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灰ノ血  作者: 春色
虹彩異色の少女
1/5

スチームパンクな世界観をずっとやってみたかったので。

物語の前半ではあんまりそんな感じ出てないですが。


メインシリーズがあるので此方は相当ゆっくりなペースで更新していきます。

進行状況と更新日についてはツイッター(@haruiro1202)にて。

 巨大な建物や煙突の隙間から見える空は、分厚い灰色の雲と蒸気に覆われていた。煙たい空気を吸い込むと、慣れていても咽そうになる。身に纏っていた外套を口元に掻き寄せて、少女は身体を縮こまらせた。

 少女の歩く大通りに、人の姿はない。彼方此方に放置されている壊れた馬車や自動車を横目に見ながら、彼女は静かに歩を進める。


「お嬢ちゃん、こんな所で何をしているのかな?」


 掛けられた声に振り返ると、中年らしい男が其処には立っていた。目深に被った帽子の下からは、薄ら笑いを浮かべる口元が覗く。

 ゆっくりと男の顔を見上げながら、少女は外套の下で、手にしていた物を握り締める。注意深く様子を窺っていると、男は口の端を吊り上げ、不揃いの歯を見せた。


「こんな所で、危ないよ? あ、危な、あぶナい」


 男の口元が震え始め、その言葉遣いが徐々に覚束なくなる。黄味掛かった男の犬歯が、やけに大きく見えた。

 少女はその赤と青の目をそっと細め、男から一歩離れた。唇を噛み締めて、手の中の物を握る力を強める。針が刺さるような痛みが、彼女の両手に走った。

 距離を取った少女の顔を覗き込むように、男は首を傾げた。被っていた帽子が地面に落ち、男の顔が露わになる。充血したその目は焦点が定まっておらず、小刻みに揺れていた。少女に触れようと両手を伸ばしながら、男は不気味に笑う。


「こち、こっちに、おおいでおいでいで」


 しかし、少女の黒髪を撫でようとした男の手は空を切る。何が起こったのかわからず、瞬きを繰り返す男の額には、何時の間にか風穴が開いていた。

 煙たい空気の中に、硝煙と血の匂いが混じる。少女の両手には、二丁の銃が握られていた。長い銃身を持つそれはマスケット銃のようであったが、その仕組みは大きく異なっていた。それを示すかのように、銃の中には血の匂いが充満している。また、少女が弾を込め直すこともなかった。

 自分の身に起きたことを漸く理解した男は、頭部に走る痛みに悶絶して転げ回る。尚も銃を構えた右手を男の方に向けたまま、少女はぽつりと呟いた。


「……狼、だよね?」


「そうだな。負ける相手じゃねえだろ」


 腰に着けた鞄の中から返ってきた言葉に、少女は黙って頷く。手元を隠すように付けられた飾り布の下で、彼女は改めて引き金に指を掛ける。

 金属の部品同士が当たる音に気が付いたのか、地面でのたうち回っていた男が起き上がり、少女に襲い掛かってきた。これ以上撃たれては敵わないと思ったのだろう。額を撃ち抜かれているにも関わらず、男が大人しく倒れる様子はない。

 自分に覆い被さるように飛び掛かってきた男を冷静に半身に構えて避けると、少女は擦れ違い様に男の後頭部と背中に銃口を突き付けた。眉一つ動かさず、そのまま引き金を引く。二丁の銃から放たれた弾丸は又しても男を見事に撃ち抜き、地面に深く突き刺さった。暫し立ち止まった後、男は声を上げることもなく、倒れて動かなくなる。

 間違いなく男の息の根を止めたことを確認してから、少女は安堵の息を吐いて、頬に付いた返り血を拭う。手の甲に残った赤黒い物を舌で舐めとると、強い鉄の匂いが鼻腔を抜けた。

 血の香りが充満する空気を深く吸い込んで、男の死体の傍らにしゃがみ込む。血に濡れた男の背中に手を乗せると、傷口に人差し指と中指を突き刺した。千切れた血管からは、まだ鮮やかな赤色をした液体が溢れ出す。指を赤く染めたその液体に口を付けて、少女は眉を顰めた。


「……美味しくない」


「だったら食べるなよ」


 少女は生返事を返しながら、スカートに付いた埃を払って立ち上がる。服に付いた返り血を確認すると、大きな溜息を落とした。青いスカートも茶色の外套も、すっかり赤黒く染まってしまっている。染みてしまうことはないものの、やはり気分はよくない。家に戻ったら直ぐに身体を洗おうと決めて、地面に置いていた銃を手に取った。

 砂利を踏み付ける音が耳に届き、少女は振り返る。先程の男と同じように目の焦点の定まらない者が、背後に何人も立っていた。服装を見る限り、この辺りの住人のようだ。


「今日は、狼が多いね」


「いつも多いと思うぞ。まあ、それなりに片付けたら帰ろうぜ」


 鞄の中の声は、疲れたからと付け足した。鞄に入っているだけなのに、どうして疲れるのだろう。思わず笑みを零して、少女は出来るだけ早く済ませられるよう努力すると言葉を返す。

 一斉に襲ってきた住人に対し、少女は銃口を向けた。掴み掛かろうとする手の数々を紙一重で躱しながら、住人の心臓を次々と撃ち抜く。返り血を浴びた少女の赤い右目が、怪しく輝いた。


 * * *


 廃墟と化した煉瓦造りのビルが立ち並ぶ路地裏を歩いていると、この世界には自分しかいないように感じてしまう。疲れているせいで寂しさが増してしまうのかもしれないと考えて、少女は家に向かう足を速める。帰って休めば、気持ちも落ち着くだろう。

 崩れ掛けたり瓦礫に塞がれたりしている廃ビルの入り口を幾つか通り過ぎると、唯一入れそうな程には綺麗なままで残っている建物が現れる。人一人が通り抜けられる程度には片付けられた入り口から、少女は廃ビルの中に入った。歩く度に床は軋み、彼方此方には穴も開いている。割れた窓硝子の外は既に暗くなり、直ぐにでも夜の闇に包まれてしまいそうだ。

 暫く階段を上がって四階に辿り着いた少女は、徐に正面の壁に近付いた。木の板で覆われた壁を軽く押すと、何かが軽く当たったような音が響く。続いて木の板が一枚だけ外れ、壁の中が露わになった。

 少女は開いた部分から壁の中に手を入れると、内側の壁と外壁との間に設けられて隙間を探る。冷たい金属の質感を放つそれ――金属製のハンドルを掴んで何回か回すと、頭の上の方から何かが外れるような音が聞こえた。

 壁に木の板を嵌め直すと、少女は上がってきた階段の方を振り返る。此処は一番上の階で、更に上へ向かう階段は存在しない。だが、金属の歯車が擦れ合う音と共にゆっくりと天井の一部が落ち、新たな階段が現れる。階段の片端が床に着くと、天井裏から聞こえていた歯車の音も止んだ。

 慣れた様子で隠し階段から五階に上がっていった少女は、近くに置いていたオイルランプに火を灯す。照らされた仄暗い室内は、金属製の部品が幾つも置かれた大きな机が、平行に並んで二つ置かれていた。先程までとは違い窓硝子は一枚も割れておらず、皆綺麗な真紅のカーテンに縁取られている。

 少女が上がってきた階段の直ぐ横の壁には、片手で動かせる程の金属のレバーが取り付けられていた。忘れない内にと、彼女はそのレバーを動かして階段を元のように上げておく。オイルランプを片手に部屋の奥へと足を運びつつ、カーテンを閉めていった。机を少し見回して、比較的物が置かれていない部分にオイルランプを置いてから、腰に着けていた鞄を下ろす。円筒状の鞄のポケットから小瓶などを取り出すと、彼女は一番大きな収納部分を開けた。

 少女が鞄の中に入れていたのは、人の頭程の大きさのぬいぐるみだった。短い手足と耳、そして正面を向いた丸い瞳は非常に可愛らしい。ふわふわの毛並みは羊のようであったが、それらしい角は生えていなかった。

 まじまじとぬいぐるみを眺めてから、少女はぽつりと呟いた。


「……やっぱりむっちさんって、何回見ても何の生き物かわからないね」


「失礼だな。俺もよくわかんねえけど」


 むっちさんと呼ばれたぬいぐるみの口が動くことはなかったが、その声は確かに少女の耳に届いていた。そう、彼はぬいぐるみであって、自分で動くことは出来ない。だが彼の声は確かに聞こえるのだ。

 少女は近くの椅子に腰掛けると、鞄から取り出しておいた小瓶に手を伸ばす。小瓶を灯りに翳すと、中に入っていた赤黒い不透明な液体が揺れた。


「そう言えばまだ飲んでなかったな。そのまま飲めよ、こう、ぐいっと」


「おじさんみたいだから、やだ」


 年頃の少女は、小瓶の蓋を開けてそのまま中身を呷ることに抵抗があった。態々ワイングラスを持ってくる様を見て、むっちさんは呆れたように溜息を吐いていた。

 ワイングラスに注ぐと、赤黒い液体は正にワインのように見える。少女は酒を飲まないが、丁度いいものはこれしかないのだから仕方がない。小瓶に入っていた液体は、グラスの八分目辺りの量。彼女には少々多いが、むっちさんには飲み切るように口煩く言われている。足りなくなったら困るものだから、と。

 そっと口を付けた液体は、飲み慣れた味だった。偶に中身が変わっているようにも感じるが、これを配る者から詳しく聞いたことはない。数時間前に口にした『狼』の血と同じ、強い鉄の匂いと苦味。しかしその時にはなかった微かな甘みが、少女の舌を満足させる。この『飲み物』を作っている者は、此方の好みをよく理解しているようだ。


「うん、美味しい」


「当たり前だろ。その辺の奴と『教会』が配ってるのを比べちゃダメだ」


 もし量が足りない時には、狼を仕留めてその血を口にせざるを得ない。多い量を貰えているだけ幸せだろうと呟くむっちさんの言葉を聞き流しながら、少女は二口目を喉に流し込んだ。それから思い出したように徐に席を立つと、近くの扉から部屋の外に出る。少しして戻ってきた彼女の手には、分厚い一冊の本が抱えられていた。表紙からこの国のことを纏めた本であることに気付いて、むっちさんは不思議そうに尋ね掛けた。


「勉強か? 珍しいじゃねえか」


「ちょっと、気になることがあって」


 ワイングラスを片手に、本のページを一枚一枚捲っていく。記憶を頼りに黄ばんだ紙に書かれた文字列を暫く目で追っていると、漸く目当てのページに辿り着いた。自分の中の知識を改めて確認するように、少女は丁寧に内容を読む。

 この国には大きく分けて三種類の生き物がいる。人間と、家畜などの動物。そして、『それ以外の存在』――吸血鬼の仲間。

 昔からこの国では吸血鬼の伝説が語り継がれていた。人間や家畜を襲っては血を抜いて殺し、時には同じ吸血鬼に変えて仲間として迎える。だが本当に吸血鬼となれるのは、ほんの一握りでしかない。その大半が自我を失い、まるで野生の獣のように人を襲うようになる。その姿は例え元が人間であっても、人型を失っている場合も多い。そうした者を、この国では『狼』と呼ぶのだ。

 稀にいるのが、自我を失うこともなく、普通の人間と同じように生活出来る者だ。彼らは『狂人』と呼ばれ、狼よりも見付けることが難しい。人に紛れている為、非常に発見し難いのだ。だが、見分ける方法がない訳ではない。吸血鬼の仲間と人間との決定的な違いは、人の血を口にするか否か。吸血鬼の仲間であれば、必ず血の匂いに反応する。また、人を襲う時にはその本性を曝け出し、狼と同じように人型を失う場合もある。時間が経つと再び人型に戻る為、注意しなければならない。

 狂人はそうした非常に厄介な存在ではあるが、その全てが人間の敵である訳ではない。自分が人間ではなくなっても狼達から人間を守りたい、同じようになってしまう者を出したくないという思いを抱いた狂人達もおり、彼らは『教会』という組織を作ったのだ。教会に所属する狂人は『狩人』と呼ばれ、日々狼達を狩っている。少女もまた、こうした狩人の一人であった。

 血に飢えて一般人を襲うことがないように、教会の狩人には特別に調整された血液が配られている。それが何処の誰の物なのか、そもそも本当に生き物から取り出された物なのかは誰も知らないが、少女は気にしたことがなかった。


「ロゼッタ」


 不意に名前を呼ばれ、少女――ロゼッタは顔を上げる。声を掛けてきたむっちさんを見ると、彼の刺繍糸で出来た黒い瞳と目が合う。人の目とは違い、その中にロゼッタの姿は映り込まなかった。


「気になることって、何なんだ?」


「……吸血鬼が本当にいるのか」


 吸血鬼はその伝説こそ確かに残っているものの、実際に姿を確認したという記録はない。この国にいる者が人間でなくなってしまうのは、吸血鬼に直接襲われてなった訳ではなく、狼や狂人に襲われた為だ。一番最初に人間でなくなった者は吸血鬼に襲われたのだろうが、最早それがどれ程前のことかはわからない。気が付けば呪いのように、狼になる現象が起きるようになった。空を覆う灰色の蒸気は、その呪いを抑える為に撒かれているのだ。それでも完全に抑えることが出来ない為、狩人が狼を狩ることで少しでも被害を抑えようとしている。

 また、姿は確認されていないが、古の吸血鬼が残したとされるモノは幾つかある。その中でも、吸血鬼の使う魔法については特に研究が重ねられてきた。ロゼッタの使う銃も、その研究の成果として生まれたのだ。

 普通の銃は弾を込め直す作業が必要になるが、狼がいる場所で行うのは危険過ぎる。その為に開発されたのが彼女の使う魔法銃で、新しい弾の生成と火薬を詰める作業、更には発火までも魔法で行うことが可能になった。撃鉄の代わりとして血水晶という物が採用されており、この水晶内に魔法の術式が組み込まれている。引き金を引くことで全ての魔法が発動するのだが、その際に血水晶に血を供給しなければならないのが唯一の欠点だ。銃の中の血液タンクに血を入れる為、握る部分には針が付いている。傷口から出る血の匂いに狼が反応し難いように、ロゼッタは何時も手に包帯を巻かなければならないのだ。

 血液を利用して発動するという血水晶の魔法は、吸血鬼の技術としては納得のいく物である。そしてその技術があるということは、吸血鬼が伝説ではなく実際に存在すると証明しているのだ。


「吸血鬼の仲間である狂人が、同族のはずの狼を吸血鬼の技術で狩る。なーんか複雑な話だよな」


「そうだね……」


 同じ元人間という存在を殺すこと、同族の狼を殺すことに抵抗を感じる狩人は少なくないが、ロゼッタ自身はそれ程人間に対する思い入れがある訳ではない。いや、もしかしたら人間との繋がりもあったのかもしれないが、彼女は覚えていないのだ。気付いた時にはこの国にいて、狩人として生きることを余儀なくされた。危険なこの国で彼女が生き残るには、狩人になるしかなかったのだ。

 増え続ける狼を一掃するには、元凶の吸血鬼を倒すのが一番早いはずだ。吸血鬼についての研究がもっと進めば、狂人や狼を増やす所か、逆に元の人間に戻す方法もわかるかもしれない。そう考えて本を開いてみたが、吸血鬼に関する記述は少なく、探す為の参考にはなりそうになかった。


「むっちさんは吸血鬼のこと、何か知ってるの?」


「あのな。ずっとお前と一緒にいるんだから、お前が知らないことまで知ってたらおかしいだろ」


 それもそうだ。返ってきた言葉に納得しながら、ロゼッタは本を閉じた。椅子の背凭れに寄り掛かるようにして大きく伸びをすると、疲れがどっと押し寄せてくる。さっさと身体を洗って、眠ってしまいたい気分だった。

 ワイングラスの中身を一気に飲み干し、徐に立ち上がる。小瓶とワイングラスを綺麗に洗ってから、本とむっちさんを小脇に抱えて廊下に出た。部屋を出て右手の方、廊下の突き当たりに浴室がある。ロゼッタの寝室はその隣だ。

 抱えていた本を仕舞う為に、ロゼッタはまず自分の部屋へと入る。ベッドに机、小さな本棚とクローゼットだけが置かれた簡素な部屋だ。机の上にむっちさんを置くと、同じような背表紙の本でぎゅうぎゅう詰めになった本棚に、無理矢理押し込むように本を戻す。


「むっちさんも、お風呂入る?」


「やだ」


 喰い気味に答えられたが、ロゼッタはお構いなしにそんなむっちさんを再び抱き上げる。お風呂嫌いの彼が嫌がるのはわかっていたが、彼女も取り敢えず聞いてみただけで、最初から彼を洗うつもりだった。普段から汚れないようにと鞄の中に仕舞ってはいるものの、やはり定期的に洗いたいのだ。本物の動物であったなら、今頃は腕の中でじたばたと暴れていただろう。だが動くことの出来ないぬいぐるみである以上、彼には言葉以外の抵抗手段がない。

 そもそも拒否権がないのなら聞くなといった内容の文句がむっちさんの口から出て来ていたが、それを華麗に聞き流しながらロゼッタは浴室に向かった。


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