第一話 始まりの異邦人 / クライマックスフェイズ 3:二人は互いの役割に命を懸ける
なんとか滑り込みで更新できました。
宇宙人だ、それを一目見た恭兵の素直な感想はそんなものだった。
昔にTVでやっていた地球を侵略する宇宙人とそれに対抗する地球人の映画で、それに出てくる侵略者で残虐非道な触手を生やしたタコの顔の宇宙人、それを想起させられた。
ローブに隠された手足すら人型のように見えるが、それももしかしたら異形のそれである可能性は十分にある。 というよりも、人間離れしたあの頭部からはとても自分と似通った手足を持ち合わせているとは思えなかった。
ここが所謂ゴブリンやらスライムやらドラゴンなどが出てくるようなファンタジー染みた世界でなければ、素直に宇宙人が現れたと思っただろう。
場違いだ。場違いである。例えば子供が見るような戦隊ヒーローの番組に突如として拳銃を持ったヤクザが現れるような。サスペンスもののドラマに怪獣が現れるような、そんな場違い、ジャンル違い。
唐突に現れたそれに、恭兵の持つ本能的かつ直感的な思考は何故だかこのような結論を抱いた。
―――奴は侵略者だ。
先ほどから、自らに浮かび上がってくる考えに辟易してくると共に、そこに妙な信頼性が備わっていることに違和感を覚えた。
例えば、あれは自分が知らないこの世界における超古代の種族だった、とか、はたまた、あれこそがこの大陸に海洋を挟んで存在するもう一つの大陸からやってくるという魔王の軍勢である魔族だとか、そのような可能性だってあるはずだ。あるいは死霊術士が呼び出した悪魔というのがこの状況においてもっともらしいかもしれなかった。
しかし、恭兵は確信を持ってそれの正体は、自分達と同じようにこの世界の者では無い、とまるで知っているかのようにそう思った。
(どうする? 逃げるか? それとも……戦うのか?)
後ろには自身が来た道がある。後ろからアンデッド共の増援が迫ってきており、この部屋に押し入るのも時間の問題であろう。逃げ道というには無謀だ。
他に逃げるという選択肢、とするならば異形の侵略者が出てきた道、そこを抜けるのが現実的な逃げ道ではある。
最もそれは目の前にいる、高い障害をどうにかすることができるなら、という前提ではあるが。
(何とか隙を作ることが出来るのか……? 分からない……強い、強いというのはなぜか分かる。分かるが、どうにか出来るかは全くと言っていいほど、予想もつかない!)
恭兵は改めて、人型の異形を観察する。先ほどから何か発声するようなことは無く、凡そ知的生命体が用いる言語のようなものでこちらとコミュニケーションを取ろうとしているようには見えない。
全くの無言かつ、無行動。身じろぎ一つさえしなく、呼吸の一つ、行っているかどうかも定かでは無い。まるで、正体がつかめない。一先ず、直ぐ様に襲い掛かってくるような生態をしているわけでは無いということは確からしい。
タコの顔面をより悪趣味にした頭部は、こちらへと注目し、その三つの目玉は片時も瞬きをすることは無く、恭兵をじっと見つめている。
その目は人やモンスターのものとは違う、完全にこちらを見下している目をしている。自らは完全なる上位者であるという傲慢からなるものであった。
それを踏まえてみれば、言葉を発す気が無いのもこちらとのコミュニケーションなどを取る気がないのも、さながら動物にあって、話しかけるものがいる訳ではないように、自らよりも劣るものに喋りかけるようなことはしないという態度の表れなのだと、恭兵は何故だかそう受け取ってしまった。
――気に食わない
らしくなく、瞬間的に恭兵の頭に血が上った。暴力的な衝動、そして怒りが自身を染め上げるのを感じる。
その勢いのまま、攻撃を行おうとして、右手を振り上げる寸前で脳のどこまでも冷静な部分が左手を動かして右手を押さえつける。
恭兵は混乱のさなかにあった。かつて、これほどまでに自らの感情を制御出来なかったことはあっただろうか。
勝手に恐怖を感じて、勝手に怒りを覚え、勝手に冷静にさせられる。乱高下する感情の振れ幅に影響されて、頭痛さえ感じ始めた。
今までの自分の人格は何だったか、あの異形の前では理性など紙切れに等しく、人格などその存在さえ疑わしいものでは無いかと錯覚さえ起き始めていた。
(落ち着け、落ち着け、振り回されるな。いちいちうろたえていたら生き残れはしない。冷静さと知恵と経験と蛮勇が生きる道だ。考えろ)
師匠の教えを脳に繰り返しめぐらせ、思考を安定させる。頭は冷たく、心は熱く。それこそが戦闘において丁度いいと師匠には言われていた。
息を整え、意を固めた上で改めて、件の異形を観察する。
先ほどから、毛ほども動かず身じろぎ一つしない。当然こちらへ危害を加えるような素振りを見せる事無く、ただそこに存在している。
張りぼてではないのか、という考えが脳裏に浮かんだが、それは違うとすぐさまその考えを消し去った。本物でないというには、恐るべき存在感だ。少なくとも、横を素通りできるようなものではないだろう。
では、何故こちらへ攻撃を仕掛けてこないのだろうか、互いに敵であることは承知しているはずだ。
考えろ、考えろ、と恭兵は思考を張り巡らす。
後ろからはアンデッドの追手が迫ってきて、正面には格上だと思われる異形が立ち塞がっている。おそらく、ここまで誘い込まれて挟み撃ちの形となってしまった。
予め、罠にはめられる可能性を考えていなかった訳では無かったが、こうもあっさりとかかってしまうとは少々情けなくもあった。
(ちっ、もう時間は無い……さっさと決めないと挟み撃ちだな……引くか、進むか、どうする……? んん?)
何かが頭の中で引っ掛かった。
もう一度、異形の方を観察する。相変わらず身じろぎ一つせずにこちらを見続けている。
おかしい、恭兵は感じたそれを逃すことなく、思考を回す。
そもそもの話、あの異形は何だ?
――恐らく、死霊術士の配下、もしくは仲間だ。
では、奴の役割は何だ?
――これも推測ではあるが、リッチの弱点である魂封箱の守護とリッチの手が空いていない場合における、アンデッド達の指揮を担当していて、恐らく佐助の言っていた入り組んだ炭鉱の中でこちらを補足し続けていた奴か、少なくともそれと何らかの関係がある。
では、何故奴はここにいるのか?
――それは自分を挟み撃ちにするためにここで待ち構えて――――
では、奴は何故いまだにこちらへと攻撃してこないのか?
――それは、上記以外にも何か役割を背負っていて、それに集中する必要があるからではないのか?
◆
恭兵が異形と接触するより少し前、聖騎士、エニステラ=ヴェス=アークウェリアと死霊術士、マグファイガー・ヴァーマイトにより戦闘が行われていた部屋、そこに両名の姿は無かった。
より正確に言うのであれば、その部屋は完全に瓦礫の山と化していたのだった。
両者はお互いの利害がある程度一致していた。
エニステラの方は恭兵達、三人をリッチのマグファイガーの猛攻から逃れさせるためにその身を囮とする必要があった。
一方、マグファイガーの方も自らの弱点である魂封箱が納められている部屋へと聖騎士を向かわせないようにする必要があった。万に一つでも探し当てられれば、一瞬で魂封箱は破壊され、死霊術士のその不死の体は灰と塵になるのだ。用心に越したことは無い。
従って、部屋全体から死霊術士が連なる白骨の腕を生やすことで、その部屋を支えていた岩や土が崩れ完全に崩壊、その場でエニステラを拘束しもろともに生き埋めにしようとしたスケルトンを瞬時に薙ぎ払って、恭兵達が行った道とは異なる左端の道へと入り込み、先んじてその道で待ち伏せていた死霊術士の魔法を弾いた。
現在は、逃げる死霊術士に的確に聖雷を付与した飛礫を投擲しながらエニステラは追撃していた。
「逃げ続けますか」
距離を近づけさせず、かと言って遠ざかることは無く、一定の距離を保ちながらひたすら狭い廃坑道の中を逃げ続ける死霊術士。
時折、魔法を放つなどの牽制弾を撃ってくるが、それ以上に聖雷を付与された飛礫の盾となるように廃坑道から、スケルトンやゾンビ等のアンデッド、白骨の触腕を壁や地面から生やして、壁にしていた。
本人は、生やしたスケルトンや触腕などに投げられては次に生えてきたそれらに捕まると言った形で移動をしつづけていた。
飛礫は二重三重にも重なるアンデッドの群れを貫くが死霊術士へと当たることは無い。
(こちらを誘うおうとしているのは明らか、その上で、逃げる続けるとなったら、やはり私に巨大な一撃を討たせ
ることを目的としてる節が見えます)
互いに時間稼ぎを目的としているには、死霊術士の方はどうにも消極的であり、先ほど部屋ごとエニステラを叩きつぶそうとしたのが嘘のようであった。
(やはり、怪しい……以前戦闘を行った時から感じていた違和感。それがはっきりとしてきた気がします)
改めて、死霊術士の攻撃を振り返る。そのおおよそは遠距離からの《魂掴み》や地面から生やした白骨の触腕による捕獲が多く、その他の物も対象の動きを鈍らせたり、その体力を削らせるような物が多かった。
防御面に関しても、聖魔法を無効化する領域を持ちながら、それでも病的に逃げ続ける、その不死の肉体に任せた白兵戦を行うことなく、攻撃を避け続ける。その気になれば捨て身の攻撃さえ行ってきはしなかった。
先ほどの部屋をつぶすような攻撃を幾つか混じらせることでごまかそうとしているが、どうにもエニステラを殺すというよりは、その身を鈍らせ捕獲させる、と言った戦法を取っている。
勿論、ここまでの消極的な戦法をこちらに印象付けさせることで、突然の不意打ちとして捨て身の攻撃を加えるといったことも可能性として考えられるが、それでもエニステラは死霊術士の消極性に気味悪さを覚える。
(何とも言い難い気味の悪さを感じてしまいます。矜持を失った死霊術士は得てして陰湿であるというのはあります。ありますが、それでも何らかの企みを含んでいると思わずにはいられません)
逃げ続ける死霊術士、あるいはこの先に罠を予め用意しているのかもしれないが、それでもマグファイガーを逃す訳には行かない。
先ほど、恭兵達三人が向かった魂封箱への道は閉ざされたが、この廃坑道の道を全て踏破した訳ではなく、どこか隠し通路があるかもしれないことを考慮せざるを得ないエニステラとしては、もし他の道から合流することがあれば三人の生命に関わる可能性は大きい。
で、あれば逃すという選択肢は無い。
が、それとは別、というよりも逆のことを考える。
逃がす、のでは無く、逃げる。
エニステラは徐々に思い起こされてきた記憶を頼りに前回の状況を脳裏に浮かべる。
先ほどの幾つかの道が集合した廃坑道を繋ぐ部屋、あそこで初めて目の前の死霊術士と戦闘を行った。
そして、この道こそが、前回エニステラが通ってきた道である。
つまりこの道の先にあるのも把握している。
(この先にあるのは、先ほどと同じ、開けた小部屋……それも先ほどの部屋とは異なり一本道となっていました。ですが、道は作ることが出来る)
記憶におぼろげながらにあるのは、そもそもパオブゥー村への道は元々瓦礫で閉ざされていた坑道であり、それを破壊した結果、再び道が通ったのである。
つまり、廃坑道内の瓦礫に閉ざされた道は再び開けることが出来る。
(勿論、その道全体が瓦礫に潰されている可能性は十分にあります。しかし、それがどこかへ通じている可能性は呪分にあります。そこを通って魂封箱のある部屋へと向かう可能性も十分に)
部屋へと向かった瞬間に、三人が向かった方角の、瓦礫に埋もれている廃坑道の口を《聖雷の槍》で破壊、直ぐ様にそこへと飛び込む。
あちらは、エニステラを逃がす訳には行かないだろう。魂封箱の方へと向かわれるのを阻止するだろうというのもあるが、それ以外にも彼女を捕えようとする動きがあるのは違いない、まず間違いなく、エニステラを追わざるを得ない。
(開かれている迷路状の坑道はともかく、予め閉じられている坑道の先までは把握していないはず。そうでなければ私がパオブゥー村の方向へと逃げる道が残されていたとは考え難い)
マグファイガーを追っている状況から一転、相手に追わせる。こちらが死霊術士を追い討伐させる聖騎士だという先入観があるからこそ、そこを突くことが出来る。
そして、自らを追うために距離を詰めた死霊術士に対して、反転し確実に距離を詰め白兵戦へと持ち込んで、確実に止めを刺す。
(魂封箱には予め相応の守りが施されていると考えれば、三人が無事とも限りません。こちらで確実に仕留められるようであれば……仕留める!)
目標の部屋まで後数メートルを切る。
これまでの傾向から、エニステラが部屋へと入った瞬間に魔法による爆撃染みた攻撃を加えてくるだろう。そこに合わせて、坑道を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばす。同時にその先へと飛び込む。イメージを繰り返し行い、備える。
そして、マグファイガーが先に小部屋へと差し掛かり、続いてエニステラが突入する。
両者は狂いも無く、同時にその言葉を紡ぎ始めた。
「《混沌の手、それは魂を引きずる糸を束ねたものである》、《混沌の網》」
「《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が戦斧に汝の権能を授け、魔を切り払う刃を与えたまえ》、《聖雷の戦斧》ッ!」
死霊術士の手から放たれたのは《混沌の網》の魔法、悍ましき生命力で編まれた魔力の糸で作られた網、それに絡み取られれば、たちまちその精神を混沌へと落とし込められるだろう。
他方、エニステラはその両手にもつハルバードの戦斧の部分へと聖雷の輝きを集中させる。それは腰だめに構えられたハルバードの動きに合わせて聖雷の刃を形成し、エニステラの振りに合わせて放たれた聖雷の刃が《混沌の網》を断ち切った。
聖雷の刃は、そのまま、直進に放たれ、坑道を塞ぐ瓦礫を吹き飛ばした。
エニステラは足甲に聖雷を込めて、一気に地面を蹴り砕きその先へと向かう。
何よりも速く、雷のように放たれた聖騎士の身体は瓦礫を焼き焦がした道の先へと到着し、死霊術士へと振り返る。
その眼前に、死霊術士の手が差し迫っていた。
◆
沸き起こる疑問を一つ一つ並べた上で丁寧にそれを紐解けば、おのずと導かれた結論に恭兵は身体を任せる。
――恭兵は、背負っていた大剣を右手一本で引き抜き、覆っていた布を外す。
例えこの明かりに乏しい廃坑道の中であっても、その剣身は赤く光り輝いていた。
そのまま、抜いた勢いのまま背後の壁に向けて、赤き輝きを叩きつける。
念動力が加わった一撃は壁を瞬く間に壊し、崩れる。その結果、壁面を構成していた岩や土が崩れて、恭兵が通ってきた道を他のそれと同様に塞がれる。
恭兵は、さらに二振り加えて、完全に壁を破壊、念入りに出入り口を塞ぎ、人一人通り抜ける隙間はすでに無くなっていた。
これで恭兵がこの場から逃げることは出来なくなったが、変わりにアンデッド共の追手による挟み撃ちをある程度防ぐことは出来るだろう。
「これで、俺に逃げ場は無いぞ。さあ、どうする? 俺を殺すか? それても、ここから引いて急いで魂封箱を守りに行くか? どちらにしろ、俺はお前と戦うけどな」
恭兵は手に持った赤い大剣を異形へと突き付けて言った。
通じているかどうかは判断できなかったが、それでも良かった。こちらの意図が分からない程度の知能であったならばそれこそ、阿保の類だというだけで、やることは変わらない。
そう、最初からやる事は変わっていない。これから行うことは時間稼ぎであることに変わりは無い。
――覚悟は最初から決めている。そこにかつてない強敵が立ちふさがった程度で揺らぎはしない。
左手の松明を部屋の中央へと、放り捨てる。今度は念動力での保持を掛けなかったために当然地面に落ちる。しかしその程度では松明の火は消えず、部屋の全体を灯す照明の代わりとなった。
空いた左手を赤い大剣に添えて、両手で握る。わずかに手が震えていたが、それさえも無理矢理握り込んだ。
対する異形は、心なしかイラついているように思えた。
相変わらず身じろぎ一つ行わず、言葉も発さず、瞬きもせず、視線も動きはしなかったが、それでもその不気味な風貌が僅かに崩れたように恭兵には感じられた。
そして、僅かにその視線を始めて目の前の恭兵から逸らし、自らが通ってきた部屋の出入り口へと向ける。
その逡巡と苛立ちの隙を縫って、恭兵は攻撃を仕掛ける。
右手を腰の後ろへと回し、小袋から石を掴み、異形へとスナップを効かせて投げる。水面を滑らせる石石きりを行うような横投げで放たれた石は《念動力》が加わり、その速度と命中精度を跳ね上げ、異形の頭部へと飛ぶ。
それに気づいた異形は遂に、自らの身体を隠すように身に着けたローブの全面を翻し、その中を曝け出した。
ローブの下には如何にも文化的な服装、かつこのファンタジー世界の文明に合わせたような高貴な装い、貴族や王族のものが身に付けていると思われるような金の刺繍などが施された支配者を気取ったものだった。
袖口からは手と思われる部分を生やしており、冒涜的とも言える頭部と同じ肌色を全身に有しており、肌はなんとも名状しがたき、両生類のような質感を持ち合わせていると恭兵はこの距離からでも認識することが出来た。
その手の形状と言えば、五本の指にそれぞれ二つの関節を持ち合わせるといった、一見人間と似通った構造を有していた、――その指先に爪は無く、軟体動物の持つ触手が形成されているのでなければの話だったが。
そして、足、これこそまさに異形そのものとでも言うべきなのだろうが、足と思えていたのは、幾つかの触手を束ねたものによるもので、足とよぶにはいささかその数は六本では人と同様であると言うことは出来なかった。最も、異形は足の数をして数少ない者に対して嘲笑を隠すことは無いだろうが。
異形は自らへと向かってくる飛礫に対し、自らの手を自身の頭部の盾となるように動かた。
そして、その異形の触手となっている指が突如としてその長さを伸ばし始め、その中の一本がうねり、飛礫を弾いた。
異形は恭兵を嘲笑うかのように、その手を広げる。同時に両手が有している十本の指は先ほどの一本と同様にうねりだし、その長さは完全に十の触手とまで言える程の長さになった。
嘲笑う、そう既に異形の目は完全に変化していた。見下すような視線から積極的に恭兵を虚仮にするような視線、お前の選択は間違いだと、相も変わらず喋ることは無くともその視線は言っていた。
「ハッ」
恭兵は笑ってやった。
あの視線が虚勢であることははっきりとしている。拡げられた触手の腕は攻撃の姿勢であることは確かだが、それ以上に威嚇の目的が強い。
恭兵の記憶の中には、迷い込んだ樹海、そこでの師匠との修行の日々の中に居たモンスターにも体を大きく見せたり特徴的な紋様を浮かべたりなどすることで威嚇して、自らよりも強いモンスターを退けるといった奴がいたのを覚えている。それと同じだ。
明らかに恭兵の方がその実力は劣っている。にも関わらず、あからさまに高い傲慢性を持ちながら威嚇を用いているのは単純に今この場で戦闘を控えたいという事。
「もう少し早くやってりゃ良かったのによ。お前、脅しなれてないだろ」
まあ、俺も慣れてる訳じゃなくて、師匠仕込みだけどなと、とそう言って、恭兵は右手を向けて、《念動力》をある種の確信を持って放つ。
「《念動拘束》」
◆
自らの眼前へと差し向けられた手、何かしらの呪いが込められているそれは触れるだけで死を意識させられる。
既にその首を振った所でその攻撃を避ける術は無い。
走馬燈のようにゆっくりと周りの時間の流れが遅くなり始める中、確実に死を意識させられるその最中であっても、エニステラは至極冷静であった。
首を後ろに倒し、体の重心を後ろへと向ける、そして、先ほど足甲に込められたままの聖雷を意識し、振り上げて死霊術士の腹部を蹴り飛ばす。既に神聖魔法を無効化する範囲まで詰められていたが、足に込められた速度はそのままに蹴りは放たれた。
骨とわずかな肉を砕いた鈍い嫌な音が部屋に鳴り響く。
そのまま、部屋の向こうへと蹴りぬき吹き飛ばした。
空中を浮き、そのまま向こう側の壁へと激突する。
再び部屋へと音が響く。瓦礫は崩され、その中に死霊術士の身体は埋もれていく。
「ハッ、ハアハア、何、が?」
ゆっくりとした時間の流れからようやく帰還したエニステラは、詰まっていた息を吐きだし、息を整える。
そのまま、ハルバードを支えに立ち上がりようやく、吹き飛ばした死霊術士の方へと向き直る。
瓦礫に埋もれたマグファイガーは不死の肉体だけはあったのか壁面に衝突した後も何事も無かったかのように起き上がる。
しかし、その腹部にはしっかりとエニステラの一撃の跡が刻まれていた。
足甲にも施された聖雷の加護、例え神聖魔法を無効化させる領域だとしても、武具に施された魔法の加護、《アーティファクト》自体を無効化することは出来なかったようだ。
とは言え、それでも聖雷を無効化されていなければ、その胴体を貫通させえただろう。
「とはいえ、痛み分けですか」
ハルバードを支えに立ち上がったのは、すでに蹴りを放った右足が損傷していたからだ。
神聖魔法による加護を加えることで、その集中した部位を強化するだけでなく、自らの攻撃で自壊しないように保護することが出来る。
それを神聖魔法の無効化により、保護が掛けられていない状態で攻撃を行ったことで、体の限界を超えて行った攻撃の反動をその足に受けてしまった。
(右足……これ以上は追うのも、逃げるのも無理、ですね。戦闘を行うことは可能ですが……神聖魔法の癒しを使える隙もなさそうです)
右足の自由の代わりにその腹部を蹴りぬいたが、あちらは多少動きが悪くなる程度だろう。交換というには分が悪かった。
(とはいえ、何故いきなり攻勢にでたのでしょうか? もしや何か状況に変化が?)
魂封箱に何か変化が起きたのか? そうエニステラが捉えるのも自然だった。
が、そう考えるのも時間の問題、直ぐに死霊術士も攻撃へと移り、
ふと、何か違和感がその目に映った。
死霊術士のローブの袖がわずかばかりに焼き焦げていた。
エニステラはマグファイガーが何か行動を移す前に、違和感を逃すことなく言葉を紡いだ。
「《大いなる神の一柱、ウォフ・マナフよ。我が手に雷光を握らせよ》、《聖雷の電光》」
手から放たれたのは幾重に別たれた今までの攻撃に比べ弱くしかし一瞬で彼我の距離を埋める閃光の如き放たれた聖雷。
その距離は神聖魔法の無効化領域であるマグファイガーの周囲二メートルへ詰められ――――
◆
「さて、こうなったか」
一つに二つ、ここで目の前の標的を殺すか、それとも直ぐそこまで来ている、二人を殺しに行くのか。それが異形の持ち合わせていた選択肢であった。
佐助は最初から恭兵が囮になる際に最も効果的なルート、つまり魂封箱への最短距離と思われる道を指示したのだ。
囮となる時に最悪であるのはその囮に何も引っ掛からなかった場合だ。ならば、囮だと知られた上で無視が出来なくさせればいい。
恐らく、二人は別のルートで魂封箱のある部屋に迫っているのだろう。
異形は直ぐ傍にある魂封箱を隠した部屋を守らなければならないし、行動に移した時点で恭兵と戦わなければならない。
しかし、今ここで恭兵と戦闘を行えば、リッチにかけている神聖魔法の無効化領域を閉じなければならないだろう。
そもそも、リッチが自らの弱点である神聖魔法をどのようにして打ち消す手段を持ち合わせたのだろうか、それは、特別な魔法か、もしくはそれに類する《アーティファクト》の類だったのかも知れないが、それらを専門家であるエニステラが気づかないはずが無い。その正体が不明だったからこそ、リッチに対して勝利できると確約することが出来なかったのだ。
そして、彼女の懸念通り、神聖魔法を無効化する領域を発生させていたのは死霊術士では無く、目の前の常識外れの異形、彼女が予想できるはずも無かった例外によって成り立っていたと考えるのが自然である。
恭兵に攻撃を加えなかったのも、その領域をこの距離から展開し続けるのには集中し続ける必要があったからなのか、それとも単純に他人にそれを付与するには条件がいるのか、強兵には定かでは無かったが、それこそがすぐさまに恭兵を攻撃しなかった理由である。
大方、恭兵には姿を見せるだけで後方へと下がると考えていたのだろう。
結果、恭兵は逃げる事無く立ち向かった。
後は先に聖騎士を戦闘不能になっていれば、そのまま恭兵を処理し、二人を落とせたが、それもエニステラが落ちずに戦いは続いていた。
そして、二者択一だ。その結果、
「無効化は俺の超能力にもできるんだよな、だからわざわざ格下の俺も警戒してたんだな」
恭兵が放った《念動拘束》は吸い込まれたように消え去り、異形は何事も無かったようにそこに居た。
否、その顔にはそれまで存在していた余裕は無かった。
◆
「正直、何があったのかは定かではありませんが……どうやらこれでいつも通り戦えそうですね」
「……ほざけ、聖騎士、この程度で終わると思ったか?」
マグファイガーは忌々し気に吐き捨てた。
聖雷による攻撃から顔面を庇った手は、ローブが既に焼き焦げ落ち、骨と皮、その間にこびりついた肉で出来た腕を中身がそれぞれ抜け出ていた。
神聖魔法を無効化する領域は死霊術士の身にはすでに無い。
◆
『貴様ァ、調子に乗らせていれば、いい気になって。ここで楽に死ねると思うなよ』
恭兵の脳裏に直接声が響く、目の前の異形の口は動いていないことから一種の《精神感応》だろう。一々、侵略者の宇宙人らしかった。
「出てくるセリフも大概だな。せっかく話すんだから、もうちょい威厳とかないのかよ」
『貴様は唯では死なさん。屈辱を味合わせてやるッ!』
脳裏に声が響く度に、頭痛が走るが、それでも虚勢をはる。覚悟は既に決まっているのだ。
改めて、赤い大剣を握りしめ、戦闘態勢を整える。敵に《念動力》は既に効かないだろう。それでも、時間を稼ぐそれが自分から言った自分の役割だ。
「ああ、そういやあっちの方に無効化張っておけば良かったのに、やっぱり自分の身が一番なんだよな―――器具お――冷静に丁寧に作戦を立てた癖に自分の調子でそれを崩した気分はどうだ?」
『黙れェ、餌風情がぁぁっぁっぁぁああああ」
よっぽど恭兵に言われるのが我慢ならないのか、一言ずつに激昂し続ける。
これからは完全なる死地、時間を稼ぎ、生き残るしか恭兵には出来ることは無い。
一人では勝てないが、他の三人がいればどうにか勝つことはできるはずだ。
そのためにも、先ずは、目の前の脅威をこの場に釘付けにして生き残る。
異形は、その手から伸びた合計十本からなる触手を限界まで伸ばし、膨張させ、部屋の天井付近まで持ち上げた。
恭兵は赤い大剣を盾にして待ち構える。
さあ、死線を越えろ、初めて自らで定めた死線を乗り越えろ、生き残った先に自らを変える、変えたいという意志が真に示される。
―――最初の試練だ、高塔恭兵、まずはいつも通りにみっともなく生き残れ
何だか、最近一万字前後が平均になってきました。
続きは一週間以内に投稿したいと思います。