第一話 始まりの異邦人 / クライマックスフェイズ 4:彼女は何故か諦められない
今週も何とか間に合いました。
ちょっと長いです
「どう? 罠はどれくらいあるの?」
「それはもう、うじゃうじゃと仕掛けてあるっすね。魔法も仕込まれてると思うんでそこらへんは具体的なのはわからないっすけど」
都子と佐助の二人は恭兵が囮となり敵を引き付けている間に、遠回りをしてアンデッドの包囲を突破していた。
そこからは、恭兵が逃げ回っている間に目的の部屋へと急ぎつつも、敵と戦闘を行わないように佐助の《接触感応》による索敵を続けながらようやくリッチの魂が仕舞われている魂封箱が隠されていると思われる部屋まで、あと少しのところまで近づいていた。
佐助の目論見通り、恭兵がアンデッドに対する囮を開始してからというもの、こちらを注視し見張る動きが消えていた。あからさまな囮であったとしても、問題の部屋へと罠を抜ける形で一直線に向かわれたら、対処せざるを得ないだろう。
最短の道に対しての罠が少なかったため、いささか不安を感じていたが、恭兵は今のところ、問題なく敵の目を引き付ける役割を順当にこなしているようであった。
しかし、ここで時間をかけていれば恭兵もいずれは殺されてしまうだろう、急がなければならない。
目標の部屋まで佐助の感知からすると二人は凡そ十メートルまで差し掛かっていた。
後は駆け抜けるのみといった所であるが、そこで油断するわけにはいかない。
目標の部屋と思われる部屋は二人の視線の先の曲がり角、そこを曲がった先にあるとされるのだが、この位置であっても異様な雰囲気を漂わせて足を先へと進ませるのを躊躇わせるには十分であった。
罠が仕掛けられていることは明白であった。
容易に歩を進めれば、たちまち命に関わるような罠を作動させてしまうだろうという想像をぬぐうことが誰にできるだろうか。いずれにしろ、走る抜ける訳にはいかないのは互いに言葉を交わすことはなくとも互いの共通認識となっていた。
これまでは罠がある道は佐助が予め避けてきていたのだが、この距離まで近づいて再び遠回りをする訳にもいかず、ましてや、魂封箱が収められている部屋の周りに罠を仕掛けていない場所があるとは考えにくく、もしそんな場所があったとしても手下のアンデッドが集まっているだろう。
「……具体的なのが分からなくても何とかならない?」
「それは何とも言えないっすね。例えば……爆弾がそこの床に仕掛けられてるとして、その位置は分かるんすけど、何が切っ掛けでそれが爆発するかは分からないって奴っすね」
「魔法……だから、例えばその床に近づくだけで爆発するとか、になるわよね。もういっそ、飛んでいく? 確か《浮遊》が魔導書の中にあったはずだからそれ使って地面を飛んでいけば……」
「それこそその範囲の空間に入ったとたんにドカンってなると思うっす」
「……それもそうね」
二人が浮かびながら曲がり角を曲がった瞬間に爆発が起きる。都子にはその後継が容易に想像できてしまった。
「都子さんの方で詳しく見ることは……」
「……ごめん、そういったのもあるのかもしれないけど、少なくとも私が読み取れた範囲だとこの本には無かったわ。魔法の類を探り当てるのは《索敵者》任せにしてたから……どうにも……」
「そうっすかーーー、と、な、れ、ば。取れる手はちょっと確実性に欠けてくるっすかね。ちょいと、そこで動かないで下さいね」
佐助は都子のどこか申し訳なさそうな様子を気にもせずに、腰に巻いたベルトポーチを後ろ手にごそごそと探り、いくつかの針金のようなものや楔、小さめの金床、ロープ、などを手にして、罠が仕掛けられているとされる曲がり角へと向かう。
「ちょ、ちょっと! どうする気!? どんな罠かは分からないって、さっきアンタが言ったことでしょ! 何か考えでもあるの?」
「ああ、まあ多分大丈夫っすよ。確かに魔法による罠はよくわからないっすけど、普通の仕掛けの罠は一発で見分けられたんで、その配置とかから魔法による罠の感度範囲を予測すれば、通れる道は、で、き、る、は、ずっと」
佐助は手に持った針金や楔を鼻歌交じりに曲がり角の壁や、その地面へと当てちくちくといじると、壁面を隠していた布のようなものは剥がれ落ち、そこには壁をくり抜いて作られた空間に弩が仕掛けられてあり、足元がめくられれば、落とし穴とその中には針の太さが槍と同等の剣山が仕込まれていた。
佐助はそれらをなに一つ作動させることなく、部屋を片付けるかのように迷いなく仕掛けられた罠のことごとくを解除させていた。
今のところ、魔法による罠が作動した雰囲気は無く、本当に物理的な罠の配置から魔法による罠を回避しているらしい。
「あとは、こんな感じでやれば、通れますかねっと。都子さん、もういいっすよ。とりあえず、そこに打った楔のとこまで進んで来てください」
佐助の作業が終わったらしく、いくつかの楔を地面に打ちながら、それぞれをロープでつなぐと、都子に声をかけた。
罠と部屋に近づくことを一瞬ためらった都子であるが、意を決し、その歩を進めて佐助が言ったように、一番手前の楔の位置まで辿り着く。
罠が発動した様子は無い。都子は安堵の息をつくが、そこはまだ曲がり角の手前であって完全に安心するにはまだ早かった。
「とりあえず、この楔とロープを辿るように歩けば大丈夫っす。万が一を考えて俺が先頭を進むんで、ちょっと離れてついてきてください」
「わ、分かった。ええと、このロープを辿ればいいのよね? どれくらいの幅を歩けばいいの?」
「とりあえず、足がロープに触れているなら大丈夫っす。あまりに外れると……多分起動するんで、焦らなくてもいいんで慎重に」
佐助はそう言い残すと、一人さっさとロープを伝うようにして、進み、曲がり角の奥へと消えた。
都子が頼れるのは楔通しを繋いだ細いロープ、一歩足を踏み外せば罠が起動するとなれば、容易に足を踏み出す訳にはいかない。
都子が慎重に、ロープの先を確かめていると、どこからか振動が伝わってくる。
ここへと来る間にも、断続的に続いているこの振動、おそらくエニステラと恭兵が戦っているのだろう、自分たちをこの先の魂封箱へと進ませるために自らの役割を全うしているのだ。
自分がここで足踏みすれば、それだけ二人は傷つくことになる。エニステラに対しては大丈夫だとは思うが、恭兵は本当に心配だ。
(ここでぐずぐずしてられない!)
都子は再び楔通しを繋ぐロープへと足を這わせながら先へと進む。
慎重に、しかし急ぐように、段々強く伝わってくる先頭の余波とも思える振動が自らの背を急かすが、それでも慌てることなく、曲がり角に差し掛かって、短く息を吐いて、曲がる。
罠は……作動しなかったようだ。
開けた視界の左の壁面の先、何やら扉が見える。鳥肌が立つほどに扉の隙間から何か恐ろしいものが漂っているのを肌で感じ取る、あそこが目標の部屋だろう。
そのまま、足をロープに這わせ、ようやく最後の楔へと足は辿り着いた。
「ふう、何とかなったわね」
「問題はここからっすけどね」
部屋へと続く扉はちょうど道の真ん中にあり、この部屋へと至る道は二つほどあるようであった。
元々ドワーフ達が使っていた坑道には無かったのか、あとから壁面を掘って作ったかのように、壁面と扉周りの土の色が違った。近づけば、これまで匂ってきた腐臭をより濃くしたのが扉の隙間から流れ出ている。
「どうやら、結構最近作ったみたいっすね。通りで罠もずさんな感じだった訳で」
「そうなの?」
「まあ、魔法使い無しでも斥候の腕次第で通れる道でしたからね。魔法と物理の両方をそろえてあったのはいいっすけど、要はそのどっちかで止められる自身が無かったっていうのが本当の所だと思いますよ。仕掛けてあったのも致死性が妙に薄いものばっかりだったし、捕えるとか足止めを前提にしてる、というか」
「そこらへんはどうでもいいわ、死霊術師の考えなんて理解したいとは思えないし」
「そうっすね。それで……肝心の扉は……やっぱり鍵が掛けられてるっす。結構頑丈な」
扉に触れないように、佐助が注意しながらその傍の壁面に手を当てる。《接触感応》で扉の情報を探るのだ。
「中に何かいる?」
「とりあえず、生きてるのはいない見たいっすね。アンデッドも……多分いないっすけど、魂封箱の影響かそこらへんが分かりづらいっす」
「一応、《開錠》の魔法で開けられると思う?」
「多分、鍵は開けられても罠が仕掛けてあってドカンとかっすよ。多分、特殊な鍵がいる奴っす。前に見かけたことがあるっす」
「で、それを持ってるのは……」
「リッチか……それとさっきまでここにいた奴っすね」
「それって、恭兵がいま戦ってる奴よね。だったら私たちも加勢して……!」
「ダメっす」
「なんで!?」
「俺たちは魂封箱を破壊するかもしくはエニステラさんの所まで持っていく役割っす。それを余計な足止めに費やす時間はないっす」
「でも、ここを開ける鍵は……!」
「そこも大丈夫っすよ。よっぽど急いで作ったのんすかね、扉はしっかりと作ってはありましたけど、ずさんっす」
佐助はコンコンと、今まで触れていた壁面をノックする。
都子はまさか、と佐助の顔を見たが、肩をすくめた彼の様子から何をすべきかというのが分かった。
「そう、分かった。とりあえず開けるのはいいわ。それからは?」
「まず、俺が部屋に入って安全確認、その後に都子さんが続いて、二人で魂封箱を探すっす。それで破壊できるなら破壊、できなかったら二人でエニステラさんの所まで箱を持っていく」
「持っていくのは一人でいいでしょ? 私は恭兵を援護しに……」
「リッチとエニステラさんとの闘いで、道が崩れていた場合、自分一人だと時間がかかるっす。それだと二人に間に合わない可能性があるっす。都子さんなら崩れた瓦礫を破壊すれば何とかあっちへと通れる道ができるので……」
「自慢の《接触感応》じゃ、道は見つかんなかったの?」
「時間が無いっす」
「それが……それが、最善?」
「多分、そうっす」
「多分って何よ」
「最善かどうかなんて、行動して振り返った後にしか分からないもんっすよ」
都子には文句しか言えなかった。
これまで何もしてこなかったのに、こういう時だけ誰かを責める言葉しか言えない。
今までの普通の人生の中で修羅場を経験することが無かったから、都子にはこんな風にうだうだと迷うことしか出来ない。即断即決なんて出来やしなかった。
本当はこんな問答すらしている時間すら惜しいはずなのにそれに律儀に付き合ってくれている佐助を前にしたら自分はどれほど役立たずなのだろうかと惨めにさえなってくる。
都子にはこの場でいい考えなど思い浮かぶ筈も無いし、もし浮かんだとしても目の前の忍者の案よりよい物などあるはずも無い。
素人が出来ることなんて、高が知れている。
だから、覚悟は、覚悟だけは速やかに決めなけらばならない。
即断即決ではなくとも、迷いがあろうとも、決めることからは逃げはしない。
(絶対に帰る。絶対に帰る。絶対に帰る)
自分の目的を心の中で三回唱える。
そのためにも、やらなきゃいけないことがある。
自らの内から溢れる恐怖を勇気に変えて、都子は行動に移す。
「一応、《沈黙》って魔法があるんだけど」
「どんな魔法っすか?」
「かけた所から発生する音を消すの。最大で一分くらいだから、移動には向いてなくて隠れる用だったけど」
「まあ、ばれるのは遅くなると思いますよ」
「なら、恭兵をさっさと殺そう、なんていうことになるのは減らせるわね」
佐助へと自分が持っていた松明を渡すと都子は黒いローブの中、懐に鎖で吊り下げた魔導書を開く。
《沈黙》のページを開き、呪文を唱える。相変わらずどこの言語か不明な言葉が口から飛び出て気味が悪い、エニステラが行っていたような神聖魔法のような意味のある詠唱であったならばまだ、嫌悪感が晴れたのかも知れないが、それでも魔法を使うのは非現実に近づくとか言って結局毛嫌いしただろう、どうせ使うくせに我ながら面倒な女だと都子は思った。
「《沈黙》」
部屋へと繋がる扉のすぐ横、なにも無い坑道の壁面へと《沈黙》の魔法を掛ける。これで壁面から発せられる音はこの世から消え去り、どんな音が起こる行為であってもこの場で見ている誰かに気づかれることは無い。
「じゃあ、行くわよ」
「超能力じゃないんすか?」
「あるわよ、壊す魔法くらいは」
再び魔導書をめくる、呪いの魔導書というからには恐るべき魔法が書き記されているのだという先入観から、誰かに一方的な危害を加えるような魔法はろくに開かなかった。一度使えばどんな事が起きるかしれたものでは無い。この辺は扱ったことも無い機械に触れなければ、利便性を損なう代わりにその機械が持つ危険性に触れることは無い、というのと一緒だと思ったが、結局は使うことになってしまった。
これは、都子が知っている中でも比較的攻撃力がないとされる魔法だ。そもそも、攻撃魔法では無い。が、これを人に向けて撃つ気にはなれなかった。
《沈黙》を放った壁へと都子は指を指して狙いを定めて、呪文を紡ぐ。これまでと同じく意味はさっぱり分からなかった。
「《破砕》」
都子の指が指示した壁は、彼女が放った言葉と同時に、二百年と崩れなかった壁面が音も無く砕け、瓦礫はさえも崩れた。閉ざされた空間に突如一つの風穴が空けられ、中に充満していた腐臭が全て放出される。
思わず、口と鼻に手を当てた都子に対して、予めマスクのように口元を黒いスカーフで覆っていた佐助は平然と空いた風穴へと進む。
「お見事。それじゃあ先、いくっす」
「頼んだわよ」
崩れた先には、ちょうど部屋となる空間があり、明かりも無く暗闇の中、テーブルとイス、そして本棚が辛うじて見えた。
佐助は予め、その場所に何も無かったことを確認してから壁の指定を行ったため、これで魂封箱が壊されたなんてことは無かった。
そのまま、瓦礫と化した壁の成れの果てを跨いで、部屋の中へと進む、都子も佐助の後を追うように、少し焦りを見せる足取りで続く。
二人が部屋に入ると、同時に何かが動いた。
佐助が手にした松明をその方向へと向けると同時にその影は声を上げた。
「あ、アンタ達は? た、助けに来てくれた冒険者か?」
「……」
「な、え、生存者?」
松明の明かりに照らされたのは布の服に布のズボンを身に付けた初老の男だった。
男は服の所々が擦り切れており、乱暴に連れてこられたのだろうと考えられる。
「よ、良かった。もう少しであの魔法使いにアンデッドにされる所で――――があッッ!?」
「あ、アンタ! 何を!」
男の言葉が繋がる途中で、佐助は男の背後を取り、口をふさいだ上で首筋に刃物を当てる。
完全に身動きを封じた上で《接触感応》を発動、男の状態を調べて―――手遅れだった。
これ以上行動させないように、速やかに首を掻き切った。
思わず、声を上げて都子は目を背けた。
倒れた男は既にこと切れており、後ろ手に握っていた短剣が床に音を立てて転がった。
佐助が手放した松明が床に転がり冷たい地面を中心に照らした。
「あ、アンデッドだったの?」
「解んないっす」
「え……?」
「死んでたのは確かっす。明らかに生きてる人間じゃあ無かった。でもアンデッドというには生きてるように思えた……多分、新型の研究成果ってやつとかだと思うっすけど」
佐助の言葉に違和感を覚えた都子であるが、ふと松明に照らされた地面に幾つかの影が視界に入った。
そこに目をやると、それは唯の影では無く、人影であった。幾つかの人影、全部で五つだ。
それが人形のように床に転がされている。
騎士の恰好をしたものから、エプロンを付けた女性、作業用の前掛けをした男に、商人風の恰好をした男、中には都子よりも年下の少年の姿もあった。
そのどれもが目に光は無く、死んでいた。部屋に入った直ぐに気が付かなかったのはアンデッドが放つ腐臭に自分が慣れてしまっていたせいなのか、既に都子には判断が付かなくなっていた。
とは言え、今にも起き上がり、言葉を話かけてきそうな
「う、あ、なに、よ、これ。何で……」
「あんまり見ない方がいいっすよ。魂封箱を探すのに気を回した方が気分はましっす」
佐助に促されるままに、都子は魂封箱を探すべく、辺りを探し始めた。
あの死体たちから目を逸らす、というのにいささかの抵抗を感じない訳では無かったが、それでも気分の良いものでは無く、一刻も早くこの場から逃げ出したかった。
佐助の方も、魂封箱を探すために、戸棚などに手を当て、《接触感応》で慎重に探るが、先ほどの動いた男の死体が気になった。
あの男は、二人が来た時点で死んでいた。確かに言葉を喋り、切った首からは血が流れていたが、それでも《接触感応》で調べた限り、あの男が生きているとは到底思えない体の状態であったのだ。
(脳が、脳が無かった。一見、見つけにくいような後頭部に穴があってそれが頭蓋骨をまで抜けていた。まるでそこから脳がそっくりと抜き取られたようだった)
他に転がっている死体も、軽く調べた所、後頭部に同じように穴が空けられていた。全員同じ死に方をしていたのであった。にもかかわらず、脳もなしに動いた男、あれは何だったのだろうか。もう少し調べればわかるのかもしれないが、佐助はそれに触れたくなかった。
正体不明の根源的な恐怖が佐助にこれ以上の深追いを止めさせていた。
(アンデッドでは無い。多分、そうだ。さっきでまかせに言った新しいアンデッドの可能性があるかもしれないが、違う。あれは脳を食べられたんだ)
では何が食べたのか。
基本的にアンデッドや不死の肉体を持つリッチは食料を必要としないとされている。それらを得るアンデッドもいるが、あのような後頭部に綺麗に穴を空けて食べるといった事はしない。頭蓋骨ごとたたき割り、脳髄をすするのだろう。
虫、元の世界では他の虫の内臓を消化液で溶かしてすする虫がいるという知識が佐助の中で浮かんだが、虫というには知性を感じた。
少なくとも死体に虜囚を装わせて、後ろから刺させようなどという悪意が隠すことなく曝け出されていた。
そして、その何かは今、恐らく恭兵と戦っている。
(これは腹くくっていくしかないっすね)
ただでさえ、リッチと相対するにも覚悟がいるのに他にもう一体などと、流石に気が滅入り始めた佐助であったが、切り替えて、魂封箱を探す。
《接触感応》が導くままにこの部屋で最も、濃い魔法を放つ箇所を探り、奥の戸棚の中に反応があった。
ゆっくりと近づき、戸棚を開ける。
そこには、何かペンダントのようなものが掛けられてあり、それからは悍ましい気配が触れずとも伝わる、触れれば唯で済むとは思えない。何らかの方法でこれを保護するか、それとも手を触れずに持ち運ぶ方法でなければ
たちまち呪いが触れた者にかかるだろう。
幾つか予想していたうちの一つであるが、その中でも厄介な可能性の一つであった。
「都子さん、ありました」
「どれ? そのペンダントが……? もう少し大仰な箱だと思ってたけど……うん、もう見るからにヤバイ奴よね。私もあまり直視したくないわ」
「問題は破壊できるのかって所ですけど……俺は多分無理っすね」
「じゃあ、私の魔法か……触れたらヤバそうだし、離れてて」
「お願いするっす」
佐助が魂封箱であるペンダントの前から退き、都子はその指を正確にペンダントへと向ける。
呪文が紡がれ、そして放たれる。
「《破砕》」
放たれたのは先ほど壁を破壊した魔法、固形物であれば即座にその形状が保てなくなる、が
「都子さんッ!」
「えっちょっと、何!? ひゃっ!」
魔法を放ったと同時に、予め構えていた佐助の横っ飛びで突き飛ばされ、都子はその場に転がった。
「ちょっと、何すんのよッ!」
「いいから、屈んでッ!」
都子が佐助に文句を言おうとした瞬間だった。
都子の魔法に応じて怪しく黒く光ったペンダントは何事も無かったかのようにそこに鎮座し、一瞬の後、
ペンダントから黒い光とも言うべきものが放たれ、都子が立っていた背後にあった本棚が、崩れた。
その惨状を目にした都子がゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと口を開く。
「な、何? 魔法が、消されて、反撃された、の?」
「うーん、即時に発動されると思ったんすけど、ちょっと遅かったんで無傷で済んだっすね。って痛ッ」
「最初っから分かってたら言いなさいよっ!」
「最初っから本人が逃げる気満々だと、放った時に逃げちゃって余計当たると思ったんすよ」
「……まあ、いいわ。とりあえず、超能力を……やりますか、《念動火球》ッ!」
都子は距離を取って、掌に火の玉を形成して魂封箱のペンダントに放った。
見事に命中したが、またもや怪しく黒く光ったペンダントは一瞬の後に先ほどと同様にその表面から黒い光が空きだされた。
予想していた都子は、素早く身を屈めて火の玉をやり過ごし、黒い光は背後の本棚の会った壁を幾らか破壊し治まった
この結果に二人は顔を見合わせるしかなかった。
「どうするのよ。これ、破壊できそうにない、というか破壊した瞬間にこっちも死にかねないわよっ!?」
「エニステラさんに破壊してもらうのが吉っすけど……」
その時、
都子の小突いた後をさすりながら考える佐助とそれにジト目を向ける都子の二人が悩んでいる時に、二人が来た方向と別の道から何かが爆発したような振動と音が伝わってきた。
びりびり、と部屋中に衝撃がはしり、地震が起きたように部屋中が揺れ、戸棚の物が幾つか落ちた。
魂封箱であるペンダントも落ちる。
「わ、ちょ、危ねっ!」
「押さないでよって、この方向は恭兵が戦っている方向なんじゃ……」
「ヤバいっすね、これ」
どうやら、時間はそれほど残されていないようだった。
魂封箱に対する対処は二つ、輸送か破壊。
そして輸送に関しては、
「さっき言ってた《浮遊》の魔法はどうっすか?」
「ずっとは持たない。精々三分くらい……その度に掛け直してもいいけど、今の私じゃ壁を抜く力が残ってるかどうか……」
「他にいいのは?」
「探して使うにしても、直ぐに習得できる訳じゃないから、確実じゃないわ。それにこれ自体に魔法をかけて跳ね返ったらどうなるか分からないし」
「あとは恭兵の能力で運ぶくらいだけど……超能力に反応してまたあの黒い光がでると思う」
「どっちにしろ、ここまで連れてくるのは今相手している奴をどうにかしなきゃいけないっす」
では、破壊は?
「単純な物理で壊れるとは思えないわよね」
「そうっすね。多分物理にも反応するとかあるっすよ。そうじゃなくても触りたくは無いっすね」
「私の超能力もそうだし……どうするのよこれ!?」
「エニステラさんに破壊してもらうしかないっすね」
つまり第三案エニステラをここまで連れてくる、というのが現実てきではあるが
「……私達が移動してる間にエニステラが持つとしても恭兵は持たない……」
「解んないっすよ、あの人結構しぶといっすから」
「でも、確実じゃあないでしょうがッ! 他に、他に何かないのっ!?」
「魂封箱が破壊出来れば、エニステラさんも動けるようになると思うっすけど……破壊には多分、神聖魔法がいるっすね」
今この場に神聖魔法を扱える者はいない。
都子は呪いの魔導書に目を向ける。
あるいはという気持ちを胸にページをめくり続けるが……その文字は読めないまでも何故か脳内に流れてくる情報には、この魔導書には神聖魔法に当たるものは一切記載されてないという事実しか伝えてこなかった。
焦りが、都子を襲う。
このままでは、確実に恭兵は死ぬ。そう感じてしまうくらいに何故か都子は恭兵が戦っている存在へと恐怖を感じていた。出来れば遭遇したくない、誰かに任せてこの廃坑道を抜けて本来の目的を果たせと、脳内にそんな考えが巡り続ける。
この場から逃げる、そんな考えが頭を巡る。
例え、この場で逃げたとしても、元々普通の少女だった自分を責める者はいないだろう。そんな悪魔のささやきすら幻聴として聞こえて来た。
普通の少女、そうだ、普通の少女がこんな困難を乗り越えられる訳は無かった。
が、だが、だが、だが、
「ふざけんじゃないわよッッ!!!!」
都子は、脳裏に巡る保守的、自己を生かすためだけの合理性が伴う考えや幻聴を断ち切るためにその頭を背後の壁面へと勢いよくぶつけた。
「うるさいのよッ! そんな下らない考えなんかに頭を使ってないで、さっさとアイツを助ける方法ぐらい考えなさいよッ! 明石都子ッ!! アンタはアイツを、アイツのお節介をただのそれで片づけて、それで何食わぬ顔で元の世界に帰るっていうの……? それで、それで平気な顔をして、何が普通よッ! 唯のクズでしょうがッ!」
壁へとぶつけた額から血が流れ、痛みが走る。けれどその分だけ、脳をかき乱す冷たい合理性は薄れていく。
「アイツは、恭兵は、本当だったらアイツの師匠の頼み通りに、この本を持って行けば良かったのに、異世界であった同じ世界の出身だからって、こんな面倒ごとの塊みたいな女のことなんて放っておけば良かったのに、普通、こんな厄介なのに関わりたいとは思えないでしょッ!」
そんな風に口では言うものの都子は確かに恭兵に恩義を感じているが、言ってしまえばそれだけであった。
――明石都子は恩人である恭兵とだから特別にどうこうと思う訳では無かった。
そもそも、日常を好む彼女にとっては恭兵は生まれつき超能力を持っているという事もあり、元の世界であっても非日常は存在するということを意識させられる人物でもあった。これは自らも超能力を持ってしまったこともあり、尚更であった。
加えて、恭兵が元の世界のことを居心地悪いと感じているのも知っていたし、出来ればずっとこの世界に居続けたいと思っているのも知っていた。
とは言え、他人の意見だ。自分とは違うのは普通だし、そういう人もいるのだというだけだということと、恩人相手にそれは違うというのも筋違いだと思ったので面と向かって言うことは無かった。
要するに都子は恭兵のことがどこか気に食わなかったのだ。
だから、互いの事情について踏み込んで聞くことも話すことも無かったし、男女の関係などもあり得ないとも思っていた。
「でも、アイツはこんな私を助けてくれて、一緒に厄介事も背負ってくれたから」
だが、それでも一ヶ月、共に旅した仲間だったし、今この世界で一番信用が出来るのは妙に腹が立つことに彼だった。
実に複雑だが、そうだった。
今回、彼以外にも共に戦う仲間が初めていた、中には世界を越えて好感を持てる人もいたし、その性格と本性とかはともかく頼れる者もいた。
それでも、都子が一番信頼して共にいれると思ったのは何故か忌々しいことに恭兵であった。
そんな彼が死ぬかも知れないとなった時、それが怖いと思い、同時に何とかして助けなければと都子は思った。
理由は全て後付けだった。恩があるから、ここで助けるのが普通だから、助けて貰ったから助けるだとか、仲間を助けるのは普通だからだとか、今更いなくなられたら困る、だとか、普段出てしまう余計なお節介の延長線上だからだとか、そんな風に浮かび上がったのでそういうことにしただけだ。
そもそも三ヶ月も異世界に居れば彼女の普通が変わってもなんらおかしくは無かったのに。
「そんな風に助けてもらったんだから、今度は私の番なのよ」
嘘では無かった。
簡単な理屈だ、助けられてばかりだから、助けたい。そんな普通の感情だと無意識に自分に言い聞かせている。
もしも、相手が恭兵で無かったのならば、自分の普通を譲らないためと自然と答えるだろうに。
「アイツを助けなきゃ」
額から血を流し、それを拭う事無く、自らに言い聞かせ続けてに都子は改めて決意と覚悟を固める。すでに冷徹な合理性は消え去っていた。
「だから絶対に諦めない」
少なくとも失いたくは無いと思う程度には、高塔恭兵は既に明石都子に取って普通では無く、普通だった。
佐助も、そんな都子の諦めない姿を見て脳裏を襲う合理性を少しばかり抑える。
忍者だからこそ離してはいけないものだが、それでもこの時はもう少しだけ考えてみようと思った。
昔に聞いた言葉が脳裏をよぎる。
(何のための忍者だ、か)
しかし、現実は変わらない、結局意志をいくら固めたとしても今の二人には解決手段は無い。
奇跡的に二人が突如、魂封箱を破壊できる力に目覚めるには、いかんせん、何もかもが足りていない。
――――切っ掛けも積み重ねも真実も無くその瞳は開かれない。半開きのままである。
(魔法、これまで使った中で使えるので、何とかしないと。付け焼刃は本番では使えない)
都子は壁にぶつけたままの顔を下に向けて、思考を巡らせる、これまで使って試して来たものを全て。
諦めずに考える。
そんな時だった、ふと都子は何かを足で踏んでいることに気が付いた。
気になって、足をどけると、それはちょうど自分達が腰に下げているようなベルトポーチに似た袋。
冒険者が良く使う小物を出し入れできるものだ。
とは言っても、都子の足元にあったそれは自分達が使っていたものとは違い、しっかりとした作りで白地に金糸の刺繍まで施されているものだった。その刺繍はどこかで見たような紋様をしていた。
都子は何かに気が付いた。
(こんな所に見覚えのある印のあるベルトポーチ? ―――あっ)
都子は素早くそれを拾うと、その口を開こうとする、が、何らかの魔法による保護が掛けられているのか、手では開かない。
都子は悩まずに、魔法を選んだ。
「《開錠》、《開錠》ッ! 《開錠》ッッ!!」
一回では少し口が緩むばかりであったので続けて唱えること総計三回にてその口は開いた。
強引に開けてしまったため、もう閉じることなどできはしないが、この緊急事態だ。持ち主も許してくれるだろう。
都子は急いで中身を確認し、何か硬いもの、緩い曲線を描いた何かを発見した。
それが何かをある種の確信を持って取り出す。
中からは、ピック、つまりはその先端を持って、硬い鎧や盾などを貫いたり、または長い棒の先に付けることで馬上の相手に引っ掛け引きずり下ろしたりする事が出来るもので、つまりは武器の先端に取り付ける突起だが、彼女にとっては、それは重要では無かった。
それには、本体と同様に青白く発光した紋様が刻まれており、ある種の呪文のようでもあった。
それは、エニステラの持つハルバードの先のアタッチメント一つであった。
―――確かに二人に解決手段は無かったが、諦めなければ突破口が見つかることもある。それこそは万象全てに許される権利と可能性であった。
続きはまた一週間以内に投稿します