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文化祭2013!

事務所の妖精

作者: 閑凪

事務所の妖精 


閑凪


 世の中にはおかしなことがたくさん出回っている。ニュースにあれこれ左右されて、混乱状態に陥る私たち凡庸な人間がいる。しかしそれを別段気にせず、のうのうと風を感じるある一種の人間もいることを忘れてはならない。

 さんさんと太陽が照りつける季節……今まさに夏・真っただ中!ラジオ体操に励む子どもたちと、アサガオとヒマワリと、なんといっても蚊取り線香の季節だ。かき氷だあ? チッチッチ、私はそんなに食い意地張ってないわよ。

「勉強は涼しいうちにやっちゃいなさい!」「え――そういうママはやってたのかよ」

 そんな会話がきこえてきそうな、午前九時。可哀想なことに朝十時からでないとおウチから出ることが許されない小学生の子供達。一言日記はちゃんとつけていますか。ハミガキカレンダーにウソついちゃいけませんよ。工作と課題図画は完成したの?自由研究って……そんな宿題あったの? なんでもっと早く言わないのよ!? パパに手伝ってもらいなさい。なーんて、言われてたっけ。

 向かいの親子のあいかわらずにぎやかな様子を見ていると、自分のああだった頃をなんとなくだけど思い出してしまう。やんちゃだったなぁ、あのころは。

 おっと失礼。私、よく考えたら名のってもいませんでしたね。私の名前は、凪原はや。高校二年生。とくにこれといって特技はないんですが、体内時計(特に腹時計)だけは正確です。……では、あいさつはこれくらいにしといて話を戻します。

 今現在私は、古臭いビルの三階にある、とってつけたようなオフィスで秘書、いや。雑用に近しいことをやっています。ここで愚痴っても仕方ないことですが、実際私働いてるのかあの人の世話してんだか、いまだにココにいる意味がわかりません、本当に。

 ……ただ、実のところを言うと、お金が良いんで今更出るにも出られなくってですね。なんとかやってるわけですよ。一応私、苦学生だし? ちゃんと働かなきゃ食べていけないし? 結局愚痴吐いたって仕方ないんですよ。結局ね、人生働かなきゃやってけないんですよ。

 で、一体どんな仕事をしているかの詳細はというと。


 トゥルルルル・・・・・・トゥルルルル・・・・・・

 ガチャ


「はーいこちら、砺龍探偵事務所です。はい。ご新規様ですね」

 主に探偵事務所で電話番をやっています。給湯係もやっています。あとは、依頼人の相手もしています。

 そして……おっと、所長のお目覚めだ。


「ん?どーしたの。まだ九時だよー……」これは、いつもどおりに寝ぼけている。

「馬央位探偵、まだ九時じゃなくってもう九時ですよ!」イライラ。

「ええ?早くなぁい?だってまだ目覚まし鳴ってないっていうか……」

 これこれ、寝坊を目覚ましの所為にするんじゃありません。そもそも目覚ましはあまり当てになりません。ホラ、結局昨日から止めたまんまじゃないですか。しっかりしてくださいよ。このふわふわしている人物は我らが所長。中世的な外見と、こんな子どもっぽい大人がいるものかと思うほど自由な上司、(れい)(りゅう) ()()()探偵である。

「姓名ともに、漢字が覚えにくいと思いますが、広い心で認めてやってください」

「ちょっと、ナギ。上司にむかって、なぜそんな上から目線でモノを言えるんだい?」

「あ―――すいまっせんでした以後気をつけますこれで文句無いですか」

「……ないです」

 彼は今年でまさかまさかの二十一。見ての通り部下である私に逆らえない、ヘナヘナした性格。去年から始まったこの事務所は、なんとかこのキャラが人気で客入りはまずまずだ。が、しかし、いつお国から撤去命令が出されるかは知れたものではない。この世の中に少なからずいる『本気で探偵職に就いている方々』をなめた若年の探偵、漫画でも拝見したことがないわ。それに、私は今年の春からここで活動を始めたんだけれども、春からここ三ヵ月ろくな事件がない。全部落し物とかそんな感じ。交番に届けろよそんなもん(本心)。ここは探偵事務所なんだからね(本心)。私だって事件を解決する探偵のかっこいい姿が見たくて―――いや、なんでもない。今の忘れようか、うん。忘れてくださいお願いします。それに対してウワサの所長様は、私が焼いた蜂蜜トロトロなホットケーキを、百均で買ったチープなフォークで突き刺しながら、笑顔でたずねる。


「ナギー今日はどこ行こっか。昨日は公園だったでしょ、今日はもっとおもしろいとこ行こ!」

「あのー。読者サマの誤解を生むので、そんなカレカノっぽい雰囲気ださないでください」

「……じゃあ、今日はどこにも行かないんだね……ナギの意地悪」


 なんだか私が悪い? 私が悪いんですか、馬央位さま。なんだか無駄に可哀想になってきたため、わたしは仕方なく手を打つことにした。


「じゃあ、その辺のスーパーとかに買い物に行きませんか。ちょうどオフィスの茶葉切れてたので」

「うん、行こう!スーパーに、行こう!!」

 ……とまあこんなかんじで探偵の世話役をつとめております。


*****

 ……え―――ハイ。というわけで、今のこの状況を説明してもらいましょうか。馬央位さん。私は食品売り場でお菓子の箱を次から次へとショッピングカートのカゴの中に放ってゆく上司を、半ばあきらめにも似たカオで見つめていた。


「あの―――馬央位様。そちらの品物は誰が精算するんですか?」

『るるんるんるんるん……』

 ふ~……。

 当の本人はまだ夢の世界に入り浸っている。だめだこりゃ。まったく聞えてやしない。目がキラッキラしまくってるもん。デカいビーダマより粒々粉々なビーズの輝き方だこりゃあ。『目は口ほどにモノを言う』。うん。だけどどちらかと言うとこの方、目も口もスピーカーだね、こりゃあ。そうしている間にも、カゴの中身は当然のようにかさを増す。

「ナギはどれが食べたい?ボクのおススメはね~この『トロケルジュレモンキーモンダイワンコニアルゼコノヤロォオ!!』っていうグミなんだけど」

「……なんですか、そのウザったらしい商品名は」 特に最後あたり中心に。

「ボクの学生時代の友達が大学のサークルで開発したらしいんだ。試しに買ってみようと思って。今頃はお菓子博士かなぁ……」


 発見手帳①【お菓子博士という説は百歩譲るとしても、馬央位探偵はカオが広いというのは事実といって間違いないだろう】


「ま、いいや。買お」

そう言ってぽいっとカゴに入れる。


 まあ予想していたことだが……結局、私がお会計をすることになるハメに。でもおかげで気づいたことがもう一つ。今までに私自身、彼と買い物なんてしたことがなかった……っていうか働き出して数ヶ月経ってるから、なにを今更って気がするけど、これは新発見。


 はやの発見手帳②【馬央位探偵は、買い物に来るときは財布を持ってきていない=所持金0円】


 それはレジ前でのこと。

 どっしりという効果音がつくほど腰にくる買い物かごをレジ台に置いた私は、客の目につきやすい場所に置かれたガムに見入っている上司をじろじろと見た。

(この様子じゃ、まんまと私に5,000円相当の物品の支払いを受け流すつもりだ……。まあ、日ごろの扱いで慣れてはいるが、レジ待ちの間にちょっとばかし探りを入れてみよう)

「馬央位さーん。アナタ、たまにココ来るんでしたよね。そのときは支払い、アナタがするんですよね。フツーに考えてそうでしょ」

「うん、一人の時ならボクがなんとかするよ」

 私はなぜかイラッとした。その口調がまるで、『一人のときは仕方ないからお金出すけど、二人以上で来ているときは、たとえ自分の私用に関するモノであっても頼めばどうにかしてくれる』と言っているようで。どこのお坊ちゃんよ、アンタ!!

「え、じゃあ今日は何円持ってきてるの?」

 訊かなきゃよかった。おぼっちゃま、笑顔でベストアンサー。

「ううん、お金持ってきてないよ。だってナギが払ってくれると思ってたからさ」

 え、なんだって? 馬央位様、いえ、お坊ちゃん。お金、ないのオォ!?

「ちょ、ちょっとタンマ。何? 今の幻聴?」

「ほら、ナギ! レジ、会計済ませておいて☆ボクは先に行ってるから」

 はなしをそらされた。

「ちょっ真央……」「上司命令」

「お会計、合計五千九百九十円になります」「……ハイ」


 会計終了後、私はマッハで無銭坊主をとっ捕まえた。

「馬――央―――位―――さ――ん――…………?」

「ひいい――――」「どういうことか説明していただこうかしら」

「……一応確認したいんだけど、ボク上司……「そんなのいいですから、ね?」「ハイ。」


 その後の事情聴取で得た結論は変わらず1つ。彼は、1人で来た時もお金を持ち合わせていなかった。

「だって、さっきは一人で来た時はちゃんと支払いを……」

「そんなこと言ってないよ? 一言も。ボクが言ったのは、“なんとかする”ってことだけ」


なんとかする…………???


「も~仕方ないなあ。これは誰にも教えたくなかったんだけど……ナギにだけは教えるね。実はね、ボク、ここの店長さんと知り合いなんだよねー。だから、顔パス出来るってワケ! 『このお菓子は新作?』なんて聞くと、『あげましょうか?』だってさ。もうボクってば最強じゃーん!」

 ああ、やっぱり彼はフツーじゃない。一人で来るときにお金持って来ないんだったらせめて、会社の部下と来ている時はカッコよく、「ボクがお会計しとくからホラ、カゴ貸して」とかそういうべきじゃないんですか。上司でしょ。顔パスなんてただのカッコつけですよ、私からしてみれば。効率重視なのは分かりますけれども……それなら今日は何故、部下に会計をおしつけてるんですか。最低ですね、まったく。

「さあ、ナギ。次はどのお店いこっか? 心配しなくてもいいんだよ、このボクがいる限り、この.店内の品物全てが、なんと無償に…………」

 バコッ

「いまさら何言ってんですか。全然わかってないみたいですねあなた。いいですか、よく聞いてください。さっきのお会計、アレ、多く見積もって五千円だとおっしゃっていたくせに、いざ精算してみたらなんかフツーに六千円オーバーでしたよ。その駄金返してくださいね、給料で」

「ええ~許してよ、ねぇ。ナギってばぁー!」


 私は、大きく膨らんだエコバッグ両手にぴょこぴょこ後をついてくる青年を溜息をつきながら振り返って、

「遅いです。やっぱり一コ持ちますからもっとはやく歩いてくれますか」とつぶやいた。

 なんだかんだいって、私本気でこの人に腹を立てたことはないと思う。根っこは純粋で素直で天然なままだから、私は彼のキャラクターに惹かれていったし。だけど、やっぱりイライラするな。いいかげんそのふわっとした笑顔向けるのやめてくんないかな。私、笑いかえすの苦手だからさ。


*****

 そして帰宅。

 やっと、終わりましたよ。あー重たい。馬央位様と買い物なんてもう二度とするもんですか。あの後にはじつは続きがございましてね……今思い返してみてもけっこーダルい。

 エコバックを彼から一コ受け取ったところまではよかったんです。ていうか、そこまでは問題なかったんです。全然。なのに……帰り道のこと。


「馬央位様ー。そういや、今日ご新規さまg……」

 振り返った瞬間。私の目に入ったのは、ちりめん屋の店頭で親しげに話すボスの姿だった。

「ねーってばー、ボクだよボク! 本っ当――に覚えてないの? ボク悲しい」

「客なんてみんな顔同じもんでなァ……すまねェ。名前なんて?」

「馬央位だよ、ま・お・い! ホラ、まだわかんないの? 記憶力と無さ過ぎ。視力も悪すぎ」

 馬央位様がサングラスを外した瞬間に、遠目から見ても分かるほど、男のカオが青ざめるのがわかった。そして、どこか逃げるような仕草で馬央位様に退散を指示している。

「早くどっかいけ!」「なんでさ」「いいからすみやかに帰りやがれ!」

 声も心なしか裏返っているようだ。話し方も相当変わっている。私はお坊ちゃんに近づいて、この男は誰なのか尋ねてみた。

「あーこの人はね。昔、難解な事件に巻き込まれた時に、手を貸してあげたボクの盟友! 浅墓浮受(あさはかふうけ)っていうんだけどねー。才能あるのにさ、なんでこんな古クサイお店で働いてんのかなぁ~って思っただけなんだけど……」

 まおい様の…………友達???友達なんかいたんだ。しかも盟友って…………この目の前のヒトが?めっちゃ嫌そうなカオしてますけど。

「…………お前とこんなところで会うとはな……。まあいい。用事がないなら、さっさと帰れ。オレはこれから色々と忙しくなる時間帯なんだよ」

「へぇ~……お客さんなんて、くるの?」

「来るわァ! あんまし人のことなめてっと、ひどい目にあうぞ!」

「ふーん」

「あっおま・・・信じてねぇな!? そんなら…………あ、ほらよ。噂をすればお客じゃねえか。お嬢さん?」

「え、私?」


 なんとなーく嫌な予感がした。


「いらっしゃーい。なにをお求めですか? この柄なんかお嬢さんにぴったりですよ。ヘビ柄なんてまあステキ。とってもお似合いですぅ」

「あ……あの、私客なんかじゃ……」 ねーっす。

「ほらみろ馬央位! お客さん怖がってるじゃねえか」

「いや、だから私……」

 客じゃないって言ってんだろ。第一私、怖がってないし。それから、真央位様の所為じゃないし。つか、なにが「ほらみろ!」だよ。実際怖いのは、奇声発してるアンタなんだよ。その上さらにそのイライラをさらに促進させたのが、お坊ちゃんのこの一言。

「もーバカなんだから。ナギはただの助手だよっ」

 その途端、私の中の理性のイトがふっきれた気がした。


 ガッ!


「ただの助手とはなんじゃああァアアア!! こちとら好きでこんな散歩ムード全開なコトしてんじゃねェんですわ!! 馬央位さんよォ!!」

「ん? アレ……お嬢、客じゃないのか?」

「そうですがなにか。というかあなた誰です」

「馬央位の知り合いだ」

 おっと、馬央位さん? 盟友どころか、『友』の一文字も出てきませんでしたが??

「ほんとうに……お二人は仲がいいんですか?」

「もっちろん!!」「いや、それは無い」

「えー! 仲いいよねッ、ね!」「ねじゃねーよ。オイお嬢、こいつに騙されるな」

「ぶー」 「ぶーじゃねぇ。大人だろ、一応。成人してんだろ? 信じらんねぇけどな」

 え――――と。じゃあ結局仲イイってことなのかな。うん、メンド臭いからそれでいこう。


*****

 本当に帰り道。なぜか浮受さんも一緒で、馬央位探偵はルンルン。

「ねー浮受ー今度また事件あったら合流しようね!」「なんだてめェ……まさか一人では解決できる自信が無いのか~。なら仕方ねえ。オレ一人でカタつけてやるよ」

「やったぁ。じゃあ、約束だよ。指きりげーんまーん、ウソつーいたーら針千本のーますっ。指ーきった!」


ぼきっ


「うがああぁぁぁぁぁあああッッ!! 馬、馬央位、てめ……オレの指に…」

「浮受のその指が完治したころにまた遊びに行くよ。まっててね☆」

「はア?! オイッ! 馬央位!!」

「行こ、ナギ」「あ、ハイ」


 浮受さんはかなり辛辣なカオをして、しばらくはこっちをにらんでいたけど、馬央位様は気づいていたかな?そのあと彼が一人で苦笑していたってことに。なんだかんだいって、二人は親友以上盟友未満なのかもしれません。


*****

 さわやかな朝。私は誰かさんのせいで散らかった事務所内の掃除をしていた。ココで働いているのは私とお坊ちゃまの二人だけだから、必然的に部下の私がこういったことを、任されるのである。でも、意外にモップがけと窓ふきは好きなほうだ。ピカピカにした後の達成感といったら、これ以上のものはないと思うほど。所長の関係者(浮受さん)から聞くところによると、ちょっと前までココで働いていた少年がいたらしいんだけど、彼は途中から馬央位様の面倒が見きれなくなり、退所届けをだしたそう。なんだか激しく同感できる! 少年よ、それが正しい判断だったと思うよ、間違ってはいない。

「なんで辞めちゃったのかなーさみしいなー」

 そう言いながら、いまだにソファーで写真を眺めている所長さんを見る限り、少年が辞めたことに自分が大きくかかわっていることすら自覚していないのだろう……。哀れな少年。

「アナタが原因なんじゃないかって話ですよ」

「そうなのかなー……ボク、何か気に触るようなことしたのかなぁ……」

 うッ……そのカオは反則ですよ。馬央位様。すごく心が乱れます。

「とりあえず、そこ掃除機かけるのでアシよけてください」

「は―――いっ」

サッ

「ど――ぞ?」

 もう。単純なんですから……。やっぱりそのしゃべり方が問題なんじゃないですか? これがもっと恋愛経験豊富なコなら、アナタみたいなカワイイ系の男子ほっときませんよ。確実にナンパしにきますって。

 ……と、今までに1度も恋愛感情を抱いたことのない私が諭してみる。だって、馬央位様は人一倍鈍感なんですから。見張ってないと、どっかに飛んで行ってしまいそうで……ホント、手間がかかる上司ですよ。そこにいるあなたは『年下の女の子(そして部下)に説教される上司』なんて今までに見たことあります?


「馬央位様は、彼女とかほしくないんですか?」

「えっ、カノジョ? う―――ん……今のところは必要ないかな。だって今十分楽しいからなーナギとか、浮受が傍にいてくれるし」

「…………そうですか」

 なんだか、安心してしまった。馬央位様には面と向かって言えないけど、私はこれからもずっとココで働いていたいな。このオフィスはいつまでも、私の第二の家みたいな存在でありますように。


 不意に、馬央位様が時計に目をやった。

「ねぇナギ。何かおやつ食べたいー」

「おやつですか? さっき朝ごはんを食べたばっかりでしょう?」

「でもボクはちゃんと十時はおやつの時間と定めているから、それに忠実に従おうと」

「まったく、仕方ないですね。その代わり、二時間後のお昼ゴハンのときは、きちんと残さないで……」


 そのとき入り口のチャイムがなった。

 カランコロロローン♪


「あ、来客ですね。私出ます」

 そう言って掃除機を置こうとした私を、珍しく所長が遮った。

「ボクがでるよ。たぶん……見当はついてるから!」

 誰だろう。馬央位様カオ広いしなぁ。きっと古い友達かなんかだろう。思っていると、なんだか見知った声が聞こえてきた。この声は……ああ。浮受さんか。そして第一声は、コレ→「馬央位、てめ……あの時の革ジャンどこいった!!?」

 それに対する所長の対応がコレ→「も―――いきなり訪ねてきて、怒鳴り散らすなんてだめだよ? キミだって血圧上がるし、その手で殴れば治りかけのその指が可哀想だし。ボクはちょっと怖いし、それにココにいるナギの、キミに対する好感度もガタっと下がると思う!」

「ナギ……?? 誰だそれ」

 この前お会いしました。あなた方の口喧嘩の仲裁に入りました。正直言わせていただくと、アンタの第一印象は悪かったです。

「あ、ああ! あの時のお譲さんか。ココで働いているたァ、たいしたクセ者だ。ほめてつかわそう」

「いえいえ。まったく誉められてる気がしないのはなぜでしょうか」

「それより、早く中入りなよ。その手荷物、ボクへのお土産だよね?」

「なんでお前はいつもいつもいらんことに気づく」

「だって、その紙袋、ボクの行きつけのケーキ屋さんのだもん☆」

 い……行きつけっスか。さすがです。


「……まあいい。とにかく! あん時貸したままの革ジャン、近いうちに返せよ。わかったな」

「わっかりましたーの反対の逆っ」

「浮受さん。彼は『わかった』と言っております」

「そんなこと知っている! オレは何年コイツと付き合ってきたと思っているんだ!」

 んな、怒鳴らなくても。好きでつるんでたわけじゃないのはとっくにわかってます。

「ささ、早く早くっ☆ナギ、お茶を淹れてほしいな」馬央位様は身軽に中へ。

「ハイ。所長様」

「おい、お嬢」

 いち早く動き出した私を、思いがけず浮受さんが呼びとめた。

「……なんでしょう」

「お前、凪原はや、といったな」

「ええ、そうですけどなにか」

「改めて挨拶させてもらうが、オレは遠くの街で奴と同じような事務所を開いている。浅墓という者だ。今後とも、奴の管理を頼む」

 管理って……(笑)


「ん」


 言って彼の手が差し出したのはさっきの紙袋。わずかに視線を床に落としているのは、照れ隠しのつもりだろうか。几帳面な上に照れ屋で短気。……なかなかいい性格してるじゃないですか。あなた。

 私は懐からおとっときの名刺を取り出して、さし出されたこぶしに押しつけた。

「こちらこそ、よろしくお願いしますね」


 こんなまったりしたやり取りをしている一方、所長はというと、私たちがなかなか来てくれないので先にお茶を淹れて待ってくれていた。

「ナギが遅いから、ボクがお茶を用意したんだからね!」

「はいはい。ありがとうございます」

「まったく、お前はこの箱の中身がなんだと思って、この茶碗にレモンティーをいれたのか?」

「あの、浮受さん。お言葉ですがコレ、茶碗じゃなくてコーヒーカップですね」

「うるさい、凪原。そんなこと当の昔にしってるわ!」

「すみません。浮受さん」

「オレはなァ、なぜこの……カップ、に! 紅茶がはいっているのかをきいているんだ」

 さすが短気マン。切り返しも早い。

「だって、これからケーキ食べるんだったら、これが一番かな~って思ったんだけど」

「ふっふっふー……あいかわらず甘ェな馬央位。この袋を見ただけで、簡単にケーキと予測するなど、初心者でもできるわ! んな単純なモン、毎回買ってくるとでも思っていたのか? やっぱりザコだな」

「…………じゃあ何を買ってきたのさ」

「おまえ、確か甘ェ菓子は好きときいていたが、塩っぺェ菓子はどうだ」

「……」 あれ、まおいさん?

「まさか、食えねェんじゃねェだろーなぁ。せっかくお客様が買ってきてくださったのによぉ」

「…………」

 なにこの展開。というより、何このヒト。浮受さん、まさかのS? 加虐趣味ですか? 馬央位様を見ると、なんだか泣きそうなカオをしている。こんな悔しそうなボス、知り合ってから初めて見た。

「ほーら。お前が大ースキな塩カステイラだよー。どーだ! ドリンクに合わねえだろ!」

 ……イヤ。全然合いますけど。ベストカップルですけど。なんなんだこのヒト! マジで。か弱い男子を苛めて楽しいですかっ。


「お……おい?」

 もしゃ もっしゃ もっしゃ。

 浮受さんの虚を突かれたような声。あれ、馬央位様が今、塩カステラ食べましたよ。

「うん、甘いね。かすてらも、浮受も☆」

 ゴクリ。レモンティーを一口含んで完璧にひきつった笑顔をむける所長さん。

「ぽかぽかするね。おいしいね~」

 その表情のどの辺が『美味しい』を表現しているのか、まず初めにお聞きしたい。

「お、お前、塩気ある菓子、食えないんじゃなかったか?」

「そんなのウソだよ、ウソっ。ボクなんでも食べれるよ」

「でも、なあ?」

「浮受さん、パス禁止パス禁止ー」

 こっち見ても何にも起きませんよ。助け船は出ません。

「だけどね、強いて言うなら、甘いもののほうが好き! 大好き!」

「しょっぱいものは?」

「飲み物さえあれば、イケる!!」

 お坊ちゃんのカオはさっきよりも引きつっていた。コイツ、ホントは甘いもの専門なんだ。

「じゃー、てめーホントは……」

「でもでもでも、お漬物にはシュガースティックかければ食べれる!」

「んなモン誰も食わんわ!!」 ビシッ!!


 馬央位様、お身体壊しますから、それはやめておいたほうがいいですよ。

浮受さんも治りかけたその指へのダメージが大きくなるので、馬央位様を殴らないようにしましょう。


「実は、今回ここに来たのは、ちょっとしたアレがあってなのだが」

 塩カステイラを食べ終えた浮受さんは、フォークを持ったままの状態で口をひらいた。

 キリッと整いまくった目が、どうしても持っている小物に合わなくて、私は含んだレモンティーを吹き出しそうになるのを堪えることで精一杯だった。

「うん。何?」

「その……なんだ。こないだオレが所用で不在中に、まあ、なんだ。助手が不思議な伝言を預かっていてな」

「うん。それで?」

「お前、この辺で有名なイタリア料理店を知らないか?」

「知ってるようなー!」

「知っているのか」

「んー……やっぱ、ないような~?」

 あらまあ、所長ったら楽しんでる。

「馬央位…………てめェ、マジで息の根止めるぞ」

「ごめんごめんご」

「まあいい。興味がないなら別にいい。だが、依頼が依頼なだけあって、お前に……ごにょごにょ。第一! 手間がかかるのは御免だしな色々とめんどくさいし」

「その言い回しだと、ボクがいっつもいっつも足手まとい的な感じなんだけどー?」

「あたりまえだろう。現在進行形で……ナウだったか」 浮受さんのカタコトEnglish。

「ふざけてない時もあるもん。それにボク英語嫌いーノットイングリッシュ! ベリーサンクスノーベリーイエス! センキューッ!」

「浮受さん、話を元に戻しませんか」「だな」

「もうっ、みんなひどいなあ。この辺のイタリア料理店なんて数知れてるじゃん。その料理店、たぶんボクの知り合いのお店かもねー」

「まっまじですか??」

 私は思わず口を挟んでしまった私に、馬央位様はあの優しい笑顔を向けた。

「うん、そうだと思ったけど。店名は……」

 ペンをメモスタンドに滑らせていく。ここでまた一つ発見が。

 はやの発見手帳③【馬央位探偵は、字が恐ろしく美しい】

「ハイ、できた☆」

 そう言ってビリッとメモをはがすと、テーブルの上に指で押さえ置いた。え――――と、純・楷書体を読み上げます。


『ピザ』


「ピザって名前、シンプルですね。そこの店主とお知り合いなんですか?」

「そーだよ」

 さすがですね。もう驚かないって決めてたけど、やっぱ無理だわ。

「ボクの昔の友達ってトコかなー。あ、よかったら今から遊びにいかない? 浮受もさ、って、なんでそんなにボクのことにらむの? 恐怖心を抱いちゃうんだけど」

「……お前は本当に最後まで話を聞かないやつだよな」

「そうだね、認める」「認めちゃいますか、そこ」

「そもそもさーそれ、本当にお仕事の依頼?」

「ま、まあ、俺の助手もあまり人様に自慢できるような程有能では無いのでな、ははははは」

「じゃあ、今からそのお店に行かない?」

「今から……ですか」

 時計の針を見ると、もうすぐ魔のお昼時。都会での移動はかなりの困難を伴う……。できれば行きたくないんですが。ね、浮受さんも嫌ですよね? 正しいまともな答えを信じて、私は彼のカオを見た。しかし、返答はない。なんだかイヤーな予感がしたと思ったら、的中した。

「まあ、俺も腹減ったからな、昼食がてら、行くとするか」

「さあ、そうときまればさっさと動こう!b食後の体操にはちょうどいい!」

 浮受さんでも素直になること、あるんだ。


*****

 そして、外。

 まさかの信号待ち?bぞろぞろと進む人の波が、のろりと止まった。比較的身長が低めの私の前に立ちはだかるのが、クールビズを優雅にキメこむサラリーマンの大きな背中。卵色のストライプが入っている、わずかにブルーの生地には、肌の色が透けるほどの汗が染みていた。クールビズなのになぜか暑苦しく感じるのはなぜだろう。目に入れないように努力しても、ムンムンと蒸し暑い熱気が熱風とともに押し寄せてくるので無駄におわる。……結論。もう少しの辛抱だ。ガンバレ私。

 しばらくして、信号が切り替わったのか、無数の足が動き出した。

「ひゃあっ」

 都会の人の波に呑まれそうになった私の手を、誰かの手が強く引いた。

「迷子になっちゃいけないよ、お嬢」

 真夏でもきっちりと着込んだスーツの背中が、身長差が多少はある私の顔にぶつかる。

「早く行かねばな」

 私は人ごみの中で、思わず笑みがこぼれた。浮受さんの冷えた手が……私の右手をぎゅっと握る。


 ようやく人ごみから解放されて、やっとお互いの会話が聞こえる歩道まで来た。改めて浮受さんにお礼を言おうとしたが、彼は隣に居らず、ずっと後ろを歩いていた。その代わりといってはなんだが、所長が隣にいた。

「浮受ってさー、イイ奴だよね」「はい。私もそう、思います」

「本心だと思って演じていたのが、実はウラの性格で。裏だと思って大切に保管しておいたはずの本心が、時折でてしまう。これが、浮受の最大の秘密なんだよ」

「そうですね……浮受さんって、意外と苦労が多いんですね」

 自分のホントの気持ちが出せないまま、時は流れていく。気づけないことって、少し悲しい。

「彼の本当の心のより所は、きっと馬央位様だけなのかもしれないですね」

「そうでありたいと常々思ってはいるんだけどね。でも、驚いたな。こんな風に浮受が変わるのって、滅多にないことなんだよ?」

「そうなんですか?」

 馬央位様は、いたずらっぽく耳元で囁いた

「浮受に、認めてもらえたってことだよ。信頼されてる証拠だ」

 一度振り返って浮受さんを確認しては見たものの、ぶっきらぼうなその顔じゃ、いまいちそういった実感が持てない。

「信頼……そうですね。それが本当であってほしいけれど、私にはまだ大きすぎる目標ですかね」

 馬央位様は、浮受さんのことをちゃんと見ているんだなって素直に思った。


『あの冷えた手が意味するもの…なんだかわかる?』

 その問いかけの答えは、もうわかっている。浮受さんは、心があたたかい、ですね。

 脳内メモにそう付け加えて、歩く速度をワンテンポ落とし、浮受さんの手をとると、なぜだか少し馬央位様の気持ちが理解できるような気がしてきた。いつもに増して軽快な所長の鼻歌およびスキップを多めにみてくれている浮受さんがいつもよりも輝いて見えたのも、きっと馬央位様のおかげですね。


 ――――しばらくして建物が見えた。

「浮受ー。あれだよ、あの店!」「そうか」「じゃあ、入りますか。暑いですし」「そうだな」「うん」

 その後、私たちは慣れないVIP席に案内され、見知らぬ男女数名と、まるで仕組まれていたかのように食事をし、帰宅した。所長によると、建物の中はどこか昔懐かしい雰囲気が漂っていたという。

 後から聞いた話なのだが、さっきの男女は真央位様の学生時代の同級生だったのだという。そして、本日は真央位様の二十二の誕生日だということも、ついさっき知った。同窓会&誕生日おめでとうサプライズというものなのかな。ちょっとなんだかうらやましい。

 浮受さんがオフィスで真央位様と会話してた時、ちょいちょい言葉を選ぶのを迷っていたのもわかる気がする。そうだよね、秘密は知られたくないもんね。

 ……そう言えば真央位様と浮受さんは確か同じ学校の同級生だったらしいんだよね。今日のあれ、多分企画したのは浮受さんだと思うんだ。サプライズだよね、完璧な。不器用な浮受さんらしい、架空の『助手からの伝言』を口実とした、実に回りくどい誘い方(笑)


「楽しかったー♪」

「まあ、悪くはなかったな」

「あれ、でも依頼は……」

「ナポリタン美味しかったからいいじゃねぇか。なぁ?」

「はい。また来ましょうね!」

「絶対だよ?」「絶対です」「ああ、絶対だ」

 言って、3人して吹き出してしまった。

 まあ、なんにせよ、これで浮受さんの真央位様への友情が証明されたわけだし。一件落着?

 そして、ハッピーバースデー、所長!


End


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― 新着の感想 ―
[良い点] リズムよく読む事が出来ました。 誤字脱字も少なく、しっかり推敲されたのかなと思います。 またライトノベル的な文調も良かったです。 [気になる点] 途中で文体が不統一だったりした点が気になり…
2013/08/19 22:40 退会済み
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