05 村井亮太がぴよまろの夢にうなされる話
「――という訳で、選んでもらったから」
本を探している間放置されてむくれていたゆうかは、戻ってきた俺がカウンターに積んだ三冊の本を見て頬を膨らませた。
「三冊もいらないんだけど」
「お前が何気に入るかわかんねぇから念の為に三冊選んでくれたんだろ……失礼な事言ってねぇで有難く借りてけよな」
「やだよ!三冊も読む気起こんないし、大体ランドセル重くなるじゃん!!」
「お前なあ……!」
選んでもらっておいて、とカウンターを挟んで喧嘩に発展しそうになったところで、カウンターに置いてあった本が横から伸びてきた手に攫われる。
その手を追って振り返ると、本を抱えた貴仁が人差し指を口に当てて立っていた。
「図書館ではお静かにお願いします」
その視線が示す方に視線をやると、勉強をしていたらしい上級生ににらまれて慌てて「スンマセン」と小声で頭を下げる。
俺とゆうかが喧嘩の続きをする気がないのを確認すると、貴仁は抱えた三冊の本の中から『虹の下の子ども達』という本を抜き取って「はい」とゆうかに手渡した。
手渡されたゆうかの方は「え」とか「あ」とか言いながら顔を真っ赤にして慌てている。
「あ、有難うございます!」
「読書感想文、頑張ってね」
「!は……はいっ!!」
受け取った本を大事そうに抱えたゆうかは、貴仁が本の整理をしにカウンター裏へ消えるまで、ぼへっとした顔でその姿を追っていた。
結局その後、ゆうかは貴仁が最初に勧めた本を三冊とも借りて、人が変わったように足しげく図書館に通うようになった。
ついでに貴仁と話す為にいちいち俺を出しに使うので、俺も貴仁と話す機会が増えたのだ。
意外だったのは、話しかければ貴仁が普通に返事をするってことだった。
コイツ別にすかした冷血漢って訳じゃないんだって俺が気付いたのは、夏休み前日の事。
それから、教室でもなんとなく話すようになって、ゆうかに拝み倒されて三人で出かけたりもするようになった。
貴仁が妹を連れて現れたのは、そうやって遊ぶようになってからひと月くらいしてからだ。
親が共働きの貴仁の家では、貴仁がずっと妹の面倒を見ているらしい。
ぴょこぴょこ跳ね回る妹に纏わりつかれている貴仁の雰囲気は、教室にいるときよりもずっと柔らかい。
とっつきにくい雰囲気を放っていた人間とは別人のようだ。
相変わらず表情の変化に乏しい奴だが、本当に妹が大切なんだろう。
妹の名前は冴夜。
無表情な貴仁と違ってくるくると忙しく表情を変える人懐こい子だった。
うちのゆうかよりも百倍可愛いし、何度か遊ぶうちに俺の事も「りょーにい!りょーにい!」と呼んでてこてこ付いて回る様になった。
うん、くそかわいい。
一度冗談で「ゆうかと取り換えてくれよ」と言った日を俺は忘れない。
貴仁が本当に凄ぇ嫌そうな顔をして、ゆうかにはタコ殴りにされた。
冴夜ちゃんだけがきゃらきゃらと笑っていて、貴仁は助けてくれなかった。
―――――――――――――――――――――――
「なあ貴仁、もうそれでいいんじゃねぇか?さっさと買って早いとこでようぜ……」
「……うん、もうちょっと待って」
もう何度目かの「もうちょっと」を聞いて俺はため息を吐く。
明日は冴夜ちゃんの小学校の入学式で、俺達はその入学祝いを買う為に、ここ数日何軒も店を回っていた。
店を回るのはいい。他に用事もないし、それに入学祝いは俺も何かしら贈ろうと思っていたから(もっともその用事は初日で済んだ訳だが)。
問題は場所だ。
小学生の女の子へプレゼントを探しているのだから仕方がないとは思うが、入る店入る店キャラクター物のヌイグルミが沢山並んだ可愛いお店なのだ。
ハッキリ言って客も店員も女しかいない。
貴仁は無表情で恥ずかしげもなくずんずん入っていくが、俺は周りの視線が気になってしょうがない。
ゆうかも初日は女子の意見枠で一緒にいたのだが、アイツの趣味は女子の趣味じゃない。
「冴夜は一度動物園にいってからひよこが好き」という貴仁情報を元にゆうかが勧めたのは変形するひよこ型ロボ。勧められた貴仁から困惑した空気が駄々漏れだったので、二日目以降は呼んでいなかった。
貴仁はなんだかんだ気を遣う奴なので、ゆうかが毎回持ってくるトンチンカンアイテムを一考もせず無下に突き返したりはしないのだ。
我が妹が申し訳ないと思っていたが、今はゆうかを置いてきた事を微妙に後悔している。
「よし、これにする」
「!おお、そうか……!!」
ぴよまろという間抜けな顔のひよこのグッズが大量に陳列された棚の側からやっと離れた友人の背をぐいぐい押して心変わりする前にレジへと向かわせる。
俺は一刻も早くこのファンシーな地獄から脱出したかった。
あのひよこの顔は夢に出てきそうなくらい見た。もうお腹いっぱいだ。
「それにしても防犯ブザーってお前……」
「うん。ひよこの防犯ブザーなら冴夜も喜んで持ち歩くと思う」
店を出て適当に歩きながら言葉を交わす。
そういう事じゃないと言いそうになったが、心なしか満足げな友人を横目に嘆息するだけに留めた。
いや、満足いくものが買えたなら付き合った身としても嬉しいではあるんだが。
コイツのチョイスも、ゆうか程ではないが不思議な感性をしていると思う。
成人しても等身大くらいのデカいひよこのヌイグルミとか持って平気で町中を歩きそうで怖いな。……本当に。
「冴夜ちゃん喜んでくれるといいな」
「……うん」
冴夜ちゃんが喜ぶ姿でも想像したのか、貴仁の口元が少し緩んだ。
写真を撮ってこの場にいないゆうかに送ってやりたかったが、この微笑みは冴夜ちゃんに向けられたものだしな、と思い直す。
この鉄面皮な友人がこうして笑ったり不機嫌になったりするのは、いつだって彼の大切な妹が絡んでいる時だ。
それだけ、冴夜という少女は貴仁の中で大きな割合を占めているのだろう。
屈託なく笑う少女の顔を思い出し、ここ数日、ずっと難しい顔で似合わない可愛らしいお店を回っていた友人の顔を思い出す。
――本当に……喜んでくれるといいな
これだけ頭を悩ませたのだから、その努力くらい報われてやってもいいと思う。
まあ貴仁大好きな冴夜ちゃんなら、例えプレゼントが防犯ブザーであろうがひよこ型変形ロボであろうが喜んで受け取ってくれることだろう。
大きくなったら苦労するんだろうなあと至って呑気に冴夜の身を案じる。
貴仁は相変わらず無表情の不思議な奴で、冴夜ちゃんがそれに振り回されて。
そんな未来もきっと