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誰が救える  作者: 団扇籠
2/5

出会い


 日差しはきつく時間的には午後2~3時頃だと思う。俺は水場を求め、森の木陰沿いに黙って歩き続けている。

 左手には多い茂る森、武器も持たずに入るには自殺行為だ。熊や狼の類に出会ったら、俺みたいな人間はたとえ武器を持っていようともあっという間に餌にされてしまうだろう。右手にはどこまでも続く草原の夏が広がっている。木陰も何も無いのにこの暑さに向かって歩き続けるのは危険すぎる。必ずどこかに森に繋がる川があるはずだ、と自分に言い聞かせ動く。

 無心で歩き続けられたら良いのだが……『体力向上』スキルを取っていれば楽だったとか、『毒耐性』があったら飢えることは無かったのではと、どうしても「たら」「れば」で余計なことを考えてしまう。

 それにしても長いこと歩いているにも関わらず人っ子一人どころか動物一匹見やしない。まさかこれ転移者がアダムとイブで異世界創世記ものとか? いや、何も無いオープンフィールドでデスゲームの線もまだ捨てきれないな、などと答えの出ない問答を繰り返す。――ああ、何か変化がほしい。


 日は傾き時間的に午後6時ぐらいだろうか。最初は意気込んでいたものの、さすがに疲れ休み休み歩くことになってしまった。

 日差しがなくなり涼しくて気持ちが良い。何も一番日差しがキツイ日中に歩かなくても日が暮れてから歩けばよかったんだと後悔する。体力だけ消耗して何も得られず、疲れ果てて近場の木の根元に座り込んだ。そういえば自衛隊の行進訓練だと、休憩のたびに必ず靴を脱ぐという話を思い出し靴を脱ぎ足を揉む。


 日も暮れ静寂な闇が辺りを包む。虫の音も聞こえない。本当に何もいないんだなと呆れた。呆れるのを通り越して悲しくなってきた。

 学生時代から友人らしい友人もおらず付き合いだけの知人ばかり。初恋なんて見てるだけで終わった。社会人になっても休みの日は寝てるかゲームしてるぐらいで、たまにネット覗いては何でこんな悪人が大きな顔してるんだと暴言を吐いて憂さ晴らし。虐待死された子供の画像なんか見た時は酷かった。執行猶予なんてふざけた判決に、死刑が難しいなら四肢切断してケージにでも放り込んでおけ! 人のルールから外れておいて人権なんて知るか! 未来を殺しておいて何が人か! と憤慨し1人熱くなっていた。

 ちなみに俺に子供はいない。身近な子供といえば姉の子供、甥と姪に当たる兄妹ぐらいだ。元気いっぱいに好きと甘えてくるのでつい構ってしまう。そんな調子なので甘やかすなと姉に何度も怒られたなあと思い出す。

 親の承諾を得て兄妹2人を連れてオモチャ屋に行ったのに、妹の方は何故か縄跳びを欲しがり満足していたのは笑った。兄にはゲームを買ってあげたが、俺達2人が縄跳びをしているとゲームほうりだして縄跳びに混ざってきたのは微笑ましかった。そんな2人とも今では小学生だ、勉強してるかなあ。あの姉のことだから大丈夫だとは思うが、勉強しないからといって人格否定するような怒り方をしていないか心配だ。

 子供は好きだが結婚出来そうもない。

 今まで彼女は何人かいたことはあったけど、どれも長続きしなかった。あの子にはもう少し優しくしてあげればよかったとかそういう後悔はない。ただ当時はお互い無駄な時間を過ごしたなとは思っていた。お互い様だし憎んでるわけでもないのでどうでもいいが。薄情かなと思ったこともあるけど、お互いの言う好きって気持ちが打算から生まれてる気がしてどうしても冷めてしまうのだからしょうがない。

 なんだか走馬灯のように色んな事を思い出し涙が溢れてきた。


 いつの間にか寝入っていた俺は目をこすり腰を上げる。どれぐらい寝ていたのだろう、まだ空は暗い。体は重いが動かないほどではない。休むなら日中に木陰ででも休めばいいのだ、と日が昇るまでに少しでも距離を稼ごうと歩き始める。


 朝の涼しい時間も過ぎそろそろ日差しがきつくなってきたので、木陰で気にもたれかかり座り込み体力を温存する。靴を脱いだ足を放り出し木々を見上げる。背の高い木々が覆い茂るが果実らしいものは一つも見えない。唇が渇き少し頭痛もし始めてるため、これは今日中に水源を見つけられないと本気でマズいかもしれない。


 夕暮れの中目を覚ます。喉の渇きに足の痛みで寝て起きてを繰り返して熟睡出来てないが、また歩き出せる程度には疲労もとれている。もう少ししたら歩くか、と微睡みから抜け出せず呆けていた。

「なにしてるの?」

と唐突にかけられた声。それは少し高い声だった。反射的に声の方に座り込んだまま振り返り、目を見開くように相手を確認する。そこには小さな人影が1つ、幼い子供がいた。

 俺は驚倒のあまり声が出なかった。原住民がいたことに驚いたからではない。その子供の頭に動物のような耳が生えていたからだ。まさかの獣人。異世界ファンタジーだったら獣人やエルフがもしかしたら居るかもなんて少しは思ったが、実際に目の当たりにすると違和感を抱かずにはいられない。

 子供の風貌は、身長は1メートルぐらいで服の類は一切身に纏わず全身を毛が覆っている。体毛はグレーでふさふさだが長くなく狼のような感じだ。お腹の辺りは毛が短いのか、白く少ないように見える。耳は犬か猫なのか違いは分からないが、ピンと生えておりピクピク動いていて、髪はボブヘアーといった感じの長さだ。顔には毛が生えてなく淡い橙色で、目は大きくクリッとしてる。鼻の頭が少し黒みがかっており動物メイクっぽい感じがする。手足の骨格は人間ぽいが、体型が洋ナシ型というか何というか……。獣人の子供だからこういう幼児体型なのかもしれない。お尻の辺りではしっかりとしたフサフサな尻尾が揺れている。

 子供は反応の無い俺に退屈したのか、持っていた何かの果実をモシャモシャと食べ始めた。その瞬間俺の目は、人生初めて会った獣人よりも果実の方に釘付けになる。瑞々しい果実を食べる姿に渇いた俺の喉にはゴクリと飲み込む唾液も既になく、子供の食べる果実が世界で最後の1個のように見えた。

「あ、あの、ゴメン。それ、1口もらえないかな?」

子供は一度食べかけの果実に目を落とし、少し間はあったが

「あい、あげる」

と嫌そうな顔一つせずくれた。

「え、いいの? ありがとう」

感謝の気持ちを伝えると子供はにへっと笑った。

 毒のことなど頭からすっぽり抜け落ちていた俺は、見たこともない果実に無心で齧り付いた。外見の色は緑で実は軟らかく熟したリンゴのような食感があり、中には桃のような大きな種が1つ入っている。溢れる甘味と酸味が渇いた口内を癒し、食道を通る水分が全身に行き渡る。食べ終わるのに大した時間もかからず、束の間の幸せの時間は終了した。


 顔を向けると子供はどこから出したのか同じような果実を頬張っていた。

 おいしかったよ、ありがとうと感謝の言葉を再度述べると子供は満足げに笑う。おいおい、口に詰め込みすぎだ。ぷにぷにのほっぺが果実で膨らみすぎて面白いことになってるじゃないか、と子供の姿に癒され安堵の溜息をつく。

 いやいや、子供の姿に癒されている場合じゃない。目の前に居るこの子は原住民じゃないか。ということは近くに集落か何かがあるはずだ。このままこの子に帰られて手がかりを失ったらどうするつもりだと気を引き締める。

「おじさんの名前はアシヤ サヤヒトっていうんだけどキミの名前は何ていうの?」

こんな子供に自己紹介してるだけなのに、妙に緊張してる自分に笑いそうになる。

「ハナ! ごっ!」

ほっぺたを膨らましたまま元気よく答えてきたが、ご? ごって何だ? と思っていたら片方の手のひらを広げ見せてきた。

「5歳? すごいねー。おじさんは32歳なんだ、よろしくね」

ハナと名乗った子供はコクコクと頷き咀嚼する。

「ねえ、この辺で村とかないかな? あ、俺は怪しい者じゃないよ。あー……迷子になって家に帰れなくなったんだ。それで大人の人に相談したいことがあるんだけどダメかな? 村に連れて行くのがダメなら大人の人を呼んできてくれるのでもいいんだけど……」

 うん、普通に怪しい。でも警戒されて「変な人がいるー」って大人を呼びに行ったでもいいから呼んで来てくれないかな、なんて考えてしまう。

 食べながら聞いていた子供はゴクンと飲み込んでから不思議そうに聞いてきた。

「まいごー?」

「うん、そうなんだ。えーっと何ていうか……おじさんの居た所なんだけど、ずーっとずーっと遠い所なんだ。でも気が付いたらここに居て、ここが何処かも分からなくて困ってるの。助けてくれないかな?」

 こんなあやふやな説明に意外すぎる答えが返ってきた。

「ちがうせかいからきたのー?」

 え? まさか正体がバレてる? 他の転移者と既に接触済み? それとも転移者ってこんな子供に認知されるぐらい常習的に来てんのか?

「え……う、うん。よくしぶっ!!」

 どう答えるか迷ったが、話し終わる間もなく両手で勢いよく両頬を挟み込まれ、ひょっとこ口な顔にさせられた。

「しとさまーっ!? アシーはしとさまなのおっ!?」

 近い近い、顔が近い。ツバや果実くさい何かを顔にピンピン飛ばすんじゃない。うっ、両手を剥がそうとするがビクともしない。なんちゅう力してんだこのガキは。

 俺も仕返しとばかりにハナの両頬を両手で挟みこむ。

「てぃをふぁふぁふぃなさひ」

手を離すよう言うが何を言ってるのか自分でも分からない。ハナもきょとんとしたまま、飛び出した唇2つが上下にピヨピヨと動いている。ハナの顔に吹き出し笑ってしまうと、ハナも笑い出しお互い手が離れる。

「しとさまが何か知らんが、違う世界から来たのは合ってるよ。そういうことを含めて相談したいから、大人の人が居る所に連れて行ってくれないかな?」

「いいよーこっちー」

と指差した方へさっさと行ってしまうハナを、慌てて腰を上げ追いかる。後ろから見たハナの尻尾は大きく揺れていた。

 森の中に進むにつれ虫の音や鳥獣の気配がするようになってきた。草原側には全く居なかったから驚いた。少し中に入るだけでこんなにも息づいているとは……どういう生態系なのか少し気になる。


 ハナに先導されるまま森の中を歩くが、こんなにしんどいとは思わなかった。今現在歩いているのは獣道どころか道なき道を歩かされている。足場は悪く視界も悪い。既に方向感覚がおかしくなってきている。

 最初は警戒して迂回して疲れさせようとしているのかなどと考えたが、どうやら違うようだ。ハナは決して嫌がらせをしているわけではなく、いつもこんな足場の森の中を走り回っているらしい。

「ハナは、凄いね、ヒョイヒョイ、歩けて……」

会話しようとするが息も絶え絶え声が出ない。

 ハナは褒められたことが嬉しいのか「えへへ、凄いー?」と照れながら更にスピードを上げズンズン先を歩いて行ってしまう。あ、このままではマズい、置いていかれてしまうと足に鞭を打つが時既に遅し。ハナの姿は見えなくなっていた。

「う、うせやろ……」

ぜえぜえと肩で息をしながら森の中で1人佇む。「ハナーッ!」と大声で叫ぶも返事は無く、鳥や虫の声だけが聞こえ不安になってくる。

 そのとき急に後ろから足元に抱きつかれ、膝カックンで仰向けのまま後ろに倒れこんでしまう。

「いひひひ、ビックリしたー?」

 ハナだった。

 ハナは楽しそうに顔を覗き込み笑いかけてくるが、もう俺は怒る気力も無く――こいつ実は森のイタズラ妖精か何かで、俺はこのまま森を彷徨い続けさせられるんじゃないか――なんて考えながら力尽き寝そべっていた。


 ハナが手を引っ張り起こすので腰をあげまた歩き始めた。

「ハナァ、さっきみたいなイタズラはもう無しなー。おじさん泣きそうになるからー」

「……あい」

疲れた口調で言ったのだが、それがハナは怒っていると思ったのか過度にしょんぼりしてしまう。

「あー、怒ってないから。おじさん1人になると寂しいから手をつないで歩いてくれる?」

「あい!」

次は元気よく返事が返ってきて安心した。ハナは手をつなぐと、俺のペースに合わせてゆっくりと歩いてくれている。

「ねぇ、ハナがさっき言っていたしとさまってどんな人?」

「しとさまはねぇ、ゆうしゃなの。いっぱいゆうしゃ集めてドラゴンをやっつけるんだよ!」

なるほど、わからん。勇者なのに勇者を集めるってどういうことだ? 勇者はすごいんだよ、と興奮気味に話すハナに「そっかぁ、凄いね~」と適当に相槌を打ちつつ話を続ける。

「ハナもゆうしゃになりたいんだけど、ブランディがダメっていう~」

お、知らない名前が出てきたぞ。

「ブランディって誰だい?」

「ブランディはねー、先生なの。いっぱい教えてくれるけど……ハナ、出来ないからー……」

 ええぇ!? さっきまでの上機嫌から、目に見えての急降下。

「えーっと、何か分からないけど、それが出来ないと勇者になれないの?」

「うん……、ブランディが魔法は使えるようになりなさいって……」

 ブランディ先生は魔法を教えてくれるのかな。なら是非ともお世話になりたい。

「ハナ、おじさんも魔法使えるようになりたいから一緒に頑張ろうか」

 ハナは不思議そうに俺を見上げる。

「アシは大人なのに魔法使えないの?」

 俺を見つめるハナの瞳が痛い。

「う、うん。使えないし見たこともないからブランディ先生に教えてほしいなあと思ってさ。ハナからも先生に『教えてあげて』ってお願いしてくれる?」

「いいよっ! んと魔法はねー」

若干ダメな大人認定された気がするがしょうがない。


 ハナの意味不明な魔法談義を聞きながら、俺は森の中を歩み続けた。


ご意見、ご感想、ご指摘、何でも構いませんお待ちしております。いただいたご意見、ご感想等は今後の作品に活用させていただきます。

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