その後の話
3年前の出会いから、誰とも付き合わず、誰も好きにならずに大学生活を終えた。
厳密に言えば、誰とも付き合えず、誰も好きになれなかったのだが。
さらに夢で憧れだったファッションの最前線、パリの大手へ就職。
日本とはお別れ。パリで生きていく事になったのだ。
「いやー、とうとう要ちゃんがパリかー…」
「えへへ…」
「ちゃんと連絡してね?!」
「うん!」
「あ!なぁ、ピザ食わね?」
「は、はいっ!はいっ!!」
しーん……
「わ、わたし、ボーノがいい。」
「い、いいね!ボーノ!!そうしよ、そうしよ!」
彼に、パリに行く前に……会える!
「へぇー結局、あれっきりだったんだ…」
「え。う、うん…」
「悲しんでなかったし、落ち込んでもなかったから何も言わなかったけどさ……それで良かったの?」
「……なんか、言っちゃいけない気がして。」
「大学でも、“告白してもその場で斬られる”って有名だったのよー?……通称“高値の花”。フフフ。」
「誰よ、そんな変なのつけた人は……」
ピンポーン…
おそらく“ピン”と鳴った時には動きだし、“ポーン”と鳴った時には目的の位置には来ていただろう。
「早っ!」
そんな私の素早さへの感想も聞き入れず、マンションのエントランス用のモニターに張り付いて見る。
…………あれ?
「………はい。」
「こんにちは。ボーノです。注文のピザをお届けに来ました。」
「…はい。」
私の姿を見て友達が訊いてきた。
「…どうしたの?」
「今は夜じゃないからかな……」
「……?」
ここで今の状況を説明すると、私の旅立ちに合わせて前日である今日、私の家でパーティ。
男女合わせて6人の友人達と開始3時間ですでにほろ酔い気味。
しかも午後2時という、遅めのランチで。
ピンポーン…
ちょっと扉を開けるのに躊躇しながらも、意を決して開けた。
「こんにちは。まずお品物からお渡ししますね。」
一瞬、彼の幻と重なった。
それが余計、私に想いの強さと、後悔が押し寄せてきた。
で、でも、夜があるさ!夜が!
「あ、あの…!」
「はい?」
「あの、3年前、よくこの辺を配達していた、ミディアムぐらいの、黒髪の、ひ、左側だけピンで止めてる、背の高い、アルバイトの方、まだ働いてますか?」
つっかえながら話したので伝わったかどうか不安になりながらも返事を待った。
「ああ、黒崎ですか?やっぱりあなたですよね?冬に公園のベンチで黒崎と一緒に、店の余りピザ食べた人。」
「え…そ、そうですけど、えと……?」
パニックだ。話すのがとても早く感じられたので、余計頭がついていかないでいると、相手は悟ったらしく謝った。
「ああ、すみません。実は、黒崎から夜中に電話で“店にある俺の荷物を持って、バイクとジャンパーに帽子を引き取ってくれ。”って言われて持ってった人なんですよ。俺。」
「……!!!」
もしかして、あの時の“内緒”……?
「あいつ、あなたに何も言わなかったんですか?……ったく。」
「もう、バイトは…」
「ええ。やめました。…でもつい最近ですよ。」
「そうですか……本当にすみませんでした。それとありがとうございました。」
そう言って扉を閉めようと思った時、一言意味深な事を言われた。
「あの、俺が言うのも何ですけど、もし、まだ、それかこれからも、あいつの事好きでいてくれるなら、待っていてあげてくれませんか?」
「…………?」
「あいつなら、必ず、あなたがどこにいても、あなたに会いに行くんで。」
「…………………」
「では、失礼します。」
でも私にとって、意味深な言葉よりも、彼に会えなかった事の方が大きかった。
私は、その場でズルズルと崩れて静かに泣いた。
私が甘かった。彼が、3年もピザの電話を待つ訳がない。
彼の右頬の時も、最後の注文の時も、しっかり口にしていれば何かが変わっていたかもしれないのに。
私は口にしなかった。
怖くて、嫌われると思って、口にしなかった。
なんて、なんてバカだったのだろう………
私こんなにも、あなたの事が好きだったんだ…
ーパリー
「要さん、こちらチェックお願いします。」
「はい。」
「一之瀬さん?着替えの準備は?!本番は近いのよ!急ぎなさい!」
「は、はい!」
パリでのファッションショー。パリコレへの模擬として、様々な大手も参加するファッションショーに、私もバックで衣装運びなどで大忙し。
当然、ショーを見ている暇はない。
ショーが終わって、ステージを片付けている時だって私は仕事していた。
やっと帰れる頃にはショーの残像なんて微塵も残ってなかった。
「はぁー…また見れなかった……」
すると遠くの方で男性の声とチーフの声がした。
「……あの女性は?」
「え?あの子?」
「ええ。」
「あの子はうちの部下で、一之瀬 要さん。日本では名門大学を卒業してこっちには一年前に来た、とても有能な方よ。これはまだ秘密だけど、うちの次期チーフなのよ。」
「…ち、ちょっと失礼。」
「え、ええ。構いませんけど……」
私のもとにやって来た綺麗で気品があり、それでいてシンプルなワインレッドのショートブーツ。
オシャレだなぁーと思いながら上へと目線を上げていく。
スラリとした脚。ぴったりとスキニーが細すぎない形の綺麗なシルエットを表現している。
腰をすっぽりと覆ったネイビーのカジュアルコート。
この人…スタイリストさん……?
モデルさん…はもう帰ったはず………
え、うそ。どうしよう。
目の前の人が彼に見える。私相当疲れてるなー……
「…こんばんは。」
「こ、こんばんは……」
うわ、彼の声で喋ったよ。しかも日本語で。随分とリアルな幻を見ー…………
「ふふ。こんばんは。ただのバイトです。」




