プロローグ後編『ユメガミ』
・・・気が付けば、俺は周りに半透明な積み木のようなものが浮遊している、真っ白な世界にいた。
「・・・どこだ、ここ?」
俺は辺りを見渡していた。辺り一面が白く、先がどこまで続いているのかわからないほど、この空間は白く、地平線すら見当たらない。
更に不思議なのは、周りに半透明な緑色の積み木が浮遊していた。
大小は様々だが、どれも立方体だった。
「・・・やあ、こんばんわ。」
と、不意に後ろの方から声を掛けられた。この不思議な世界に人などいたのか。
俺は声のした方へ振り向く。
振り向いた先には、この世界に似合わない黒いスーツに、黒いハットを被った白髪の青年が、これまたこの世界に似合わないテーブルと二つある椅子の片方に腰を掛け、紅茶を飲んでいた。
青年は落ち着いた様子である。
「・・・。」
俺はというと、少々混乱していた。
それもそうだ、気が付けばこのような不思議な場所にいたのだから、当然といえば当然だ。
混乱している中、いくつか疑問が浮かび上がってくる。
まず、ここはどこなのだろうか。
夢の中なのだろうか。しかし、夢にしては意識がはっきりし過ぎている。
そして、二つ目に、あの黒いスーツを着た白髪の青年、彼は何者なのだろう。
「どうやら、この状況をうまく飲み込めていないようだね。無理もないか。」
青年は、そのようなことを呟いた。
それを聞いてから、俺はまた、いつもの考える仕草を取った・・・。
夢の中でも、この癖は変わらない。そしてしばらく考える。
俺は確か昨日、夕食を食べ、シャワーを浴び、少し勉強をし、眠りについたはず・・・。
ということはここは夢の中だろう。
まずどうするべきか・・・。
このままじっとしても何も変わらず、この時間が夢であるのなら、いずれ覚めるのだろう。
だが、ただの夢ではない気がする。
そしてあの青年の座っている椅子と向かい合って椅子がもう一つあるということは、座って話をしようということなのだろうか。まあそれ以外にいま出来ることはないのだろう。
気が付けば、少し落ち着きを取り戻していた。少し深呼吸をし、白髪の青年の元へ向かった。
「おや、もう落ち着いたのかい。驚いたよ。」
彼は不気味に笑みを浮かべて言い放った。
俺が向かいの椅子の横に着くと、「どうぞ、座って。」と手で椅子を指す仕草をした。
俺はそれに従い、椅子に腰を掛けた。
「紅茶はいるかい?」
彼は悠長にそんなことを尋ねてくる。そんなことを聞きながらも彼は笑みを浮かべている。
この状況を楽しんでいるのだろう。
素直にもらっておくとしよう。
「・・・いただきます。」
なぜか敬語で返答した。何故だかわからないが、敬語で言うべきだと、本能が告げた。
別に、この青年から圧を感じたわけでもなく、ただなんとなく、本能のままに告げた。
彼から差し出された紅茶を一口に口に運び、飲み込むと、さらに落ち着きを取り戻すことができた。
「・・・さて、いくつか気になることがあるのですが、まずここはどこで、あなたは誰ですか?」
また敬語だ、無意識に敬語になるように誘導されているようだ。
まあこの際、言葉遣いのことは気にしないでおこう。
紅茶を口に含み、それを飲み込んだ後に彼は口を開いた。
「質問は一つずつにしたまえ・・・まあ、それはこの際、置いておこうか。質問に答えよう。まず僕は誰か。そうだね、ひとまずここは、『ユメガミ』とでも名乗っておこうかな。」
彼は落ち着いた口調で、そう答えた。
ユメガミ・・・夢神・・・。
「・・・ということは神様という認識でOkay?」
一応聞いてみる。
「まあ、そんなところだ。生憎だけど、これ以上の僕のことについては触れないでもらえると助かる。さて、次の質問の答えだけど、ここは君の夢の中の世界さ。正確には、君の夢の世界の中に僕が作った空間だ。」
彼はそう答えた。やはりここは、夢の中なのか。
「なるほど、これでいくつか疑問は解けた。」
ここは夢の中の世界で、この空間は、このユメガミと名乗る青年が作り出した空間。
つまり、俺の夢の中に作られた異空間というわけだ。
そしてこのユメガミという青年は、神様っぽい存在であると。
「それはよかった。じゃあ僕からも一つ、聞きたいことがあるんだ。」
こんなことを言って、またもや紅茶を口に含む。
まあやはりというべきか、何か用があったのだ。
これがただの夢でないと仮定した場合、このように喋りかけてくるということは、用があるということなのだろう。もちろんこれがただの夢ではないというのは半信半疑である。
これが本当にただの夢である可能性は十分にある。
だが、片方の可能性のみを考慮したうえで話を聞くのは、いくら夢の中とはいえ、別の可能性がある以上、両方の可能性を考慮して話をしたほうがいい。
半信半疑の俺に、彼はこんなことを問い掛けてきた。
「もし魔法や魔物などの空想上の存在が実在する『異世界』があって、僕がそこへ連れて行ってあげよう、と言ったら、君はどうする?」
俺はそれを聞き、しばらく唖然としていた。
異世界?異世界だって?
連れていく?・・・そんなバカげた話・・・いや、在り得るか。
そもそもこのような異様な状況になっている以上、本当の可能性はある。
ユメガミは至って真面目な眼差しをこちらに向けながら、答えを待っていた。
俺は、恒例の仕草をして、考える。
異世界・・・それはファンタジーな世界なのだろう。
現実の世界を天秤にかけ、考える・・・現実世界でやりたいこともなく、ただ無気力に生活をしていくくらいなら・・・未練はない。
意を決して、俺は言い放った。
「・・・あぁ、ぜひとも連れて行ってもらいたいな。生憎現実のほうでやり残したこともない、期待していることもない。ただ無気力に生を送るくらいなら、異世界に行って、そこで生きてみたいと思うよ。」
俺は、誘いに乗る返答をした。半信半疑でも、行けるのであれば行きたい、それは本心だ。
「・・・現実の生活すべてを捨てて、異世界に行くということだよ。それでもいいのかい?」
彼は念を押して聞いてくる。何を今更。
言い出しっぺがそんなことを聞いてどうするんだ。
「ああ、現実に未練はない。異世界でやり直せるのであれば、異世界に行くさ。」
もちろん不安はある。でも不思議と大丈夫そうな気がした。所詮夢の中だからなのかわからない。
半信半疑だからかもしれない。でも少し希望も持っている。
「・・・わかった。予想外だったよ、否定してくるものだと思っていたんだけど。」
青年は安堵したように言う。
そもそも彼の目的はなんだ?俺を異世界へ行かせようとする理由を聞いてみる。
「なあ、ユメガミ・・・さん?・・・なぜ俺を異世界に連れていきたいんだ?」
それを聞いたユメガミは、笑みを浮かべ、こう答えた。
「”さん”はいいよ。ユメガミだけで。質問の答えだけど、強いて言うなら、ただの暇つぶしさ。僕は君の様子を見て楽しませてもらうよ。時々君の夢に顔出しながらね。」
彼はそう答えた。それを聞いて少し呆れたが、同時に安心もした。その異世界とやらを救ってくれ~!とか、そういうのじゃなくてよかった。まあ本当はそういうことなのかもしれないが、これから少し希望を持てた・・・半信半疑だが。
「さて、異世界転移を始めるとするかな。ここからはいくつか注意点だよ。まず、異世界転移をした時点で、現実で君がいたという跡は消える。ようはいなかったことになる。つぎに、あちらへ転移したら、現実へ帰ることはできない。あと、あちらの世界にはさっきも言ったように、空想上の存在が多く存在し、身の危険も多い。まあそこは頑張ってなんとかしてね。最後に、あっちの世界に着いたら、君はその世界に順応することができるよう、魔力を得る。魔力の量は、君次第。その人の体質に準じて、魔力を得る。さて、長々とした説明はここまで。
早速君を送ろう。たっぷり堪能して僕を楽しませてくれ。”広瀬ツバサ君”。」
そう、言い終えると同時に、俺の体は眩い光に覆われた・・・。
さて、俺の人生初の異世界転移。この先どうなることやら。
そして、しばらくして、俺は見知らぬ草原で目を覚ました・・・。
はい、皆さま。ここまで読んでいただきありがとうございました。
プロローグ後編『ユメガミ』、いかがだったでしょうか。
至らぬ点がいくつもあったかと思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。
序章はここまで。
次回から第一章に入ります。
ではまた次回お会いしましょう。