06 前衛的すぎて難解な芸術より小学生男子の作品くらいが単純でいいと思う話
冴夜です。
私の“前世”の家の場所を尋ねてから三日経ちました。
あの日、あの後、両親が仕事から戻る前に帰宅する事に成功した私は、改めて冴夜として生きる覚悟を決めました。
一つ、“前世”への未練は捨てること
一つ、以前の“冴夜ちゃん”でいようとする事はしないこと
一つ、今度こそ、後悔しないように生きること
この三つを、私はこれから生きていくにあたる自分への約束としました。
初日にきっと元に戻る方法を見つけるとか思っていたのを早速反故にしちゃって実に申し訳ない。
無理です。次元的なものを超える方法とか一生かかっても無理です。
「さやちゃん!なにつくってるの?」
「……太陽の城」
「へー!」
今しがた考えたそれっぽいタイトルをそれっぽい顔で告げる。
触手に包まれたバケツのようなオブジェを見てどんなインスピレーションが湧いたというのか、まりちゃんは嬉々とした表情で自分の作品を練り上げ始めた。
ただいま図工のお時間でございます。
そして本日の図工は粘土を使って各々好きなものを作っていいよと言われているのでした。
粘土なんて小学校以来触った記憶がない。
灰色の塊に思い切って拳を打ち付けると、ひんやりしてぐにっとしたなんとも言えない感触が返ってきた。
うーん、そういえば粘土ってこんな感触だったなあ……とそっと手を引く。
斜め隣りの席の男子は早速うんこを作っている。
流石小学生、これぞ小学生である。
彼には是非その感性を大事にしつつ大人になってもらいたい。
因みにさらに斜め隣りの女子はひたすら丸いだけの団子を製作し続けていた。
彼女と団子の間に何かしらの因縁があるのだと思う。
冷たさと臭さと感触になれてくると、なかなかどうして久々の粘土工作は楽しかった。一度始めたら手首まで粘土だらけになるのも気に留めず一心不乱に作品に没頭してしまった。
この集中力、将来は芸術家という手もあるかも知れない。
芸術の神が絶え間なく降りてくるので、少々前衛的過ぎる作品になってしまった気もする。
いや、芸術は爆発、芸術は触手バケツである。ワタシワルクナイ。
フン!と鼻息も荒く提出された作品の芸術性に戦いた先生は「生徒の個性を伸ばすのも……でもこれは……」としばらく悩んでいた。
分かるよ。自分では手におえない才能を任されて責任の重さに震えているんだね!……ごめんなさい調子に乗りました。
楽しくて一心不乱に粘土をこねていたら私の想像を超えた何かになってしまったんです。
大丈夫、私も先生と同じ気持ちだから。その触手の生えたバケツの意図は製作者にもわかってないから。
作り直す気力もない程楽しんで作ってしまったので、その作品はそれで完成ということにしておくよ、と優しい目で先生を見守る。
それは恐らく抽象的な美か何かだよ、恐らく。
完成した、ということにした作品はおよそ優しい目で見れるものではなかったのでそっと目を逸らした。
そういえば生徒の製作した作品はネームプレートを付けて廊下に展示するとかいってなかったっけ…………やめて。その触手に“相沢冴夜”ってネームプレートをつけるのはやめて。
凄く先行きが不安になるから!!
小学生として生きなおすというのも楽しいものだ。
ちょっと小さい子と喋ってる感が抜けないのに目をつむると、友達も増えた。
他人に流されやすいまりちゃんに、ちょっと気の強いあかりちゃん。
休み時間に弁当を一人で食べ、帰宅路は一人、休日も予定の無い私……さようなら!!
私は思い切ったことによって、二度目の人生をそれなりに満喫していた。
そうだよ、だってずっと思ってたじゃないか「やりなおせたら」って。
「小学生からやり直したい!!」とか、何度言った事か知れない。
要は、これは強くてニューゲームなのだ。人類普遍にして不変の夢。
私には、明るい未来が待っている!
ひらがなの書き順や数字の書き方で躓く訳もなく、授業中は後ろの方の席だったのをこれ幸いと本ばかり読んでいた。
授業態度悪いのよくないって?いや、こんな授業白目剥いててもできるから。寧ろひらがなだらけ過ぎて読みづらいレベルだから。
授業はもう仕方ない。
天才気分で楽しめるのなんて初日くらいのものである。
わざと汚い字を書くのも骨が折れる。
そのかわりと言ってはなんだが、体育は全力で取り組んだ。
これは私がやってみたかった事の一つ。
本ばかり読んで日陰で育った私は、お約束のように運動が大の苦手だった。
リレーで連帯責任を負わされるのが嫌で、運動会当日はいつも謎の腹痛に襲われて見学していたくらい運動が苦手だった。
勝つことに気合いが入っていたクラスの人間は、私の空気を読んだリタイアを大体快く受け入れてくれていたし。
でも、だからこそ“今回は”、もっと外で走ったり遊んだりしたい。後悔しないように、やれるだけの事はやりたい。
という経緯で、私は積極的に運動するように努めていた。
前世は大学までガリ勉人生だったので、今回までガリガリする必要性は感じない。特に小学生の今は。
それに、まだまだ若いこの身体は頑張れば頑張るだけ少しづつ応えてくれる。それが嬉しかった。
私が走ることを楽しいと思う日が来るなんて!
「冴夜、小学校は楽しいかい」
「うん!凄く!!」
夕食の時間、にこにことご機嫌顔のお父さんに、本心から答える。
楽しい。22年間できっと今が一番楽しい。
お父さんは「そうかそうか」とさらに顔を笑み崩して頭を撫でてくれた。
親馬鹿だけど優しいお父さん――家族だって、私は今からならやり直すことが出来る。誰も悲しませず、誰も失望させず、良い娘として幸せな家族の一員になれる。
自室の鏡の前で、口角を持ち上げた。
最初のガチガチなロボット顔と比べると随分表情も柔らかくなったんじゃないだろうか。
うん、これくらいなら両親が児童虐待の疑いをかけられることもあるまい。
心の持ちようで大分雰囲気が変わるようだ。
明日はもっと普通に笑えるように、顔のマッサージを念入りにおこなう。
明日学校が終わったら図書館に行こう。
学校の図書室じゃなくて、市立図書館。
小学校の本のラインナップも嫌いじゃないけれど、如何せん中身が22という現実まで無理しなくてもいいと思う。
そう、精神年齢にあった本が読みたい。
今回の人生では、私は挑戦を恐れず色々な事にチャレンジしていきたいと思っている。
運動しかり家族しかり、それは前世の私が捨ててきた可能性であり、後悔しない為の一歩でもある。
けれど、前世で好きだった事は今でも好きなのだ。
私は相変わらず本が好きだし、本が好きだし、本が好きなので、小学校の絵本とか!文字の大きい本とか!図鑑とか!そんなのばっかりでいつまでも読書欲を押さえておけないの!!活字を貪りたいの!!!
その為に、近所の地図は既に入手してある。
小学生スパイ冴夜、こういうところではまだまだ活躍中である。
といってもパソコンでコピーしただけなんだけど。
地図を丁寧に四つ折りにしてランドセルの中へ納める。
図書館なら幅広い年齢に対応して本がそろっているし、小学生がいても不自然じゃない。
残念な事に図書館の図書カードはまだ持っていないようだけど、それは今度の休日にでもお父さんにお願いして作ってもらいに行こう。
二度目の人生満喫計画は順調に進行中だ。