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20話 『我は汝の求めに応えよう』


体に熱さを感じた。


―――いったい、なにが


頭の中で意識がはっきりしても、そんなことを思う。

光が……光が見えたのは覚えている。あまりに強い光が見えたと思うと、すぐになにも見えなくなって……なにかに吹き飛ばされたような衝撃がはしって……ダメだ。ここまでしか思い出せない。


「……ッ……ルフ……ラドルフ!!」


声がした。

その声に突き動かされるように跳ね起きた。フィンに抱きしめられている。なぜかフィンが泣いていた。泣いて、身体を揺らしながら顔を抱きしめる。二度と離さないというように、離してはくれなかった。


「女泣かしてんじゃないっすよ。クソマスター」


そんな軽口が飛んでいた。

なんだ、無事なのか。よくわからないが、声を出せる状況みたいだ。

フィンの身体を数度叩く。苦しい、と伝えた。

フィンが俺から離れるとその赤くなった目と涙の痕が目に入って……


――なんだ、これは


さきほどまで霊峰が見え、美しい湖が見えるようなところだった。


――なにも見当たらない


木々も残っておらず湖の水は干上がり大きな穴と化している。遠くを見るとそこには霊峰が存在していた。見える位置はかわってはいないということは、移動はしていない。この大穴が美しい湖だったというのか。この荒野が自然が生い茂っていた森だというのだろうか。

俺にはここが墓場のように見えた。

荒野に十字架が落ちている。白く光る十字架だ。それの根元には、なにかがいる。


――十字架は俺とフィンの使い魔に突き刺さっていた


全員を確認する。散り散りになってしまっているようだが、全員の存在を目に取れた。欠けている使い魔はいない。まずはそのことに胸を撫で下ろす。だが異様だった。十字架に動きを止められているということが、こんなにも精神的に不安になるものか。


「大丈夫……スか?」


すぐ近くから声がした。

ラルゴがいる。全身に十字架を刺されて地面に張りつけられたラルゴがいた。


「ラドルフは、頭が良いから……すっごく手短に言うっすよ」


息もうまくできないようだが、俺に伝えることがあると懸命に口を動かしていた。


「竜王が攻めてきた。一網打尽で再起不能」


――――「頼む、逃げろ」


それだけ言うとラルゴは黙った。それ以上は口を開く必要はないと言っていた。

この男の状況判断は正しい。奇襲され、全員がこの十字架で拘束されている。結果として、魔王のところの主力を一か所に集めた絶好のチャンスをつくってしまったようだ。そのチャンスをものにされた。

いま思うとラルゴは俺に対して竜王の脅威を言葉の節々に忘れるなと伝えていた気がする。いつか、どこかで巡り合うと思っていたのだろう。それが少し早すぎただけで。


「ねえ、ラドルフ」


この悲惨な状況を目にしていたフィンが言う。俺を肩越しに空を向いて。


「どうする?」


この状況下において、なぜこいつは挑戦的に俺に向かって言ってくるのだろうか。闘争心が刺激される。下を向きそうだった視線が上を向いた。俺の目が白いドラゴンを捉えた。


「俺は文句の一つでも言ってやらなければ気がすみそうにない」


立ち上がりフィンに手を向ける。


「そう。わたしと一緒ね」


俺の手をとってフィンも立ち上がり空を見据えた。


「ああ、こうなる予感したんすよ。このバカ共はなにを言ってもムダだって。起き抜けで思考能力失ってるラドルフならちったぁ素直に聞き入れてくれるかと思ったんすけどねえ」


俺とフィンが空を飛ぶドラゴンと敵対の姿勢を見せたことを痛烈に非難してくる。


「従者としての意見っす。どんなことがあってもマスターは逃がしたい。取引できるものは俺とその眷属達。全員を売ってもいいから生き残れ。絶対にあんたは生き残れ、ラドルフ。俺たちの総意だ」


本当に余裕がないのだろう。ラルゴは必死だった。

俺も言葉を返す。


「王としての意見だ。臣下を切り捨てて生きる王なぞいたか。話が通じるならば、王の首一つで済ませる」


「それをやめろといっているんだ」


ラルゴから怒声がなる。こいつが怒るところは初めてだ。


「あんたが生き残る方法は一つ。俺たちとの契約を破棄して竜王に命を請え。そうすればあんたに害はない」


「お前の覚悟はその程度のものだったのか、ラルゴ」


俺は地面に串刺しにされ、めった刺しにされているラルゴを見る。なにか特別な拘束なのだろうか。ラルゴをして抜けれるとは思えなかった。


「お前はかつて俺に問うたな。剣を抜く覚悟はあるのかと。俺はお前と共に生き、死ぬ覚悟までをしている。たとえ人に石を投げられようが、お前に縁のある竜王に殺されかけようが、俺はそれを許容する。それにな、ラルゴ」


しゃがんでラルゴの頭をこづく。


「お前に一つ命令をしておく。絶対に守れ」


「なんスカ」


ふてくされたラルゴに言う。


「従者としてのお前の最後の行動だ。俺の墓をつくれ。世界で一番立派なものでなければ許さんぞ」


ラルゴにそう言い残した。青い不死鳥は目に涙を浮かべて頷いた。

そう言って俺は魔王をあとにした。

苦し気に倒れる俺の使い魔を見る。一体一体に目で礼を言った。

前を向く。


「フィンはいいのか」


遠くで倒れているフィンの使い魔を見て言った。


「ううん。わたし、いつも言ってあるから。こんなときに顔を見にいったら涙が出ちゃうもの。わたし泣き虫で怖がりだから」


笑いながらそんなことを言う。


「お前は強い女だよ」


そう言って俺が歩くと、笑い声をあげながらフィンが付いてくる。


「……フィン、お前まで」


一緒に来る必要はないと言おうとした。


「むり。あなたを巻き込んだのわたしだから」


なにを言おうとしたのか悟った彼女はすぐさまそんなことを言う。


「いつも苦労をかける」


「本当よ。わたし、そろそろ報われて一緒になってもいいと思ってたらこれだもの。泣いちゃいそう」


竜王がつくったんだろう。大穴の近くに立って空を見上げる。白いドラゴンは降りて来ず、じっと観察されていた。


「つまるところ、それはどういうことだ?」


「そろそろ女の夢――結婚を考えてくれないかなーって」


「それは同時に男の現実――人生の墓場でもある」


「あら、さっき世界で一番大きな墓を立てろって言ってたじゃないの。その前に世界で一番の結婚式をしなきゃ」


この発言で気が付いた。おかしい。フィンの頭に何かが巡っている。彼女の発言はこんなファンシーなものじゃない。普段は能天気でお気楽に過ごしているが、彼女の本質は戦いのときのような冷静で恐ろしく性格の悪いものなのだ。

おそらく、この死をも覚悟した絶望の中でお互いがなにか残している。


――油断した相手を殺すため


――一矢報いるその矢を


その矢は隠し通さなければならない。上空で観察している目があるからだ。相手は静かにそれを見極めている。それを気取らせてはならない。つまり、俺とフィンは二人で秘密の作戦会議をしなければいけない。


「もし、結婚式をするのならばなにが必要だろう」


「そうね。まずはプロポーズの指輪かしら。でも、わたしもうしちゃったのよね。ほら、あなたが大事にお守りにして身につけてくれているじゃない。わたしはあなたにあげたわよ、あなたはわたしになにをくれるのかしら」


「……そうだな。なにをやろうかは悩むところだ。だがやるときにかける音楽は決まっている。ほら、お前が学院で成績優秀者として卒業時に恩賜の短剣をもらったろう。あのときに音楽隊がかけていた曲が好きでな」


「プロポーズに音楽隊って、考えることが流石ね。ステキッ」


上空の白い龍が呆れていた。こんなことに付き合いたくないというように。


「なかなか降りてこないな。俺が剣をもっているからか? すまん。持っていてくれ」


そう言って剣をはずしてフィンに渡した。


「おい。命を請いたい。降りて来て話はできないものだろうか。美しき白き竜よ」


しぶしぶと竜が降りてきた。

俺はその姿に見とれそうになる。白いウロコは美しくてきめ細かく、長い首のさきにある小さな頭はつんと顎が尖っている。目は綺麗な金色で瞳が大きくまつ毛が長い。涼しげな視線は見下すように冷たいが、どこか捨てきれぬ暖かさも同時に感じる。なによりも、その広げた翼が美しい。くびれた腰から下は曲線を描き、尻尾は長いが太くない。細い尻尾が誘うように揺れていた。


「ちょっと待って。本気で見とれてるでしょ」


フィンがこんな状況であるというのに頬を引っ張って来る。思い切りつねられるが、白竜から目を離さなかった。いや、目を離せなかった。なぜなら向こうも俺を見つめてくるからだ。その涼しげな瞳に好奇心を浮かべて俺を見てくる。その口が開く。声が聞こえた。色をつけるならそれはきっと紫のよう。高貴で上品で、魅了されるような声だった。


「人間の男よ。あなたの御名前はなんとおっしゃるのでしょうか」


当然の様にこちらの言葉で聞いてきてくれる。


「ラドルフ。ラドルフ・ヴォルフと言う。こちらも聞いても?」


了承の声がした。俺も聞き返す。


「あなたの御名前はなんと」


横からフィンが睨みつけてきた。ここは絶対聞くことが違うだろう、と。なぜ攻撃したのかとか、命を見逃がしてくれるのかとか他にも色々あるでしょうと怒られる。


「マブと申します」


昔存在した架空の国とされていた国の王の名だ。

その国が本当に存在していたのではないか、竜王のもとで統治されていたのではないかと心を躍らせる。


「ああ、この男はもう……マブさんにお聞きいたします。なぜわたしたちを襲ったのでしょうか」


フィンが礼節を守って竜王に聞く。

竜王は無視していた。この緊張はなんだろうと不思議に思いながらも、俺から聞いた。


「なぜ、俺たちを?」


「ともに魔王がおりましたから巻き込んでしまいました。魔王とともにいる人間というのに違和感を感じます。もしや、あなたは召喚士とよばれる人間ですか?」


即座に返答が来る。フィンの声は聞こえて無かったのかもしれない。


「その認識で間違っていない」


そう言うと頷き思考を廻らせているよう。となりではフィンがイライラしていた。


「信じがたいことにあの魔王はあなたの使い魔なのですね。悪いことをします。率直に言いますと、あれは見逃せませんが、あなたならば見逃します」


譲る部分は無いと言いきられた。


「俺たちを見逃がしてくれるのか?」


「ええ、あなたを見逃がします」


同じ言葉が繰り返されて含みが見えた。俺以外は許さないらしい。もちろん、魔王もフィンも使い魔も。


――交渉決裂のようだ


はなから誰かを見捨てられる性格ではない。死ぬならば俺、助かるならば俺以外。その二つの選択肢しかなく、それに持って行こうと思っていたが迫られた選択は逆。俺だけを見逃がすという。こんな皮肉を受けたのははじめてだ。

俺はまだ大丈夫だったが、となりのフィンが限界なのでそろそろ仕掛けることにする。


――最後の悪あがきだ


取る選択肢は一つ。俺たちと竜王のどちらが死ぬかである。


「マブ……夢想の意味の名を持つ白竜よ。残念だがここは夢じゃない。現実だ」


フィンが続ける。


「あなたの墓場よ!!」


宣戦布告を行った。もう後戻りはできない。

地面に降り立つ竜は俺たちを舐めていう。


「……なにを馬鹿な。やめておきなさい」


フィンが抜刀する。あきらかにいないものとされていた怒りをあてていた。

俺は首から下がったお守りから、その中身を取り出した。

フィンが言ったように指輪だった。それも、見慣れた紋章の入ったものだ。

隣で彼女がその声を嬉しげに鳴らした。このときをずっと待っていたかのように。


『我アークライトの名を持って命ずる――――聖剣よその力を示せ』


フィンが抜いた剣は俺が持っていた剣である。それは魔王を固定していた聖剣であり、勇者の剣であった。同時に神が残した神の力――神が持つ裁きの力であり、それはこの世でもっとも強いものである。神の武力を形にしたその聖剣が勇者のもとで本来の力を発揮した。

つまり、フィンは勇者の血を継いでいる。彼女はアークライトの家に生まれているのだ。勇者はどうやら召喚士として魔物と人間の共存を望むことを世代を超えて伝えており、ついには召喚士の元締めであるギルドマスターの座に君臨しているらしい。いかに勇者が召喚士を望み力を尽くしたかということがわかる。その勇者がいま再び忘れ去られたころに顕現した。

フィンが俺の前に立つ。その姿を見るだけで力が湧いてくるような気がする。それほどまでに存在が強く頼もしい。おとぎ話の勇者のように、その長く続いている勇者の礼装を纏っている。そして手には光を放つ聖剣を持ち、フィンは血が沸き立ち肉が躍っているようだった。

勇者が俺に笑いながら目を向ける。


――ほら、あなたの番よ


そう言われて仕方なく使った。

指輪を手にして言う

なぜこの場面で、これが手に入るのだろうか。紋章の入った指輪は紛失されもう表に出て来ないだろうといわれていたのに。この能力を得たものは誰にも止められずに人心を掌握する。故に知る者はこれを求めた。いまでもずっと捜索はされているらしい。それがなぜかフィンの手により俺の手に渡った。

同時に聖剣もそうだ。魔王と共に封印されていたそれを俺が引き抜き、同時にあるべき者のもとへと渡した。伝説に残る聖具が現実にそれを行使できる者の手へと運命のように巡り合っている。

天命のようなものを感じていた。

それならば、これは全て神が仕組んだ劇とでもいうのだろうか。偶然がこんなにも集まることは奇跡に近い。そうなるともはや必然のようにも受けとめられる。なにかの意思が働いている。そう思わずにはいられなかった。

俺はそう思うことにした。

俺はその与えられた役割を――義務を遂行する。


『我ジークフリートの名を持って求める――英知の指輪よ繁栄をもたらせ』


王家の紋章が入ったその指輪はかつて歴代の王様が使っていたのだろう。ということは、勇者に見逃された暴政をしいた王もこれを使っており、悪用したという事実が浮かび上がる。そして勇者に取り上げられてフィンの手元から俺に帰ってきた。そんなことまでわかるのはいかがなものか。

家出中だが血は王家の血が入っているこの体はしっかりと指輪に反応したらしい。王家に代々伝わっている『ジークフリート』という王家の人間である称号のような名前を使ったのは正解だった。

案外わからんところで血筋なんて捨てたものに助けられるものだ。帰ったら一度、親父殿の顔を見にいくことも考えよう。長年探していた王家の宝物を手に入れたと自慢だけしに。


「その指輪ね。パパが大事にしまってたのに、ラドルフの家の紋章が入ってるから、つい取ってきちゃったの。共犯ね」


「その剣は魔王を助けたときに抜いた剣だ。フィンも共犯な」


フィンはバツの悪そうに口を三角にして悩んでいる。


「お互い聞かなかったことにしましょう」


さらりとそう言いきられてしまっては何も言えなかった。


「でもラドルフ。プロポーズに『勇者の帰還』って曲は無いわよ。バレるかと冷や冷やしたわ」


「俺はお前が直接的に指輪って言ったせいで汗が流れた」


さきほどの結婚だのという作戦会議の話だ。

お互いに目を合わせて火花を飛ばす。もはやこうなっては竜王など知った事では無かった。

思い出したようにフィンが対処する。


『聖域を展開する』


フィンがそう言葉を紡いだ。乳白色の結界が小さく覆う。竜王もその中に閉じ込められている。逃げることはかなわなくなった。この結界には魔王とその配下である白銀公をはじめヴラドですら苦労し、最後まで抜けなかった結界だ。それは竜王をして閉じ込めるだけの威力を持つ。なんだかんだと言えることは一つかもしれない。


――神様には敵わない


竜王がこの状況の変化についていけていなかった。しかし、行動は早い。すぐさまフィンに向かって口を開く。放たれたのは言葉ではない。ブレスが飛んだ。

光の束のようなブレス。一番最初に俺たちを襲い、辺りを荒野に変えたその一撃がフィンを直撃した。

そのブレスを微動だにせず受け止める。まぶしいとは思うが、フィンは目を見開きその様子を見ていた。聖剣の具合を確かめたらしい。すべての物を切り裂くという性質は守りも兼ねていた。だれが攻めは守りを兼ねるなどとうまいことを言ったのだろうか。それはこの聖剣の性質をもあらわしていた。

なにものにも触れられず、斬ろうとしたものは斬ることができる。攻守一体とはこのことか。


「これは、流石に参ります。勇者と本物の賢者ですか。勇者と賢者の両方を相手にするなどというのは無謀ですね。勇者の聖域と賢者の聖断が破れませんもの」


ご自慢の一撃を防がれて、本当に参っているようだった。

白い竜が首を傾ける。ながく生きている分、情報が回っているのだろう。


「……ラドルフ、聖断ってなに? あとその指輪なにか意味あるの?」


小さな声で聴かれた。


「英知の指輪には『聖断――神様の言う通り』なんていう力がある。俺に言わせれば絶対命令権だ。上手く言えないんだが、指輪に聞けば情報が浮かんでくる能力とその聖断という力がこの指輪の力らしい。全知全能という言葉をすべての知識を有しているものだと思っていたが、実際は全ての知識を知ることができるものであると少しがっかりしている。結局情報を使うのも知るのも俺の采配しだいではないかと」


楽をして知識を与えられるわけがなかった。使うのは人間であり、俺の采配なのだからつまるところ本を読む手間が省けたにすぎない。いや、十分なのだが。本好きとしては本の情報享受量のほうが多いので、指輪は副次的な使い方になりそうだ。

指輪に竜王の名を訪ねる。

とてつもなく長い名前が帰ってきた。つまりこれもシャルと一緒だ。地名なんかをまぜて名前をわかりにくくしているのだ。指輪の力を借りてそれらを一つ一つ照合し、文字を探す。


――竜王の名前を特定した。


『ルナは拘束の魔術を解く』


命令形ではない。この形で効果は発揮されるのだ。その発言は重く、世界がその通りになる。これは情報操作にも使えるらしく、多くの人間が熱狂し暴走した理由も使って分かった。


――この能力は危険すぎる


これが終わると指輪は万が一のお守りにしとこうと誓った。


「マジすか!? マジすか!? マジすか!? 世界の歴史に残る共演じゃないっすか! 俺っちもまーぜーっ……グエエエッ」


生命の炎が聖域に弾かれて声をあげていた。

どうやら、どうにかみんなが無事らしい。

一つ知りたいことがあった。聖域の外にも俺の能力は通じるのだろうか。


『ラルゴは黙る』


気味が悪いほどに静かな魔王が居た。騒ぐこともせず聖域で手もだせず、シルバーのように落ち着いた魔王がいた。耐え切れずに倒れたので、言葉を解いた。


「あれやばいっす。俺っちを唯一殺せる魔術っす」


ぜえぜえと息を吐きながらラルゴが黙ると死ぬ宣言をしている。

しかし懲りたようで傍観に徹していた。


「勇者の武力と俺の命令権がある。竜王、これで俺たちはやっと対等に話せるな」


「状況は私に光があたってはおりませんが」


決して逃がす事は無いというように聖剣を構えた勇者が常に竜王に目を光らせる。その間合いは勇者のものであり、動かば斬るとフィンが目で射殺していた。聖域で張られた小さな結界は竜王の身動きを止めている。もはやあの領域は勇者の独壇場であり、間合いに入れられていては首元に刃があると同義だ。


――勇者とはここまでの能力を持つのか


竜王をして戦わずに仕留めている。これは勇者の実力かはたまた初見で勇者の能力を活用させているフィンの力か。どちらかというと後者だと俺の勘が告げていた。

フィンが気の抜けるような笑顔を見せながら、こちらを見てくる。あとは勝手にどうぞと任せてくれた。


「……魔王の目の前でいうのもなんだが、俺に竜王をどうこうしたいという気持ちはない。ただ、攻撃に対する謝罪は求める。そのあと、お前はどうする」


言いながらフィンを押しのけて竜王のその頭のもとへと歩み寄った。


「……まずは非礼を詫びます。魔王およびその配下、勇者およびその使い魔の双方にふいをうった攻撃と身体の拘束に対する謝罪を。申し訳ありませんでした」


慇懃に首を垂れた。それに対して俺が言う。


「許す。これよりの言及は許さん」


俺がそう言うと竜王が驚き、魔王が笑う。


「俺っちたちの責任者がああいうんだから、仕方ないっすね~」


口笛をふくように軽やかにラルゴが言って見せた。まわりで様子をうかがっていた俺の使い魔も緊張が解けて朗らかに和んでいる。

フィンも必要ないとして剣を納めて俺の一歩うしろへと下がる。聖域すらも解いて見せた。


「いいのか?」


「いまあなたが許したもん。なにも言わないわよ。わたしそのぐらいにはあなたを信じてるもの」


「今思ったことを愚痴っていいか」


「ええ、どうぞ」


「召喚の魔術を使わずに使い魔は俺のもとへと駆け付けるし、聖断なんてのを使わずにみんな言うことを聞いてくれているんだが、この契約や指輪はもしやこのようなあり方を尊重して目指したものなんじゃないか?」


言わずにおれなかった。俺に特別な力があるわけでも無く、強制もしてないのに周りが動きすぎている。不思議でたまらない。


「くはっ。あやつ、神をも否定しおったぞ」


「神のやつは「神なんていないほうが絶対世界は平和よね」とか「神様が戦いの種につかわれちゃ元も子もないじゃない」とか毎日愚痴られてたっすから、このぐらいのほうが俺っちは嬉しいっすけどね。神も最後帰るときは、神様がいなくても世界中が自然に手と手を結び合う様な関係を望んでたっすから。俺っちも気が付いたらそれができそうな環境にあったんで、ラドルフにのっただけですし」


さらりとラルゴがとんでもない発言をしている。

そしてあいつの照れ隠し、三歩進んで頭を捻る。なにをいったか忘れたらしい。


「ラドルフの言うことは正しいと思うわよ。わたしたちもそうだったけど、神様なんて頼るのは本当にピンチのときだけでしょ? そのときの力は三つも残してくれてあるじゃないの」


神の心をも考えた発言を指摘するフィンの発言に関心を覚えた。


「ああ。すごく納得した。神頼みって普段からしないからな」


俺の後ろに這いずり回り、悪い方へと誘う悪魔のような魔王がいた。


「ほらぁ、神様に助けてもらったんすよねえ? なら神様のご聖断を仰いだ方がいいんじゃないんですかぁ? 神様は手と手を取り合うことを望まれていますよぉ? 俺っちは、しっかりとお声を聴きましたぁ」


語尾を伸ばしていやらしくラルゴが言う。


「お前が言うと宗教を利用しているやつの発言にしか聞こえんな。が、この状況をして神の存在を感じざるを得ない。くやしいがお前のいう神がそれを望むのなら聞いてやらんこともない」


ヒステリックな声をあげながら「なにさまっすか」と叫ぶ鳥がいた。フィンも笑いながら「天上天下唯我独尊」とつぶやいた。


「と、いうことだ。お前も王なのなら独断では決めれないかもしれないが、こちらは手を結ぶ用意がある。それを考えて聞きたい。竜王よ、我らと結ぶ手はあるか」


そう聞くとまわりからヤジが飛ぶ。


「勇者を隣において手を結べって、あれ脅迫じゃないんすか? 武力で抑圧して建前は対等な関係っすけど、よく考えたら不平等とかよくあることじゃないっすか」


「あの魔王を見ればどんなにゆるい関係かはわかると思う」


「使われたっす!?」


白竜はその瞳を閉じていた。立場と感情と環境と幾つも考えねばいけないことがあるのだろう。あるいはその一存では決めかねるのかもしれない。


「さきほど攻撃したことでおわかりかもしれませんが、私は魔王に対して対立派です。ですが、私はあなたとならば手を結べると思っています、ラドルフ。あなたが間を取り持ち手を結ばせてくれるのならば、私も賢者と勇者の名のもとに名を連ねましょう」


「言ってることわかるっすかー? 賢者と勇者を代表にして屈しましたって形で平和を約束してくださいと言ってるんすよ。竜王は下の意見で突き動かされて魔王と対立してるっすけど、本心は手を結んでもいいと思ってるんす。その下を納得させる理由として勇者と賢者の両名を担ぎ上げて納得させたいと言ってるんす。おわかり?」


「一言でいえ」


「ラドルフとフィオナ嬢ちゃんがいる限り魔王と竜王は喧嘩しないっす!」


「よし、それならいい」


フィンと頷き合ってから決める。うんうんと唸っていたフィンも納得したようだった。


「竜王、まずは俺たちからだ。俺はお前を見たときから仲良くできる気がしていた」


「奇遇ですね。私のほうも同じ気持ちを抱いておりました」


竜王の瞳がやさしげに俺を射抜く。どこか恥ずかしそうにそういう姿に胸の心鐘の音を聞かずにいられなかった。


「ん? なんすかこの雰囲気」


「ラドルフめ。また罪を増やしよったか」


ラルゴとシャルが含んだ笑いを浮かべていた。

目の前で優しく慈悲をもって笑う竜王が光を発する。やがてそれは収まり、俺は驚愕した。


――竜王が人の形をとった


穢れなど知らない白い長髪を透き通るように白い手で髪を梳いている。その姿がとても絵になって魅入ってしまう。涼しげな目元は変わらずに優しげに眼を細めていた。

年頃は同じほどなのに、その落ち着きと礼節の整った上品な動きは違和感を生みギャップとして捉えた。


「ラドルフさま。私のことはルナとお呼びになってください」


「ああ、ルナ」


そう言うと「嬉しい」なんて顔をほころばされる。

こんな上品でおとなしい女性は見たこともなかったから知らない反応だった。幼いころからフィンと知り合ってはいたが上品と真逆な性格だったせいで、この反応はとても新鮮なものに感じる。


「竜が猫かぶってるっすね。俺っちが今までかけられた竜王語録とは大きくかけ離れてるっす。「私より上を飛ぶか鳥風情が」とか「お前に与える慈悲はない」とか散々だったんすけど」


少し嫌な汗を覚えた。

先行きが不安でしょうがないが、やることはやってしまおう。


「あとは俺とフィンのどちらかと竜王が契約すればいいんだろう?」


「そうっすね。それで体系的には問題ないっすけど、契約するなら嬢ちゃんっす。魔王と竜王を一緒に管理したらラドルフが死ぬっす」


――それがわかっているのになぜお前は普段から俺に気苦労をかけるのか


その視線をラルゴは受け流していた。


「それでいいか。ルナがなにか言いたいことがあれば聞く。意見があるならば言ってくれ。俺はそれを尊重する」


「いえ、大丈夫です。勇者と契約をするのは、目的のための手段と割り切っております。やりたいこともありますので」


――思い切りなにか企んでいると宣言された


フィンやラルゴなら聞かなかったことにしよう、と容易に割り切れるのだが俺はそうはいかなかった。心のうちにしまっておこう。

そうして隣で頬を膨らませていたフィンと竜王が契約を結ぶ。なぜかお互い無言で目を合わせていた。もしかして仲が悪いのだろうか。


「これで空から見てるあいつも安心してくれたっすかね」


ラルゴが上を見上げてそんなことを言う。その頭を小突いて俺は言った。


「どうも今からが大変そうだぞ」


「大変なのはラドルフっすから、俺っちは知らないっす」


ラルゴよりも俺が苦労するらしい。意地の悪い笑い方をしてラルゴが言っていた。「ほら、爆弾に火をつけるっすよ」そう言う方向を見ると竜王が俺のほうを向いていた。


「ラドルフさま。私、思うところがありますの。いままでのしがらみを忘れて、こうして手を取り合っていくのは大いに賛成します。ですが、その先のお話にどうも大きな問題があると思うんです」


「なんだ?」


胸のうちに不安が沸き上がる。なにを見逃がしていたか。竜王はなにを目的にしているのだろうか。


「ラドルフさまと勇者が結ばれて子供を産むのはまずいんじゃないですか? 私はそれが許せません」


「ちょ、なんでよ!? ……あああああっ!?」


さきほどから竜王に対して思うところがありながらも、必要な事と割り切っていたフィンが叫んだ。

言いたいことが分かったのだろう。


――賢者と勇者の能力を俺とフィンの子が引き継いだ時に、それが誰も止められなく暴走してしまう可能性があるのだ


「うわっ、それやばいっすね。いままで賢者って変人と奇人ばっかりで頭悪くて指輪はろくな使い方されてないんすよ。せいぜいが国を暴走させるぐらいで、それは勇者が止められたんす。もしそれらを兼ねるようなら抑止力が無くなっちまうっす!!」


ラルゴですら考えてなかったらしい。そういう俺も考えておらず対策もないのだが。

指輪の能力のなかで特に命令権がどうしようもなく危険になってくる。自分を揺らし、かじ取りを間違えるとそれこそすぐに暴走となってしまう可能性があるのだ。俺もうまく扱える自信がなく使わないと決めた力だった。


「ですので、ご提案します。聖剣は勇者との子に相続し、指輪は私との子共に引き継ぎましょう。そうすれば問題ないと思われます」


竜王のたくらみがわかった。指輪が欲しかったらしい。

するりと俺の腕をとり、離さないと引いてくる。


「おっと、それでは竜王サイドに賢者が傾いてしまうのう。それでは不平等よ。魔王のほうからは妾もその争いにでようかのう」


シャルも俺の腕を引いてくる。

指輪の奪い合いではなく、賢者の奪い合いと論点をすり替えてきたのは見事だろう。指輪の奪い合いだとラルゴが炎を所持しているために「持っているではないか」と非難されるからだ。もはや狡猾な争いになってきた。

俺を挟んで竜王とシャルが睨み合う。あまりの状況にやっとついてきたフィンが大声で叫んだ。


「ダメーー!! ラドルフはわたしのーーっ!!」


正面から抱き着いてきたフィンに右と左がけん制をしだす。


「あなたのことは理解していないわけではないですが、結ばれた際の力が脅威だと言っているのです」


「ならわたしが頑張って子供を二人生んで、一つずつ相続すれば問題ないんじゃないかしら」


「いや、それでもその双子が両方を扱えてしまうということは変わらんのではないか? 指輪と剣を一か所に集めておくのも怖いことよ。そのために他に譲れと言っているのだがのう」


――そもそも話がとんでもない上に、俺の意見が度外視されていると誰か指摘してくれ


――俺の心積りは一人以外あり得ない


ラルゴに救援の視線をやった。片目を閉じた鳥が言う。


――ほら、言ったじゃないっすか。ラドルフが大変だって


すべての悪の根源は言った。あいつのことだから、竜王と手を結びその後に何を求めようとしているのかも頭には入っていて俺に勧めたのだ。が、これで奴の手を結ぶ願いは叶った。

俺が魔王を甦らせて、あいつが求めることを俺は応えることができた。これは魔王が俺に力を貸すかわりに、あいつが求めたものであり俺はそれを叶えることができたんだ。


――――『契約を執行する。汝は我が使い魔となりて、我に力を貸さん。力の代償に我は汝の求めに応えよう』


それがはじまりの契約だったのだから。


人間と魔王が関係を悪化させることもない。魔王と竜王が領地を巡り争うこともない。


それは神がラルゴに望み、俺とフィオナが神の力を借りてそれを実行した。


俺が生きてるうちに、俺の目の見える範囲が平和ならそれは平和なのだ。


――そのために俺が少し犠牲になるのならば我慢できると思った


空を仰ぎ見る。

ポツリと天が泣いていた。

唇に落ちたそれを舐めると喜びの味がした。


「ねえ! ラドルフはいいの!? ラドルフはどう思ってるの!?」


「頭ではルナとシャルの言うことはわかる。が、感情では別だ」


そう言いながら右腕と左腕の拘束を抜ける。

空いた両手で抱きしめた。


「お前以外はあり得ない」


証として、くちびるを奪う。

魔王のほうからは歓声が湧き祝福を受ける。

竜王のほうからは怒る声が響き非難される。


「ようやく素直になりおったか、たわけ」


シャルのくちびるが動いた。彼女は俺の背中を押すためにこんなことをしたのかもしれない。


「……私、諦めませんから」


ルナの口から言葉が漏れる。その言葉を背中に浴びた。


「んーっ!? ンーっ!」


言葉を発せない奴が何かを言っていた。


「なに?」


なんか苦しそうだったからやめた。

大きく息をしながらフィンが言った。


「も、もう一回」


――仕方がないから応えてやる


「イエス・マイ・プリンセス――――しょうがねえお姫様だな」


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