一話 冒険者ギルドに登録しよう【1】
ジャックちゃん登場です
魔王が討たれてから5年の月日が経った。
人間側の王族や貴族は有頂天になっていたが、詰めが甘く魔族領の主要となる領地は勇者が人族に討伐されてから、すぐさま魔族が取り返した。魔王の見立て通り勇者さえ死ねば人間の連合は瓦解し、潜伏させた魔王軍の圧勝であった。
とはいえ、戦争の爪痕は人々の心に大きな傷を残している。
奴隷を手に入れたと天狗になっていた領主様の多くは、半年も経たず自らが奴隷となった。
小競り合いは続いているが、ひとまず小健康状態に戻ったと言えなくもない。
国や魔王と勇者に振り回された民達は、
民間の機関である冒険者ギルドへの信頼が大幅に増え、戦争に駆り出される傭兵では無い魔物や盗賊との戦いを生業とする冒険者の割合が上回り、戦争への人員投資が不足しているのも関係している。
知性を持たない魔物では無く、知性を持つ魔族や亜人達と人間は、冒険者ギルドを通す事で徐々に脇隔ての無い関係になってきた。それでも、まだまだ貴族による差別は減らないが、民間では随分増しになったといえよう。
とある小さな町の冒険者ギルド前に立つ彼等もまた、身分証明書となるギルドカードを求め訪れていた。
筆頭に立つのは2メートルを超える巨体と、丸太の様に太い身体を持ちその身体を鱗に覆われ、爬虫類の瞳を持つ魔族の男であった。
太いと言っても贅肉では無く、限界まで絞り切った筋肉の塊である。頭に生えた黄金の角が太陽に煌めく。
魔族でもこれ程の巨体と筋肉に包まれた武人を見る事は滅多にいない、開かれた扉から覗くその姿に冒険者達は恐怖すら湧いた。
彼はチラリと店内を見回すが、冒険者達にとっては獲物を探す猛獣に映ったのだろう、身を縮ませ押し黙る。
冒険者ギルドの受付であり、新人の登録も行なっている受付嬢のミリアにとって、この日は五年前を思い出す厄日であった。
戦地にならなかったとは言え、この町が属する小国は人間領寄りなので、あまり多くの魔族は見かけない。とは言っても、差別も偏見も少ないのはこの国の王が聡明である為だろう。
現在では魔族と敵対する利益等皆無なのだから。
「お嬢さん、冒険者登録はこちらで大丈夫か?」
努めて紳士的に振る舞おうとした彼であったが、巨体故見下ろす姿勢で話しかける為、まさに喰らい付かんとするドラゴンそのままでミリアの瞳は滲んでいく。
仕事の前にトイレに行かなければ下着にも滲んでいただろう。彼女の名誉の為、何かとは言わないが。
「お嬢さん?」
固まってしまったミリアを案じ、覗き込む様にオロオロとする仕草は、可愛らしい生物であれば愛嬌があるのであろうが、口から溢れるは地獄の底の様に低く威厳がある声と、恐ろしいドラゴンを思わす強面故、さてどこから齧ろうかと思案している様にしか見えない。
「きっひひ!あいも変わらずびびらせてんなァ!ここはぷりーちで可愛いオレ様に任せとけ!」
天使の様に美しい声で汚い口調が響き、カウンターの下からひょっこりと顔を覗かせたのは髪も肌も全てが真っ白で、女神の様な造形が整っている少女であった。その瞳は真紅と紫のオッドアイであり、更に神聖さを醸し出している。
「オイ!小娘ェ!呆けてんじゃねェゾ!!」
外見の上品さは口調で全て台無しである。
ミリアも我に帰り、背伸びしたい年頃なのであろうと判断し、目の前の巨体を見上げない様にしながら話を始める。
「ぼ、冒険者ギルドにとうりょくですね!」
噛んでしまうのも仕方ない、普段なら睨みを効かせる厳つい冒険者達も目をそらているのだ。
「何名様でしょうか?」
「3人だ、3人」
3人?とミリアが見回せば、いつの間にか身体の造形が丸わかりの、渡来人達が伝えたレザースーツという皮をなめした服を着用する女性が立っていた。
女性らしく出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでおり男達の目を惹きつける。
口元は金属のマスクで覆っており隠れているが、目元から伺える顔立ちからかなりの美女である事が分かる。
「えっと、貴女も入っているのよね?」
ミリアはカウンターから覗く少女に尋ねるが、一応冒険者ギルドは何歳からでも登録する事が可能だ。
ただ、夢を見るあまり子供が登録し、低級の魔物を相手に命を落とす事を良しとしないのだ。
「ん?オレ様が餓鬼だと思ってるのか?まァぷりーちなオレ様を心配するのは良いけどよ。小娘ェ、見た目で年齢や実力を判断するのは失礼だゼ?」
魔族や亜人は見た目通りの年齢では無い事もあり、中には子供に擬態し人を襲う魔物も存在する。
敵にしろ、味方にしろ、強さとは見た目通りでは無い事等冒険者にとっては基本である。
己の無作法にミリアの顔が熱くなる、確かにこの国には魔物や亜人は少ない方だが、冒険者ギルドの受付をする職員がこの体たらくは非常に恥ずべき事態である。
それも、見かけは歳下相手に。
「も、申し訳ありません!」
「その外見では勘違いしても仕方あるまい、あまり虐めてやるな」
笑い声を上げ、人形の様に美しい顔が歪んだ少女だが、頭の上から制す声が聞こえると途端に静かになった。
「さて、怖がらせてすまないなお嬢さん。記入書類はあるかな?」
思わぬ助け舟にミリアは一息吐くが、助け舟を出したのは恐ろしい巨体の魔族である事を思い出し再び顔が引き攣る。
「は、はい此方の用紙にお名前をお願いします。それとできれば、職業や前衛か後衛か等教えていただければ依頼や仲間を探す時に便利になります」
ミリアが黄色が混じる記入用紙を取り出すと、魔族の男は困った様な顔で口を開く。
ミリアには何か気に障り殺されるのでは無いかと心配したのは彼の顔が怖いからである。
「お嬢さん、俺の手はこの通り無骨でな、小さなペンを持つのは苦手なのだ。代筆をお願いしても宜しいかな?」
備品である羽ペンは、彼の腕には小さく、摘んだだけで砕け散りそうである。
それに気が付き、ミリアはまた慌ててしまうがそれは仕方あるまい、目の前の魔族は一口で自分を噛み殺せそうなのだから。
「だ、大丈夫です。字の書けない方もお越しになるので、代筆を行なっております。お名前をお伺いしても宜しいですか?」
「俺の名前はジャックと言う、職業は特殊な為明かさない。だが、前衛だ」
「オレ様はエレナだ、小娘しっかり書いておけよ。あー、あとオレ様、後衛とか前衛とかよく分からねェんですけど?」
「お前は戦闘経験が無いのだろう?そういった時は、大人しく後衛にして戦い方を探るべきだ。自分の戦闘スタイルや、味方の動きを見るのに最適だからな」
「成る程な、確かにオレ様は知識は有るが戦った事なんて皆無だなァ」
「それでよく勇者に特攻する気でいたな」
「ハッ!タマタマの小さな龍人と違って、女は度胸があるんだョ!オレ様、胸はねェけどなァ!!キッヒヒヒ!」
「お嬢さん、こいつは後衛で登録しておいてくれ」
騒がしい少女の頭を撫でつつ話を聞き流し、ジャックはミリアに伝えた。
「か、畏まりました」
「ボクはサソリ、前衛だ」
ミリアはジャックの強面に怯えない様、ただ黙して手を動かす。
彼等が自らの職業を明かさないのは恐らく全員特殊な職業なのであろう、魔族の中には希少な職業を持って産まれる者達がおり、転生者達でもある。
ちなみに登録用紙は何名分も書けるようになっている、紙は今だ高級品なのだ。
「まず、冒険者ギルドでは実力や実績により昇級する事ができます。F級からA級ですね。
ギルドのランクが上がれば、受ける事が出来る依頼の種類も上がっていきます。
えっと、基本的に登録した時点ではF級になるのですが、この後ギルドの教官に実力を認めてもらう事により、最大D級からのスタートする事ができますよ。ですが、F級からでも依頼を達成し評価を得た後試験に合格する事で昇級も可能性です。
如何なさいますか?」
一応規則によりミリアは説明するが、冒険者ギルド内では誰もが同じ思いを抱いている。
この見た目で聞くまでも無いだろうと。
ジャックちゃんは顔が怖いです、おしっこちびります。
職業とかアルファベットが使われている理由とかは多分ジャックちゃんが教えてくれます。