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03 ”わたし”と”知らない少女”を葬る話




 転生してから一週間が経ち、私は本格的にもとに戻る方法について探すことにした。



 といっても、こんな異常事態そうそう起こる訳がない。

 前例のない事態なら、対処法が確立されている訳もなく。


 ですよね……と何もヒットしない家族共用のパソコンの前で肩を落としたのが、三日前。














 そして私は、バスに乗っていた。





 ――――私が冴夜ちゃんになったなら、冴夜ちゃんが私になっている可能性もある。


 入れかわった相手を見つけられたら、入れかわった事実も私一人の場合より証明しやすい。

 最悪冴夜ちゃんが私と入れかわった訳ではなくとも、家族しか知り得ない情報や昔の話をすれば、私が私であることを証明することが出来るはず。証明できれば、元に戻る協力を仰げるのだ。



 向かう先は、我が家である。

 




 幸い冴夜ちゃんは倹約家(けんやくか)だったらしく、ひよこのがまぐち財布の中に300円、ひよこ型の貯金箱には二千円とちょっとのお小遣いが溜まっていた。足代としては問題ない金額だ。


 必要に迫られているとは言え、子どもが頑張って貯めたお金を使う事に非常に後ろめたさを感じるが、もとに戻ったら倍にして返すから許して欲しい。

 そうして手に入れたお金とノートをリュック(これもひよこであった)に詰めて、お兄ちゃんからもらった防犯ブザーをリュックに装着。ブザーもひよこ仕様だったので、冴夜ちゃんはひよこが好きなのかもしれない。念のためメモをしておいた。


 そしてお父さんとお母さんが仕事に出かけてから、遊びに行くフリをして家を出る。

 電車とバスを乗り継ぐこと一時間――――降り立ったのは、私の住んでいた町。




 私をおろしたバスが走り去ってから、なんとなく違和感を覚えた。


 ――こんなところだったっけ……?


 記憶にある道と違うと思いながら、それでもある程度の方向はわかるので、勘を頼りに家を探し始める。


 どうして道がかわっているのだろうか?


 階段から落とされて目が覚めてから、8日しか経ってないはずだ。それなのに、自分の記憶とあまりにも食い違うこの景色はなんだ。




 





「………………」


 正直な話、ここにくるまで私は多少、いやかなり楽観視していた。


 階段から落ちた怪我は大丈夫だったんだろうかとか、もし私の中に冴夜ちゃんが入っているんだったらトンチンカンな行動をとっていないだろうかとか、バスの中ではそんなことばかり考えていた。


 家族にあったら私だと信じてくれるだろうかとか、入れ替わった少女達としてテレビで大騒ぎになるかもしれないな、とか。


 大学には行ってないだろうけど単位大丈夫かな、とか、そんなことを。




 私は浅慮だった。

 考えないようにしていたのかもしれない。






 私の家は、

 まるで最初から存在していなかったかのようになくなっていた。




 通り過ぎたのかもしれないと、何度も同じ道をぐるぐるまわった。

 住所を確認したり、表札を確認してまわったり。

 けれど、私の知っている名前はどこにも見つからず、なんど往復しても見知らない屋根が連なっているだけ。お隣の北村のおばちゃんもいない。





 ない。

 存在しない。




 じゃあサヤって子はどこにいった訳?


 家族は?


 私は?




 喉が震えて、ヒュゥと変な音を立てた。





 ――次だ、次。次の方法を考えなきゃ……


 宛てもなく歩きながら考える。

 次?次ってなんだろう、私が居なくなっているのに、どうやって戻るっていうんだ。


 短期であの辺り一帯引っ越しがあって軒並み建てなおしたとか、そんな都合のいいことがあるわけない。



 考えられるのは、千尋が死んで、生まれ変わるまでに何年も経ったとか



 ――いや違う、カレンダーではそんなに進んでいなかった。


 ということは、次に考えられるのは、ここが私の住んでいた世界によく似た違う世界であるという可能性。



 なんとかなるかもという期待が徐々にしぼみ、代わりに胸の中で急速に膨らんだのは、不安と恐怖だった。

 私の知っている人間が一人もいない、私を知っている人間も一人もいない世界。





 ――帰らなきゃ……



 まるで泥の中を掻いて進んでいるように足が重い。

 それでも時間までには帰らないと。

 あれだけ子どもを大事にしている両親だ。

 帰りが遅くなったら、きっと騒ぎになる。


 



 だから、

 か え ら な い と。







 そこで、完全に足が止まった。










 ――帰るって、どこに――――?









 とぼとぼと歩いていたら、いつの間にか公園に辿り着いていた。

 もうすぐ夕方だろうか。

 遊んでいる子ども達を尻目に、ベンチの上にごろりと転がる。



 宛てにしていた家族が影も形も存在しなかったという事実は、大きなショックだった。

 解決の手段は一つ消え、次の指針も存在しない。

 口を開けば、重い溜息がもれた。


 


 私は冴夜ちゃんという少女と入れ替わったんじゃないかもしれない。

 あの時、階段から落とされて私は死んで、冴夜という少女に生まれ変わったのかも。

 それが小学校入学前日に何かの弾みで前世の記憶が蘇って、そのせいで冴夜として生きてきた記憶が上書きされて消えてしまった、もしくはその混乱で思いだせなくなっている……とか。


 どちらにしろ、状況が最悪な事にかわりはないな。

 もとに戻るよりも、ここで有意義に生きる方法を探す方がいいのかもしれない。




 気付けば、頬を涙が伝っていた。

 泣いたのなんていつ振りだろうか。玉ねぎ切った時くらいしか泣けなかった千尋の時とは違って、幼女の涙腺はなかなかに緩いようだ。 

 上着の袖で乱暴に目元をぬぐっても、どんどん溢れて来てキリが無い。



 無様に泣き喚かないようにぐっと歯を食いしばっていると、ブランコにのった男の子がこっちを見ているのが見えた。

 なんだよ、見せもんじゃないぞと思ったが、公園のベンチでボロボロ泣いてれば気にもなるんだろう。



 ――顔あらお……

 顔がじんじんして腫れぼったくなっているのは自覚していたので、俯きながら公園の公衆トイレにはいる。

 子供用に少し低い位置に取り付けられた鏡には、案の定酷い顔が映っていた。


 ――うわぁ

 リュックからハンカチを取り出して水にぬらして目に当てる。

 熱を持った瞼に、心地よい冷たさが染みた。

 それをしばらく繰り返して、少し赤みが引いたところでトイレからでる。





 公園にはすっかり人がいなくなっていた。

 目を冷やしている間に6時を知らせるお知らせが流れていたから、皆家に帰ったんだろう。

 家に、と考えたところで鼻の奥がまたつんとして、慌ててこらえる。

 とはいえ、落ち着いて考え事をしたかった私には良いタイミングだった。

 先程のベンチに今度はちゃんと腰かけて、リュックからマル秘ノートを取り出す。






 ――もし、このまま冴夜として生きていくなら


 この数日で書き溜めたメモをペラペラと捲る。

 好きな食べ物、苦手な食べ物、友達の人数……冴夜という少女の情報が箇条書きに、これでもかというほど書き連ねられている。このノートを他人が持っていたら、それこそ立派なストーカーである。


冴夜ちゃんの情報を指で追う。



 私と冴夜ちゃんは全然違った。食べ物の好き嫌いも、得意な教科も、あと友達の人数も全然違う。

 冴夜のページから少しして、家族の情報、友達の情報がメモされている。








 ――もしこのまま私が冴夜として生きていくしかないなら、


 びり、と音を立ててノートを引き裂く。


 ――前までの冴夜をなぞろうとするのはやめよう


 誰も読むことが出来ないように、細かく紙を裂いていく。

 冴夜のページ、両親のページ、お兄ちゃんのページ、友達のページ。

 全部細切れにして、公園のごみ箱に捨てた。











 私の居場所がないのなら、私も誰かの居場所を奪おう。



 私は、相沢冴夜になる。












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