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02 慌てるとロクな事にならないと思う話




 夕食の時間、お父さんが撮ってきた入学式の映像を皆で見る。


 入学式なんか新入生は殆ど座っているだけなのに楽しいんだろうかと思ったが、両親は終始「なんて凛々しいの!!」とか「さやが一番かわいいな!」とか言ってはしゃいでいたので楽しいんだろう。


 あと、凛々しいというよりは無愛想だった。


 なんだあの表情筋の死んだ子どもは。

 下手したら虐待でも受けて心が死にかかってる子にみえるぞ。

 偽物の子どもには過ぎた愛情を注いでくれる両親にそんな疑いが掛かっては申し訳ないので、もうちょっと子どもらしい表情でいるように気をつけなくては。



 ――子どもらしい表情ってどんなだ……


 口角の痙攣する引き攣った笑顔は、幸い誰にも目撃される事はなかった。






 石像みたいに動かない子どもを見ていても私は楽しくないので、二人がテレビに釘付けになっている間に遠慮なくシーフードグラタンに手をつける。

 グラタンのソースを口に含むと、柔らかい甘さが口に広がった。

 このお母さんは料理上手なようだ。私の母親はあまり料理上手ではなかったので、羨ましい限り。


 鉄面皮な幼女を見て楽しめるのは親馬鹿な両親だけだと思っていたら、気付けばお兄ちゃんもテレビを見ていた。

 微動だにしない妹の横顔を見せ続けられるのはつらいであろう。

 見たい番組あったら言っていいのよ。でもこの状況で言えないよね、ごめんねお兄ちゃんと心の中で謝罪の念を送った。


 お兄ちゃんに関しては、朝から一言も会話がない。

 時折こちらを窺っているような気配を感じるものの、向こうから話しかけてくることも無く。


 妹の違和感に気付いた?それとも、この兄妹は兄妹仲が悪いのだろうか。







 入学式後はクラスで自己紹介を行った。

 周りは見事に子どもだらけである。これからこの小学生達にまじって学校生活を送ることになると思うと胃が悲鳴を上げる。

 授業は問題ない。簡単すぎて悲しくなる事を除けば躓くことは無いだろう。



 課題はお友達だ。

 幼稚園からそのまま上がってきた子が多いようで“さやちゃんの友達”を名乗る子どもも何人か声をかけてきていた。

 自己紹介の時に必死にとったメモで名前を確認し、スペシャル適当に話をあわせてなんとか乗り切ったが、内心冷や汗ものだったよ!


 そう、急に冷たくなったよねーとか、変な言動が多くなったとか、素直なお子様は気付けばすぐに口に出してしまうのだ。

 子どもつながりで大人に不信感を持たれる可能性だってある。あまり気は抜けない。




 判明したさやちゃんの情報はノートにメモを取ることにした。

 さやちゃんと私の間に何かしらの共通点を見つけられれば、もとに戻るヒントになるかもしれないからだ。


 ちなみにノートは今のところスカスカである。道は長く険しい。



 判明した情報といえば、私のフルネームは相沢冴夜(あいざわさや)というらしいこと。

 ランドセルに綺麗な字で書いてあった。

 持ち物にちゃんと名前を書いてくれるお母さんでよかったと思う。

 帰宅してからお兄ちゃんの持ち物もそれとなくチェックして、お兄ちゃんの名前が相沢貴仁(あいざわたかひと)だという事も確認。

 両親の名前は知らないが、基本パパママ呼びなので後回しでも問題ないだろう。後日郵便物などで確認すればいい。


 まるでスパイの気分だ。小学生スパイ、なんかかっこいい。







 食後、お風呂から上がって自室でノートを確認しているとドアがノックされた。

 反射的にノートをベッドの下に投げ込む。

 ……誰だろう。お母さんは今朝普通に入ってきたし。



「……おとーさん?」

 ベッドから起き上がらないまま聞くと、扉は沈黙したままだった。

 ……ふむ?

 あのご機嫌な父親なら当たったら入ってきそうな感じだが。




「おにー、ちゃん?」

 まさかな、と思いながら聞けば、一瞬の沈黙の後「うん」と返ってきた。なんてことだ、大穴でお兄ちゃんでした。正直お兄ちゃんは無口だったのでちょっと怖い。不仲説もまだ拭えていないというのに!


 今日一日を通して関わりの無かったお兄ちゃんが一体私に何の用だというのか。

 返事をした以上いつまでも扉の前に立たせておく訳には行かない。

 返事をせず寝たふりすれば良かったと後悔しても後の祭りである。

 

 扉に駆け寄り勢いよくドアを開けると、ガンッと扉を何かにぶつけた音がした。



「ひぃっ」



 


 慌てて開けた扉を閉めた。鍵もしめた。

 悶絶しているのか怒りで震えているのか、扉の向こうからの反応はない。

 さっそくやっちまった。この扉を開けた時が私の最後だ。

 っていうかなんで咄嗟に鍵まで閉めちゃったんだろう、謝るタイミングを失ってしまったじゃないか!馬鹿、私の馬鹿!



 ベッドにもぐりこんで身を縮める。

 恐怖に歯をガタガタ言わせていたが、一向にドアが蹴破られる気配はなかった。

 暫く立ってそろりとベッドを抜け出し、音を立てないようにそろそろとドアを開けると、可愛らしくラッピングされた箱が廊下にぽつんと置いてあった。


 勢いよくドアを開けても階下に吹っ飛ばされないように、ドアの攻撃範囲から外れた所に配置されている。


 その箱を文鎮(ぶんちん)代わりに[入学祝い]と書かれたメモが。





 ――なんてことだ。奴は襲撃に来た殺し屋じゃなくて優しいサンタさんやったんや……!


 罪悪感に(さいな)まれながらメモの裏に[おいわいありがとう、ドアきゅうにあけてごめんね]と書いて隣の部屋のドアの下にそっとすべり込ませておく。


 なんか怖いとか思っててごめん。

 明日からもっとお兄ちゃんに話しかけるようにしよう。







 



 入学祝いは防犯ブザーでした。










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