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04 村井亮太とその友人の話





 俺、村井亮太(むらいりょうた)には、相沢貴仁という友人がいる。


 貴仁は物静かな奴で、本が好きだった。

 同級生と喧嘩したりもしねぇし、成績もいい優等生。

 声を出して笑っているところを見たことがない。



 同じ小学生の癖に俺達よりずっと大人びていて、クラスの女子からは絶大な人気を誇っていた。

 対して、俺は煩ぇし、本を読んだら眠くなる。喧嘩っ早いし、勉強も苦手。




 俺と貴仁は、正反対な性格だった。






 第一印象は、すかした奴。

 頼まれた事は嫌な顔ひとつせずソツなくこなすし、俺達みたいに子供っぽく騒いだりしない。

 皆が外でドッジボールしてる時も、一人で教室で本を読んでいる。

 なんだか同じ生き物じゃないみたいな貴仁の存在は、良かれ悪かれ人を寄せ付けなかった。

 女子や先生には好かれていたみたいだけど、クラスの男子の大半はあんな“きょーちょーせいにかける”奴がちやほやされるのは気に食わなかったんじゃないかと思う。

 女子や先生に好かれている奴は同性からは敬遠(けいえん)される。小学生の常識だ。


 俺も貴仁に良い印象はなかった。


 だから先生から人数の足りない図書委員を任された時、ついてないと肩を落としたのだ。



 実際図書委員の仕事を始めてからも、しばらくは貴仁と話す機会は無かった。

 向こうから話しかけてくる事はないし、俺も優等生と話すネタなんて無かったし。


 貴仁は相変わらず無口。

 ペアの貴仁が黙々と真面目に仕事をこなすおかげで俺は楽だった。

 時間が空けば上級生に分担されている仕事も片付けていたおかげで先生や先輩からも好評なようだったが、昼休みを潰される図書委員の仕事は憂鬱でしかなかった。







 切欠(きっかけ)些細(ささい)な事だった。

 その日は夏休みの三日前で、一つ下の妹が読書感想文用の本を借りにきていた。


「ねえおにぃ、なんか書きやすいのだしてー」



 図書館にくるなりカウンターに直行してきた妹は、カウンターをタムタム叩きながら露骨(ろこつ)に面倒くさそうな顔をしていた。


 俺の妹は悪い意味で俺に似ている。

 なんというか、小さい頃から何でも俺の真似をして育ったせいで、凄くがさつなのである。もちろん(しと)やかに読書なんてキャラではなく、兄に似て細かい文字の羅列(られつ)を読むのは大の苦手。



 けれど、自分に似て馬鹿でがさつに育ってしまった妹が嫌いな訳はなく。



「書きやすいのって言っても俺も全然本とか読んでねぇしなぁ……」

「えー!としょいーんなのにタイマンだよタイマン!おにぃだけが頼りなんだから!」


 なんだかんだでいつも面倒を見てやっているのであった。


「つってもよぉ……」


 先程返却されたばかりの本をぺらぺらと捲って唸る。

 自分だって本はあまり読まないのだ。字面(じづら)だけ追っても内容が全然頭に入ってこないし、記憶にある本は数えるほど。正直戦力外もいいところだ。

 兄貴らしく力になってやりたいとは思うが、この分野は自分では全く頼りにならない。




 その時、背後で本がドサドサと落ちる音が聞こえて、俺はカウンターの奥で本の整理しているであろう貴仁の事を思い出した。






――――――――――――――――――――――






「――――で、何やってんだよお前はよ」


 近くに居た図書委員にカウンターを任せて裏へむかうと、貴仁が盛大に崩れた本の山を直している所だった。


 返却された本は一時的にカウンター裏に置いておき、時間のある時に本棚に戻すことになっている。

 恐らく自分たちの前に担当にあたった生徒が本を雑に積んであったものを、貴仁が倒してしまったのだろう。


 座り込んで一緒に本を積みなおしてやると、気付いて顔をあげた貴仁が「ありがとう」と口を開いた。

 一緒に図書委員の仕事をしている間も必要最低限しか喋らない奴だったので、声を聞いたのは久々だ。



「おお……き、気にすんな。午前の担当って飯田(いいだ)だろ。あとでちゃんと並べろって言っとかなきゃな」

「俺も本棚の上の方に気を取られてたから。気をつけるよ、あとは大丈夫」


 ポカンとしている間に、貴仁は積みなおした本を持ちあげて作業用のテーブルへと運んでいた。

 どうやら本棚に戻しやすいように本を分類ごとにならべ直していたようだ。

 未だ立ち尽くす同級生などもう意識の外のようで、黙々と手を動かしている。





「おにぃー?」

「……あ」


 カウンターに放置してきた妹の呼び声で我に返る。

 そして当初の目的も思い出した。

 


「なあ相沢、ちょっと頼みたい事があるんだけどさ」


手際よく本を分類する貴仁の前に立つと、貴仁は作業の手を止めた。


 「妹の――」とそこまで言ったところで、そういえば無茶苦茶個人的な頼みだよな、と気づいて言葉が詰まった。

 いくら本好きで図書委員だからって貴仁が協力する義理なんてない。なんでそんな事を自分がと不快に思うんじゃないだろうか。

 



「妹?」

「っあ……そう、妹」


 聞き返されて頷く。

 貴仁の方は中途半端に止められた言葉の続きをちゃんと待ってくれているようだった。

 あまり長いこと黙っているのも変だ。どうしたものか。



「……村井君、妹がいるんだ」


「一つ下に……ゆうかって言うんだけど」


「俺にもいるよ、妹」




 沈黙を繋いだのは、予想外に貴仁だった。

 貴仁が自分の話をするのは珍しい。

 それ以前に、貴仁が会話らしい会話をしているところを見たことが無い。

 既に貴仁との会話のラリーとしては最長記録だった。


 「妹さんがどうしたの?」と聞かれて、妹の読書感想文用の本について聞きに来たことを正直に話すと、貴仁は少し考えるように目を伏せた。




「読書感想文用の本……」


「あ、いや、俺全然本読まねぇから分かんなくってさ。相沢はよく本読んでるだろ、だからそういうの詳しいんじゃねぇかって」


 「め、面倒なら全然いいんだけどな!」と早口で告げると、貴仁は首を振って返却済みの本の山の側にしゃがみ込んだ。



「妹さんの好きな本とかある?ないなら単純に読みやすくてメッセージがしっかりしてる本がいいと思うんだけど」


「それでいい、と思う。妹も本とか滅多に読まねぇし――――あ、でも今よりもすげぇガキの頃は『リンゴの約束』とか『にゃんたのケーキ屋さん』とか母さんに読んでもらって結構気に入ってた」


 遥か遠い記憶を掘り起こす。ゆうかがまともに読んだ貴重な本だ。

 つっても読み聞かせていたのは母さんだから、読んだ本というかは微妙なラインだが。


 こんなんでも本を探すヒントになるだろうかと貴仁をみると、貴仁は軽く何度か瞬きをして本の山に視線を戻したところだった。




「……両方絵本だね」


「悪い……そのくらい遡らねェといけないくらい読んでないんだ」



 ――そりゃ感想文用の本探してんのに読んでた絵本言われても困るわな



 自分の失態に今更気付いて顔が熱くなる。



 ――『にゃんたのケーキ屋さん』とかいつの話だよ。言った自分が恥ずかしいわ。





 くそ、言わなきゃよかったと後悔していると、目の前に三冊の本が差し出された。






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