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後編

 あれから一年があっという間に経って、ようやくぼく達の手がけたプロジェクトが世に打ち出された。「感覚(Sense)文学(Literature)」と名付けられたそれらは、純文学、大衆文学、ライトノベルという物語、哲学、経済、政治、科学といったあらゆる論文を包括し、Dexyと同じ経路に乗って放擲されたのだ。ぼくの他にもたくさんのコンバータが動員されて、最初は100ほどの「文章(Sense)」をテスト版として公開した。

 世間の反響はすさまじかった。閲覧数はうなぎのぼりで上昇し、Dexyではバズりすぎてうるさいほどだ。ほとんどの作品は無料で楽しむことができて、一部の学術論文とかには数十円の課金が必要となる。主な収入源は広告料だ。六桁にも及ぶPVのあるサイトだから広告料は紙書籍時代の全盛出版社並のものとなり、閲覧数も確かな実績があるのでスポンサーが絶えることはなかった。

 これだけの社会現象なので当然今後の雲行きを心配する向きもあった。「『KI』経由で直接取り込んだ知識は麻薬のようなもので危険なので、知識はきちんと文字で読んで手に入れるべき」とテレビでコメントする評論家がいたが、Dexy等で「お前も文字なんて読んでねえだろ」とかツッコまれて大炎上していた。それとは別に、LARの本社ビルに抗議文などがひっきりなしに届いていたが、下村は笑いながらそれを破り捨てていた。

「嫉妬してんだぜ。情けないよなあ」

 そんな肝の太い彼らから、ぼくが受け取った謝礼は凄まじい額だった。今までコンバータでせこせこと稼いでいたのが馬鹿らしく思えるくらいめちゃくちゃな数字の羅列だった。ぼくは大成功に酔いしれながら、久しぶりのまとまった休暇を使って、「ぼく」を削ぎ落とさなくてすむような読書(Reading)に耽溺した。


「君も、『感覚文学』とかいうのに携わってるのかい?」

 いつものようにぼくが原稿を取りに行った時、教授はそう訊いてきた。

「はい、一応」

 ぼくは気恥ずかしくて、中途半端な謙遜を口にする。とてもじゃないが、ぼくと友人で着想して実現したんですよ、なんて言える雰囲気じゃなかった。この部屋は、前時代的なアナログの支配する空間であって、この匂いに包まれている中でそんなことを言うのは、竜安寺の石庭をバイクで通過するくらいとんでもないことであるような心持ちがする。

 教授はふぅん、と興味深そうに声を漏らす。

「お陰で、私のところに問い合わせがくるようになった。ためになったとか、すばらしかった、とかね」

 コンバートするのはぼく達コンバータだが、むろんアーカイブには原作者に許可を取った上で、その名前も明記してある。教授の著作もコンバートされているので(ちなみにその交渉をしたのはぼくではないので、彼はぼくが携わっていることを知らなかったのだ)、この機会に初めて触れた人が連絡してくるのだろう。

 ぼくは嬉しくて、少しだけ背伸びするように、

「たくさんの人が知る喜びを謳歌するようになりました」

「それはそれでいいかもしれないが、これでよりいっそう文字は死んでいくんだろうな」

 その教授の一言に、ぼくは冷水を浴びせられたように身体が縮まったような心地がした。

「でも……書籍の販売数は減ってないですよ」

「私や、君が生きている間は大丈夫かもしれないが、その先はわからんな」

 教授はぼく達が去った世界のことを想像していた。ぼくは間違ったことはしていないつもりだったが、それでも教授のその言葉を聞いて少し不安になる。文字がなくなった世界で、果たしてぼく達はぼく達のいない世界のことを、考えることができるのだろうか……。

 ぼくはそんな曇った思考の中で、あの時に思ったことを口にしてみる。

「……もし、脳の中で直接表現したものを、そのまま他の人と共有できる技術が普及したら──」

「ふむ、文字自体が無くなることは無いだろうが、恐らく記号レベルでしか使われなくなるだろう。何千年もかけて、本来の用途へと幼児退行してきたわけだな。そうなった世の中は、文字のゆりかごとも墓場とも言える」

「……」

「心配するな。そうならないために、私はこうして書いているんだから」

 そう言って、教授はぼくに相変わらずえげつない量の手書きの原稿を寄越してきた。ぼくは慌ててそれを受け取ったが、思った以上の重さに腕が沈む。危うく床にすべてぶちまけるところだった。

「あ、ありがとうございます」

 その重みに、ぼくはなんとなく勇気づけられた。


 その「事件」が起こったのはそれから二週間後のことだった。そして、ぼくがその事件のことを知ったのは翌日になってのことだった。

 ぼくはいつものように牛丼を買って帰ってきてそれを平らげ、教授からもらってきた紙の本を読んではちょくちょくDexyのストリームを覗いていた。やがて、尿意を感じてトイレに入る。用を足したことには足したが、まだ残っているような気がして、粘りに粘って30分ほど頑張ったが結局成果はなかった。仕方なく残尿感を残したままトイレから出たが、どうしようもなくその感覚だけが広がっていき、三十分後にもう一度トイレに入った。便座を下ろして腰掛け、ずっと踏ん張るものの何も起こらない。が、尿意はがんがん増幅されていく。緊急停車中の電車の中で尿意が暴れて大変だった時のことを思い出しながら、ぼくはずっと出ないものを出そうと頑張っていた。

 結局、ぼくは一晩中残尿感に悩まされてトイレに立てこもっていた。あまりの深刻さに泌尿器科に診てもらおうと思い、明け方近くになって手近な病院を探そうとスマートデバイスをいじっていたところ、潮が引いていくように残尿感も消えていった。Dexyにそのことを投稿しようと思ったが、サーバーエラーのようで接続できなかった。怪訝に思いながらも、ぼくはようやく短いながらも安眠することができた。

 で、翌日の昼に目を覚ましてDexyをチェックしたものの、まだ接続ができなかった。なんだか嫌な予感がして、ぼくは休日にもかかわらずLAR本社へと出向いていった。なんだか休日なのに人が少ないな、と思いながらエントランスに入って行くと、早速顔見知りの社員を見つけたので話しかける。

「やあ、どうも」

「あ……、こ、こんにちは……」

 彼はずいぶんやつれた顔をして、挨拶を返してきた。ぼくはびっくりして、

「ど、どうしたんですか、何か病気でも?」

「いえ……昨日、嘔吐が止まらなくて……、今朝ようやく収まってホッとしてたら、本社から出勤しろって連絡が入って……」

 嘔吐が止まらなかった……、ぼくの残尿感と似たような症状だった。

「Dexyが繋がらないんだけど、呼び出されたのってそのことについてかな?」

「間違いなく……そうだと思います。僕もよく分からないんですが……」

 部外者のぼくが彼についていくわけにはいかなかったから、ロビーの椅子に腰掛けて待っていた。その間、幾度かDexyにアクセスを試みたもののやっぱり繋がらなかった。「感覚文学」のほうも同じような症状だった。「KI」を利用したネットワークサービスはほとんどダメになっていたが、ローカル利用(血圧等のモニタリング)は普通にできたので、サービス提供側のサーバーの問題だろうと推測した。

 ぼくは教授からもらった本を読むとか近場を散歩とかして過ごした。数時間ほどしてたくさんの社員に混じって、先ほど話をした社員が更に疲れた顔をして戻ってきた。

「ウイルスが流されたようです」

 詳細を聞いたところ、社員は開口一番にそう言った。

「Dexyのサーバーに、神経系へ直接無造作に命令を下すウィルスが流し込まれたそうです。それが、ストリームを見た人全員の『KI』を経由して、脳にありもしない信号を送り続けて……すごい量の人が体調不良を訴えた、と……」

「ウイルス……」

 背筋に冷たい粘性の動物が張っていくような感覚がした。コンピューターに悪影響を及ぼすプログラムを比喩的にウイルスと呼んでいたのに、これでは生物兵器じみた本当の「ウイルス」ではないか。遠距離から、人の生理にダイレクトに悪影響を与えることができる技術──コンピューターウイルスはついに、人間に直接感染するようになったのだ。

「現在、当社のサーバーをすべて閉鎖、今日中に通信会社に連絡をとって一時的ですがネットワークを停止させます。一応、Dexyのサーバーに流れ込んだウイルスの除去は完了している状態ですが、第二波が無いとは言い切れないので……」

 社員は明らかに疲弊した様子で言った。もう、ありがとう、と告げて解放してあげたかったが、ぼくはこれだけ訊ねておかずにいられなかった。

「下村は? ここにいるのか?」

「そ、それが……行方が分からないんです。僕は嘔吐感で済んだんですが、下村さんは全身が激しい痒みに襲われたそうで……ひどく取り乱して外へ飛び出していきました」

 なんということだ。ぼくはその社員に礼を告げて、悄然とうちへ帰った。

 テレビをつけると、どの局も今回の騒動について取り上げていた。ほぼ全国民が被害を被った今回の「災害」について、わかっているだけでも死者は全国二万人を超えているとのこと、「災害」の原因は不明だが、おそらくは「KI」の一斉不調ではないかと専門家は述べている。症状は人によって本当に様々で、全身に走る激痛、あるいは激しい痒み、強い幻覚、嘔吐感といった苦痛はもとより、逆にとんでもない快感を得て、一晩中絶頂でい続けるというちょっと想像もしたくない症状が出た人もいるという。ぼくの被った残尿感なんてかわいいものだった。突然襲ってきた理不尽な感覚の洪水に、パニックに陥って海や川に飛び込んだり、自分の皮膚を掻き毟ったり、心停止を起こしたりして亡くなる人が続出、大規模な自然災害にも匹敵するほどの被害が出た、とニュースは告げていた。下村の安否が心配だったが、既にネットが繋がらなくなっていたので、どうしようもなかった。

 ぼくが呆然と、流れる映像を眺めていると、突然スマートデバイスが振動し始めた。恐る恐る手にとって見ると、電話の着信だった。それを見て、ぼくはこのデバイスが昔は「携帯電話」と名乗っていたことを思い出す。

「もしもし、生きてるかい」

 教授の落ち着いた声が聞こえてきた。ぼくはなんだか救われたような気がした。

「な、なんとか生きてます。教授も、大丈夫なんですか?」

「一晩中、あちこちからベートーベンが聞こえてきて大変だったよ。それで……いま、そのDexyとやらが停まっているらしいね?」

「は、はい。そもそもネットワークが機能していない状態です」

「……明日、私の研究室に来なさい。必ずだよ」

 それだけ告げて、教授は通話を切った。テレビの中では、通行人がインタビューを受けていたが、インタビュアーも含めて被害者なのだから、取り沙汰されるのは受けた苦痛の程度が大きかった人、つまり身体に激痛が走り続けた人ばかりだった。

 残尿感も……なかなか辛いものだったのに、とぼくは独りごちた。


 翌日もネットワークは機能していなかった。テレビでは、首相官邸やLAR本社に押しかける人々の映像が流れていた。

 ぼくが教授の研究室を訪れると、そこには彼の受け持つ学生がたくさんいた。みんなパイプ椅子に腰掛けて、熱心に何かを書いている。

「よく来たね。これを」

 教授はぼくを見るなり、原稿用紙を何枚か手渡してきた。何のことかと首を傾げていると、

「紙に書きつけるんだよ。あの事件があった晩、君が見たこと、感じたこと、そして思ったことを、『君の言葉』でね」

「……どうしてですか?」

「身を守るためだよ」

 その台詞に、ぼくはなんだかいつもと違う、教授の気迫を感じた。こんな時にいつも通りなのもどうかと思うが。

 ぼくは、あの時のことを思い出しながら、原稿用紙を字で埋めていった。ぼくはコンバートばかりしていて、自分の言葉を自分で考えて綴ったことなんて無かったから、いつもの「手直し」と全く勝手が違うことに困惑しながら、それでもなんとか文章を繋げていく。作文こそ初めての経験ではなかったけれども、本当のオリジナルの文章を書いたのは生まれて初めてかも知れない。字なんて書くのは学生ぶりなので、すごい汚くて笑いそうになったが、それでも這いつくばるように文脈を紡いでいった。

 数時間かけて僕は原稿用紙にして一〇枚分のそれを仕上げたが、なんとなく学生の時の癖のようなもので教授に提出しそうになった。教授は軽く首を振って、

「それが紛れも無い君自身だと思って、自分で持っておけばいい。明日あたりにネットが復興するだろうが……くれぐれも気をつけてくれよ」

 そう言って、ぼくの肩を叩いたのだった。


 日が暮れてからぼくは家に帰ってきた。テレビをつけると、インターネットがもうじき復活する旨が告げられている。「災害」の原因は悪意をにより流されたウイルスで、犯人グループは捕まったそうだ。警察に連行されていく犯人の顔と、名前が羅列される。こういう風に映されているから犯罪者然として見えるが、顔付きだけでみればどこにでもいそうな人達だった。彼らは、「感覚文学」で用いられていた技術を解析してウイルスを作り上げ、クラッキングができる仲間と共にDexyのサーバーにウイルスを流し込んだらしい。「ここまでひどい騒ぎになるとは思わなかった」と、陳述しているらしい。LARは記者会見で、今回被害に遭った人々に謝罪、賠償をすると共に、再発防止に全力を尽くすと述べた。どのテレビ局も、この一連の流れを「テロ」と名づけていた。サイバー空間からやってきた、立体的な「テロリズム」。ぼくはなんとなく、何十年も前のテレビの中から女の幽霊が這い出してくるホラー映画を思い出した。

 ──下村が、ぼくの部屋に来てこの紙の本が並べられているのを見なければ、「感覚文学」なんて企画は立ち上がらなかったし、今回の災禍が起こることもなかった。そう考えると、ぼくは責任を……とんでもなく重い罪悪感を覚えてしまう。

 ぼくは沈んだ気持ちで、なんとなく助けがないかと期待して、スマートデバイスを手に取り、つながったばかりのDexyのストリームを立ち上げた。

 そして、次の瞬間、ぼくの全身が壮絶な勢いで「バズ(Buzz)」り始めた。マイクロ波で全身が高速で振動させられて、且つその音響がすべて拡張されたような圧力が、ぼくを身体の内側から灼き尽くすようだった。無数の人々の無数の叫び声、五感から発せられるありとあらゆる感覚が、鉄砲水のようにタイムラインに迸り、ぼくのうなじを通ってぼくの五感に押し寄せてきた。凄絶な激痛、幻覚、気分の悪さ、かつて経験したことがないような不安を、一生分にも匹敵する苦痛を食らった上、ネットワークを遮断されて親しい人の安否も確認できなくなった人々の感情の奔流が……ぼくに襲いかかってきたのだった。我が子をなくした親の叫び、恋人をなくした誰かの叫び、友達をなくした子ども叫び、悲しみ、不安、怒り、やるせなさ、無力感、絶望感、痛み、苦しみ、寂しさが、ぼくの五感の上に人となって現れて、わんわんとそれぞれの主張を過激に押し通すように、血流に乗って暴れまわる。

 ぼくは、その集合的無意識の暴力に、耐えられなかった。ぼくだって、親友である下村の安否が知れなくて、落ち着かない気持ちでいる。きっとその焦燥はあの暴力的な負の奔流に吸収されて、また新たな誰かに襲いかかっているのだろう。

 一瞬接続しただけなのに、脳漿が沸騰しそうなほどの負の情報量に、ぼくは一瞬で意識を持って行かれた。高熱にうなされるような、嘔吐、だるさに目眩が重なり目の前が真っ暗になった。ぼくは……ぼくは……気分が悪かった。気分が悪すぎて、逆に、気分が悪いことを忘れるくらい、悪かった。誰かの悲しみがぼくの頭の中でこだまする。その人は一体どんな苦しみを、罰を受けてしまったのだろう。ごめんなさい、とぼくは呟いた。たぶん。あれ? ぼくは……ぼくを探した。真っ暗な視界のなかで、ぼくを探した。あのすべてをかっさらていく情報の群れは、雪崩のようにぼくを押し倒し引き裂いた。ぼくの……ぼくの焦燥はどこにいった? ぼくは……誰の心配をしているんだっけ? すべてが増長したストリームに流されていく。溶けていく。消えていく。

 どたんばたんと、音がした。遠くの誰かが喧嘩しているのかと思った。いや……違う、しっかりしろ。これはぼくの身体が倒れた音だ。ぼくというものが、ぼくの身体から引き剥がされそうになっているんだ。「ぼく」がうなじから出ていこうとしているんだ。

 待てよ……どうしてぼくは……。

 晦冥に包まれ、遠くから誰かの喘ぐような声が聞こえる。

 下村……ぼくは、下村なのか……?

 わけもわからずに、そう肯定しそうになった。深い轍に身を横たえたような安心感がぼくを連れ去ろうとする。

 ぼくの……。焦燥……は……。

 ──下村が行方不明だ。彼はLARソリューションズの社員で、研究者。本人は違うと言っているが。下村は、「災害」で全身の激痛を訴えてどこかへ消えてしまった。いまも見つかっていない。

 そこでぼくは身を起こす。そう、ぼくは……見つかっていない。

 ──不安だ。激痛を訴えた人は、ほとんどの場合死んでしまう。

 ──無事で居てほしい、と僕は祈り続けている。

 僕は祈り続けている。誰だろう、僕、というのは。

 ──僕はひどい残尿感に襲われて、一晩中トイレの便座から動くことができなかった。とてもつらかったけれども、翌日ニュースで見た人達に比べれば、ずっとなんでもないことだった。

 見つけた!

 ──下村が行方不明だ。無事で居てほしい、と僕は祈り続けている。

「!」

 突然、視界が開けた。目の前に、さっきぼくが原稿用紙に書いた汚い字が並んでいる。

 僕は祈り続けている。

 ぼくは、呪文のように、そこに書かれている、この言葉を繰り返し口に出していた。まるで、自分を取り戻すように、呼び寄せるように、無意識のうちに。

 ぼたぼたと、汗が原稿用紙の上に垂れた。ぼくは大きく息をついて、床に身を投げ出した。


 言葉遊びではないが、Dexyのソーシャルストリームは、劇的な惨禍によって「理」を失い、抗いようのない自然現象である(Storm)となって、人々の「自我」という感覚をむしりとろうとしていたんだと、いま、ぼくは思う。渦巻いて増長した人々の不安が……根こそぎ、ぼくらの自明性を奪い取っていったのだと。そこからぼくを守ったのが、汚い字の羅列だったというのは、ただの結果論に過ぎないと思う。教授もそれを分かっていたのだろう。ぼくを救ったのは紛れも無く、ぼく自身だ。ぼくは、それをただ手助けしたに過ぎない。

 この二次災害「Buzz」によって、また多くの人が死んだり後遺症を患ったりしたらしい。並のテロや自然災害を遥かに上回る犠牲者の数、そして前例が無いことから、犯人たちの裁判は困難を極めるだろう、とアナウンサーの声は淡々と告げる。

 下村は一週間後、砂浜に打ち上げられていたのが発見された。死因は、溺死(Dexy)だった。ぼくの祈りは届かなかった。下村が、ぼくを救うためだけに死んだような気持ちがして、それだけがやりきれなかった。


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