一人生き残ってしまった。

 誰が見ても分かる通りにこれは悲劇の光景だった。

 しかし、この世界ではよくあることだった。

 


 それから、彼は禁忌の世界にその足を踏み込んだのだった。

 願いは唯一つ、自らの命よりも大切な娘を今一度蘇らせるために。

 望みは唯一つ、この世界に広まる(はびこる)宗教の全てで禁忌とされる死霊魔法による死者蘇生。神々の奇跡でも救えなかったものを救うために。

 目標は唯一つ、対魔十六武騎が一席、《聖騎士》を受け継ぐ一族、アークウェリア家で最もその血が優秀であるもの、最も神との契約を強く結ぶことが出来る器、それこそが神へと還る魂へと至る道である。


 マグファイガー・ヴァーマイトは全てを定めた。後は準備を整えるのみだった。確実にその目標を捕え、望みを果たし、願いを叶えるはずだった。


 

 ―――しかし、その全ては奪われた。


 最後にその目に映っていたのは、嘲笑う異形の姿。

 触手は四肢を縛り上げ、その頭蓋は砕かれ、魂を半分程、すすり食われた。

 その魂と知識と計画の全ては奪われ、残された半分の魂で傀儡のままに操られる。

 そして、残された魂すらも別たれ、その身はリッチと化した。



 マグファイガーが語ったその願いは決して、偽りでは無かった。

 しかし、彼の願いは語った時点で既に叶う事は無くなっていたのだ。 



 ―――彼の夢は既にむさぼり食われた後の残滓しかその体に残されていなかったのだ。




  ◆





 死霊術士、マグファイガー・ヴァーマイトの意識は地面の上で目覚めた。



 気が付けば地面に転がっていた、そうとしか言えないこの状況下で、マグファイガーの意識は混乱するどころか返って、明瞭なものとなり始めていた。

 まるで長い間見続けていた悪い夢から覚めたかのようにその意識ははっきりとしたものとなっていた。

 しかし、状況は彼にとって最悪のものでしか無かった。


 

 マグファイガーの五体は砕かれ、残されたのは頭部のみであった。

 視線を巡らすと辺りに散らばる自らの成れの果て、既に機能を失っていた内臓の一部や腐り切って黒ずんだ血液がまき散らされ、天井から壁面などの辺り一面を黒く塗りつぶしていた。


 例え、この状態であったとしてもリッチとなったこの肉体であるならば、一日あれば十分に再生し、復活を遂げることが出来るだろう。

 


 だがしかし、それが許されるはずは無かった。



 自らへと向かってくるのは、この部屋を照らす唯一の光、例えこの廃坑道の奥、その道が閉ざされ、太陽の光さえ届かない暗黒の中でさえ届く神の奇跡を振るい、魔を払う者だった。

 聖雷の輝きが、不死の肉体に残された最後の肉体、頭部を照らす。

 マグファイガーはそちらへと、視線を向けると、そこには当然のように彼女は立っていた。



「仕留めきれませんでしたか」



 対魔十六武騎、《聖騎士》エニステラ=ヴェス=アークウェリアが立っていた。




「……全て、演技だったとはな。膝を付いたのも、詠唱を行わない攻撃をしなかったのも、右足の負傷でさえも。或いは、最初に話を切り出したのさえも。騎士はもう少し正々堂々と戦うものだと考えていたが……認識を改める必要がありそうだな」

「……」

「とは言え、膝を折ったからには相当の後悔があったと思ったが……あれは立ち直りが早かったのか? それとも単純に後悔を覚えたという演技か?」

「そうですね。あえて答えるならば、私の前に現れた死霊術士はいつも、こう言っていましたよ。”お前の仲間を生き返らせてやろう”、と」

「成程、ありふれた物だったか、それならば立ち直るのも、全く堪えなかったのも頷ける」



 エニステラはハルバードの切っ先を死霊術士の頭部へと突き付けた。

 彼女が一度神へと祈る詠唱を唱え終われば、瞬く間に死霊術士の頭部は反撃する間も無く消し飛ばされるだろう。

 とは言え、リッチはその魂を別ち封じた魂封箱が破壊されない限り復活を果たすことが出来る。

 例え、この場で全身を神聖魔法の聖雷により焼き尽くされたとしても、時を経て再びリッチとしてその身を顕現する。



「しかし、既に魂封箱の方にはお前の仲間が向かっている。例え破壊されていなかったとしても、俺を消し炭にした後でお前自身の手で魂封箱は破壊される。俺に消滅を逃れる術は無い」

「……思っていたよりも冷静ですね。何か策でもあるのでしょうか?」

「いや、無い。この場において、俺は既に詰んでいる。後は早いか遅いかの違いでしか無いが……それでも俺は諦めきれない、諦めることなど決してできはしない。俺の願いを、もう一度娘と会うという願い。それだけは諦めることは出来ない」

「それは……許されることではありません」

「そうだろうな。それがこの世界の法則だ。だが、それとこれとは別だ。禁じられているからどうしたというのだ。娘を失ったあの悲劇を無かったことにしたいというのは間違っているのか? 間違っていると何故断じる? 娘の命を救うことの何がいけないのだ」

「娘さんの命は既に失われています……!」

「ああ、そうだとも、お前らのような奴が、よく言うよくあることの先に俺の娘は死んだのだ。それで? だから仕方がないとでも言うつもりなのか? ふざけるな。失われていい命など無いはずだろうが!」

「では、あなたが奪った命はいいのですか?」



 言葉を重ねるごとに、再びマグファイガーが高ぶる。それを受けて尚、冷静に言い放つエニステラであったが、言葉に反してその声色には棘は無く、その視線には幾分かの哀れみのようなものも込められていた。

 


「……知らんさ。矛盾している等というならばそう言っていろ。俺の願いは唯一つ、悲劇の末にその命を失った娘を蘇らせることだ。それしかこの俺には残されていない。それだけが俺に残された存在理由なのだ」

「どうあっても、諦めないと?」

「お前とてそうだろう、聖騎士。お前がその命ある限り人類に仇なす敵を葬り続けるのと同じだ。俺にはこれしかないんだ。もうこれしか俺には残ってないんだよ」

「私は違います。私は自らこの道を選んだのです。それしかないからと言って、選び取らされたなどというつもりはありません」


 

 マグファイガーはエニステラの表情を窺う。

 彼女の顔からは、後ろめたさや躊躇いといったものは感じられない。

 彼女が言っている通りに、自ら選び取った道なのだろう。彼女の目にはそれしか残されていない者には無い、決意という自負の光が込められていた。

 とても、リッチの腐った目玉の代わりに眼窩にへばりついた死者の光と比べるべくも無い。


 似た者同士だと自嘲を含んだ罵倒はその口から吐かれることは無かった。

 

 聖騎士と死霊術士は互いに向かい合ったまま、黙り込んだ。

 漸くして、観念したかのようにマグファイガーはその口を開いた。



「……もういい、いくらここで議論を重ねた所で俺の望みは絶たれている。いくら吠えた所で負け犬の頭部から漏れるそれでしかない俺の叫びに何の意味がある。精々がお前をここに釘付けにしている程度だ。これで利を得るのはあの異形のみ。お笑い草だな」

「やはり、いるのですね。上位のアンデッドであり、死霊術士であるリッチを操る程の脅威が」


 

 エニステラが今この場に留まったのには二つの理由があった。

 一つは、確実にリッチの消滅を確認することで自らの役割を全うする事、そしてもう一つは、リッチの能力とは思えない、神聖魔法を無効化した領域の正体を暴くこと。

 エニステラは死霊術士との戦闘の中で、無効化する力はマグファイガー自身が自在につかうことは出来ず。第三者が何処からか力を遠隔から施していると予想していた。そして、それは見事に的中したのだった。

 

  

「そうだ、お察しの通り、俺はそいつの操り人形だ。残念だったな、俺がマージナルに迫る最大の脅威でなくて。それならば話は早かっただろうに。あの三人が死地を行くことも無かっただろうにな」

「その異形とは何者なんですか? 早くにこの大陸に侵入してきた魔族、それとも古くから伝わりし悪魔の類なのですか」

「いいや、違うな。あれはそう言ったものじゃない。確かに魔族や悪魔と言った方が分かりやすいがな。その二つとは異なるもう一つ、奴は外から来た侵略者だ」

「外……? 魔大陸から来た魔族でもなく、この現世とは異なる空間、地獄界にいる悪魔とも違う外……もしや」

「そう、奴らはいわゆる”迷人(まようど)”だ。最も、奴らは迷い込んだ訳でもなく、目的を持ってこの世界を訪れた侵略者だ」

「"迷人"と同じく外から来た侵略者……!」

「そうだ。俺は元々、娘を復活させるためにお前の血に伝わる、アークウェリア家の神との契約を強く結ぶことが出来る器としての力に目を付けていた。そしてお前を確実に捕獲するべく計画を練っていた時に奴から襲撃を受け、このざまだ。体を無理矢理にリッチへと変えられた挙句に俺の計画をそのまま乗っ取り、挙句の果てに俺の願いの全てを踏みにじった」

「つまり、その異形の目的も……!」

「ああ、お前さ聖騎士。奴は魂を喰って強くなるらしくてな。強い魂を持つお前が狙われたという訳だ。そして、お前を釣る餌として、リッチとなった俺が使われた、とそういう訳だ」



 エニステラは当初、予想もつかない可能性を突きつけられ、冷静さを失う所であったが、それでも動揺を表に出すことは無かった。

 異世界からの来訪者、この世界に度々現れる"迷人"の危険性を訴えるものは何時の時代も存在していた。

 しかし、それ以上の問題とはならなかったのは、あくまで”迷人”は異世界に迷い込んだ存在、最初からこの世界に目的を持って来たものはいなかったとされていた。その上、長くこの世界に留まることは無く、程無くして去っていくことが大半であったという記録があった。

 

 しかし、それもここ五、六年の間に変化が起きていた。

 ”迷人”が元の世界に帰る事ができずにこの世界で生きていくという事柄が大半となっていた。

 そして、それに伴う混乱も各地で起きているという。それはエニステラにとっても他人事では無かった。

 


(キョウヘイ、ミヤコ、サスケの三人も”迷人”……彼らが侵略者であるとは考えにくいですが、何らかの関係があるのでは……?)



 エニステラが新たな脅威について考えを巡らせた時だった。


 眼下にいた頭部のみを残した、死霊術士の気配が希薄になった。

 頭部だけとなっても濃密に漂わせていた強烈な死の気配が急激に霧散していく。

 


「成……程、お前の見立ては……どうやら間違いでは……無かったようだ……な」


 マグファイガーに残された頭部は砂で作られた城が崩れ去るように、その形を保てずに崩れ、塵と化そうとしていた。

 同時に、眼窩に灯されていた青い光はその輝きを徐々に小さくしていた。



 この現象が表すのは唯一つ、リッチの心臓部となる魂封箱が破壊されたのだ。

  


「待ちなさい……! 最後にその異形の能力を……!」

「断る……。俺は確かに……奴に望みを絶たれたばかりでなく……その願いを踏みにじられた……が、お前たちに手を貸す義理等……無い。知りたいことは答えた。それ以上は自分で何とか……するんだな」

「……そう、ですか……最後に何か言い残すことは……」



 エニステラはどうにか情報を引き出そうとしたが、説得に応じる者でも無ければその時間も無いことを悟り、今際の際の願いを聞くことにした。

 例え、禁忌を犯そうとした死霊術士とは言え、その意志は操られていたものであった。そうであるならば、その最後の言葉を聞く程度の慈悲が彼女にはあった。


 マグファイガーはそんなエニステラの様子を見て一笑に伏した。



「ハッ……俺にはお前ら神に仕える奴の……慈悲などいらん。娘を……救えなかった……奇跡にすがるはずもない。八つ当たりとでも……何とでも言えば……い……い、俺はもう……神には……祈らない……」



 その言葉を皮切りにして、辛うじて形を保っていた頭部は崩れ去り、塵と化した。

 最後まで、娘を救うことが出来なかった神にすがる事は無く、マグファイガー・ヴァーマイトの夢は完全にこの世界から消え去った。




「リッチであり死霊術士、マグファイガー・ヴァーマイト、討伐完了………うぐぅ!」



 エニステラは緊張が解けたのかその場に膝を付いた。

 


 それまで維持していた全身を包む聖雷は消え去り、同時に周囲を照らす光が消え去ったことで、再び廃坑道ないの空間に暗闇が生じる。

 聖騎士の呼吸は乱れ、顔には脂汗が滲み出てた。

 何とかハルバードを支えとすることで倒れ込まずに済んでいる。

 負傷した右足の足甲からは血が滴り落ち、まともに歩行することが困難なほどの怪我を負っていることは誰お目にも明らかであった。



「これが……賦活の丸薬の限界……ですか。質が悪いとおっしゃられていましたが、予想よりも持ってくれました……。これはマドナードさんに是非お礼を言わなければなりませんね」



 エニステラは一度、マグファイガーと異形との闘いにより敗北している。


 捕らわれる前にどうにか離脱し、パオブゥー村で態勢を立て直して再びこの廃坑道へと挑んだのだが、異形の神聖魔法の無効化、により精根尽き果てた彼女はいくら対魔十六武騎といえども、一度尽きた体力を直ぐ様回復することは出来ない。

 本来ならば、十分な休息を得て体力を取り戻す所を、賦活の丸薬と呼ばれる一部の薬師が作ることが出来る特別な薬でもって無理矢理、体を戦闘が可能になる程度まで回復させていた。

 勿論、賦活の丸薬には副作用が存在しており、服用時の急激な肉体の活性に伴う大の大人が転げまわる程の激痛と、もう一つ、失った体力を普段使われていない身体機能を無理矢理振り絞ることで回復させることから起こる、オーバーフロー、服用後、一定の時間が過ぎた時に起こる急激な体力の再消耗である。

 

 道中で魔法の使用を控え、直接的な戦闘をなるべく恭兵たちに任せていたためにどうにかこの程度で済んでいるが、それでも再びの急激な体力消耗にエニステラの身体は悲鳴を上げていた。


 

「うぅッ……ハァハァ、主な負傷は無理矢理使った右足……位でしょうか、他の部分の損耗は何とか無視できます。後は、体力の、方は……どうにも、立ち上がれ、ますか」



 自らの身体を確めながら、膝を付いた状態からハルバードを支えとして、エニステラは再び立ち上がる。

 実際に負傷していた右足、その激痛を無視して無理矢理踏み込み、討伐が出来たはいいものの、それで限界だった。

 同じことはもう三回程度しか行えないだろう。

 それ以上行えば、流石に歩行もままならない。


 同時に、右足を用いての移動も困難、移動で負担を掛けてしまうのは流石に躊躇われた。



「いざという時に動けなくなるという状況は出来るだけ避けたいですが……しかし、そうも言っていられませんか」



 魂封箱が破壊されたということは、恐らくその周辺で待ち構えていたであろう異形をあの三人が対処したということだろう。

 とは言え、それが異形を倒したことと同義であると、エニステラは簡単に考えられなかった。


 息を整えながら、思考を止めずに行う。

 自分ならば、最優先に行うのは魂封箱の破壊、そしてその前に障害となる異形なるものがいたとして、その場合に取る選択肢として考えうるものは。



「全員で戦い、時間を掛けずに倒す。障害を避けつつ安全な道を探す、もしくは誰かが足止めを行い、その内に魂封箱の下へと向かう」


 この内、障害を避けるというのは、時間がかかる上に、未知の脅威に背を向けてしまう可能性が高い。また、異形の力次第では袋小路に誘導される危険性が高い、なので無い。

 全員で戦うことで、確実に目の前の障害を排除する。安全性はあるが、それでも時間がかかる上に実力を把握出来ていない未知の相手に行うのは得策では無い。

 残された選択肢とは囮を用いた時間稼ぎ。

 


「私が思っていたよりも早く破壊されたということと、死霊術士への異形の支援が途絶えた時間を鑑みると、三人の内誰か一人が囮を行ったのでしょう。ミヤコは後衛で向いて居らず、サスケは魂封箱を見つける役割につくとなれば、囮となったのはキョウヘイでしょう。急ぎませんと……!」



 異形の支援が途絶えてから大分時間が過ぎていた。

 これ以上時間を掛ければ命も危ない。


 行動を共にした上で、恭兵は生存本能に優れていると、エニステラは感じ取っていた。

 意識、無意識を問わず、より生き残れる選択肢を選びとる嗅覚が備わっていて、それらは戦闘における位置取りなどから読み取ることができた。

 とは言え、それでも異形はリッチを手駒にすることが出来る程の脅威、一筋縄ではいかないだろう。



(しかし、ここで二つ目の賦活の丸薬を服用する訳にはいきません。二回目の服用の際の体力が回復するまでの時間は一回目よりも長く、また維持する時間も短いものとなります。いざという時に動けなければ逆に私が足手まといになる事も考えて慎重に行動しないと……!)


 

 腰に下げた小さい袋に詰められた残り二つの賦活の丸薬を意識するエニステラ。

 一度敗北した事実と、リッチとの再戦を経て、彼女は自身と異形との相性の悪さに気が付いていた。



(恐らく、異形は神聖魔法を無効化する力だけでなく、他にも何か持ち合わせていると考えた方がいいでしょう)


 何処かで起きた振動がここまで伝わってきていた。恭兵がまだ生きて戦っているのだろうと、エニステラはそう思わずにはいられなかった。

 

 エニステラはようやく呼吸が落ち着いた所で。ハルバードを支えとして、三人と合流すべく、彼らが向かった方向へと向かう。


 エニステラの背を恐怖がなぞる。

 かつて味わった仲間の全滅、あれ以来恐れ避けて来たものにエニステラは立ち向かう。今度こそ仲間を失わないためにも、可能な限り全速で向かう。



「いと高きに住まう、神々の一柱、ウォフマナフよ。どうか異郷の友人である彼らにその加護を」



 無事を祈り、暗闇の中淡く光るハルバードの光を頼りにエニステラは先へと進む。

 



   ◆



 

 異形は苛立ちを隠せずにいた。



 せっかく苦労して横取りした作戦が最早機能しておらず、餌と囮を兼ねたリッチは魂封箱を破壊されたことでその存在を消滅させていた。

 それなのに、未だにメインディッシュの聖騎士はこの手に落ちておらず。

 幸運にも迷い込んだ三匹のボーナスも未だにその魂を捕食できずにいた。


 これも全て上手い計画を立てられなかったあの死霊術士が悪いと責任を押し付けながら、当の本人の死にざまを想像して、楽しんでいた。

 さぞ、無念だっただろう、自らの願いは利用され襤褸雑巾のように扱われ死ぬ。そんな死霊術士の末路を想像するだけで、膨れ上がる苛立ちはどうにか抑えられそうだった。



 そうして暫くして苛立ちが抑えられた所で、異形はその視線を前方の地面へと向ける。



 そこにはわざわざ囮を買って出た三匹のボーナス餌の一つがうつ伏せに転がっていた。


 触手の一本を動かして軽く転がして仰向けにする。

 虫の息ではあるものの、何とか生きているようであったが既にその意識は失われている。

 

 漸く大人しくなったようだった。

 最初にこの餌が逃げずに立ちふさがった時には何の間違いかと思ったが、実際に相手をすれば何のことは無かった。

 基本的な餌の濃緑は一つ、それに対してこちらは三つも持ち合わせている。勝つのは当然だ、下等な餌風情にもその程度の簡単な計算は出来るものだと思っていたが、どうやら違うらしかった。

 大抵は自分達を見るなり、直ぐ様逃げるようになっているのだが不良品だったらしい。そうでなくば自らよりも強く強大なものと戦うなどと馬鹿げている、そう異形は思った。

 大方、他の餌とは違うボーナスを身に付けて調子に乗っていたのだろう。ボーナス餌の中にはそのような奴もいると異形は仲間から聞いていた。


 とは言え、少々面倒であったのも事実であった。

 大体の《念動力》持ちは力を敵対者にぶつけるのが多いので、自分の一つ目の能力、《吸収障壁(ドレイン・バリア)》で簡単に倒せるのだが、あの大きな大剣やら石やらを投げるのにしか使ってこなかった変わり者だったせいで、ほとんど力を吸収することが出来なかった上に、随分としぶとく粘られたおかげで二つ目の能力、《爆発触手エキスプロフ・テンタック》を使わされて随分と吸収した力を使ってしまった。

 この世界の魔法は吸収した跡の効率が悪いので、効率がいい能力から力を補給したかった所だったが、上手くいかなかった。


 異形は、そのことを思い出すと、再び苛立ちが込み上げてきた。

 何故自分が能力を一つしか持たないような、或いはそもそも持ち合わせていない下等知的生命体に付き合わなければならないのだろうか、敵わないと感じたならばすぐに諦めればいいのだ。無駄な努力という言葉をどうやらあの下等知的生命体は知らないようであった。


 思わず、そこに倒れているボーナス餌へ触手を振り下ろすところだったが、殺してはいけないということを思い出して、踏みとどまる。

 ボーナス餌の力を上手く手に入れるには、生きたままその脳ごと魂をすすらなければならない。


 どうにも面倒だが、これも力を手に入れるためである。



 そうして、触手をボーナス餌へと巻き付けた所で、何かが近づいてくるのに、気が付いた。


 異形は三つの目と側頭部に備わった萎んだ穴のような耳、口の上についた鼻、口の中の舌、青白い肌に備わった触感、と人間と同種の五感と呼ばれる感覚器官の他に、自らの食料となる知的生命体の魂を感知することが出来る。

 とは言え、知ることが出来るのは大まかな方向と距離のみ、流石に三つの目玉よりもその感度は高くは無かったが、不意を打たれることは無い。

 

 異形は、手下のゾンビ共に相手をさせようと思ったが、何も反応が帰ってこず、少し待った所でリッチが先ほど消滅したことを思い出した。

 

 この廃坑道で動いているのは、死霊術士が死んだ今となってはボーナス餌とメインディッシュのみ、他の死体人形共は死霊術士が消えたことでもう動きはしない。


 死霊魔法を多少なりとも覚えていれば自らの手足とすることが出来たのだが、異形にはその生態持ち合わせた力として、脳みそと魂を喰う時に範分ほど残して、念波で染め上げてしまえばそう簡単に見分けのつかない手駒が作れるのだ。下等知的生命体の使う技術など特に欲しいとも思わず。必要な時は奪えば良かった。


 これは特にこの固体に限ったことでは無かった。後に《侵略者(インベーダー)》とグゥードラウンダにて呼ばれることになる種族は、基本的に必要な物があれば奪い己の物とすることを得意とすると同時に好んでいた。


 ともかく今この場には異形に動かすことが出来る手駒は存在せず。自らが相手をしなければならなかった。


 とは言え、異形は向かってくる相手をそこまで警戒してはいなかった。

 リッチが消滅してからさほど時間が経っていないことからもまだあの聖騎士がここまで来るのには時間がかかる。不良品であった先ほどのボーナス餌と同じようなことにはならないだろう、この姿を見た瞬間に体は固まり、直ぐ様逃げ出す他は無い。

 そうでなかったとしても大抵の能力は自分には通じない。

 

 聖騎士と同時に相手するのは多少骨が折れるだろうが、メインディッシュが到着する前に二人を片付けるなどたやすい。


 しかし、それだけではどうにも物足りなかった。唯々殺すだけではつまらない。


 暫く考えて、異形は転がっている不良品を見つけるとその三つ目を歪ませた。


 そうだ、コイツを喰っている様子を奴らに見せつけるのはどうだろうか。

 下等知的生命体はそれだけで心地よい悲鳴と恐怖に歪んだ顔を作ることを異形は知っていた。

 これならばこの不良品の所為で苛ついた心を晴らすことが出来るだろうと考えた。


 これにはタイミングが重要なのである。


 魂を感知する力と耳で、獲物との距離を確認しつつ、ちょうど逃げ切れず、かといって近づかれ過ぎない位置を図り、その瞬間に勢いよく貪る。


 異形は大人を驚かせる悪戯を考える子供のように無邪気にそんなことを真面目に考えていた。


 全くと言って言いほど、自分が不意を打たれる等と考えてはいなかった。


 まず、油断させる必要がある。

 少し、自分が苦戦しているかのように、十本ある触手を振り回して風を切る音を鳴らし、わざと壁面にぶつけて戦っている様子を演出していた。



 ボーナス餌が近づいてきていた。どうやら、上手く隠れていると思っているらしいが異形には徐々に接近してきているのが分かっていた。


 後十メートル、そろそろ不良品を抱え込んだ方がいいだろう。


 後七メートル、中々その手から離さない大剣をようやく剥がして準備は万全だった。後は振り向きざまにその脳にしゃぶりつけばいい。


 残り、五メートルそして、不良品の頭にかぶりつこうとした時、異変が起きた。自分が振るう触手とは違う風を切る音と同時に何かが聞こえたのだ。





「風魔流隠遁術、奥義――――呑牛」



 

 その声が聞こえたと同時に、いつの間にか異形の目前に、瞬きも許さぬ一瞬の内に黒い服に身を包んだ影のような何かが異形の眼前に躍り出た。



『な、なんだ……!?』


 

 異形は気配も無く突然現れた黒い影に思わず、《精神観応(テレパシー)》で反応してしまった。

 突然、目の前に現れた影に異形はまるで対応できていない。

 何が起こったのか分からず、混乱した異形が行動を起こす前に、既にその黒い影は次の行動に移っていた。



「風魔流隠遁術、対空蝉」



 触手がその影を払おうとした瞬間には、その影は消え、その場に残された黒い布を触手が突いたのみで終わり、同時に、今までつかんでいてまさに口に運ぼうとした不良品の手応えすら、一瞬の内に消え去ってしまった。

 残されたのは不良品が身に付けていた衣服の一部で、あとは丸ごとすっぽ抜けたように消え去っていた。


 異形は何が起こったのか全くと言っていい程分からなかった。

 魂を探すと確かに、近づいてきたはずの魂はこの部屋の空間内に存在していた。同時にあの不良品の魂も感じ取ったが、それもこの空間内をじりじりと移動していた。



 しかし、三つの目にはその姿形すら捉えることは敵わず。異形は自身の周りを血眼になって探すが影も形も無い。



「こっちっすよ」



 そして、混乱に陥った異形の耳に声が聞こえた。

 声が聞こえた方向へと目を向けると、いやに目立つ黒く背中まで垂れたスカーフで口元を隠し、目には黒い縁のゴーグルを身に付け、全体的に黒い軽装の男が立っていた。



『貴様、何時の間に……!』

「いやあ、まあ? 俺は忍者っすからね。不意打ちとか姿を隠すとか得意なんすよ」

 


 特に怯えた様子も見せずに異形の前へと躍り出たのは仮称、加藤佐助であった。




「さて、選手交代ってやつなんで、よろしくっすよ。タコ野郎」

『ふ、ふざけるなよ、貴様……! バラバラにして喰ってやる……!』




 忍者は異形のつんざく《精神感応》の前に余裕そうな顔をスカーフの舌で浮かべていた。


 

 


 


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