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創世樹  作者: mk-2
プロローグ
134/223

第133話 届かぬ温もり、凍てついた心

 ――――人目も憚らずに……否。憚るほどの心に余裕がなく、父親と、そして義兄弟との険悪な遣り取りを繰り返してきたリオンハルト。





 ヴォルフガングから準備と休養命令を出された今、彼は自室に籠っていた。





 ――彼を傍らで支え続ける副官・ライザと共に――――





「――私には解りかねるわ……リオンハルト。貴方は表立っては冷酷非情に振る舞う軍人ながら…………その本質はもっとずっと……ずっと温かで素敵な人なのに…………何故なの? 何故、あのアルスリアや御父上のヴォルフガング中将の前に出ると、あれほど蟠りをぶつけてしまうの…………?」





 リオンハルトはよく整えられたベッドに座り込み、隣にはライザが座って、寄り添っている。こういう瞬間だけは上官と副官という関係性ではなく、支え合う男と女だ――






「……恐らく、君がみなしごであったからだろう。みなしごでありながらも…………幼い頃から他人からは多くの愛情を注がれてきたはずだ。浴びるほどにな…………実際に親や兄弟がいて、それがまともに親睦を深めることすら出来ない関係性であったなら…………単なる他人以上に、その関係性には蟠りや苛立ち、憎しみが付きまとってしまうものさ――――」





 リオンハルトはおもむろに、自らの軍服を脱ぎ始めた。恋人が隣にいるから…………というつもりではない。






「――その身体。ヴォルフガング中将と共に、父上と、貴方自身の理想の為に、肉体をほとんど失いながら、傷付きながら…………何百年も生き長らえて来たのね…………」





 ――リオンハルトは既に人間としての肉体はほとんどを失い、サイボーグとしてのあらゆる強化、延命措置を経て、機械の身体で長い長い時を長らえ、ガラテア帝国軍人として生きてきた。それはいずれ軍の在り方を刷新する為にチャンスを窺ってきたのもそうだが、同じくサイボーグ化した父・ヴォルフガングにどこまでもついて行く為だ――――






「――そうさ。私の身体はもはや鉄骨と配線の雑多な塊だ。脳も本当に僅かでも残っているか怪しいものだ。ただただ生き長らえるために、この身は熱を失い、もしかしたらその僅かな脳も……無機的な演算装置の塊ではないかと疑いたくなる――――くくく…………笑ってしまうだろう? 非人道的行為を指揮する軍人らしい、血も涙もないうってつけの身体じゃあないか…………」





「――やめて、リオンハルト。貴方はそんな人じゃあないわ。自分と、自分の過去をいつまでも咎めていては駄目。それに……その生き長らえてた身体のおかげで、私は生きてこられたの。」






「……そうだったか…………確かに、みなしごだった君に充分な教育環境や衣食住を提供する一助に、私はなってきた。」






「そうよ。幼い私に貴方が目いっぱいの施しをしてくれたから、私――――」






「――だが、他の部下たちへはどうだ。出会った当初、真っ当な人間として生き長らえる環境が無かったとはいえ――――私は何人もの部下の人生を狂わせてきた。戦闘狂の改造兵へと仕立て上げて…………」






 ――ライザが言う通り、リオンハルトはその何百年という気の遠くなる人生において、単なる人格者としてのみ振る舞って生きる術は無かった。時にはガラテアの冷血軍人として表立って生きねばならぬことも多々あった。





 その副産物とでも言うべき存在が…………練気チャクラを操り、非人道的に他者を殺めることに何の罪悪感も持たぬ改造兵を生み出してしまった。





 ライネス=ドラグノン。バルザック=クレイド。目亘改子めわたりかいこ。メラン=マリギナ。






 彼らの中には、もしリオンハルトが本気で人間として生きる道と術を与えて導けば、軍人とはいえライザのような優しく聡明な人間へ育成することも可能であった、そんな人物もいながら…………将校として、軍の中枢にいるヴォルフガングの子として、改造兵と言う過酷で不幸な人生を歩ませることを余儀なくさせることも1件や2件ではなかった。






 リオンハルトは腕部などのパーツを外し、様々な薬剤や機械で手入れを行なう。そうしなければ生き長らえないのだ。





 

 ライザはなお、沈痛な面持ちで彼を見つめる。






「――確かに、救い切れなかった人も中にはいるわ。でも、それでも…………私のような人間を見て。リオンハルト。貴方のお陰で……軍人として、1人の女として逞しく生きている私を。貴方の傍に立つ女として幸福に生きる私のような人間を。これからもそうするつもりよ。もし、貴方さえ望むのなら…………遺伝子工学で貴方の子をこの身に宿して、貴方の妻として生きる道だって覚悟しているのよ…………」





「――――ライザ…………」






 ――ライザからリオンハルトに向けられる、涙すら伴った温かな眼差し。彼女はとうに、リオンハルトと共に生きる覚悟を決めている。






 リオンハルトは立ち上がり、外していない方の腕でライザを抱き寄せた。髪を優しく撫で上げ、スキンシップをする。






「――ありがとう、ライザ。気持ちはとても嬉しい。だが――――」






 そこで、リオンハルトは腕を伸ばして彼女を少し突き放してしまった。






「――これまでの数百年の人生で…………そんな風に寄り添おうとしてくれた女性は17人いた。そして、そのことごとくが…………私に近付き過ぎたがゆえに、幸福とは言い難い最期を遂げたよ。ある者は戦死し、あるものは改造兵に…………私のような呪われた化け物に……いつまでも寄り添うべきではない。」






「――――リオンハルト…………!!」






 リオンハルトは手入れをした腕をはめ直しながら、部屋を後にしようとする。






「……ニルヴァ市国の作戦で傷んだ改造兵たちの慰問に行く。私が人生を捻じ曲げた哀れな部下たちに…………君もついて来るかね…………?」






「――――ッ」







 ――ライザはリオンハルトの……そのあまりにも深い孤独を背負った後ろ姿に、内心慟哭した。何故そこまでして切ない道を歩むのか。そう情に訴え、喚きたいほどだった。






「――ええ。私もお供します。リオンハルト准将閣下――――」






 ――だが、ライザはリオンハルトが再び冷血軍人の仮面を被りつつも、自らの責で不幸な人生を歩まざるを得なくなった者たちへの慰問――――その誠意を感じ取った彼女は、彼女自身も再び『冷血軍人の副官』としての仮面と、軍帽を被り直し、後に従った。






 今、暗闇の中にいるリオンハルトにはきっとどんな愛情ある言葉も触れ合いも届かないのだろう。





 ならば、何も出来なくともせめて傍に居続けよう――――ライザは内心、そう誓い直した――――

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