第190話 10年以上の恐怖と葛藤
「――す……すっげえっス…………エリーさんが、こんな凄まじい力を今まで温存してたなんて……」
感嘆するイロハ。ガイは自らの震えを抑えつつ語る。
「――――温存してたわけじゃあねえ。ずっと着けて来たリミッターを外したんだ。本来のあいつはこれまでの『全力』と比べ物になんねえくらい強え。あれが真の『全力』だ――――もっとも……ガキの頃以来散々鍛えて来た上に、練気の修行もして来たから、10年前よりも何百倍も強えがな……それも、制御を完全に外した今のあいつなら……その何百倍が何千倍にも、何万倍にも化けるかもしれねえ――――ガラテア軍も味方も俺らも自分自身も……そして下手すりゃこの星ごと破壊しかねねえ、どうしようもなく強い『力』だ。」
「――遠巻きに端末で計測していても解ります。エリーはこれまでの全力の、さらに1000%以上は力を開放しています。今のままなら、ガラテア軍全軍を以てしても造作も無く殺し切るでしょう。問題は――――」
「――んな馬鹿でけえ力を出しちまって、いつ制御不能になるか。あと、そんな馬鹿でけえ力を出しちまっていつエリーもろともくたばるか解んねえってこった――――祈るしかねえのか。あいつが生還しつつ、グロウを助け出すことを…………。」
「――そのグロウですが、反応がありました。あの創世樹と見られる巨大な樹に最も近い、今のレーザー返しで撃墜したと見える戦艦からアルスリアと共に脱出しています。彼女は、このまま創世樹内部での融合を強行するようです。」
「――――エリーのことは心配だが……このまま手をこまねいていてもグロウが、そして世界が危ないだろう!! 幸い今のエリーの攻撃で道が開いた。私は行くぞ!!」
「――おっとォ。行くならセリーナさんの龍よりも……ウチの『黒風・改』の方が断然速いっスよ!! アストラガーロのレースほどじゃあないっスが、爆速で創世樹へ向かって見せるっス!! おりゃああああーーーッ!!」
――いつになく低く押し殺した声を出すガイを尻目に、セリーナは空中走行盤の媒介から龍を生成して飛び、イロハは修理しさらに汎用性を高めたバイクで戦場を突貫していった。
ガイは、その場を動けないでいた。
「――? ガイ。事は一刻を争います。すぐに彼女たちと先行した方が――」
「――悪ぃ、テイテツ。ちょっと先に行っててくんねえか。」
「……え? 何故です? いつもなら、エリーやグロウがあのような状態なら、貴方は真っ先に――――」
「恥を忍んで正直に言う――――恐ええんだよ。エリー、あいつが。怖じ気づいちまってる。そして、そんな俺の中の甘ったれな俺と葛藤してる最中なんだよ――――」
「――ガイ……。」
――――ガイは、ただただ恐怖に震えていた。
遠くで敵軍をボロ雑巾のように裂くエリーを見て、幼少期にテイテツと共に必死になって止めた過去のトラウマが脳裏を錯綜している。
テイテツは感情を抑制されて間も無かったため、恐怖は無い。
だが、最も身近でエリーを見て来たガイだからこそ、制御不能なほどに力を開放したエリーが恐ろしい。それほどまでに暴走状態のエリーを見ることは、恐怖の記憶として骨の髄まで刻まれていた。
足も震え、二刀を持つ手も震える。額からは冷たい汗も流れ出て来る。
――だが、そんな場合ではないことも、理性あるガイは解っている。
どんなに自分が傷付こうとも、多くを犠牲にしようとも、彼女と……エリーと添い遂げると決めたのだ。
たとえ、それが鉄火飛び交う地獄のような世界の最果てでも…………その想いと恐怖心の狭間でガイは葛藤していた。
「――あいつを見て、今更怯えすくんじまった時点で、俺ぁあいつの伴侶失格だ。ならいっそ、こうしちまうのもひとつの手か――――」
「――ガイ……?」
――テイテツが見ている前で、ガイは二刀を地面に突き刺して立て――――袖に仕込んであるナイフを取り出し、見つめた。ナイフの刀身には、ガイの眉根を顰めて怯えた顔が映り込んでいる。
――――生涯を誓い合ったはずの恋人に怯み、自分の恐怖心に負けて進めないぐらいならば、いっそ自らその苦しみを断ってしまおうか――――己の生命もろとも。
そんな考えが逡巡した瞬間――――半ば反射的に、ガイはナイフを振るった――――
「――ガイ……っ!?」
「――――なぁーんて!! んな雑魚な考えが浮かんじまうようじゃあ、たとえ全部上手くいったとしてもあいつの傍に俺は居てやれねえッ!! せめてこうすることで…………俺は俺の迷いをぶった切る――――!!」
――首に当てがっていたナイフをガイは――――自らの長髪に撫で付けた。
ぶつり、ぶつり、と荒っぽく髪の繊維が切り裂かれる音がした。ガイの頭髪は、みるみる短くなっていく。
「――――ふーっ…………これでスッキリしたぜ。待たせて済まねえ。行くぞテイテツ。ガラテア共をぶっ飛ばして――――エリーもグロウも救うんだ!!」
――自らの覚悟を決める暗示とか験担ぎとか、そういうものを込めて……ガイは余計な髪を切り落とし、短髪となった。より一層、精悍で逞しい表情が表れた。
自分の中の恐怖を忘れ切ったわけではない。それでもガイはエリーへの愛と共ににこやかに。地獄の戦場を行く闘争心と共に獰猛に笑った。
「――よっしゃ。乗れ、テイテツ!! エリーが切り開いてくれた道を通るなら今だぜ!!」
「――了解。」
ガイは傍にあるガンバに乗り込み、すぐにアクセルを踏みハンドルを切った。
――――これが最後かもしれない。願いは果たされず、皆、死んでしまうかもしれない。
それでも、眼前に聳える創世樹に、己の生きた証を見せ付けてやる、とばかりに笑い、ガイは突き刺した二刀も拾って走り出した――――