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Psychic×strangers   作者: さがっさ
10/71

第一話 始まりの異邦人 / ミドルフェイズ 7:一行は敵の住処を前に小休憩を取る

何とか書き終えました

ちょっと長いです


 日が落ち初め、東の空に赤神星が輝く。


 パオブゥー村とマージナルの間にそびえる、ヴェルグ鉱山に既に失われ忘れ去られたドワーフ達の鍜治場への道となる坑道の跡、もはや天然の洞窟と相違ないそれは、大型のモンスターが出入りできる程の大きさの入り口を残すのみであった。


 その奥には、現在死霊術士の成れの果て、卓越した死霊魔法の真髄を自身の身体に施すことで自ら朽ちぬ肉体を手に入れたアンデッドとなったリッチが、その身を潜めている。


 その入り口の周囲には、リッチが生み出したアンデッドの見張りなどは確認できず、ただ入り口からは恐るべき脅威の存在が奥底からわずかに流れる風により、肌で感じ取れる。

 


「とは言え、見張りは無しと。魔法で見張られてる可能性とかはあるっすけど……勘ではないっすね」

「いや、勘て」



 洞窟の向かいの森の茂みの中で、地面にその手の平を押し付け、《接触感応》による周囲の探索を行っている佐助。

 その傍では、即座に対応できるように恭兵が付いていた。

 地面から手を離さずに意識を集中しながら、何度も確認を取る佐助だが、洞窟の中の様子まで探ることはできない。佐助の持つ超能力、《接触感応》は触れて物の情報を読み取る能力、これを地面に向けて使えば、その場に残された情報を得ることが出来る。つい先ほど残された足跡から、遥か昔に刻まれた戦いの跡、その場で無念の内に倒れたものが残す思念など、多様なものが刻まれる大地のメッセージを読みとる。

 残された情報の多様性から、目的の情報を手に入れるにはどうしても時間がかかってしまうが、多種多様な通常では得られない情報を手に入れられることから、この能力はまさに斥候である佐助にうってつけの超能力と言える。



「魔法とかの感知外のモノは流石にこの距離じゃ分からないっす。というか、強力な魔法にはどうも効きが悪くて。読み取るにもノイズが入るんですよね」

「要するにこの距離じゃ良く分からないと」

「ぶっちゃると、そうですね。近づけば何か分かるかも知れないっすけど」

「それでは何かしらの感知型の魔法に引っ掛かる恐れがありますね」



 目的地の直前で恭兵達、リッチ討伐の一行は茂みの中に身を潜めるようにして、遠目から廃坑道の洞窟の入り口を観察している。

 森を抜けるに際して、少々時間を取られてしまった。

 相次ぐ、ゾンビの襲撃を撃退、もしくは迂回して回避している内に既に夕刻となっていた。

 急いでリッチの下へと行き討伐を試みる所なのだが、これまでに森に仕掛けられた足止めの妨害であるゾンビたちとは違い、こちらの通る道は入り口一つと完全に知られている。高い確率で何かしらの罠が仕掛けられているだろうと考えられる。

 これまでの道中でエニステラは一つも魔法を使うことなく、ここまで護衛をすることが出来ている。消耗を抑えてリッチの元までたどり着くという目的のためには、ここで何かしらの罠にかかってしまう訳には行かない。

 故に多少の時間をかけてでも安全を優先するべく、慎重に調べている所であるが、怪しい所は未だに見つけられていない。



「申し訳ありません。本来なら私も索敵程度なら問題ないのですが」

「気にすんなよ。リッチの居るところまでアンタに魔法を温存してもらうための護衛だろ。それに魔法探知用の道具なんかもあの奥に落として来たんだろ?」

「ええ、お恥ずかしながら。私の持ち込んだ荷物一式を戦闘の余波で、落としてしまい。出来れば回収すれば役に立つものが幾つかありますので見つけたい所なのですけど」

「俺なら探し出せるっすよ。暗闇の中の探し物もお手のものっす」

「それも、中に入らなきゃ行けない……と」



 いずれにせよ道は目の前にあり、進むしか無いが罠にかかりたくはない。避けることか出来る消耗は避けるべきである。

 


「どうすんだ? このまま行くか?」

「うーん。とは言え森のゾンビ共はここを出入りしてたんで入り口には何かは仕掛けてるとは思うんですよね」

「じゃあ、ちょっと試してみっか」


 

 恭兵は手ごろな石を手にすると、洞窟の入り口とは明後日の方向に投げた。同時に念動力を発動、投げられた石はその軌道を曲げ、吸い込まれるように洞窟へと向かい、恭兵の視界から消えて数秒後、わずかに石が何か硬いものにぶつかった音が聞こえる。



「ちょ、ちょっと、何すんすか! これで居場所ばれたり、ゾンビに当たって中から出てきたらどうするんすか!」

「その時は、そのまま洞窟の入り口で遠距離からハメ殺しにできるだろ。出てくるのは一か所なんだし、立場逆転だぜ?」

「そりゃそうですけど! こういうのはばれないようにするのが常道ってもんでしょう!」


 

 恭兵に食ってかかる佐助だが、それを横に置き、洞窟の様子を確認する。石が投げ込まれてから十数秒ほどだが、何かが反応した様子は無い。

 それから、待つこと一分、ぶつくさ言う佐助をなだめながら待つものの、やはり洞窟の様子に変わりなく。中から何かが出てくる様子は無い。



「誘ってきていますね」



 エニステラがある種確信をもってそう告げた。



「あーやっぱり? ここまで無反応だとそうっすよね」

「本当なの? 話適当に合わせてるだけじゃないの?」

「いや、俺も断言できる訳じゃないっすけど。魔法が何か仕掛けてあったとしても多分侵入検知とかじゃないすか?」

「それ解除したら侵入し放題じゃね?」

「さっきからそう言ってますよね? さっきと言ってること逆っすよね!」



 敵陣の前でギャーギャーと言い争い始める男どもに、呆れるしかない都子だが、これだけ騒いでいるにも関わらず、洞窟の奥は静寂を保っている。石橋を叩いて渡るという元の世界の慣用句通りに、罠があるかどうか何回も確かめるべきであるが、それを言えば中に入ってからでも同じことである。

 ある程度時間を掛けて専門家の斥候が調べて一応大丈夫らしいことは確認済みである。

 後の問題は佐助でも不確かな魔法についてだが、



(しょうがないかな)



 事ここに至って、魔導書の魔法を隠し続けることが出来る訳でもない。観念した都子は懐の鎖に繋がれた魔導書を取り出し、ページを開く。


 

(確か、このへんに……あった)



 その頁に記載されている魔法の概要、効果時間、呪文を簡単にさらって、集中して呪文を紡ぐ。


 自らでも理解できていない、発音や意味をもつ言葉が口から淀みなく流れ出ることに慣れることは出来ないが、何とか呪文を形にして、発動させる。



「≪探知者≫」



 都子の告げた言葉に応じるように、手にする呪いの魔導書から黒く光る矛盾した手の平大の球体が飛び出した。

 探知者の魔法は、都子が扱うことができる魔導書に記された魔法の中で周囲の探索を担うことができるものである。

 探知者は術者の意思によって宙を漂うように動き、近くに動くものがあれば術者に信号を返すことで警戒を促す、さながら浮遊する警戒の魔法である。

 欠点としては、警戒の魔法とは違い不可視では無いために敵対者に気付かれやすいことであるが、未知の場所に対しては有効である。

 加えて、これは都子が使い続けたことで気が付いたことであるが、探知者の魔法は、魔法が掛けられている場所や物体の近くで、他の物体とは異なる反応を示す。

 つまり、魔法を感知することが可能なのである。

 魔導書には記述されていなかったことから想定されていない仕様なのだろうと、都子は考えている。

 とは言え、使えるものは何でも使いたい彼女にとって、疑問は頭の隅に置いて、使うことにしている。



(あの聖騎士様が気になる所だけど……、何時までも踏み止まっている訳には行かないしね)

「はい、注目!」


 都子は≪探知者≫を騒いでる男子二人とそれらに注意を促すエニステラの周りに纏わりつくように動かして自身へと注意を向けた。



「とりあえず、この魔法で私もあの辺りを探ってみるから。それでも何もなかったら突入するわよ。それでいいでしょ?」

「まあ、それだけやっても分からなかったら仕方ないか。意義なし」

「そうですね。これ以上時間余計な時間はかけたくありませんし。たとえ罠だったとしても、見抜けなかった以上は仕方ありません」

「俺も、問題ないっす」


 一行の同意を得たところで改めて、意識を≪探知者≫の操作に集中し、洞窟へと差し向ける。

  先ずは入口周辺の索敵、汲まなく≪探知者≫を動かすが、特に異常を感知することは無く、魔法の反応も無い。



「入口には……何もなさそうね。それじゃあ中を探るのに私集中するから、その間に周辺の警戒頼んだわよ」



 都子はそう言ったきり、完全に目を閉じても≪探知者≫の操作に集中する。

 残された三人は、周辺の警戒に入るべく自分達が来た方向へとめをむけるが、森の方からは変わらずこちらへと向かってくるものは無い。

 佐助の索敵と指示した迂回路により、相対したモンスターやゾンビ以外には存在を気づかれていないようだ。



「うーん、警戒っても大丈夫そうですし、今のうちに休憩しときましょうよ。この先洞窟内じゃ休めるとこなんて無いっすよ」

「休憩、たってよ。時間が無いんだから都子の索敵が終わり次第出発すんだろ」

「だからって、俺達までずっと力を入れ続けて体力消耗するのも無駄でしょ。それに死霊術士が丁寧にそれっぽい研究室で待ち伏せしてるとかそれこそゲームとかじゃあるまいし」

「そうですね。げーむ? というのは良く分かりませんが、これが最後に装備などを安全に確認できる機会だと思えば、今は休憩するのがいいですね」

 


 エニステラの意思もあり、索敵を続ける都子に注意しつつ、三人は各々の装備などを確かめる。

 とは言っても、恭兵は背負った赤い大剣を覆った布を解いて、剣身を確かめる。いつみてもその輝きを放つ剣身に欠けた所は無く。再び布を巻き直す。後は自分の腰に下げた袋の紐を縛り直しなどで点検などはおわってしまった。

 道中の戦闘でも特に怪我を負うことは無く。水薬を消費することは無かった。今まで二人で冒険して来た身としては、ここまで簡単に森を切り抜けたのは佐助とエニステラのお陰であると痛感していた。


(やっぱ、二人よりは三人、三人よりは四人と。人数が増えればそれだけで楽になるもんなんだな)


 勿論、これは優秀な斥候である佐助と自分達より遥かに強いエニステラの二人であるからこそであるが、それでも、この差は大きいと恭兵は感じていた。

肩に提げていたずだ袋から、保存食のよく乾燥されたほし肉を取り出し口にしながら恭兵はチラリと他の二人の様子を見る。

 佐助の方は、何やら自身を覆うように纏った黒衣のボディースーツの手足の袖から、手裏剣と思しき投擲用の刃物や、恭兵と戦った際に使われた煙玉と同じ大きさの色が異なる玉が幾つか等の道具を次々取り出しては、目を通して仕舞う、といった作業を淡々とこなしていた。

 恐るべきはその速さであり、袖口から取り出しているということは辛うじて分かるが取り出した瞬間が全くと言っていいほど見ることは出来なかった。それを高速で繰り返し続けていて、無数に出てくる手裏剣と、本人が無表情でその工程を行い続けていることで、異様に気持ち悪かった。

 手足の動きの滑らかさが尋常では無く、普段のおちゃらけた様子も相まって余計に違和感がひどい。

 そんな佐助は作業中にも関わらず、恭兵の視線に気づいたのか、その淀みなく滑らかに動く手を止める事無く、恭兵の方へと顔を向けた。


 

「あれ? どうしたんすか?」

「いや反応すんなよお前。反応したまま動き続けるなよ少しは止まれよ、手が止まらずに動き続けてるのが気持ち悪いと思ったのはこれが始めてだわ」

「ちょっ! ひどっ!」



 恭兵の暴言に突っ込みを入れつつ、露骨に傷ついたーという顔をしながら、その手はまるで止まる事無く、視線を向けずに腰からポーチのようなものを取り出して中身を確認し始めた。

 ワザとらしく、チラチラと視線を向けながら傷ついた顔をしながら作業の手を止めない姿はとてもうざかったので、それ以上は無視することにして、エニステラの方へと目を移した。


 エニステラの方は、姿勢よく正座で地面に腰を下ろしており、尚且つ何時でも身体を動かすことができるように足の平は地面に付けずに足の先を地面に接していた。

 自らの得物であるハルバードを地面に置き、どこか気品を窺わせる所作で、一つ一つ細部を確認していた。

 対魔十六武騎であるということは聞いていたが、それ以外にも高貴な身分の出身ではないかと思われる。聖職者でもある聖騎士であることから、あからさまな貴族のような慇懃無礼な態度を見せることはないが、さりとて僧侶のような過ぎた清貧さがある訳ではなかった。

 彼女はハルバードに刻まれた呪文の文様を丁寧に指でなぞり、なぞった跡は青白く発光するのを確認すると軽く頷いていた。アンデッドに有効な特殊な武器であるらしく、同じく特殊な武器を持つ恭兵としては分かりやすく有効なものであることに関心があった。



(師匠から貰ったはいいものの、ただ光ってデカイ剣な訳がないとは思うんだけどなぁ。一緒に書き残してあった手紙にも何もなかったし)



 そんな風に思っていると、エニステラが彼女の持つハルバードの特に奇妙な点である矛先に付随している鉄槌を丁寧に捻り回すと、鉄槌部分が取れたのだった。



「えっ」

「あら? どうかしましたか?」


 

 つい、声を上げてしまった恭兵に反応してエニステラが首を傾げ、振り向いた。

 手にはそのハルバードから外れた鉄槌を持ったままであるが、特に慌てた様子は無く。どうやら点検の一環であるらしい。 

 


「え、あ、いや。それ回したら取れたからつい驚いただけで、えっと、大丈夫なのか?」

「ああ、これですか。お気づきの通りかも知れませんが、この武器は少々特殊なドワーフ製の特注品でして、こうして取り外して用途に応じて付け替えることが出来るのです。最も、この鉄槌の換えは落とした荷物の中なのですが」

「へえー、大層な武器なんだな。やっぱりそれぐらいの武器じゃないと対魔十六武騎とは釣り合わないとか」

「いえ、決してそういう訳ではありません。このような物を持っている私が言うことではありませんが、対魔十六武騎に必要とされるのは実力ですから、こんな特殊な装備を持たない方も居られますし。キョウヘイの持つその赤い大剣も立派な魔法の武器《マジック・ウェポン》だと思われますが」

「どうかなー。師匠に貰ったものなんだけどさ、デカくて、重くて、光るぐらいしか他と違う所がないしな……あー、あと、どんなに乱暴に使っても刃こぼれしなかったりはするくらいか」

「……もしや、キョウヘイはその剣と同調(シンクロ)をされていないのですか?」

「同調?」



 何やら、聞きなれない単語が飛び出して来た。

 エニステラの表情を見るに、驚きに満ちており。どうやらその同調は必ず行うものであるらしい。


 

「もしかして、誰でも知ってることだったりする?」

「いえ、魔法の武器や道具、総称して《アーティファクト》と呼ばれるものを持ち歩く人はそう多くはありませんし、手に入れる手段も限られているので大抵の冒険者は拾った魔法の武器の扱いが分からずに捨ててしまうということが多いのです」

「でも、俺師匠からもらったやつで、いや師匠が知らなかった場合もあるかもしれなかったけど……あの師匠が知らなかったとは思えないしな」


 折に触れて、自身の冒険の話を聞かされた恭兵としては、その中に含まれていた宝箱の中に入っていた魔法のランプの騒動の話を思い出し、その関連から何も知らなかったという可能性は消えた。

 では、何故自分に教えなかったというのは、



「自分で調べろってことなのかもな。師匠、そこらへん不親切というか厳しいし」

「そうなのかもしれませんね。ええでは、僭越ながら私が同調について解説させて頂きます」



 コホン、と咳を一つして、どこか楽しそうなエニステラから恭兵に同調について教授することになった。

 エニステラは綺麗な正座の態勢から、ハルバードを手に取り、恭兵が見えるように自身の胸元の高さまで掲げた。



「これが、私の持つ魔法の武器である、聖なるハルバードです。これには通常の武器とは異なり、先ほど私がいいましたように、アンデッドを払うという特殊な魔法の力が宿っているのです。このような魔法の力が宿っている魔法の武器、防具、を含めた種々様々な道具を《アーティファクト》と呼ぶのです」

「成程……、もしかしてその身に付けてる鎧も?」

「ええ、これも《アーティファクト》の一つです。効果は……あまり人に広める事では無いのでここでは秘密ということでいいですか?」

「ああ、そう軽々と自分の切り札とかを明かすのはな」



 エニステラがどこか申し訳なさそうにするが、恭兵はそれを気にすることは無い。

 師匠も、切り札となる自らの武器は得てして隠すものだと言っていたし、それを無理に聞き出す礼儀としては最悪だろう。



「で、ですね。これらのような《アーティファクト》の中には使う持ち主を定めるものがあるのです。つまり道具の専用化ということですね。この専用化を同調(シンクロ)と言うのです」

「同調か……それで?どうやってやるんだ? 多分この大剣も《アーティファクト》なんだろ?」

「ええ、ですが問題がありまして……同調には特殊な手順を踏む必要がありまして、少々この場で済ますことはできないかと」


 

 自身の大剣に特殊な力が備わっていると聞いて、興奮しない男がいるものか、いやいまい。

 早速、同調を溜めそうと内心ワクワクしている恭兵にエニステラはどこか言いづらそうに告げた。



「手順って?」

「同調とはつまりその道具と個人とをある種特殊な絆で結ぶということになります。この絆を結ぶには魔法に長けている者の力が要るのですが……その、お恥ずかしながら、私は神聖魔法以外まともに扱うことが出来ず……」

「あー、それはしょうがないな。じゃあ、都子に頼んでー」

「それもどうでしょうか。少なくとも、一目で魔法の武器と見抜けたならば同調を薦めると思いますし、それに絆を結ぶ儀式には知識も必要なのです。同調を知らなかった人物が出来るとは」

「そっか………」



 がっくり、とうなだれる恭兵。魔法の剣で炎をだすとか、切った相手を感電させるだとか、地面に突き立てて洪水を起こすとか、斬撃を飛ばしたりとかしたかったのだが、どうも現実は上手く行かないようだ。

 そんなあからさまにショックを受けている恭兵にエニステラは罪悪感を抱いたのか、慌てて付け加えるように口を開く。



「と、とは言っても、流石に今この場で出来る訳では無いですよ。儀式には時間がかかりますし……武器の力を使いこなすにも時間がかかるので、訓練もなしに実戦で用いることはお勧めできません」

「そっか、そうだよなあ。しょうがないか。でも、魔法使える知り合いがいない場合とかどうすればいいんだ?」

「そうですね。その場合だと、冒険者組合とかに絆を結べる儀式を行える魔法使いを探してほしいと依頼するといいと思いますよ。後は、エルフやドワーフの方々に頼むことですかね」

「エルフやドワーフは儀式が使えるのか?」

「ええ、彼らは精霊に愛された種族とも言われてまして、生来の特徴として《アーティファクト》と同調することが出来ます。彼らの力ならそう時間を取らずに同調を行えますよ」

「そうなのか。もしかして、知り合いにいたりとか?」

「ええ、私の同調も友人のドワーフに行ってもらっていました。他にも彼らは《アーティファクト》を生み出すことも得意としていて、道具などはエルフ、武器や防具などはドワーフといったように得意分野もありまして」



 得意げに話すエニステラの様子から、その友人とは仲が良い事が伺いしれる。今まで、戦いを常とする女騎士といった顔ばかり浮かべていたがこの時ばかりは年相応の女子といった雰囲気である。

 あどけなさが残る顔に思わず、恭兵は見とれてしまった。



「ええ、それでーーとキョウヘイ?」

「あ、ああ悪い。そこまで話してもらって。同調についても教えてもらったし、話してもらってばかりだな」

「いえ、私に出来ることなら、この程度容易なことですし……」

「じゃあ、代わりに俺に聞きたいこととかあるか? アンタより物を知ってるってわけじゃないけど、話せることなら何でも聞いてくれよ」


 

 エニステラに話しかけられて、恭兵は自分が彼女に見とれていたことを何とかごまかした。

 幸い、エニステラは不思議そうにするのみで恭兵の様子に気づいてはいないようだった。

 ともかく、話題を切り替えるべく恭兵はエニステラに告げたのだった。

 エニステラは少し考えて、聞くべき内容が決まったのか恭兵の顔を見つめ質問した。



「それでは、話せることならばよろしいのですが」

「ああ、言ってくれ」

「キョウヘイとミヤコ、それとサスケ……もそうなのかもしれませんが、あなた達は"迷人(まようど)"なのですね」



 相当確信に迫った質問であった。が、恭兵としては、都子の魔法について聞かれるかもしれないと思ったが、それよりは幾分かましなものであったので、特に迷うことやごまかすことは無く、



「ああ、少なくとも俺はそうだ。他は……まあ、俺が勝手に言えることじゃないからノーコメントで、とは言ってもバレバレだったか」

「ええ、ミヤコに関してはすこし分かりづらかったですが、あなたは特におかしかったですから。魔法にあまり詳しそうに無いあなたが魔法剣士のように戦っているのはおかしいと思いました」

「まあな」



 地面に手を付く佐助や都子のような掌から火の玉を出すといったようなことならば、各自の役割にそった自然なものであるが、恭兵に関しては手を向けただけでその先にあるものを動かしたりできるというあからさまな超能力である。観察力があるものであるならば、疑問を感じるのも当然であった。



「"迷人"が魔法とは違う力を持つとは聞いていましたが、見ればそうだと思えるものですね」

「流石の対魔十六武騎でも、"迷人"には遭ったこと無かったか」

「ええ、僅かに噂を聞くくらいで、でも噂ほど厄介事を引き起こす人には見えませんでしたけど」

「もし、厄介事を引き起こすようだったらどうしたんだ?」

「そうですね。人を裁くのは私の役目ではありませんから、捕まえて法の神の前に突き出すと言ったところでしょうか」


 二コリと笑いながら告げたその目は妙にうすら寒いものを感じ、和やかな雰囲気の中に少しヒビが入った。

 少し顔が引きつりながらも、恭兵は怪しまれないように話を続ける。



「そっか、なら安心だな。俺達はそこまで悪いことした覚えは無いし」

「そうですか、なら安心ですね」

「あ、あははははは」

「ふふふふふ」


  

 互いに笑いながらも、どうにかごまかせたようだと恭兵は感じた。そう思うことにした。これ以上そのことに関して考えてもぼろを出しそうだったので、再び話題を変えることにした。



「そ、それで、他に聞きたいこととかは?」

「では、あなた達が日々を過ごしていた元の世界について教えてもらえますか?」

「元の世界?」

「ええ、"迷人"の方々はこの世界に迷い込んだと聞きます。それならばその前、あなた達がいた世界の事を前から知りたくて」

「それはいいけど、どうしてそんなことを?」

「ええ、何でも、"迷人"達がいた世界では、侵攻してくる魔王も人々を脅かすモンスターもいない、とか」



 そう告げるエニステラの言葉にはどこか切なる願いのようなものが込められている、そう恭兵は感じた。感じたのでごまかしたくは無かったので、正直にいうことにした。



「そうだな。確かに百年に一回攻め込んでくる魔王なんていうのもいないし、人を襲うようなモンスターってもの

、まあいない訳じゃあないけど、でもそれで村が壊滅したり、国が総出を上げて対処しなきゃいけない程いる訳じゃないな」

「そうですか」

「まあでも、問題も無い訳じゃなくて、色々と人間同士で争ったり、死にはしないけど生きていくにも大変だったりするし」

「人と人が争うことは、私には良く分かりませんし、この世界でもあることです。でも、そうですか」


 

 安堵の息をつくエニステラはまるで念願がかなったようであった。恭兵自身としては元の世界のことはあまり考えたくは無いのだが、どこが彼女の琴線に触れたのだろうか。



「えっと、納得のいく答えだったみたいだけど……」

「ええ、ありがとうございます。ちょっとした子供の頃に描く夢みたいなものです」

「夢?」

「ええ、この世界に魔王がいてモンスターがいて、それに苦しめられる人がいて、その現実は変わることは無いと思います。私が言ってはいけないことだとは思うのですが、それでも神ならぬ私がモンスターを絶滅出来る訳でもありませんし、魔王を倒す事が出来たとして、百年後にまたくる魔王を死した私にどうにか出来る訳ではありませんし」

「……それで?」

「それでも、一人でもその命を救うためにと力を振るい続けています。そうして、対魔十六武騎になって、それでも幼いころにみた夢だけは忘れられなくて」

「…………」

「どうか、どうか、モンスターや魔王に殺される人がいない世界がありますようにと、そんなおとぎ話みたいなことをずっと、捨てられずにいたのです」

「……そっか」

「ええ、だからその話を聞いたときからずっと、"迷人"の方にお会いしたら聞こうと、そう思っていたのです」



 心の底から笑顔を浮かべるエニステラの目から涙がこぼれた気がしたが、恭兵はそれを指摘することなく、気づかない振りをして聞き手に徹する事にした。



 ――あまり、あの、自分に色が無かった世界のことは考えたくは無かった。



「だから、ええ、そのような世界があるならば良かったとそう思います。そういう世界があるならば私の戦いも意味があるんじゃないかと思えるのです」



 ――悪い世界じゃない、良い世界だったさ。でも、それでもそんな世界だから、馴染めない奴だっている―――








「そうね、本当に良かったわね」



 背中から聞こえるその底冷えする声で、埋没しそうになった恭兵の意識は覚醒し、同時に気分は再び緊張状態へと戻り、背には汗が噴き出た。

 振り向きたくはないが、振り向かねばならないと叫ぶ本能に従い、ゆっくりと後ろを振り返るとそこには既に索敵を終えた都子が仁王立ちで立っていた。

 相変わらず、その顔を黒いローブの中に隠しているが、振り返り仰ぎ見る恭兵からはその絶対零度と極熱の太陽光が合わさった視線が見えた。



(怖い)



 今までのモンスターや師匠の特訓、命の危機の中で最も恐怖を感じた瞬間だった。

 明石都子はあからさまに怒っていた。



「え、えっと」

「索敵、終わったわよ」

「お疲れ様です、ミヤコ。それで、結果は?」

「魔法の類は無かったわ。あまり深い所までいくと有効範囲からでるから全部は調べ切れなかったけど、居たのは敵が幾つかって所かしら」

「そうですか。死霊術士は自身の周囲に罠等を仕掛けたのでしょう。時間的にもそれ程余裕が無かったと見えます」

「かもね。それじゃあ、行きましょう」

「休憩は大丈夫なのですか?」

「ええ、問題ないわ。先を急ぐんでしょう?」

「では、行きましょうか」



 そう告げながら、エニステラは素早く立ち上がり、洞窟の方へと目を向けた。既に今までの涙などは姿形も無く、そこには戦いに備える女騎士がいた。

 二人の会話から、どうやらエニステラには都子の怒りが伝わっていないようであり、完全に恭兵が怒りの矛先としてロックオンされていた。

 

 びくびくしながらも立ちあがる恭兵、依然として都子は怒っており、それを治める気は中々なさそうであった。



「えっと、本当に大丈夫か?」

「何が」

「いや、疲れてないかなって」

「別に、もしかしたら、楽しく喋ってた誰かさんよりかは疲れてるかもしれないけど」

「えっと、」

「別に何でもないから」

「いや、あの」

「何、でも、ない、から」



 そう言うと、洞窟の方へと向かっていく都子その後ろ姿から何も聞くなというメッセージを受け取った恭兵はこれ以上ことを荒立てないように口を紡ぐことにした。



「いやあ、大変っすねえ」

「……お前、見てたなら助けろよ……!」

「流石に勘弁してくださいよ。下手すればこっちに矛先が向くところっすよ? 邪魔しないようにしてたんでそれでどうか許して下さいっす」


 いつの間にか傍に立っていた佐助にどうにも行かない怒りをぶつけたい所であった恭兵であるが、平謝りする佐助にここで怒って体力を消耗するのは無駄だという考えに至ったのでその矛を収めることにした。



(今度、コイツが同じ状況に陥ったら絶対に無視してやろう)



 休憩のつもりがどっと疲れた体を押して、洞窟へと足を向けた。


 結局、懸念ししていたような罠は入り口には無く、ようやくして日が暮れて夜となった所で、

 ―――一行は死霊術士が待ち構える洞窟の奥へと向かうべく足を進めるのであった。

 


続きは一週間以内、水曜日には投稿します

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