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Psychic×strangers   作者: さがっさ
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第一話 始まりの異邦人 / クライマックスフェイズ 5:死霊術士の願いの慟哭と、貫く聖騎士の雷

何とかぎりぎりセウト?

長いです。

 暴虐の嵐を掻い潜り、恭兵はその命を繋いでいた。


 廃坑道が幾つも重なる交差点ともいえるその部屋では、とてもこの世界に似つかわしくない異形がその手を振るい猛威を生み出していた。


 人間のように二本の腕に五本の指を持つが、共通点といえばそれまで、青白い肌を持ち合わせ指先には爪は無く、そして両手を合わせて十本の指はそれぞれが独立して動き、自在に伸び縮むその様は触手といって差し支えなかった。


 異形は十本からなる触手を鞭のように予測不能な動きでもって、空間を埋め尽くす。


 四方八方から迫る触手を時に屈み、時にその場から転がり、迫りくる触から恭兵は逃げ続ける。その場へと留まる時間は一瞬たりとも無い。

 


「《念動跳躍》ッ!」



 触手と触手の隙間をめがけ、《念動力》を足に接した地面に発動、地面から返る反作用に合わせるように跳躍することで、通常では為しえない跳躍を発揮し、包囲を脱する。

 地面へと殺到した触手はうねるように態勢を瞬時に整え、空中にいる無防備な恭兵へと狙いをつけ、猛追する。


 恭兵は慌てず冷静に周囲の状況を確認し、手にした大剣を一度《念動力》任せに振り、ハンマー投げのように回転する。



「《空中振り子》!」



 触手が迫る中、赤い大剣に掛けた《念動力》を解除して、放り投げるかのように大剣を手放す、勢いよく飛ばされる大剣、その端に括り付けた、大剣を覆う鞘の代わりとなる布の端を持つ。そして、大剣側に自らの身体を引っ張らせるように《念動力》を作用させ、地面へと突き刺さる大剣に引っ張られる形で、無理矢理空中を移動する。


 地面へと降り立つと同時に、恭兵は腰に下げた小袋から石を幾つか左手で取り出し空中へと軽く浮かせるように放る。同時に右手は地面に突き立てた大剣を引き抜き、素早く肩に担ぐように構える。



「《念動・小石散弾ノックサイキック・ロックショットノック》ッ!」



 放り投げた小石が地面へと落ちる前に、担いだ大剣でスイングし当て、異形へと石を飛ばす。

 《念動力》による補正を掛け、過たず放たれた散弾の飛礫、異形は飛来するそれらに対し、身構える事無く、


 伸ばした触手をそのまま振り回して弾き飛ばす。


 《念動力》が掛けられ威力が上げられた飛礫を十本の指からなった触手は労することなく部屋のあらぬ空間へと

弾き飛ばした。


 そして異形はその手を回し続け、自らの身体も回転、回転、回転。

 半径十五メートルも無い小部屋の中心で、異形は一つの竜巻と化し十本から無く触手で部屋中の空気を掻きまわし、乱す。触手が恭兵に触れることとなれば、たちまちその四肢を絡めとられ坑道の壁面の紅い染みと化すだろうことは容易に想像できる。


 異形による小型の竜巻はじりじりと恭兵の方へと移動し、触手との接触を避ける恭兵は、じりじりと距離を空けるべく後ろに下がるが、遂に壁際へと追い詰められた。

 左右上下共に逃げ場となる空間は無く、その時間も無い。このままでは数秒と持たずに恭兵は触手にと捕らわれて血の染みと化すだろう。


 しかし、諦めるのはまだ早い。



「しゃらくせえ!!」



 恭兵は、赤い大剣をその腹を異形の竜巻へと向けた上で前方の地面へと斜めに勢いよく突き刺した。

 恭兵の背丈ほどもある赤い大剣の半分程を無理矢理大剣の頑丈さに任せて地面へと押し込み、竜巻が目前へと迫ったのを同時に、赤い大剣の柄へ目掛け足を振り上げ、踵に《念動力》を付与して落とす。



「《念動・スコップ返し》ッ!」



 てこの原理により、折れず曲がらずの赤い大剣はその威容を保持したまま、地面に突き刺さった剣身を露わにする。

 そして、それにより土砂が巻き込まれ、異形が自らの回転の足場としている地面を崩し、回転が傾き、左右に空間が空く。


 その隙を逃さず、恭兵は赤い大剣を抱くようにして開けた空間へと転がりながら飛び込み、迫りくる触手の竜巻を潜り抜ける。



「ぐぅあがッッ!」



 触手の竜巻の一端が、直撃しないまでも恭兵の全身を叩く。外見上は軟らかく見えた触手もその実鋼鉄を思わせる硬度を誇り、それを鞭のようにしならせた一撃が恭兵に苦悶の声を上げさせる。

 続けて背中、肩と絶え間なく肌を服越しに打つ。撃たれた部分の布は裂かれるが、胴体部に着た鎖帷子によりどうにか直接肌をえぐるような事態にはならなかった。

 恭兵はその場で止まることなく潜り抜け、異形の背へと転がり出る。



念動(サイキック)ゥゥゥ天井落としィッ!」



 転がり出た勢いのまま止まることなく、回転を続ける異形の真上の天井を《念動力》の剛力で引き崩して落とす。


 重力によっていくつかの石盤は、自由落下に従い異形へと真っすぐに向かう。

 異形も流石に即興で対処することは出来なかったのか、回転を止め、触手を伸ばして自らの身体を引き落下する瓦礫を避ける。

 地面へと激突し、瓦礫の質量と速度からなる力はさらに地面を割り、砂煙が舞い上がる。

 態勢を整えた恭兵はその隙を突く。



「フルッスイングッ!」



 大剣を背から抜き、目の前の大気を叩くことで風を生む。

 風は舞い上がった砂煙を異形の方へと叩きつけた。これで異形の視界は閉ざされ、恭兵の動きは分からない、訳では無い。そもそも相手は壁越しに相手の位置を確認することが出来る可能性があることを恭兵は考慮に入れる。


 すかさず、右手で腰から石を一つ取り出す。

 そのまま、大きく振りかぶって、腰を回転、肘を返し、腕を振り、手首を返し、そのすべてに《念動力》を用いて速度を跳ね上げさせた剛速球が右手から放たれる。



「《念動豪投擲》ィィィィ!!」



 大気を叩くような音と共に、石は異形へと真っすぐに向かい飛翔する。

 真っすぐのストレート。砂煙で封じられた視界は恭兵の位置を探るには問題が無くとも、飛来する石を感知できるかどうかは定かでは無かった。



(この一撃をどうするかで、異形の視界がどうなってるかのヒントが分かる!)



 異形を覆う砂煙を突き抜けて、飛来する礫。《念動力》による加速や補正をかけてない代わりに初速に力を裂いたため、無効化する領域に侵入したとしてもその影響を受けること無く突き抜ける。

 

 鈍い音が走った。


 砂煙は恭兵の投石による影響で多少視界が通る程度には晴れたが、掌に乗る程度の大きさの石では砂煙を全て払うに至らず、依然として異形の周りを漂っており、どのような状況になったのか恭兵には分からなかった。

 音から判断するに投石は命中したと思われるが、それでもダメージが通ったと考えるのは早計であった。



『この餌風情がァァァァァッァ!!』



 身構える恭兵の脳に直接怨嗟が込められた叫びが響くと同時、砂煙の中から触手が突き伸ばされる。

 これを恭兵は横っ飛びに回避するが、突き出た触手は恭兵の背後の壁面を破壊し、その破片をまき散らす。



 そして、壁に突き立てた二本の触手が突如として、熱せられた鉄の如く赤熱する。そして鉄が熱せられるのと同じように周囲の空気を熱して熱い風がまき散らされ、思わず目を瞑った恭兵は、その熱波とは反比例するかのように凍るように走った背筋の感覚、これまでありとあらゆる危機に関して働いてきた保身の直観とでもいうべき感覚が全力で警戒を促したのに身を任せて、ただでさえ横っ飛びの後、地べたに這いずった姿勢のまま《念動力》で無理矢理跳んだ。



『《高熱放射(エネルギーバースト)》ォォォォォォ!」



 恭兵の足先が地面から離れた瞬間、赤熱化した触手が白熱と化し、一瞬の後に爆発が起きた。


 衝撃は、そのほとんどを音へと変えたが、それでも触手の先を中心に広がり、少しでも距離を取ろうとした恭兵を空中で叩き、壁面へと激突させた。


 咄嗟に背後に《念動力》の壁を作ると同時に、衝撃に逆らうことなく飛ばされることで衝撃を緩和し、壁に激突する直前に《念動力》でクッションとなる壁をつくり、大きなダメージを負うことは避けることが出来た。

 それでも、拡散された音が恭兵の三半規管を狂わせたことで、吐き気とめまいを引き起こし、平衡感覚がかき乱された。これでは、異形の位置はおろか、天と地が揺れて立ち上がることもままならなかった。

 また、咄嗟のことで完全に衝撃を軽減することは出来なかったため、骨にまで達した衝撃による激痛を耐えるため歯を食いしばる。


 そんな前後不覚の五感の中で、先ほどと同じく危険を第六感のみが察知した。


 兎に角その場から逃れ出るために、地面を蹴って離脱、その瞬間に背中を鋼鉄の鞭が走る。


 方向が分からないまま、第六感の危険信号に合わせる形で地を這いながら触手の攻撃を避け続ける。

 全て躱す事は出来ず、触手が走る度に四肢に傷を負うが、致命的な一撃は確実に回避する。



 何とか視界が安定し始め、漸く立ち上がれた時には、恭兵は既に全身に傷を受けていた。

 手や足などの衣服の布は破け、中からは青く腫れあがっていたり、擦り切れて血が流れ続けたりなどした皮膚が確認できる。立ち上がるだけで全身に痛みが走るがそれをこらえる力も無く、何とか赤い大剣を支えとして立っていた。


 入らない力をどうにか補うべく、全身に《念動力》を働かせるが、脳に痛みが走る。

 

 時間切れが近づいている。


 体力が失われ、既に立っているだけでやっとの恭兵は《念動力》により、何とか戦うことが出来ている。もし、それを使えなくなれば、糸が切れたように地面に倒れ伏すのは明らかだ。

 


(くそっ、肝心な時だけ融通が効かないないんだから嫌になるぜ。畜生)



 どうしても、超能力に頼らざるを得ない自身に腹立たしいものを感じつつも、それでも恭兵は諦めない。


 自分の役割を果たす。


 それこそが自分が生きる道なのだと、心に刻んで前を向く。


 触手を携えた異形は立ち上がる恭兵の傷ついた姿を見てある程度の溜飲は降りたのか、先ほどまでの激昂が嘘のようであった。打って変わって、こちらを見下すような視線を三つの目でもって投げかけていたと恭兵には感じられた。


 調子がいい奴め、僅かにほくそ笑みながら、恭兵は息を整える。

 相手が間抜けを晒している間にこちらは時間を稼ぐことが出来ることに変わりは無い。自分が奴の鼻っ柱を折るには援軍は来そうにないので、それは残念だった。



(俺にさっさと止めを刺さなかったのを後悔させてやる)

 


 僅かにかすみ始める視界、疲れも溜まってきている。何とか時間を稼いで、体力を僅かでも回復したいと、恭兵は思ったが、そう上手くは行かなかった。


 異形は十分に嘲笑ったのか、再びその触手を構えた、ゆらゆらと揺れる十の鋼鉄同然の凶器、まともに当たればどこの部位も、もうまともに動かせられるとは思えない。


 腰に下げた袋から水薬(ポーション)を取りだして半分程服用してから、残りを特に腫れあがった右足のすねと、左ひじに掛けて、残った容器であるガラス製の瓶を、



「《念動投擲》」



 挑発がてらに異形へと投げ捨てた。


異形の触手は放られたそれを事も無げに弾き、ガラスの瓶は土と石で固められた壁面に激突、バラバラに砕けた。



 しかし、その対応に両者が示した反応は対称的であった。

 異形の方は、優位に浸っている時間を邪魔されたことにより、憤怒を再び滲ませており、人間には表情が分かりづらいその顔を怒りが伝わってくるほどに歪ませている。

 対する、恭兵の方は、異形が発する怒りに対して、悪戯が成功した悪童の如く、傷だらけの身体が訴える痛みをこらえながら、口端を歪ませた笑みを作る。はたから見れば痛々しいものであったが、そんなものでも異形への挑発には十分であった。


 恭兵の目的は囮だ。故に、相手に他の場所を見る余裕など与えない。

 


「ほら来いよ、まだ七回表って所だろうが、ゲームセットにはまだ早いぜ?」

   

 

 異形は今度は声を上げることはしなかったが、ゆらゆらとうごめかせていた触手は空中でその動きを止めて恭兵へと狙いが定められていた。さながら、鋼鉄の杭、先はそれほどとがってはいないものの、勢いを付けて結果人体を貫くのであれば同じである。

 それが十本、キリキリと弓の弦を引くような幻聴が聞こえるほど振り絞られた力は、恭兵が息を吐く暇すらなく、解き放たれた。




  ◆




「あなたは、私を殺す気ではありませんね?」



 いくつもの破壊痕が刻まれた半径二十メートル程の円形の空間、蜘蛛の巣のように張り巡らされた廃坑道のいくつかが合流するその部屋は二人の戦場となっていた。

 

 一方は対魔十六武騎が一席、《聖騎士》エニステラ=ヴェス=アークウェリア、対して、もう一方はその業でもって、自らを外法の不死へと変えし死霊術士、マグファイガー・ヴァーマイト。


 両者はここにきて互角の戦いを見せていた。


 エニステラは、負傷した右足を庇いながらも、ハルバードを支えに、飛び交う死霊魔法を避け、払い、切り捨て、防ぎながら、隙間を縫って攻撃を打ち続けていた。

 マグファイガーも、異形による遠隔の支援、神聖魔法を吸収する半径二メートルほどの領域が途切れ、腹部は、聖騎士の蹴撃でその皮膚が焼けながらも、これまで以上の密度で死霊魔法を放つと共に、絶え間なく配下のアンデッド、ゾンビやドワーフスケルトンなどを繰り出して応戦、合間を縫って放たれる神聖魔法を悉く避け、そのローブは端から擦り切れており、卓越した魔法使いが放つ超然とした態度などかなぐり捨てていた。



 激しい攻防の最中に訪れた嵐の中心のような静けさ、神聖魔法と死霊魔法が再び撒き散らされる前に共に態勢を整えるべくして生まれた一瞬の静寂は次の瞬間には消え去るはずであったが、そこに挟まれるように聖騎士の声が空間に響いた。



「……何故、そう思う?」



 マグファイガーは、その声に動きを止めた。聖騎士の意図を図るためである。異形の支援が途絶えてから初めての静寂、聖騎士は何を持って先ほどの発言をしたのだろうか。

 だが、時間が稼ぐのも一つの手である。ここはあえて聖騎士の狙いを探るべく、会話に乗った。



「先ほどから放たれている死霊魔法のほとんどは拘束系、もしくは敵の行動を縛るのが目的の物が多く、時折放たれる攻撃用の魔法であっても負傷した私に直撃するどころか、そのほとんどが迎撃が可能なものであったり、その後に続く拘束魔法への布石となるものばかり……端的に言えば殺意がありません」

「それで……? 自分でいうものなんだが、死霊術士とは陰湿なものだ。確実に弱らせ、確実に捕えた上で叩き、殺す。それが私の方針というだけのことだ」

「かもしれませんが……それは自分の命が脅かされそうになっている状況でも行えることでしょうか?」

「フム、成程……?」



 マグファイガーは思考を続ける。この場合、聖騎士が言っているのは恐らく異形からの支援が途絶えたことを指している、のではない。

 神聖魔法がこちらに通るようになったからと言って、死霊術士を侮るような御仁ではないだろう。とすれば、可能性と考えられるのは、自らの不死の証明であると同時に残された唯一の生命線とも言える魂封箱、その存在である。



「もしや、私の魂封箱をあの三人が破壊するとでも? 見た所、彼らにできるとは思えないがね」

「ですが、可能性が無いわけではありません。そして、あなたが確実性を求めるというならば、彼らを放置することは矛盾した思考となります。勿論、私を確実に倒してから向かうという方針であったのならば、矛盾はないのでしょうが」

「ほう、ならその通りだとは考えなかったのか?」

「ええ、何故なら先ほど言ったように、あなたには殺意がありません。足りてない、のでは無く、無い。攻撃よりも防御、防御よりも私を捉えることに専念している。違いますか?」


 

 マグファイガーは思考を深める、どうやら、彼女はこちらの狙いについて把握し始めている。だが、それをここで話し始める意図は分からない。やはり時間稼ぎなのだろう。よほど、魂封箱の破壊に向かわせた三人を信頼していると見える。



(無駄だ。何故なら奴らは異形と戦闘を行っている。奴に勝てるはずもない………?)



 何故か異形の存在を意識すると思考が鈍くなる。そう感じたマグファイガーだが子の場において、そこまで意識する必要はないだろうと結論づけ、その思考を奥へとおいやった。



(さて、どうするか。このまま話に付き合い、時間を稼げば異形の前に三人は倒れる。そうなれば異形の支援も復活し右足に傷を負った奴を倒すのに苦労はしない。であれば、相手が回復を程度に時間を稼ぐのもいいか)



 エニステラの目的を魂封箱の破壊と自身の回復のための時間稼ぎだろうと当たりをつけて、そこに付き合いつつ回復が行われない程度に再度攻撃を仕掛ける方針を定め、死霊術士は話に付き合うことにした。



「成程、成程、成程。流石にここまで露骨であれば気づくというものか……、その通りだ、聖騎士、私の目的はお前を殺す事では無い。お前を捕えることだ」

「つまり、私と最初に戦った時、過度な追撃が行われなかったのは生かして確実に捕えるため、と」

「その通りだ。ゾンビ共に追わせて万が一にも死なれては困るからな、確実に捕えるにはやはり自らの手で行った方がいい」

「偶然、私が通りがかるのを待つ……などと、確実性のないことを計画とするはずがありません。私がここに来るというのは予め知られていたようですね」

「ああ、お前がマージナルに訪れる、というのを聞いてな、急いで準備したのだ。ここへ拠点を構えたのも全てはお前を捕えるためだ」

「町の住民が、詳しく調査することを渋っていたのも」

「ああ、私の手勢でお前に情報を行き渡らせないためだ。まあ、お前はそれでも来たのだろうがな」

「では、何故私を捕えようなどと考えたのですか?」



 エニステラの聞きたいことは正にそれだった。なぜ自分が狙われているのか、恨みか、それとも研究のためなのか、死霊術士から狙われることも想定していたエニステラであったが、それでもこうも対策を重ねられたのは初めてであった。魔族が自分を狙ってきたと初めは考えたが、それでもどこか違和感が残る。

 故に策を練ると共に確認しておきたかった。



「何故? 何故と聞いたか? それは私の目的のためダ。私自身のッ私の切なる願イ、貴様が信仰する神すらッ叶えられない崇高なる願イッ! そのためダ」

「神にすら叶えることが出来ない願い……ですか」



 マグファイガーはその願いを聞かれた途端、豹変したように言葉を続ける。それまで変化が少なかった表情は突如としてこわばり始め、内に秘めたものが剥きだしになっていく。

 それまで現れていた冷静さは、秘められた狂気の執念に塗りつぶされていくようでもあった。

 その豹変に対してエニステラは静かに相槌を打つ。

 死霊術士が唱える願い、尚且つ神すら叶えることすらできないとなれば思いつくのは少ない。

 エニステラが聖騎士として、相対してきた死霊術士はその大抵がその願いをエニステラに対し、嘘か真かはともかく主張し続けていた。


 

「死者の蘇生、そう一度死んだ生命の復活ッ! それこそが、俺の悲願ッ! 全人類の願いとも言っても過言では無いッ! そのためにお前の身体が必要なのダッ! そのために、お前の身体を必要とされているのだ、感謝こそすれ、否定される覚えは無イィィ!」



 絶叫を上げながら、剥がれ落ちる寡黙な魔法使いとしての仮面、ゆえにこれは真実、彼のマグファイガーの願いであったのだろうという事は、エニステラには理解できた。

 死者蘇生、つまりは死んだ者にもう一度命を与えるということ。

 それは神にすら覆すことは出来ない。


 ――死んだ生命はその身に宿す魂は神の御許へと送られる。


 それこそが、この世界、グゥードラウンダの法則、魂は決して還らず。生命は魂なくば生きることは無く。故に死した魂を失った生命は生き返ることは無い。


 よって、肉体を魂も無く動かすアンデッドは忌避される存在だ。同様にアンデッドを生み出す知識であり、tからとなる死霊魔法とそれを操る死霊術士も同様である。

 だが、そこに可能性があるのは事実である。

 死んだ家族、友人、知り合いに会いたいというのは誰しもが抱く思いであろう。それが叶う、というのは素晴らしい事なのだろう。



「俺ハッ! この世界の悲劇をナくすのダッ! モンスターガ蔓延り、魔軍は百年に一度ノ侵攻で大陸に戦火ハまき散ラされルッ、ソウして失われた命を救いだそウとして何が悪いッ! ソレデモ貴様は俺の邪魔ヲするトいうのかッ!」

「…………」

「私ハ、俺にハ、娘が居たッ! 彼女は、唯一の俺の生きがいだっタッ! それも村を襲ったモンスターによりその命を失ったノダ! それを取り戻そうとしたいと考えて何が悪いッ!」

「…………」



 エニステラは答えない、唯々、黙ってマグファイガーの慟哭を聞く。

 或いはそれは彼女が救えなかった命かも知れない。

 彼女とて万能では無い。この世界で永劫に安全な場所は無い。この身は一つしか無く、また、間に合ったとしても取りこぼすこともあった。

 

 ――そもそも、彼女の対魔十六武騎としての切っ掛けからして失ったものは多かった。だから、起きる悲劇を否定することは出来ず。そして、自らの至らなさを思い知らされる。



「だから、お前の肉体が必要なのダ。お前のことを俺は調べ上げタ。お前が若年にして対魔十六武騎の一席に座っていられる理由、最強の聖騎士である理由ハ唯一つ、脈々ト引き継がれタ血肉にあルッ!」

「…………」

「お前は神聖魔法を使う際、その身ニ聖雷を纏ウことが出来るが、いくら神と血脈に連なる代々の契約があルからといって、出来る代物では無イ。歴代が重ね続けタ特殊な人体の改造ッ! 幾つもの優秀な聖騎士の血を重ね合わせたことニよって、作られタ恵まれタ血統ゥ! 侵攻してくる魔軍を滅ぼすべく生まれながらの人類の武器として作られるのがお前たち対魔十六武騎の直系の子孫だァ! その中でも、お前は神聖なる神と繋がるためニ調整された。故ニその肉体ならバ死者の魂が逝ク神の下へと行く可能性があるのだァアアア!」


 

 矢継ぎ早に告げられる目的、怨念さえ込められたそれを前にしてもエニステラは受け止める。

 彼が言ったことは事実だ。

 一部よくわからない単語は見受けられたが、この身は魔を払うために生まれた。

 人類を脅かす闇を払う、それが生まれる前から定められた使命である。

 そのことに疑問を持たなかったことは無いなどと言うつもりは無かった。



「それに、お前にモあるはずダ。生き返らせたイ者が、後悔ガ」

「それはッ……」


 咄嗟に、ハルバードを握る手に力が入るが、ここで焦ってはいけない、そう判断して、胸の内からくる怒りを抑え込む。


「言ったハずだゾ、お前ノ事は調べ上ゲたと。お前が対魔十六武騎へとなった切ッ掛け、二年前ノ単独ニよるリッチの討伐ダ。だが、その時ハお前ハ単独で挑んだのでは無かった、ソウだろう?」

「…………」

「総勢、二十人からなる聖騎士による部隊、ソれらガ一体のリッチにヨって壊滅、リッチはオ前の手デ討伐されたがガ、生存者はお前一人ダッタ」

「…………」

「ソレ以来、お前は単独行動を好み、遂にハ完全単独によるリッチ討伐で引退する《聖騎士》の後釜とて選ばれタ」



 今でも、彼女の夢にはその光景が現れる。


 廃教会を根城にしていたリッチは、元神官であった。

 聖騎士による討伐部隊の手口ややり方を事前に把握していた彼は、予め二十人の内に卓越した神聖魔法の使い手であろうとも、見抜くことが出来ないアンデッドを潜りこませていた。

 

 そしてその手勢を、廃教会へと攻め込む前、突入前の準備を行っていた時に潜んでいたアンデッドは部隊長を背中から刺し、一撃で沈めた。

 混乱のさなかに解き放たれたアンデッド達、いかに訓練を積んでいたといたとしても、混乱し、連携の取れなくなった集団など、烏合の衆に等しかった。

 周りで倒れ征く、先達や同時期に聖騎士となった同期、才能が認められた上で同行を赦された若い騎士なども、全てが血に沈んだ。


 混乱が収まって放たれたアンデッド達を全て薙ぎ払った時に残されていたのはわずかエニステラを含めた三人、それも万全に戦えるのは自分のみであった。

 既に撤退することは出来ず、廃教会から現れた神官の衣装に身を包んだリッチは生き残りに止めを刺すべく現れた。

 そして、怪我を負った二人の命がけの囮と足止め、そして隙を作った所を首から下げた十字架の魂封箱ごとエニステラが貫きその体を破壊して討伐は完了した。 

 回復が追いつかぬように念入りに殺された十九人の聖騎士たちは、エニステラの手で祈りを捧げられ、その肉体はアンデッドにならぬように丁重に葬られた。


 運が悪かったと片づけるつもりは無かった。


 リッチとはそれほどの危険性の持ち主、聖騎士二十人を全滅まで追い込む狡猾さと不死性の持ち主だ。予め全滅する危険性があることは十分に説明されていたし、安心安全な任務などこの身にはあり得ないということは知っていた。 


 裏切られた、と感じた訳では無かった。


 そもそも、死霊術士による策略に嵌っただけで、責めるべきは仕掛けてきた死霊術士だ。


 他人が信用できなくなった訳でも無かった。

 

 死んでいった仲間は最善を尽くしていたと思う。そうでなかったとしても最後に囮役をエニステラが迷う暇も無く買って出た二人をして信用が出来なくなったなどと口が裂けても言えなかった。


 一人で戦うのには既に慣れてしまったし、対魔十六武騎同士の共闘も自らの都合で断るほど身勝手では無かった。

 それでも、仲間を失いたくは無かった。


 あの喪失は、対魔十六武騎となっても耐えられるものでは無かった。

 戦うことを止めることは無かった。

 それでももう一度あの血の海を見たいとは思わなかった。


 夜に眠り見る夢、自らが進む道は戦いによって引き起こされる血で溢れていた。

 だから、戦いによる命が少ない、無い世界を夢みたいと、そう思うようになっていたのだ。



「ドウダ? お前モその為ナラバ、その身ヲ捧ゲテモ良イのではないカ? 例エ死ンダとしても、生き返るノなラバ。お前が犠牲にナッタとしてモ」

「そう……ですね。あなたが言うのは、きっと素晴らしいものなのでしょう」



 エニステラはその視線を落とす、顔は俯き下を向き、すでに膝は崩れ落ち、地べたへと座り込んでいた。

 

 

 その様子を見ていたマグファイガーは心のそこで邪悪な笑みを浮かべる。これは思わぬ隙が生まれた。

 予め用紙していた揺さ振りの内の一つ、これで隙の一つでも作れれば儲けものだと思ったが、予想以上の効果だった。

 若輩ながら、死霊術士戦においては百戦錬磨を誇るというが、こうもあっさりと戦意を喪失するとは、やはり若いとしか言いようがなかった。

 彼女が自ら捕まるのを待つまでも無い、後は死霊魔法の拘束でもって、完全に無力化するだけである。

 


(だが、念には念を籠める。コイツはこれまで、俺が死霊魔法を詠唱を唱えて使い続けてきたことで、詠唱を使わないと発動できないと思っている、そこを突く)



 後ろ手に回した自らの右の掌にその内部に埋め込んだ、黒い小さな飴玉のような物を神聖魔法により焼けた傷口から取り出す。

 《混沌の網》が刻まれた黒い玉は、指で一定の方向になぞることで、刻まれた魔法が発動される。

 


 エニステラを今一度、確認する。無事な左足を立てているが、それでも片足だけではこちらへと攻撃を加えたとしても届きはしないし避けれはしない。

 気づいたとしても、打ち払うには詠唱は間に合わず、幸運にも避けられたとして、その後は続かないだろう。《魂掴み》を撃ち続けてやればいい。

 


 距離は十分、反応は出来ない。

 話しかけ、揺さぶりを続けて落とす。

 お膳立てはされた、さあ今こそ悲願を達成する時だ。

  


「サあ、いまこ、」


 

 何かが弾けた音と空気を裂いた音が続いた。


 語句を告げようとしたマグファイガーの腹部に、何かが刺さっていた。

 死霊術士は動けない。

 その視線を腹部へと向ければ、刺さっていたのは聖騎士が携えていたハルバードの先端、槍となる部分であった。

 先端のみが、何故かマグファイガーの腹部へと突き刺さっていた。



「《聖電磁射出(マグレージ・ボルト)》」



 聖雷には幾つか特殊な性質が存在している。その内の一つ、聖雷はそれ自体の周囲に金属を引きつける力とそれとは別の方向に力を発生させる性質があり。それを上手く利用すればハルバードの先端を飛ばすように聖雷を流す程度であれば、詠唱の必要も無く行うことが出来る。


 それは、恭兵達の世界でいう電磁誘導とローレンツ力からなる電流による金属の射出、分かりやすく言えば超電磁砲(レールガン)と同じ仕組みであった。

 代々の聖雷を扱い続けて来た聖騎士達は度重なる戦いの中でその性質を発見し、技へと昇華し続け、それを後進へと受け継がせてきた。八百年による戦いの歴史が彼女を支え続けていた。



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 そして、それだけで終わるはずも無かった。

 左足裏へと聖雷を集中、座り込んだ状態から、地面を蹴って前方へと加速、そして、右足をもって確かな踏み込みとする。


 死霊術士へと突き刺さった槍の先端を接合部に合わせるようにして突きを放つ、


 これは、初代の対魔十六武騎の《聖騎士》が細剣(レイピア)にて用いていた技。

 

 不利な体勢から相手の攻撃の隙に対する反撃(カウンター)として急所めがけて放たれる必殺の突き。それをハルバードに応用、再現する。



「アークウェリア流、返し技が一、《聖雷通し(レイジ・ステアー)》」


 

 聖電磁力により誘導、接合された先端部はハルバードに籠められた聖雷を死霊術士の体内へと瞬間的に伝え、リッチの肉体は聖雷に満たされ、響く雷鳴と共に解き放たれた聖雷により弾けた。


 はじけ飛ぶリッチの五体を前にエニステラは言った。


 

「それでも、あなたの願いで踏みにじられる人々の命を例え還るものだとしても捨てる訳にはいかないのです」



 誰かを失うことは痛いのだ。彼女はそれを知っている。


 失ったものが戻ってきたからとて、その痛みを誰かに押し付けることを、彼女は許せない。


  

 

 


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