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3年前の話

彼は、いつもそう言ってた。


私の目には、一度もそうは映らなかった。





ー3年前ー



「すみません。ピザを注文したいんですけど…はい。えっと…」


友達と2人でルームシェアしていて、誕生日のお祝いでピザの宅配を頼んだのが始まりだった。



ピンポーン…


「はい?」


「こんばんはー、ボーノです。ピザをお届けに来ました。」


「あ、はい。」


それなりのオシャレなマンションに住んでいて、それなりの大学に通っていた。



ピンポーン…


「お!きたきた!」



ガチャ


「こんばんは、まずお品物からお渡しします。えーと…お会計が三千八百九十円です。」


「……あの、この辺の大学に通ってるんですか?」


訊いたのは私ではない。後ろに何時の間にかいた友達である。


「す、すみません……ほら、お皿用意して!シッシッ!」


訊く事に関しては納得がいく。なんてったって容姿端麗。しっかりしていて、丁寧だ。

頭良さそうだし、誠実そう。

髪型も、左側をピンで止めた、とてもオシャレなミディアムの黒髪。


「…ただのバイトです。ちょうどお預かりいたします。では、失礼します。」


パタン。



「…っカッコいい!!めっちゃカッコいいよ!」


「あのさぁ、あんまりすぐ声かけるクセやめた方がいいと思うけどなー…」


「何よー、こうでもしないと出会いなんてないでしょ!」


「……………彼氏いるくせに。」


「ねっ!また注文しよー?ね?ね?!」


「…はいはい。」








それから三日後。


「今日は何にする?」


「ピザ!ピザ!ピザがいい!」


「へーへー…」




ピンポーン…


「はーい…」


「失礼します、品物からお渡しいたします。…えー…合計、四千五十円です。」


「……?」

明らかに前と態度が違う。ずっと下を向いていて、声のトーンも低めだ。

若干日本語も変なのにも気になる。

そう思っていると、彼の右頬に赤いのが見えた。


「ほっぺた、大丈夫ですか?」


「?!」


とっても驚いた彼。


実は勝手に口が動いてた。むしろ心の声がそのまま出てしまったというか、そんな感じで。


「あ!す、すみません!お仕事中に…」


「いえ。…やっぱり、分かりますか?」


彼がかきあげた前髪の向こうに叩かれたような赤い痕があった。


「わ!ひどい!あ、確か肌色の湿布があったはず!」


「あ!そんな!コレなら、大丈夫です。」


“コレなら”それが引っかかって、足を止めてしまった。


「え?」


彼はしずかに笑った。


「…でも、相当ひどいですよ?それ。」


「……でしょうね。でも、残念章として、今日は大人しく受け取ろうと思ってるので。」


また、“今日は”に引っかかった。

なら明日は受け取れないってこと?って思ったけど、口にはできなかった。


「………そうなんですか。悪化しないといいですね。」


「ありがとうございます。では、失礼します。」


それでも最後まで、痛そうな笑顔だった。




「……何も言えなかった。」








そのまた三日後。


「ねぇ、今日はピザにしょっか?」


「えー、さすがに太…いや食べよう!」


「…ごめん。ありがとう。」





ピンポーン…



あ、勢い良く開けてしまった。



「…こんばんは。お届けに来ました。」


「……こんばんは。よかったです、元気で。」


「はは…ありがとうございます。」


「お仕事、頑張って下さい。」


「いえ、ただのバイトですから。では、失礼します。」



この日初めて彼の、いや、男性の優しい笑みを見た。とても温かくて、太陽のようだった。





それから一日後。



大学の帰りに歩いていたら、彼に会った。


「ちょうどお預かりいたします。では、失礼します。……!」


彼は帽子を外して礼をしてくれた。


私も慌てて礼をする。


「………ゆ、夕方からお仕事してるんですか?」


つっかえちゃった。



「ただのバイトですよ。」


「…ふふふ。」


「…?」


「いつも思ってたんですけど、“ただのバイト”でも、立派なお仕事ですよ。ましてそれを進んでするあなたは、すごいです。」


「……あ、ありがとう、ございます…………………でっでは、失礼します…」


そう言って、また次の“ただのバイト”をしに行った。





それから四日後。


「ごめん!コンビニ行って来てー!彼氏コッチまで来るみたい!」


「わ、私野宿するの?!」


「そ、そんなに時間かけないから!いいって言うまで戻ってきたらダメだよ?!」


「ちょ、ちょっと!」


無理矢理追い出されてしまい、寒い冬の中コンビニで時間を潰す事になった。



読みたい雑誌も無いので、肉まんを食べながら隣のマンションの公園のベンチに腰掛けていた。


ものすごく寒かった。


肉まんの熱なんてあっという間に引いてきて、ベンチの上でうずくまってた。


するとシャカシャカと音を鳴らして小走りする音が聴こえたので顔を上げた。


「……あ。」


向こうは、こちらを見るととてもびっくりしていた。


「こ、こんばんは……あの、大丈夫ですか?」


「?……どうして、ですか?」


「すごく弱ってますから。」


「大丈夫です。温かい肉まん食べたので。」


でも彼は私の横にあった肉まんの袋を見て、大丈夫だとは思わなかったみたいだ。


「一個だけじゃあ、足りないですよ。」


「……………。」


「……誰か、待ってるんですか?」


「いいえ。違います。私、友達とルームシェアしていて、その彼氏さんが来るらしくて。」


彼は突然どこかに電話を掛けた。


「すぐ戻ります。ここにいて下さいね。」


そう言って、シャカシャカ鳴らしていたジャンパーを私に掛けてバイクで去って行った。


「あったかい………」





それから十数分後、本当にすぐ戻ってきた。


それも、温かいピザを持って。


「ちょうど、途中キャンセルもらったピザがまだ温かくて、持って来ました。一緒に食べません?」


そう言って開けた箱から、すごく美味しそうな匂いがした。


当然、私のお腹は返事する。


「す、すみません……」


「食べて大丈夫ですから。じゃあ、いただきます。」


ピザの配達の格好で、お店のピザを食べるところ、初めて見た。


私も遠慮なくいただいた。大きさはお店で一番大きなサイズ。だから2人してお腹いっぱい食べられた。


といっても、私より数倍も彼が食べていたけれど。


彼は食べ方も綺麗だった。小さく開けた口で少しずつ食べていた。


「……ただのバイトがこんな事してるのがバレたら、きっとキツく怒られますね。」


それでも、満更でもない顔をしてますよ?







どうやらそのまま寝てしまったらしく、知らない男の人の肩に寄りかかっていた。


「はっ!……す、すみません!」


「ん?…ん~…」


その人は目をこすりながら背もたれから離れると、こっちを見て笑いながら言った。


「あ。すみません。寝ちゃいましたね。」


あれ。声が、彼とまるで一緒……というか、彼だった。


「…あれ?い、何時の間に着替えたんですか?!」


「へ?……ああ、内緒です。」


彼はキザにも、ウインクをして人差し指を立てた。




「すみませんでした。ただのバイトがこんな事。その…右頬の恩を返したくて…」


「わ、私は、何もしてないです…」


「それでも俺は、してもらったんです。」


にこ、と笑ったその顔が朝日と一緒に明るく照らしてくれた。

いや、朝日よりも明るく輝いていたかもしれない。


「………………」


「………………」



ドキドキではない。ドクンドクンと不気味なほど大きな音を立てて、勝手に大きく動いていた。


でも、それは妙に心地よかった。







彼とはそれっきり。


たまにピザを頼んで、挨拶して、終わり。

それ以上でも、それ以下でもない。



それでもいい。彼が笑っているなら、と。



「ねぇ、私、結婚する事になりました!」


「…え。」


「えへっ」


「えええええええええっ!!!お、おおおおおめ、おめおめでとう!!!!」




ルームシェアも終わり、ピザもあまり頼まなくなった。



それでもと、頼んだ事がある。


「……あの……一人前ですよ?」


「…はい。ルームシェアしていた友達が結婚したので。」


「!………お、おめでとうございます。」


「まぁ…私じゃないけどね。」


会話はそれだけ。


伝わっただろうか?

もう、私はピザをあまり頼めないという事が。


いや、むしろもう頼めないという事が。















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