五話 薬草を採取しよう【1】
オークと対峙するまでどれ程かかるのだ
ジャック達はペッシと別れると、階段を登り食堂と合併しているロビーへと戻って来たのだが、先程までとは違う喧騒な様子に眉を顰めた。
訝しげに顰めただけであるが、眠りを妨げられた太古の龍に睨まれたかのごとく一瞬で静まり返った。
バツが悪くなり、受け付けへとロビーを横切っていると、雪解けの様に動き出すギルドの職員達。
何やら慌しく動いており、その表情は焦燥感に駆られている。
「何か有ったのだろうな」
「キッヒヒ、なにかって何だィ?魔物の暴走でも起こったのかいョ?」
「いや、それはあるまい。魔物の暴走が確認されている時に、悠長に酒など飲んでいる場合では無い」
ジャックの声が聞こえたのか、周囲の冒険者は気まずそうにエールから手を離してしまう。
さて、受け付けに着く頃には再び喧騒に包まれており、静かなのは顔を青くして、死刑宣告を待つ囚人の様に固まるミリアのみであった。
目の前に立つジャックの巨体が来た事を確認し、ゴクリと生唾を飲み込み覚悟を持って顔を上げた。
「ヒィー!」
やはり、怖いものは怖い。
悲鳴を上げたミリアを見て、ジャックは困った様に後ろを振り返るが、既に面倒事を押し付けたエレナ達は好き勝手に動いていた。
テーブルに座るサソリは、ジャックの方をチラチラと見ながら食事を催促しており、エレナは何故か人探しの依頼を眺めている。
「怖がらせてすまない、ペッシから受け付けに案内されてな。この後はどうしたら良いのだ?」
「き、聞いておられます!」
「う、うむ」
「ぼ、冒険者ギルドの階級説明を!」
「いや、それは先程の試験前に聞いたのではないかね?」
「そうでしたね!はい!えっと、冒険者は階級により受けられる依頼が変わりますって話はしましたっけ?」
「その話はまだしていないな」
恐怖のあまり、勢いのみで話しているミリアの言葉を何とか噛み砕きながら、ジャックはため息をついてしまう。
一体どれほど会話に時間が取られてしまうのだろうか。
「面倒だな、お嬢さんよ話は後で良い、俺たちのギルドカードを渡してくれ」
「うぇ、す、すみま、申し訳ありません」
眉を寄せたジャックに、震える手でミリアは出来たばかりのカードを掴み渡そうとするが、震えのあまりカウンターから取り落とし足元に散らばってしまった。
ジャックの、強面の、お客様の足元に。
まるで見下すかの様な仕打ちであり、貴族に行えば過失であっても牢屋に入れられる行為を。
古龍の様な龍人を相手に。
「あ、あぁぁ・・・」
無言で拾い上げると、これ以上怖がらせるのは不味いと足早に離れるジャックであったが、ミリアからすれば堪忍袋が切れた龍人が怒りのあまり早歩きしている様に写る。
このままでは自分の行為がきっかけとなり、再び戦争が起こってしまうのではないかと、自分達冒険者ギルドの晒されている危機を忘れる程ミリアは焦った。
「お、お待ちくださぁぃ!」
ミリアは走った、これまで生きてきた中で最高の走りを。
だがジャックは気が付かず、サソリの座るテーブルに掛けようと近付く。
それでもミリアは走る、戦争を回避する為の土下座をする為に。
最悪彼の奴隷となる為に。
「もうしわけぇー!」
ミリアは飛んだ、ジャンプから土下座(渡来人がもたらした最高位の謝罪の文化)に発展する為に。
彼女の誤算は、空中では身動きが取れないことと、焦りで狭まった視界に自分の腰程までしか無い身長の少女を見逃した事だ。
「ありませぇ!」
「ひぐぅっ!」
ジャンプ中の土下座への移行により、丁度膝へ体重を掛けたミリアは、吸い込まれる様に真っ白な少女の頬へと吸い込まれ、嫌な感触と共に真っ白な少女、エレナを蹴り飛ばした。
軽い外見のままに吹き飛ばされたエレナは、二転三転しながら周囲のテーブルや料理を巻き込んで行った。
ちゃったかりと、自分の料理を確保していたサソリを除いて。
ミリアさんは26歳独身なので少女ではないぞ!
(^ω^)