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15話 Cランクへの戦い


朝っぱらから全力で走らされた。いくらなんでもこれはないと言いながらも必死で走った。

息も絶え絶えに肩を激しく上下させながらアリーナにつく。もうひと踏ん張りだと、口から飛び出して来そうなぐらい激しく動く心臓に鞭をうって走った。

胸のポケットからカードを出して、目の前の男に見せる。男がカードを受け取ると、俺は膝に両手をついてぜぇぜぇと浅く激しい呼吸を繰り返す。気を抜くとぶっ倒れそうだ。顎から滴り落ちる汗を腕でぬぐい、汗で張り付いた前髪をかき上げた。

ほんの数日前にフィンにこんなことを言った覚えがある。前髪が汗で張り付いているぞ、と。そういうと、彼女は前髪を豪快にたくし上げていたことを思い出した。無意識にそれを真似してしまっていただろうか、随分と豪快に前髪をたくしあげた。


「ラドルフさん。確認できましたので奥の選手控室へいってお休みください」


真面目そうな男がそう言う。

礼を言う元気もなく手をあげて、男の横を通って選手の控室へと向かう。

後ろから、申し訳なさそうな男の声が届いた。


「……ラドルフさんは、この昇級戦においてシード選手なので、もう少しゆっくり来ても大丈夫でしたのに」


強烈に意識を手放したくなる衝動をどうにか抑えた。俺はまさかの二回戦からの参戦らしい。トーナメント形式をとる公式戦は参加人数の関係で一回戦を戦わなくていい選手が出てくることがある。抽選で決まるそれが、たまたま俺だった。それを知らずに一回戦の一番最初の試合だったらどうしようと、大勢の力を借りて全力で走ってきた苦労はなんだったんだろう。

ふらつく体をどうにか歩かせて、虚脱感に溢れる気持ちをどうにか前に向かせる。そうすることでようやく選手控室に到着して、足を踏み入れた。

ここに大勢の選手がいるが、優勝者――Cへあがるのはただ一人だ。

ピリピリとした空気が肌をさす。どうも戦う前の空気が重い。その空気を少しだけ変える者――新顔があらわれたからか、全員の視線が俺を貫いた。


「ラドルフだ」


誰かが呟いた。

そう言えば、学院で共に学んだ顔がいるような、いないような気がする。ほとんどがD,Cに上がっていると誰かが言っていたはずだから、時期的にちょうど俺のことを知っているやつが多いときなんだろう。


「なんでお前がここにいるんだよ、ラドルフ・ヴォルフ。昇級戦に挑む召喚士様以外はここには入ってこれないんだぜ? ……帰れよ」


いつだったか。アップルポリッシュであって、なぜか俺に散々な言葉をなげかけてきた名前も知らん知り合いがいた。学院で知り合ったらしいが、俺の記憶からは抜け落ちている。ニヤニヤと高圧的に俺に声をかけてくる様は相変わらずのようだった。


「ああ」


そう短く言って、立ちふさがるように立っていたその男の肩を押して通り過ぎる。なにを言ってもムダな気がしてならなかった。冷静に考えればギルドのスタッフの確認があるのだから、ここにいる理由はわかるはずだ。こいつは俺に攻撃したくて声を掛けてくる、そんな人種なんだろう。


「おい待てよ。なんとか言ったらどうだなんだよ。逃げるのか?」


なんとか言え、と肩をつかまれる。その険悪なムードに周りもざわめきだした。なんと言ったものだろうか。

肩の手を振り払い落とす。最近、肩にのっているものをはらい落とすのは得意なんだ。強い力が入っていた手を、軽くはらい落とした。

そのあとで言う。


「……誰だっけ、お前」


それだけ言うと俺は奥のほうにあったテーブルに向かって歩き出す。後ろで怒声がなっていた。二度目だからだろうか、そう気になるものでもなかった。

テーブルに深く座って、足と腕を組む。いろんな事情で、まぶたが重くてしかたなかったんだ。トーナメントの一回戦は試合数が一番多い。なら、長く休めることが期待できるだろう。


――重いまぶたを支えずに、目をとじた





「……さん。……ルフさん」


名前をよばれている気がした。とんとんと右肩が叩かれている。


「ああ、起きましたかラドルフさん。あの、次ラドルフさんの試合なんで起こしに来たんですよ」


ぼんやりとした頭で考える。寝ていたようだ。組んでいた腕と足をほどき、簡単に動かした。気だるさはぬぐえないが、多少はマシになったようだ。

目の前で、年のいった優しそうな男が笑っていた。


「あの、私がここで寝ている選手を起こすのは二度目でしてね。一度目は、もう二年ぐらい前ですかね。女の子が眠りこけてたんですよ。すごく綺麗な寝顔でしてね。ええ、見て良いものか起こして良いものか迷ったんですけど、起こしちゃったんですよ。そしたらその子は、今日が楽しみで寝れなかった、なんて舌を出しながら言ってね。走って試合に向かったんです。ええ、その子の試合はすごいものでしたよ。試合になると別人のように輝いてね、相手を圧倒するんですよ。いるんですね。あんなに輝いて、みんなが目を離せなくなるような女の子」


そんな間抜けなやつは一人しか知らなかった。


「その女の子。いまは?」


嬉しそうにギルドの職員が言う。


「ええ。この前、Aランクまで上がりましたよ。人懐っこい子でね、そのときにも言われたんですよ。控室で寝てる選手がいたら、ちゃんと起こしてあげてね、と。なんだか、君のことを言っているようで笑ってしまいました」


なんだか恥ずかしくなってしまう。本当、どこにいてもその後ろ姿が見えるやつだ。人に好かれるとも言えるのだろう。

笑っている俺に、その人がきいた。


「えっと君は、どうして寝ていたんですか?」


そう聞かれて思い返す。俺がねむってしまった理由……。


――前日の夜の話だ


Dランクで主流な使い魔などを調べ、試合を任せる使い魔を決めた。その使い魔と激しいボディコミュニケーションを取って疲れたためにシャルの城で眠りにつこうとしていたころに、俺の部屋のノックがなった。シャルが静かに入って来て、恥ずかしそうに言うのだ。


「血を、くれんかのう」


そう言われて了承したのだが……。


「うぅ、ラドルフぅ……血は、どうやって飲めばいいのかのぅ」


俺の胸に小さな手をあてて、首を動かしながら涙目で言っていた。

その後二人で必死に考え、シャルの歯に注目し、歯で穴をあけそこから吸い出すと仮定して実行した。だが、どこを刺せば効率的に吸えるのかという今後に大きく関わる問題を解決すべく、至る場所に噛み傷をつけられ吸われ続けた。


――血が足りない


そう気が付いたのは何十回も吸われたあとだった。俺は倒れるように惰眠を貪った。こんな状態で無事に起きれるはずがない。朝、試合だと知っていたラルゴが俺を起こしに来て絶叫した。ベッドの上が血だらけで、俺が死んでいると思ったらしい。泣きながら叫ぶラルゴに起こされ、試合に出ねばいけないという意志だけでシャルに肩を借りながらも身支度をし、庭で鼻先に小鳥を止めてあくびをしたりしながら平和に過ごしているシルバーの平和を壊し、街へと送ってもらって今に至る。


ここまで振り返って散々だと思いなおして、口にした。


「……昨日、寝れなくて」


「君もそうなのか。ああ、いけない。試合が始まってしまう。あっちの通路を進んでください」


そう言われて通路を目指す。体が重く戦える気がしなかった。いやむしろ最終手段としてラルゴと他の使い魔を一体召喚してすべてを任せて気を失うのもありかもしれない。いや、ラルゴすら必要ない。召喚までだ。召喚さえすれば、一試合は持つ。

いますぐ足を止めようとする体を、召喚だけすればいいという暴論で動かした。

明るい通路までもう一歩、というところだった。

そこで腕をあげながら帰って来る男がいた。前の試合の勝者だろう。額に汗を浮かべて、その勝利を誇り、笑っていた。

壁に寄りかかりながら、その男に道を譲る。なぜか俺の前で足を止めて、俺の顔を覗き見た。


「おい、お前。大丈夫かよ。顔色、悪いぞ」


ガタイの良い男が俺の肩を叩いてそう言う。


「ああ、どうにかって感じだ」


「もったいないな。しょうがねえ、いいこと教えてやるよ」


そういって笑う男は面白いことを口にした。


「闘技場を出て、左だ。いいか、左を向くんだ。そこに……とんでもない美人がいる」


「はははっ。いいことを聞いた。それを見るまではやってやるよ」


――あれは勝利の女神だと思うんだよな


去っていった男が言う。そこまで言うか、と目の前の楽しみに胸が高鳴った。

ギルドの職員の指示で入場する。

俺が召喚士としてアリーナに足を踏み入れる一歩だった。いろんな高揚感が胸に渦巻く。騒ぐ会場の声に酔いしれ、興奮を隠せない。


――これが召喚士の景色か


観客とプレイヤーの違いを味わう。C級への大会でこんなに人が入り歓声が飛んでいるんだ。もっと見ごたえがある上へ行くと、また景色は変わるのだろうか。

はやる気持ちに足を動かされながら、思い出した。左に勝利の女神がいるらしい。そっちも気になって、顔を向けてみた。


「……うわあ」


思わずそんな声が出た。


「わたしの顔をみた第一声が「うわあ」ってどういうことよラドルフッ!! 早起きしてこの席を取ったわたしの苦労を知らないのかしら。失礼しちゃうわ」


勝利の女神とよばれた奴が俺に対してキレていた。これは負けがあるのかもしれないと不安になるからやめて欲しかった。


「……どうしたの? もしかして、体調悪い?」


眉をひそめて言うフィンに、言葉を返した。


「昨日、楽しみで眠れなかっただけだ」


そう言うとフィンは思った通りに喜んだ。


「あはっ、ラドルフもなのっ!? あのね、わたしもそうだったのよ。でね、控室で寝ちゃって試合に遅刻しそうになったことがあるのよ。あのときは本当に焦ったんだから」


嬉しげに自分の失態を話すフィンに笑ってしまった。


「俺もさっきまで寝てた」


そう言うとフィンはお腹を抱えて言った。


「っぷ。ばっかじゃないのっ」


大きな会場で、二人だけの会話をして笑ってる時だった。

審判が笛を鳴らす。召喚しなければ棄権と見なされる。


「ラドルフ! 召喚っ!」


焦ったフィンがせかしてくる。俺はゆったりと構えた。


「いや、こいつを先に出すと相手が威圧されて召喚しないかもしれないから、このぐらいで出すって決めていたんだ」


「……ヨルむん?」


ヨルムンガンドに変な名前がついていた。


「あれよりは小さいけど、力は比べられないぐらいのやつだ。フィンの前では、肩にのせてたのも合わせて四体見せたろ。あとの二体のうちの一体だよ」


そう言うとフィンの目が光った。なにも言わずにはやくだせとプレッシャーをかけてくる。

その視線に応えた。


「暴れろ陸の王者――ベヒモス」


魔法陣より出でて、雄たけびをあげた。その姿と声をして会場の声を封殺する。誰一人として声をあげられなかった。

目の前に出でたのは、頭に二本の角を生やし、異様なまでに発達した四本の足をもった怪物。地面を踏みしめるたびに振動が響く。その異様な筋力は姿をみただけでもわかる。通り名として、『怪力無双』という名を持つほどだ。

規則正しく笛を鳴らし続けるはずの審判の笛の音がずれるほどだった。

ベヒモスの頭がこちらを向く。尻尾を揺らしながら、俺を見てニカッと笑った。その姿が可愛らしく手をあげてこたえる。そのまま、腕を振り上げた姿勢をつくった。ベヒモスと決めていた合図だ。


――ファイッ!


腕を激しく振り下ろして敵に向けた。

未だに圧倒されている三体の魔物が目に入る。うちわけは、すばしっこく器用に立ち回るコボルトが二体。大きな棍棒をもったオークが一体。それらは未だに足をすくませていた。


「スピアー」


合図と共に大気が揺れた。爆発のような音が響き、ベヒモスが飛び出した。轟音を響かせながらベヒモスが距離を詰める。会場の誰もが唖然としたことだろう。ベヒモスは単純にして強い理由がある。巨躯を持ち、尋常ならざる重さを持ったその体が速い。それだけで、彼の強さがわかる。ベヒモスが繰り出すのは単純な力の暴力であり、力と力のぶつかり合いでないと止められはしない。魔術で火の海を起こそうとベヒモスの足を止める理由にならない。

そして、重要な事実が一つある。その角はヨルムンガンドにも傷をつけるのだ。


――陸において、誰も彼を止められはしない。ゆえにベヒモスは、陸の王者の座に君臨する


二匹のコボルトを足で踏みつけながらオークを口で咥えて、草を食むように甘噛みしていた。実際のところ、強面なくせに優しいから敵を傷つけられずにいた。必要が無いという判断だ。

勝負あり、との一言でベヒモスはそれらをはなす。傷一つついていない使い魔たちをみて召喚士はホッとしていた。

ベヒモスが口を開けてこちらを振り返る。しっかりと俺を見て、身体を跳ねさせながら帰ってきた。人間でいうとスキップのように、楽しげにこちらにくるのだ。

俺の前に帰ってきたベヒモスは、今度はゴロンゴロンと石の床を転がって見せる。完全に甘えられていた。


「よくやった」


そう言うと嬉しそうに鳴いて見せる。体のわりには高い鳴き声で。

労って少し撫でると、帰還させる。またあとでよろしくな、そう言うと任せろと鳴いていた。

歓声よりも笑い声が多い会場を後にしようとするとフィンに捕まった。


「ベヒちゃん……可愛いわね。あの、ちょっと怖い感じなんだけど、ちょっとした動作とか、なついたときの発言に可愛さがあるところがラドルフにそっくりだよね」


俺は無言で選手控室に帰った。



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