春の恋
甘いの目指しましたが、ぜんぜん甘くない。
「僕」の一人称です。
高校3年、僕は本気の恋をした。
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僕はとある有名大学の付属高校に通う、普通の高校生。勉強よりも部活のテニスをがんばってるタイプ。性別問わず、友人は多い。彼女はいたりいなかったり。一緒にいて楽しかったら、来る者拒まず。あんまり執着しないから、去る者追わず。冷めてるようで、行事とか勝負事にはめっぽうアツい男である。
そんな僕の通う高校は、大学の付属校と言ってもエスカレーター式ではない。無条件で進学できるのは、成績優秀な上位1割のみ。月並みな成績の僕にはとても勝ち取れないチケットだ。だから部活を引退したらそれなりに勉強をして、まあそこそこの大学に進むつもりではいる。
大学は、憧れだ。夢のキャンパスライフ。
僕の付属校は大学キャンパスの端っこにあるから、大学生のおにーさん、おねーさんを3年間眺めながら通学する。私服でキラキラしてて自由な感じでさ、楽しそうだし。大学門の横を通り過ぎながら、なんとなく、想像しちゃうんだよね。キャンパスライフってやつを。どうしてか、大学生ってものになると、ついこの間まで同じ制服を着てた先輩がぐっと大人びて見えるんだ。やっぱり高校生とは違う、ってね。
そして高校も3年目になると、大学1年生と上級生の違いが何となく分かるようになってくる。初々しさというか、そんな感じ。ヘタすると付属高校生として2、3年その駅に通う僕らより、ずっとこなれてないから。
だから、その人も、すぐに分かった。大学1年生なんだな、って。
彼女は黒のロングヘアで、毛先にゆるいパーマをかけていた。すらっとして、でもひ弱な感じではなく、しなやかって感じ。茶髪の多い集団に一人、艶やかな黒髪だったから、少し目を引いた。制服を着せたら、まだまだ高校生でもいけるだろうな。
駅の改札を出て5分ほど歩く。大学門の前に来ると、彼女は少し立ち止まって散り始めの桜を見上げていた。それから、少し背筋を伸ばして、門の中に入っていった。くるりとまとまった毛先が、彼女の歩調に合わせてポンポン跳ねるのが、印象的な後ろ姿だった。
その後、生活サイクルが似てるのか、よく見かけるようになった。電車も一緒になることがあった。朝は僕より二つ後の駅から乗ってくる。
浮足立った新歓の時期に、彼女はテニスラケットのバッグを持ってくるようになった。僕の朝練と同じ時間に電車に乗っているから、向こうも朝練なんだろう。ラケットバッグは、新品ではなく使いこんであるみたいだったから、経験者かもしれない。確かに初めて見た時から、ただ細いだけじゃないなぁとは感じていた。朝練があるってことは、たぶんサークルではないんだろう。本気でテニスをする、体育会系に入ったのかな。そう思ったら、なぜかほっとした。飲みサーに入っていたら、少し、がっかりだったから。
大学門の前で、友だちを見かけて小走りに駆け寄るところを時々見た。笑窪と八重歯が印象に残った。気取ったりしない、溌剌とした笑顔だった。
この新歓の1ヶ月ちょっとでここまで観察しているのだから、十分気になっているんだろうけど。はっきりと彼女への想いを自覚したのは、夏休みに入った7月の末だった。
さすがに夏休みは、大学の体育会系クラブと高校生の部活とは違いがあるのか、しばらく彼女を見かけなかった。僕らは合宿前に最後の調整練ということで、午後遅くから登校した。
その時、大学門の方から人が歩いてくるのが見えた。久しぶりの、彼女だった。一人だ。
彼女は午前練だったのか、ざっくりとした生地の紺色ハーフパンツに白のポロシャツを着て、ラケットバッグを背負っていた。少し日に焼けたかもしれない。僕なんかに比べたら、十分に白いけど。僕は携帯をいじってるふりをしながら歩いた。
すれ違う、その時。そっと、彼女を横目で盗み見た時、だった。
サァッと風が吹き彼女の黒い髪がなびいて――キラリ、と小さな青いピアスが煌めいた。
その光に、僕はつかまってしまったのだ。
はっとして立ち止まった。後ろを振り向くけど、彼女にとって僕など、景色の一部でしかない。歩調を緩めず、駅に向かって歩いていく。その肩の上では、やっぱり、くるんとした毛先が踊っていた。
その後ろ姿をしばし呆然と見詰め、自転車が側を通り過ぎてやっと我に返った。急に恥ずかしくなって、踵を返すと早足でさっさと学校に向かう。早歩きのせいなのか、恥ずかしさからなのか、心臓がバクバクとうるさかった。
部室に着いて重いラケットバッグをドサッと下ろし、僕もその側に座り込んだ。真っ白の頭のまま、ぼんやりとしていたら、なんだか今度は急に腹が立ってきた。というか、悔しい。
彼女にとって、僕など意識の片隅にも置かれない存在なのだ。なのに僕は――僕は、こんなにも彼女に夢中で。名前も知らない、大学生の彼女。高校生の僕は、子どもか? ――悔しい。
それから、僕はなんでも我武者羅にがんばった。部活も、勉強も。彼女は作らなかった。今はただ一人、追いかけたい人がいる。
部活は、全国大会出場は果たしたものの振るわず、秋に引退。そこから本格的に、僕の受験勉強が始まった。周りはとっくに受験モードだから、ずいぶんなスロースターターである。だけど、その分全力で集中できた。何より僕には目標が出来たのだ。彼女と同じ大学で、同じ部活で、僕のことを振り向かせてやる、って。エスカレーター進学のための成績はもちろんないから、一般受験でその席をもぎ取らねばならない。答えは単純だ、今まで部活の片手間にやってきた事に全力に打ち込めばいい。
両親も担任も、周りの友だちさえ、僕の鬼気迫りっぷりには驚いていた。理由を知りたそうにしてたけど、言う気はない。誰にも言わず、突然、彼女の前に降り立ってやるんだ。そう決めていたから。
猛然と机に向かいながら、いつも心の中は激しかった。
――――待ってろよ、今に振り向かせてやる!
そうして季節は巡り、春が来た。
僕は慣れ親しんだ駅の改札を通りすぎる。大学門まで、歩いて5分。今年の桜はちょうど今が満開だ。毬のような花の集合体を、ふと立ち止まって見上げる。去年、彼女がしていたように。感慨深く春の空気を吸い込んで、背筋を伸ばした。
大学門を、通る。世界が違った。
まるでお祭りのような騒ぎで、大学生のおにーさん、おねーさんたちが新入生にチラシを配っている。サークルの新歓は本当に、彼らのとってのお祭りなのだろう。ぐいぐい押しつけられるチラシを全て断って、僕はまっすぐ目的の場所に向かった。人ごみの向こうに、揺れる黒髪を見たのだ。
男女合わせて5,6人で輪になってかたまっている。みんなトリコロールカラーのウィンドブレーカーを着て、かっこよかった。彼女はこちらに背を向けて、仲間たちと談笑しているようだ。
――僕も、あの一員になる。
もう景色の一部とは言わせない。すぐに僕が気になってしょうがないってさせてやるんだ。
「あのー、テニス部ですか?」
声をかけると、彼女がぱっと振り向いた。髪が翻って、あの青いピアスが見える。
悔しいけど、ドキリとした。輝く笑顔で、僕の顔をはっきりと見たんだから、初めて。
「はい、テニス部です! サークルじゃくて体育会だけど、もしかして興味ある?」
チラシを差し出されて、僕は受け取った。だけど、彼女から目は離さなかった。
「はい。高校でもずっとテニス部でした。本気で、打ち込みたいんです」
僕の真剣さに気付いたのか、彼女は少し笑顔を変えた。笑ってはいるんだけど、彼女も、どこか真剣だった。僕の“本気で打ち込む”は、テニスももちろんだけど。あなたを、本気で攻略しますよ、ということでもある。僕の野心を知る由はないだろうが、少しでも感じてくれただろうか?
彼女は真剣さと強さを湛えた瞳で、僕を見た。
「嬉しい。他のサークルのチラシももらわないで、ここに一番に来てくれたんだね? 一緒に、がんばろう」
届いた。一番に来たって、気付いてくれた。
「――はい。よろしく願いします!」
景色の一部からは脱しても、まだ“新入生の一人”にすぎない。まあいいだろう。最初のステップとしては、上出来だ。新入生の一人でも、僕は“特に熱心な一年生”となったはず。あと3年間もあるんだ。焦らずに、じっくりといこう。――もう、逃がさない。
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春は出会いと別れの季節って言うけど、別れのない出会いももちろんあるんだ。
僕らは今、出会ったのと同じ季節に、永遠の契りを結ぶ。神社の桜が赤い道にひらひらと舞ってくる。彼女の顔は、角隠しをかぶって俯いているせいで見えない。
――だけどそっと、覗きこめば。いつか見たのと同じ笑顔を、返してくれる。
潤んだ瞳で、ありがとう、と言ってくれた。先に言われてしまったけど、それは僕のセリフだ。僕のもとに、僕の隣に、僕の猛追に逃げないで、呆れないで向き合ってくれた彼女。先にはまったのは、僕。今も彼女に夢中で、苦しいくらいに好きだ。
彼女のありがとうに、僕は、一生大切にする、と答えた。
風が吹いて、桜の合間から見える青空が優しげに微笑んだ。
――end
初夏のような暑さの春、自転車に乗ってて思いついたお話です。
甘々を書きたかったはずなのに…!(ーー;)
イメージは、年下オオカミ少年が、年上で男慣れしてない少し男勝りなセンパイを落とす、という感じです。
短編初挑戦の習作でした。お読みいただいてありがとうございました!