プロローグ
俺、常磐夕人はただの普通の高校生だ。
勉強の成績は普通、運動神経や身体能力も普通。目立った特徴もないし、特別な何かをした訳でもない。
そんな俺は今日、いつもの普通な日々とは大きく違う事が起きた。
俺は異世界に来てしまったのである。
俺は頭を抱えた。
「うわぁ。マジどうしよ……」
辺りを見渡すと何の変哲のないただの広葉樹林である。
けれども、視点を下げ地面を見ると銀色の謎の物体があちらこちらにて蠢いているのだ。そして、それらは当然のように森の中を移動しているのだ。
気味の悪いことこの上ない。
銀色の物体はそれぞれ大小様々であった。
大きいものだと俺の身長すらも越える個体も存在した。
此処を異世界と言わずしてどうする!?
地球に存在する未知なる秘境でした、っていう事もあり得るかもしれないが。
でも、いきなり別の場所に移ってしまうという現象に関しては異常だ。
もし、こんなもの地球上に当たり前のように存在していたら、今頃どこでもドアがネタとして使えなくなっている事であろう。
「はあ。でも、どうしてこうなってしまったんだ……」
俺は数分前、気まぐれで登校の際に家を早めに出てしまった事を後悔する。
登校途中にいきなり現れた落とし穴のような穴によって、俺は強制的此処に連れてこられたのだ。
理不尽すぎ……。
「あ、でも待てよ!異世界だったらステータスとかあるよな!」
と、半ば現実逃避気味に叫んでみたが、この案に関してはあり得る筈がなかった。
先ず、ステータスなんてものは地球のゲームから生まれた、よく言うと人間が娯楽の為に勝手に作った姿意的な概念なのである。
そんなものが現実に影響、それも異世界の理として存在する筈が……
「ん?」
ふと抱えていた頭を上げると、目の前に半透明な文字盤が浮かんでいるということに気付いた。
そこにはこう書いていた。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
名前:【ユウト】
レベル:【1】
メインクラス:【スライムマスター】
サブクラス1:【 】
サブクラス2:【 】
《称号》
【異世界人】
《スキル》
【スライム生成】LV.1
《クラスアビリティ》
【スライムマスタリー】
パーソナルポイント:0
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「そうか……。あったのか……。フィクションの世界だけじゃなかったんだな……。そして、やはり異世界なのか……」
なんというか、もう割とショックなのである。
この世界どうかしてるんじゃないだろうか?
しかし、こんな初期値で生きていけるのか………?
「あ、そうだ」
薄々気付いていたのだが、森をうろちょろする銀の物体は恐らく「メタルスライム」なのだろう。
ドラ◯エに出てくる定番の経験値稼ぎ用のモンスターだ。
これを倒したら恐らくはそれなりにレベルが上がるだろうな。
だが。それにしても、本来ならメタルスライムはエンカウント率はかなり低いの筈なのだが。
此処はメタルスライムが密集するほど過ごしやすい場所なのだろうか?
あ、まだメタルスライムって決まった訳じゃないのか。
「ま、なんにしても試さずには始まらない」
取り敢えず、この【スライム生成】と【スライムマスタリー】かいうのを使おう。
恐らくは、俺のクラス、【スライムマスター】は、【スライム生成】でスライムを作って【スライムマスタリー】で戦わせるテイマーみたいなものなのだろう。
俺は文字盤に消えろと念じる。
案の定、文字盤は霞むように霧散して消えた。
「でも、どうやって作ったら良いんだ?……あ、でも何となく作り方が解るような気がする……」
俺は右手の平から透明な物体が出てくるイメージをする。
すると、いきなり身体に物凄い虚脱感が襲い掛かる。
目眩に堪えた俺は思わず膝を突いてしまう。
よく見ると、申し訳程度にチョコンと摘まめるぐらいの大きさのスライムが手の平の上に出来上がっていることに気付く。
小っちぇ……。
「魔力不足って奴か……。無理じゃん。詰んだよ……」
全然使えないじゃん……。
もういいや。自棄じゃ。
俺自らが奴を葬ってくれる。
俺はそこらに落ちてる枝の中から掴みやすくてそらなりに太さのある棒を見つけると、得物と見立てて手に取って構えた。
先ずは、一番近くにいたメタルスライムの所へにじり寄る。
しかし、そこである事項を思い出す。
「あ、硬さまでゲームと同じだったらどうしよ……?」
確か、メタル系モンスターは主人公側がどんなにレベルを上げていてもどんなに攻撃力があっても、与えられるダメージ量は一律で「1」であった筈だ。
そして、俺はこれまで暴力というものとはあまり関わって来なかった甘ちゃん人間だ。
俺がコイツに出来る事などあるのか?
まあ、やってみなくちゃ解んないよな。
しかし、ある程度近付くと奴は俺に気付き韋駄天の如く凄まじい速度で逃げ始める。
「え、速っ!いや、でもメタルスライムだしな……。て、何思案してんだ俺は!」
逃げたメタルスライムを追い掛ける為に走ろうとしたが、何かもう滅茶苦茶速かったので直ぐに視界の中からメタルスライムは消えた。
「速すぎぃ……」
しかし、俺はめげないぞ。
折角、一気に高レベルアップ出来る環境に来ることが出来たんだ。
これを活かさない手はない。
俺はその後も何度も何度もメタルスライムを追いかけ回しては逃げられた。
何せアイツラはメジャーリーガーのエースの投げる豪速球もかくやというスピードで逃げるのだから、俺が勝てる道理などあるはずがなかった。
てか、あんな奴等に対して追い掛けっこ挑む俺も凄いな。
頭どうかしてんじゃなかろうか。
だが、そんな惨敗記録もあることが切っ掛けで、それは途絶える事となる。
三十五体目となるメタルスライムを見つめながら、俺は半ば絶望していた。
疲労も溜まり万全の状態から、やや下落しかけた俺の体力で果たして最終的に一匹でも仕留める事が出来るのか。
いや、先ず先手を打つことに成功しても奴等の硬さを突破することが出来るのだろか。
何だか体力の無駄遣いな気がしてきた。
うん、決めた。
これで最後にしよう。
これ以上は無駄だ。
俺は握力の落ちてきた手で棒を握りしめながら、メタルスライムに向けて殴りかかる。
奴はそれに対して直ぐ様反応し、素早い動作で避け、逃げに移る。
俺は落胆した。
凄く落胆した。
もしかしたら、今回はいけるかもと思ったのだが、やはりそんな奇跡は存在しなかった。
だからだろうか。
思わず、自然と口から弱音を吐いてしまったのは。
「…………少しくらいは待ってくれよ……」
俺がそう呟くと、メタルスライムは唐突にその動作をピタッと止めた。
「!」
当然、このチャンスを俺が逃す訳が無かった。
棒を両手で上段に振り上げながら、俺はメタルスライムに跳び掛かる。
「でやぁぁぁあああああ!」
俺は奴に向けて棒を思いっきり振り下ろした。
しかし、メタルスライムの柔らかそうな見た目に反した凄まじい硬度に棒は弾かれる。
俺は諦めずに叩き続けた。
だが、結果は芳しくなく、何度叩いても奴の防御力を突破出来なかった。
思わず、悪態が口から出る。
「いい加減死ねよ、このメタリック細工がァ!」
俺はそう言うと、渾身の力を込めて棒を振り下ろした。
そして、それはメタルスライムへと食い込んだ。
唐突であった。
何度叩いても傷一つ入らなかったメタルスライムにいきなり棒が食い込んだのである。
そして、メタルスライムは徐々に形を崩していき、やがて蒸発し始め何の痕跡も残さぬまま消えていった。
「な、何が起こったんだよ……!?」
その光景を見た俺はただ呆然として立ち尽くしている事しか出来なかった。