始まりの嘘
夢というものは脳が記憶を整理することにより再現されている映像だそうだ。本当にそうなら、幾度も繰り返し視る夢はどういった記憶なのだろう? 夢に映し出されるその映像は整理しきれていない記憶なのだろうか。
今見ているこの夢はどういった記憶なのだろうか?
何度も繰り返されるこの記憶は・・・・・・。
記憶の始まりは大体決まっている。初めに映るのは,シミが滲む白い天井だ。だから今見ているのが夢なのだと直ぐに知ることができる。ただ、夢だと分かっていても、自分の意志で夢から覚めることはできない。
・・・たとえどんなにつらい記憶でも。
視界が勝手に天井から下へと向けられる。そこには今まで映っていた天井の白さよりも、掛けられている白い清潔感あるシーツよりも尚、白い肌をした少女がベットの上に横たわっていた。
病的に白い肌を、痛々しいその
「----ぁぁ、あが・・・」
少女からかすれた声が発せられる。聞きたくないはずなのに、体は一言も聞きのがさないよう聴覚に全神経を集中させる。しかし、
「-------------」
聞こえたはずの言葉が聞き取れない。どうやら夢から覚めそうなようだ。どうせなら最後の言葉を聞いてから目覚めたかった・・・な・・・・。
遠ざかる意識の中、辛うじて一言聞き取ることができた。
------殺して、やる。
†††
「---ゆき、悠木」
うとうととしていた意識が自分の名前を呼ぶ声により現実へとよび戻されていくのを感じる。 どうやら眠ってしまっていたようだ。
意識が早急に覚醒されていくのを感じる。昔から朝には強い体質のため寝起きはいい方であるが、中途半端に眠ってしまったためか、欠伸が漏れる。
「んうぅ。 おはよう美琴」
俺の名前を呼んでいた少女へとあいさつをする。 少女は眠そうに眼を擦っているオレのことを不機嫌そうに見下ろしていた。
「おはようじゃないわよ。 あんたまた昼休みの会議サボったでしょ、これで何回目よ? 」
「う~ん。だってさ、入部したばかりの俺が参加したってあんまり意味ないだろ?」
事実、初めの何回か真面目に参加したが俺には理解できる内容など殆どなく、自分以外の部員たちの話を聞いていただけだった。
「いいのよ、アンタはそれで。それが新米の仕事なんだから」
そんなことを言われても、部活自体になんの興味もなく入部した新聞部だ、ただ話を聞くだけなんて退屈すぎる。そんな俺の内心を知ってか美琴はあきらめたようにため息をつく。
「はあ、まあいいわ、それより悠木。アンタ今から取材しに行くから準備しなさい」
取材? 新学期早々のこの時期になんの取材があるのだ? 運動部が本格的に動き出すのはもう少し先だろうし文化部だってそうだろう。なら学校行事だろうか?
美琴に取材先を聞こうと口を開こうとするが、その前に横合いから声が掛けられる。
「悪いんだけど白屋さん、悠木くんを少しの間こっちに貸してくれないかな?」
振り返るとどこか困ったような笑顔を浮かべた少年が立っていた。 見覚えがあるからたぶんクラスメートなのだろう。しかし困ったコトに俺は彼の名前を覚えていない。
「あ~、えっと君は」
正直に名前を聞こうとする悠木だが、答えは違う人物の口から齎ら(もたら)された。
「楠木 大介よ。 あんたなんで知らないのよ?」
後ろのクラスメート、じゃなくて・・クスギくん? ではなく美琴が答える。
「しょうがないだろう、まだ新しいクラスになって間もないんだから。 むしろなんでお前が知っているんだよ美琴?」
「新聞部たるもの同学年の生徒ぐらい全員覚えているのが常識よ。 む・し・ろ! この学年でクスギのことを知らないほうが少数派よ」
そんな常識などお前の中にしかねえだろとツッコミを入れつつ、そんなに有名なのかと驚いて後ろを見ると、先ほどと同じように困ったような笑顔を浮かべている。
「そんな大げさなものじゃないよ。 オレ自身が有名なわけじゃないし。 ぼくなんかよりも悠木くんや白屋さんの方が有名人じゃないか」
謙遜ではなく本当にそう思っているのだろう。 確かに俺も、そしてそれ以上に美琴は学校中に知られている。 いい意味でも悪い意味でも。
この学校の新聞部は俺たちが入学する前から活発に活動をしていて、そこそこ県内でも有名な部活だった。 そこに去年俺の幼馴染である白屋 美琴が入部することにより新聞部の暴走は加速することになる。 言い過ぎかもしれないが半分は美琴のせいだと思う。
「俺だってそんな大したものじゃないさ。 それで、要件はなに?」
「うん。悠木くんは副委員長になったから学級日誌つけてもらいたいんだ」
え? 副委員長ってなに?
言われた言葉の意味を理解できず混乱している悠木のようすを見て(ああやっぱり)っと、クスギはため息をつき説明をし始めた。
ことの始まりは悠木が寝ていて参加していなっかたホームルームでクラスの役員決めがおこなわれたことだ。 普段なら周りの人間が起こしてくれてもいいような場面なのだが、今回は状況が違ったようだ。
応援団や委員長など誰もがやりたくない役所を押し付けても文句を言えない生徒(生贄)をわざわざ起こすような人間は悲しいことにこのクラスにはいなかったらしい。
ことのあらましをだいたい聞き終えた悠木は脱力し机に突っ伏した。
「つまりあれか? 俺が寝ているのをいいことに副委員長を押し付けたと・・・」
新たなクラスメートたちのいい性格を知りこれからの高校生活に不安を覚え、深いため息をつく。
なんというか・・・なんともうちの学校らしい性格の人物が集まっているようだなこのクラス。 あれ? そういえば副委員長?
「なあクスギくん。 じゃあ委員長って誰になったんだ?」
悠木が委員長ではなく副委員長ということは誰かが寝てしまっていた自分に代わり、委員長になってくれたということだ。 もしくは・・・
「ああ、言ってなかったね。 委員長になったのはオレなんだ。 だからよろしくね悠木くん」
その答えに俺と美琴は驚きクスギくんの顔を凝視してしまう。 少し話しただけだが、今までの印象から委員長などのように嫌でも目立ってしまう仕事を積極的にやるようなタイプには思えなっかたが。
「クスギってバイトしてたわよね。 放課後忙しいのになんで委員長なんか引き受けたの?」
バイト? 確かうちの学校では基本的にアルバイトは禁止されていたはずだ。 つうか、何故に美琴はそんなコトまで知っているのだろうか。
「悠木くんと一緒だよ。 オレもホームルーム中に寝ていたら、起きた時には決まっていたんだ。 みんな酷いよね」
「フウン。 居眠りしてたらね。 悠木ならまだしもクスギがね」
ならまだしもって、美琴には言われたくない、お前だって居眠りの常習犯のくせに。そっか、俺と同じか。 なんか親近感がわくな。
悠木はクスギから学級日誌を受け取り目を通すことにする。 とりあえず無難な感想を書き込んでいく。
「それじゃオレちょっと急ぐから、悪いんだけど日誌の提出よろしくね」
そう言って足元のカバンを肩にかけ、帰る準備を整える。
「ああ、バイトか。 わかった俺が出しておくよ。 じゃあなクスギくん」
「オレのコトは呼び捨てでいいよ、悠木くん。 じゃ、また明日」
挨拶を返し、クスギは扉を開けて歩いていく。 いやー良かった。 このクラスにもいい人がいてくれて。
先程まで新しいクラスに不安を覚えていたところで性格の良いクラスメートと知り合えて安心感を悠木は覚えていた。 そんな悠木を美琴はどこか冷たい目で眺めている。
「なんだよ?」
「別に~ 。 ・・・本当に覚えていないんだアンタ」
"べつに" の後がボソリと言われたせいでよく聞き取ることはできなかったが、 わざわざ聞き直す程でもないと考え学級日誌を終わらせるべく書き込みを再開する。