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仄暗いHDDの底で終わるファンタジー

作者: 浅井

 今思えば突拍子もない話だった。

 村人Aとでもいうべき俺は、実は世界を救う勇者で、幼馴染みと旅に出るなんてことは冷静に考えたらギャグでしかない。

 王道的な話だ? 俺たちの存在は確かにそうかもしれないけど、俺はずっと信じられなかった。

 物事がそんなに都合よく行くかってさ。


「ねえ勇者さまぁ、いつになったら悪の大王を倒しに行くんですかぁ?」

「もう少しで行くよ。安心しろって」


 背中から覆いかぶさるように踊り子サラの声が聞こえた。

 彼女に対して俺は生返事を何回しただろうか。胸ばかりに栄養が偏って頭の方は残念な踊り子も、そろそろ限界といった所だろう。



 俺たちは宿屋のフロント前で作戦会議を半年近く続けている。

 かつて、首都で開催されたトーナメントで、東国出身のサムライとか言う職業の男と話した時に使っていた「小田原評定」って単語の意味が分からなかったけど、多分こういう意味なんだろうな。

 とにかく何もかもが進まない。

 何らかの意思が働いているかのように、俺にも分からないけれど、なんにも起きないんだ。

 やりたくないからだって? そんなことは無い。やる気は十二分にある。そのための作戦だって考えたんだ。なんら問題は無いはず。


 それに、俺たちがこうやって旅に出た理由、魔王に滅ぼされた故郷の仇討ちだって済んでいない。


「もう出発してもいいと思う。準備だってしっかりしたし、私たちは強いわ。半年も待つ理由なんて無いと思うんだけれど」


 幼馴染みのマリアは怒り交じり言った。

 至極まっとうな意見だ。ぐうの音も出ない。よく手が出ていたマリアだが、今は怒りを通り越して呆れているのかもしれない。いつもだったら俺の右頬に張り手か拳が飛んでいただろうし。

 再び生返事を返す。マリアが俺を見る目がどんどん冷たくなっていった。



 これまではとんとん拍子に進んでいたはずだ。

 見たこともないダンジョンを進み、この世のものとは思えないモンスターたちを倒して新しい武器防具を買いそろえた。大陸随一とも言われる剣姫をトーナメントで打ち負かして告白された。その時は幼馴染みにかなり怒られたっけ。

 二週間前に起きた帝国のクーデターも防いだ。その背後で覇王が糸を引いていたのも分かった。皇帝陛下からの勅令も下りたし、配下には帝国の精鋭部隊二千人も控えている。

 クーデターで俺が負った傷だって、横のソファで熟睡中の怠け者の魔導士ローラのお陰で完治した。

 勝算がない訳ではない。


「私も同意見でございます。これは慢心でも何でもなく、我々は強い。並のモンスター軍団であればニベもなく斬り裂けるはずだ」

「生けすかねえが、親父の言う通りだ。なぁ勇者、さっさと行っちまおうぜ。なんたって半年も体を動かしてねえし、この斧だって得物を求めてウズいてやがる」


 オールバックに整えられた銀髪の老将軍ウォレスと、そのハネ上がり息子の傭兵隊長アランも幼馴染みマリアに同意した。

 そんなことは分かってる。俺だって覇王を倒さなければならないと思ってるし、倒したいとも思ってる。

 ただ、何かに伺いを立てなければならない気がした。

 俺たちの意志だけじゃない。

 もっと上に存在している何かに。


 ちなみにこの会話を行った回数は100回を超えた。

 俺の一生は宿屋の場面で終わると思っていた。

 サラが俺の背後でぶつくさと文句を言い、マリアは怒りっぽく俺に対して意見をする。その意見にウォレスとアラン親子が同意し、横のローラはソファで熟睡。

 何も起きないまま、時が止まって過ごす。そんな気でいた。








 そんな俺たちの周りを一瞬だけ光が包んだ。

 首都では光魔法を使った悪戯が一時期はやっていたけど、この光はそんな比じゃ無い。目を瞑っていても苦痛に思うほどの光の量と刺激。だけれど、どこか嬉しくもある。

 その時だ。


「勇者よ、あまりに遅いから直々に出向いてやったぞ」


 風雲急を告げる、とは正しくこのことだろう。

 ミレール大陸最奥部にあるグラディオ火山ダンジョンから、女覇王が軍団を率いて来た。

 俺たちはすぐさま剣を抜いて身構えた。大いびきをかいていた魔導士も、覇王の発する禍々しい気で目を覚ます。まだ寝ぼけているからか明後日の方向を向いているけど。

 余裕をかます女覇王は両腕を組んで俺たちを見据えた。

 その背後に控えているのはゴブリン・オーク・スケルトンナイト・ワイバーン・ドラゴンetc…… 敵軍団をいちいち数えていてもキリが無いじゃないか!

 ……と思いたかったけど、そんなことは無かった。


「……ねえ勇者、明らかに敵軍団の数が少ないんだけど」

「ああ、俺もそう思う。下手したら俺たちだけでも勝てるんじゃねえの?」


 横にいるローラにアランよ、俺もそう思う。

 ヒューマノイドが百年掛かっても壊滅できなかった魔界の戦士たち、暗黒百万軍団(ダークネスミリオンアーミー)と呼ばれた兵団はどこへ行ったのか。

 これなら兵団壊滅に必要だった秘剣ガンバルディアを使うまでもないかも知れない。まぁ、そもそもそんなもの持ってないんだけど。

 それに、覇王ってこんなんだったっけ。

 村を襲った時に見かけたのはもっと厳ついオッサンだったような気がするんだが。


「勇者、私はずっと待ち望んでいた。こうしてお前と会い見まえる日をね」


 それは決着を付ける的な意味で言っているのだろうか。

 なぜだか女覇王はどこか頬を上気させている。柔和な顔は幼く、体つきはサキュバスにょうにメリハリがあるけど、肌艶は白っぽい肌色でヒューマノイドに近い。

 手足は4本。指は5つ。俺を見据える赤い両眼はどこか懐かしさを思い起こさせた。



 そもそも俺は農作業中に拾った剣を手にしたその時に直感した。俺が勇者となって世界を救うんだと。

 それから1時間も経たずして覇王の軍団がやって来て村は蹂躙された。思い出の全ては焼きつくされ、絶望に打ちひしがれた俺は覇王を倒すべく幼馴染みマリアと旅に出かけた。


「……勇者よ、お前に妹が居たのを覚えているか」


 そういえばそんな話があった気がする。そもそも、最近になって知ったんだけれど、俺は故郷の村の生まれでは無いらしい。

 帝国の没落した貴族の子で、双子だった。親父とお袋は対覇王軍の総帥で、領地が滅ぼされる直前に故郷だった村に俺だけが届けられたって話。

 それをこの半年間の停滞で忘れかけていた。というかそんな話は知らない…… いや、俺が単に忘れてただけなのかもしれない。

 それよりも、今までのモラトリアムからの急展開振りはなんなんだ。

 俺でさえも話の流れに付いていけていないし、周りの仲間たちはヒソヒソと「何を言ってるんだコイツら」だとか「訳が分からない」って言ってるぞ。

 そもそも覇王はそんな事案をなんで知っているんだろう。


「私は覚えている。兄がいた。金髪碧眼、背丈は頭一つほど大きい。そう、まさしくそれは……」


 俯く覇王を見てさすがに察したぞ。

 周りで身構える仲間たちの冷めた視線が俺に集中した。

 マジか。

 俺は覇王の兄だったのか。


「確かに…… 良く見ると覇王と勇者って似てるのね」

「ほんとだぁ。凄いね。他人の空似かなぁ、なんて思ってたけど兄妹だったなんてね」

「……感動の再会、か。俺、ベタだけどこういう展開に弱いんだよな。親父ぃ、今まで文句ばっかり言ってて悪かった。お袋のために真っ当に生きるよ」

「アランよ、私も厳しくし過ぎたかも知れない。厳格に生きる必要なんて無い。お前はお前の好きなように生きるがいいさ」


 マリアとサラは冷静に分析する。ウォレスとアランはなぜだか感動の涙を流し、ローラは立ったまま寝ていた。

 っていうか、一番驚きたいのは俺だろう。

 妹の存在もそうだけど、突然過ぎる設定なのにすんなり体に入って行ったことに一番驚かされた。

 まるで、朝起きたら腹が減っているように、喉が乾いたら水を求めるように、当たり前の出来事だと思ってしまっている。

 なんで俺が勇者になったのか。世界を救うための原動力。

 目の前にいる妹を助けるためだったの……


「そ、そうか…… 俺は覇王、いや、リサ、お前の、あ……」


 行き分かれた妹の名前は、聞くまでもなく頭の中に思い浮かんでいた。

 一歩一歩、震える足を地に踏みしめて覇王へと近づいていく。

 それは覇王、いや、リサも同じだった。


 俺たち二人が近づくにつれて昔の思い出が蘇る。

 森に入って果物を獲ったこと、海に入って泳いだこと、町のいじめっ子を二人で成敗したこと、雷雨の夜は肩を寄せ合ってベッドの上で慰め合ったこと。

 目には涙が浮かんだ。前もよく見えない。

 霞んだ視界の中、俺とリサが手と手を繋ごうとした。

 リサの禍々しい装束が消え、着ているのは昔懐かしい白いチュニック。

 今、まさに、世界が救われようとしている瞬間。

 聞こえて来たのは、俺たちが待ちに待ち続けていた天からの声だった。


――うーん、もうちょっと練り直した方がいいかもしれないなぁ


 ただ、その文言と諦めたような声に濁りは無い。

 感動の場面は消え失せ、俺は再び色々と察した。

 なんていうか、アレだ。


 終わるぞ。これ。

 それも、悪いように。


――最初から書き直す…… いや、そんな面白くも無いし止めた方が良いな。 ……消すか。


 天の上では聞いたこともないカチカチと音が鳴っている。

 体がやけに軽い。


「なになにぃ? 何が起こってる……」


 調子のいい踊り子サラの声が途中で絶えると世界が一変した。


 足元が融解。

 背景は崩壊。


 目に見える全て、感じ得る何もかもが、1ドット、1ビットずつサラサラと砂が零れおちて行くように浚われていく。

 目の前で仰々しく構えている悪の覇王も苦笑するのみ。自分の顔は見えないけれど、きっとあんな顔をしていたんだろう。

 歪んだ表情の奥底ではどこかホッとしたように安堵していた。


「……そうか。これが俺たちの冒険の結末なのか」


 終わりが見えない何もかもが放棄された世界。

 本当に求めていたのは滅ぼされた村の仇でも、覇王となった妹を助け出すと言う訳でも無かった。

 どんなエンディングでもいい。

 俺たちは終わりという一縷の光を求めて旅に出かけただけなんだ。

 でも、そんな旅は終わりを迎えた。


 まぁ、消されただけまだマシなのかもしれない。

 後になって分かったんだけど、誰からの記憶から忘却された世界はいくらでもあるらしいし。まだマシだと思おうか。

 とにかく、分かったことは一つだけある。

 始めるのは誰にだって出来る。でも、終わらせられるのは覚悟を持つ者だけなんじゃないかなってさ。

 俺たちの存在は突拍子もないギャグだったって訳だ。

作者さん、こうなんないように頑張ろうね

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