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第7話 陰謀

1906年9月25日日本時間15.45


■大日本帝国神戸


神戸港には英伊米の練習艦隊が停泊していた。

埠頭には一足先に関西見学から戻って来ていた士官候補生、乗組員、軍楽隊が整列し、コノート公夫妻、ウディネ公夫妻の到着を待っていた。


「フッファー」

「おい、ハルゼー、不謹慎だぞ」

「仕方ねえだろうが、昨日は公から差し入れのワインをシコタマ飲んじまったんだからな」


「お前な、あれを飲み干したのか、限度を考えろよ」

「キンメルよ、公はこれぐらいで目くじら立てる人じゃ無いぞ、何たって俺らと一人ずつ話てくれるんだからな」


「まあ、確かに、気さくなお人だがな、今日はコノート公も有栖川宮も一緒なんだからな」

キンメルに言われたハルゼーだったが、何処吹く風である。

「コノート公も、戦場のお方だからな、目くじらなんぞたてんさ、それにジャップなんぞに文句を言われるい筋合いは無い!」


「お前な。仮にも皇族だぞ」

「はっ、キング中尉から聞いたが、日本人は狡猾で傲慢な性格だぞ、あの日本海海戦は日本の卑怯な奇襲攻撃、舞踏会の日本人はニヤニヤした顔の裏でよからぬ事を企んでいやがるんだぜ」

未だ酒のぬけていないハルゼーは言いたい放題で、同級生のキンメルの顔が引きつっていた。


「ハルゼー少尉、キンメル少尉、面白い話をしているな」

キンメルが小声で注意してるなか、違う声がかけられた。

「リーヒ教官」


そこには、海軍士官学校の教官ウィリアム・ダニエル・リーヒがにこやかな笑顔でジェームズ・オットー・リチャードソンが渋い顔でたっていた。

「ご機嫌だね、ハルゼー少尉」


さしものハルゼーも米西戦争、米比戦争で実戦経験の有るリーヒ大尉とリチャードソン大尉の威圧感に唾を飲む。

「大尉、これは、その、あの、ですね」

しどろもどろのハルゼー少尉の酩酊振りを見たリチャードソンは眼鏡をあげながら溜息をつく。それを見ているリーヒはニヤリとしながら話し始めた。


「ハルゼー少尉は相当力が余っているようだから、候補生と共に公からの荷物運びを命じよう。有り難い事に、公御自ら我らのために、日本のお土産を選んでくれて、船に積まれているからね」

リーヒが目配せすると、小型の貨物船の上に山の様に積まれた荷物が見えた。

「げっ、あれですか?」


「あれだからな」

相変わらずにこやかに言うリーヒ。

「ニミッツ候補生」

リチャードソンが一人の候補生を呼んだ。

「お呼びですか?」


「うむ、この酔っ払いの酔い覚ましに汗をかかせるために、荷物の上げ下ろしをさせるように、心配することは無い、ハルゼー少尉は物わかりが良いだろうからな。文句を言うようなら、私か、リーヒに連絡するようにな。遠慮は要らんぞガッツリ使ってやれ」


リーヒとリチャードソンはハルゼーの肩を叩いて『確り酒を抜いて来いよ』と笑いながら列に戻っていった。

「はぁ、あれかよ」

溜息のハルゼーの姿を見てキンメルは思わず含み笑いをしていた。

「まあ、公の真心の重みを感じてくるしか無いな」

「ああ、判ったよ。公は親切だからな」


此処まで来ると、事の成り行きを見ていた他の士官連中もハルゼーを囃した。

「ハルゼーいっその事、士官学校からやり直したらどうだ?」

「まあ、飲み過ぎは体にそんと言う事だな」

「ニミッツ候補生、遠慮無く使ってやってくれ」


どうして良いのか判らなかったニミッツも他の仕官連中からの言葉で、ハルゼーに挨拶する。

「ハルゼー少尉、小官はチェスター・ウィリアム・ニミッツ候補生であります。今回は宜しく御願い致します」

「ああ、ウィリアム・フレデリック・ハルゼー・ジュニア少尉だ、此方こそ宜しく」


「早速ですが、荷物の搬入はコノート公、ウディネ公が艦にご乗船後になります。そこで夕食を召し上がり明日出港ですので、夜間作業となりますので、それまでに体調を整えておいてください」

「諒解した」


ニミッツは『酒を抜いておけば、バツが軽くなりますよ』と暗に指摘していたのである。

「じゃあ、先ずは公のお帰りを待つとするかな」

全然判っていないハルゼーにキンメルは頭を抱え、ニミッツはあきれ顔であった。


そんな風景を一瞬で吹き飛ばす爆音が1kmほど先から聞こえてきた。

「なっなんだ?」

「おい、あそこは公の行列あたりじゃないか?」

波止場にいた英伊米の軍人、居留民が騒ぎ出す。


そして騒乱の声と共に、最悪の連絡が入った。『ウディネ公夫妻、襲撃される』と。


ハルゼー達を含めた兵達は直ぐさま、現場へと向かおうとするが、警察と姫路憲兵隊が邪魔をして進むことが出来ない。

苛立つ将兵達。


しかし憲兵隊としても騒乱状態の現場へ多数の将兵を入れた場合どんな事態が起こるか想像出来ないために、頑なに波止場の入り口を塞ぐ。


銃を手に押し止めようとする憲兵隊に対して儀仗隊が銃剣を付けた小銃を翳しはじめ、波止場入り口は一触即発の事態に陥るが、現場側から一喝が起こる。

「貴様ら、騒ぐな、直ぐに軍医を呼べ、公が死ぬわけが無い!」

そこには、息を切らしながら到着し顔を真っ赤にして、握りすぎて爪が刺さり手から血が滴る、ヴィト・カッショ・フェロがいた。


その場にいた、憲兵大尉に、有栖川宮の副官と共に現れ、宮からの命令として『直ぐさま、医療班を向かわせる事と、公の保護に海兵中隊を向かわせること』を伝えた。


その後、無事だったコノート公が事後処理を有栖川宮と話し合う為に残り、ウディネ公夫妻は素早く回収され、エトナへと運び込まれたのである。


この事件は、一行に随伴していた各国の特派員により可及的素早く報道された為、全世界に波紋を起こすことになった。




1906年9月25日ロンドン時間8.50


■大英帝国ロンドン


エドワード7世は、自由党党首ヘンリー・キャンベル=バナマンと政治談義前の雑談中に、突然の第一報が入った。

「一大事ですぞ陛下」

秘書官が血相変えて執務室に入ってきた。


「如何したのか?」

普段の落ち着いた姿が想像出来ないほどの慌て振りに訝しんで尋ねる。

「先ほど、一時間ほど前ですが、日本にてウディネ公夫妻が襲撃されたとの事にございます」


「なに!」

さしものエドワード7世も驚きを隠せない。

「陛下、これは由々しき事態になりましたな」


「うむ」

「公の安否確認が最優先ですが、イタリア側の暴発が心配です」

キャンベルが思慮顔で話す意味をエドワード7世も把握する。


「確かに、我が国は日本との同盟で強攻策が出せぬが、イタリアは違う……」

「はい、そのうえ、公はイタリアにとっては金の卵を産む鶏です」

「それを害された以上は、万が一も有る得ると」


「それに、公は親日家ですが、その公を日本人が害したのであれば」

「元々、日本を良く思わない連中が勢いづくか」


「はい、それ以外にも公の身に万が一の事が起こりますと、公の莫大な財産が宙に浮きます。それに因って起こる相続争いと株式市場などの混乱を考えると」

「イタリアだけで無く、全世界に波及する訳か」


「その通りです。此処は直ぐさま、財務大臣に万が一の為の準備と共に、イタリアが暴発しないようにイタリア大使に訓令を送るべきです」

「うむ、確かにそうするべきだな。あとは、早急に情報収集と、ローマへチャーチル卿を特使として送る様にせよ」

「判りました」


キャンベルが善後策を立てるために退室した部屋で、エドワード7世は写真を見ながら祈った。

「母上、皆を護ってやってください」



1906年9月25日ローマ時間9.55


■イタリア王国ローマ


朝の謁見の最中、ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世の元へ侍従長が信じられない知らせを持ってきた。

「ウディネ公夫妻が銃撃される。生死は不明」

時に、イタリア王国の王、すなわちフェルディナンドの従兄ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は、侍従長の前でその杖を落とした。



1906年9月25日東部標準時5時00分


■アメリカ合衆国ワシントン・D・C


ルーズベルト大統領が、日課の運動をしようとベットを出ようとした最中、扉がノックされた。

「どうした?」

普段で有れば朝は此方から呼ばない限りはノックなどしない補佐官がノックしてきている事に、ルーズベルトは違和感を感じると、直ぐに返答と質問をぶつけた。


「ワトソン、何かあったのか?」

「失礼致します。大変な事が起こりました」

「入って来たまえ」

「はっ」


入って来た補佐官の顔が緊張しているのか強ばっている。

「如何したのかね?」

「はい、25日3時過ぎ、東部標準時ですが、日本に訪問中のウディネ公夫妻が銃撃されたとの事です」

「なに!」

いきなりの話にルーズベルトは眠気もすっ飛ぶ。


「まさか、その様な事が、日本は何を考えているんだ」

独り言のように呟くが補佐官としては答える術を持たない。

「国務長官に直ぐ来るようにと、いや陸海軍大臣もだ、早急に来るように伝えてくれ」

「まだ早朝ですし、単なる暗殺未遂でありますしょう?」


一応友人であるから急遽連絡しただけで、事態の重さを判らない補佐官が質問するが、ルーズベルトは睨むように命じた。

「早朝であろうと、死んでいる訳では無かろう、たたき起こせ!」

ルーズベルトの余りの威圧感に恐れおののいた補佐官は飛び出るように部屋を出て行った。


「全く、幾らここ数十年間に欧州では王族や首相などの暗殺が日常的とは言え、ウディネ公はかけがいのない存在なのだぞ、公に万が一のことがあれば、世界経済にどれ程のダメージがあるか。それを判らんとは、補佐官失格だな」



1906年9月25日ベルリン時間10.00


■ドイツ帝国ベルリン


「そうか、それはそれは気の毒なことだが、まあ冥福を祈るとしようか」

ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は密かにかかって来た電話を終えるとニヤリとしていた。





1906年9月25日日本時間16.05


■大日本帝国東京


「ウディネ公夫妻が銃撃される」の一報が政府に届いたのは、事件より20分後の16.05分に有栖川宮が電話にて緊急に連絡してきた事で有った。


大津事件に次いで、またも起こってしまった外国人王族襲撃事件に西園寺公望は絶句し、明治天皇は天を仰いだ。

有栖川宮は大津事件の前例に基づいてイタリア側に誠意を見せるため天皇の京都への緊急行幸を要請した。これを受けた天皇は直ちに了解し、威仁親王に到着までのウディネ公夫妻の身辺警護を命ずるとともに、即刻閑院宮載仁親王を見舞い名代のために京都へ派遣したが、新橋駅付近で大勢の民衆に取り囲まれ列車に乗ることが出来ずに帰って来た。


親王の登城に驚く天皇であったが、理由を尋ねると溜息をついた。

「臣が、新橋駅へ向かおうとしましたが、大勢の臣民が旗を押し立て駅を囲んでおりました」

「なんだと、それで警察は?」

「余りの数の多さに手を出しかねている模様でして、今強行すべきでは無いと考え戻って参りました」


親王からの詳しい話に容易ならざる事態になっていると考えた天皇であったが、糖尿病の関係で自身の健康が優れぬ為に、判断が鈍る。


そんな折、神戸より第2報がはいる『既にウディネ公夫妻はイタリア艦エトナ号に収容され、面会禁止状態で有る事』と、更に報告を受けている最中、警視庁から報告が有り、何故か天皇や政府関係者に事件の概要が伝わる前に、東京府内に襲撃に関する怪文書が広範囲に発せられていたと言うので有る。


『外敵、ウディネ公を討ち取る壮挙。満洲の利権を漁る冷血漢に遂に天誅が!』

事件が起こって僅か30分程度で発せられた号外に府民が騒ぎ出し、お祭り騒ぎになっていた事が、新橋の騒動となったと此処で判明したのである。


更に、第3報により混乱がますことになった。

『犯人は、帝国陸軍中尉、河本大作』の文字に天皇と政府は驚き、嘆くのであった。


有栖川宮からの報告により憲兵隊での取り調べの結果、河本大作は陸士15期で日露戦争において重傷を負い最近まで養生し復職、姫路の第10師団所属歩兵第39連隊に配属されていた。今回は艦隊の神戸寄港に伴う警護の応援として派遣された部隊の隊長の一人であると報告があった。


河本中尉は『満洲で乃木保典などの同期や諸先輩方、無銘の壮士が死して護った満朝の利権を金で買い漁る恥知らずに天誅を与えたのみ。天皇陛下に御迷惑をお掛けしたが、偏に神国日本の為なり。全て小官の考えたる事なり』としていると。


更に本人は『号外に関しては全く覚えが無い』と言っていると。しかし、何処かしらの組織が動いていることは確実であろうと有栖川宮からの連絡があった。


しかし、如何こう言う前に現役士官による外国要人にして王族襲撃事件が発生したことで、大津事件より遙かに大変な事態として、諸外国への釈明と、『壮挙だ』と叫ぶ臣民をどうすれば良いかが、問題になったのである。




1906年9月27日日本時間20.20


■大日本帝国東京某所


東京で夜を徹して『救国の志士、河本大作中尉を称えよ』との動きに、軍も警察も手出ししかねる状態になるなか、数日後、府内某所にて幾人もの男たちが会合を行っていた。


「作戦は成功と言えよう」

「先生」

「河本君は見事に壮挙を遂げましたな」

先生と言われた50代の禿頭で白く長い顎髭の男が頷いた。


「大井君は西園寺への揺さぶりを頼みます」

「任せてください、見事に政権をもぎ取って見せましょう」

「頼もしいですね」


「内田君が総督府嘱託となっているからこその情報でしたからね」

「伊藤公はすっかり内田さんを信用している様ですからね」

「機密はダダ漏れと言う事ですな」


「所で、河本君は壮士ですから、平沼君、大審院では御願いするよ」

「先生、お任せ下さい。今の状態で有れば河本君をみすみす見捨てる事は致しません」


先生と呼ばれた男が喋り終わると、その隣りにいた陸軍少将に注目が移る。

「しかし、閣下が此方にいらっしゃるとは驚きでした」

「荒木君、私だって、ロシアであれだけの事をしたのは国を思っての事だからね。今回の事でも、一部連中は日英同盟を破棄されるだの、イタリア参戦などと言うが、それは無いよ」


「何故でしょうか?」

「ロシアは私の工作でガタガタだ、その為に我が国との協商を求めている。更にフランスも我が国が仏印の独立派留学生を受け入れていることに危機感を持っている。そこで、ロシアと満蒙で協力し、フランスとは留学生の追放を条件に協商を結ぶ事になっている。その為に、英、伊とも我が国を攻撃してまで、ロシア、フランスまでと事を構えることはできんさ。それにドイツも誼が欲しいらしいからな」


「なるほど、勉強になります」

「嘗て三国干渉をした国々は今では味方になっている。まさに昨日の敵は今日の友だな」

「全くですね」


「しかし、良く資金が有りますね」

「フフ、ロシア工作に山縣さんから貰った100万があるからな」

「あれは、残金は返したのでは?」


「残金は返したがね、それ以前に利殖で増やした分は確保してあるからね」

「なるほど」

「荒木君、これからは、頭も必要だが、金も必要だよ」

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