胡蝶の夢
ホラーなのだろうか……ホラーというには恐怖の欠片もありませんが、あてはまるジャンルがない気がしたので一応ホラーとしました。ほとんどホラーじゃないと思います。
僕たちは生まれたときからずっと一緒だった。
いついかなるときも共にいた。
それが当然のように。
神様もそれを認めているように。
僕たちが離れることになる瞬間なんて、存在すらしなかった。
そのはずだった。
――――
「ただいま、実琴」
自室に帰ってきた僕は制服を脱ぐより先に、鞄を放りながら愛する双子の姉・実琴が座すベッドに歩み寄る。
「おかえり、真琴」
実琴はとても可愛い顔で僕に笑いかける。可愛い顔、といっても、僕と実琴は一卵性双生児だから顔に大差はない……二人で写真に写ったら僕たちでも分からないくらいの差なのだけれど、それでも実琴は僕よりもずっとずっと可愛く笑う。
制服の腕で、パジャマのままの実琴を抱き締める。実琴もまた、パジャマのままの腕で僕を抱き締める。
「実琴、体が冷たいよ」僕は実琴を抱き締める腕に力を入れる。実琴はぐぇ、などと苦しそうに声を漏らした。「駄目じゃないか、温かい格好をしていなきゃ」
僕は実琴に何かを着せるために実琴に絡めていた腕を離し立ち上がる。自然と実琴の腕も外れた。適当なパーカーを取って実琴に着せる。実琴が大事そうにパーカーを着ているのを確認して制服を脱ぎ始める。ハンガーにブレザーやらベストやらスラックスやらをかけて、パーカーとショートパンツの楽な格好になった。
「だって、体を冷やしていれば真琴がこうして着せてくれるでしょう」
「僕が帰ってくるのが遅くてもずっとそうしてるつもりだったの?」
「ええ」
「本当に風邪を引くよ」
「そうしたら真琴が看病してくれるのでしょう?」
「当然じゃないか。実琴の看病なんて誰にもさせてやらない。僕だけの特権」
僕は実琴に微笑みかける。僕の微笑みは、実琴のためだけにある。外では誰にも向けてやらない、誰にも向けられない、ただ一つの思いを込めた微笑み。
部屋の外、下の階から、真琴、と呼ぶ母さんの声がした。時計を見ると短針の先には数字の7。夕飯の時間だ。行くの、という実琴の問いに頷く。実琴は淋しそうな顔をして視線を落とす。
「一緒に行こうよ」
「イヤ」
「……お腹空かないの?」
「お腹いっぱいなの」
「そっか」
僕は家族と一緒にご飯を食べることを実琴に強要しない。実琴がそうしたがらないからだ。実琴が頑なに拒むことは何も家族と一緒にご飯を食べることだけじゃない。実琴は僕以外の全てを……学校に行くことも、家から出ることも、部屋から出ることも、僕以外の誰かと接することも、とにかくありとあらゆることを嫌がり拒む。いつからかなんて分からない。僕だってこれはいけないことだと分かっているから、父さんや母さんからも言ってほしいと頼むけれど、二人は悲しげに笑ってごまかすだけで何もしない。僕と実琴の部屋にも入ってこない。実琴にも何でそんなに何でもかんでも嫌がるのか聞いたけど、はぐらかされて終わる。
だから僕はいつからか、実琴を説得しなくなった。ただただ抱き締めて受け入れるだけにした。実琴もそれが一番楽だと思ったから。
「じゃあ、僕、夕飯食べてくるね」
実琴の返事はなかった。
――――
「実琴がね、そう言って薄着でいるんだ。悪い子だよね」
「……そうなの」
いつも実琴の話をしたがらない父さんと母さんだが、食事中ならば逃げられまい。僕は食卓に実琴の話を広げた。しかし、父さんも母さんもすっかり口数が減って、あからさまだった。実琴の話なんてしたくないんだ。学校にも行かない、両親とも接したがらない、僕としかコミュニケーションを取らない実琴の話なんて。
父さんは機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せている。父さんは咀嚼という行為を、食べ物を噛み砕く手段ではなく、口を開かずにいるための手段として使っていた。
母さんは声にあまり元気はないけれど、それでも一応僕の話を聞いてくれている。でも、その笑顔にあるのは光ではなくて、陰だった。
僕の話は途切れる。父さんは咀嚼を続けている。母さんは箸を止めている。食卓に沈黙が降りた。気に入らない。そうして、沈黙に耐えきれなくなって、僕か母さんが話題を変えるまで父さんはずっと黙りこくるつもりだ。
気に入らない。気に入らない。気に入らない。
食器の音しか響かないまま、僕は食事を終えた。
――――
自慢じゃないが、僕が通う高校は都内でも頭がいい方の都立高校だ。文化部はあまり目立たないけど、運動部は大会に出て好成績を残している。特に、剣道部は全国大会まで行った。一人だけだが、僕の高校の剣道部には誇るべきエースがいる。僕のクラスの隣……二年五組に、彼は在籍している。
「言祝一星」おにぎりを頬張った友達・優子がふとその名を呟いた。「区大会優勝したんだって?」
優子はポニーテールが特徴の快活な女子で、陸上部に所属している。サバサバしていて、自分のそれには無頓着なのに、女の子らしく他人の恋愛話をしたがる。
その隣にいるのは毎日手作り弁当を持ってきている友達・莉奈。莉奈は吹奏楽部でトロンボーンを吹いている。莉奈はそれを聞いて首を傾げた。
「真琴は?」
「僕は二回戦敗退。都大会進出は言祝くんだけ」
僕も剣道部員だが、生憎言祝くんのような目覚ましい功績は残せていない。彼とは決定的違うのだ。違いすぎて、清々しささえ感じられるほどに。
「はっ、言祝の武勇伝はもう聞き飽きたっつの」
おにぎりを飲み込んだ優子は鼻で笑う。僕が敗退に落ち込んでいるとか、言祝くんの好成績に劣等感を抱いているとか思ったのだろうか。自分で話題を出したくせに、嘲笑的な色を帯びていた。それよりもさ、と優子は身を乗り出してくる。
「言祝が真琴のこと好きってホント?」
剣道部内だけでなく、学年中でそういう噂が出回っているらしい。呆れ果てて溜め息を吐いた。
「知らない。周りがそうなんじゃないかって騒いでるだけで、僕は特に何も」
この高校の剣道部を有名にし、少なくない数の女子生徒の心を捕らえている剣道部エースが、『スラックスを履いた剣道部員』にご執心とあればあっという間に広がるのも頷ける。しかし、当の言祝くんが、親しくない人には少し近寄りがたい人だから、必然的に噂の真偽の検証の役目はだいたい僕に回ってくる。
言祝くんの、『意識している人に対する言動』と『意識していない人に対する言動』とを、区別して観察したことはないからご執心の対象が僕なのかは僕には分からない。更に言うなら、剣道部員だって見たことはないから、あくまでも推測の域を出ないのだ。
だというのに、今や学年中にその噂は広まっている。僕も剣道部員も、勿論言祝くんも、居づらいことこの上ないだろう。
「でもほら、真琴ってニブそうだし」
「メェルとかしてんなら見せなよー。優子さんが判断してやる」
「あー、僕筆無精だからあんまりしてないよ。しても寝落ちするし」
ブレザーのポケットから携帯電話を出してメール画面を開き、優子に差し出す。見られて困るようなメールはしていない、筈だ。
お昼ご飯をほったらかして、携帯電話の画面に釘付けになる優子と莉奈に、僕は呟くように付け足す。
「もし好かれてたとしても、僕、実琴以外に興味ないし。言祝くんとか、というか男とか、そもそもムリ。恋愛対象じゃないから」
携帯電話の画面に……おそらく、僕と言祝くんとのメールの文面に、ぽかんと口を開いていた優子と莉奈が、画面から目を離して僕に視線を寄越した。その口元はうっすら綻んでいる。
「出た、シスコン」
「実琴さん相手じゃ、エース言祝もなぁ」
二人はお互いに顔を見合わせる。そして、大口を開けて大爆笑した。
――――
「古橋」げた箱に上履きを入れていると、名字で呼ばれた。聞き慣れた声に、少し苛立ちを覚えつつも、僕は顔を上げる。「今帰んの?」
見ると、言祝くんがいた。男子にしては髪が長い方で、身長が高い彼はエナメルバッグを肩から提げている。加工したわけではないと言い張っている短い眉毛が何より特徴的だ。
今日は部活がないから帰りの時間が近いし、隣のクラスだからげた箱も近い。だからげた箱で会っても特におかしくはない。噂にあるように、言祝くんが僕のことを好いているから、待ち伏せていたとか、そういうわけではないだろう。半ば言い聞かせるようにそう考えて、僕は頷く。
「うん。言祝くんも?」
「おう。部活もないし」
「珍しいね。御手洗くんと一緒じゃないんだ」
「クラスメイトに付き合って探し物してる」
「優しいね」いつも言祝くんの隣にいた気がする、御手洗くんの面影に笑いかけるように、僕の頬は緩んだ。「言祝くんはそういうのしないんだ」
からかうように言って、げた箱を開ける。まぁ、あいつがやってるのは、探偵ごっこだから、などと僕のからかいをものをともせず受け流すと、言祝くんもげた箱を開けた。答になってない、とは言わないでおいた。探偵ごっこなんてくだらない、だから手伝わないと言いたいのだろうか。それとも、物をなくしたというところから探偵ごっこで、そんなお遊びに付き合っていられないという意味だろうか。
御手洗くんというのは、言祝くんとよくつるんでいる男子生徒のことである。眼鏡をかけた細身の男子で、見るからに頭脳派のもやしっこだが、御手洗探偵事務所とかいうところの長男らしく、探偵事務所を継ごうとしているとかで、校内でよく探偵の真似事をしているーーということを言祝くんがよく話している。
「……あのさ古橋」間を置いて、いきなり言祝くんが喋り始めた。焦るような声音に、僕は少しびっくりする。そんな僕の顔を見て、言祝くんも我に返ったようで、すぐに普段通りの落ち着いた声音で再び喋り始めた。「噂、知ってる?」
噂。知らないはずがない。間髪入れず僕は思い当たる。
ああ、とか、まぁ、とか曖昧な返事をしながら、げた箱の中のスニーカーに目を逸らした。
さっさと帰りたい。そんな直感が体中を走る。スニーカーに伸びる手を止めるように、言祝くんが言葉を続けた。
「俺……」
嫌な予感がする。嫌な予感しかしない。好きと言われても鬱陶しいし嫌いと言われても傷つく。続く言葉はそのどちらかしかないはずだ。僕はスニーカーをげた箱から放り投げる。踵を踏みながら足早に出口に向かう。僕が玄関を出るより、言祝くんの決心は早かった。
「古橋のことが、好きだ」
そう言われてから、嫌いと言われた方がよかった、と思った。傷つくのは僕で、言祝くんじゃないじゃない。彼を傷つけることになっても、僕は言祝くんを受け入れられない。
「……僕は言祝くんをそういう目で見たことない」自分の声の冷ややかさに自分で驚く。仕方ない。こうでも言わないときっと、諦めてくれない。拳を握り締める。「ムリ。恋愛とか、そういうの」
背を向けて、言い放って、駆け出した。
言祝くんは僕に向き合ってくれたのに、僕は背を向けて言い逃げした。僕は、なんて卑怯なんだろう。
――――
「母さん、今日の夕飯なにー?」
「シチューにしたの。もう少しで出来るから、着替えてきなさい」
「はーい」
母さんに返事をして階段を駆け上がる。僕の部屋のドアを開けると、いつもの場所、ベッドの上に実琴がいる。今日の実琴はちゃんと温かい格好をしていた。ただいまと言いながら抱きつくと、おかえりと言って抱き締めてくれた。少しの間じゃれついてから、部屋着に着替える。
「真琴、今日何かあったの?」
「え? なんで?」
「いつもより明るいから……嬉しいことか、悲しいことがあったのかなって思って」
ブレザーをハンガーにかける手が、思わず止まる。口元に作っていた微笑が消えるのが分かった。代わりに、はは、と乾いた笑い声が漏れる。ブレザーを壁に掛けてから、僕はベッドに飛び込んだ。ベッドが大きく揺れて、実琴の小さい悲鳴が上がる。
「告白されたんだ」
「好きって? 誰に?」
「言祝くん。剣道部の」
「付き合うの?」
「ムリ。僕、実琴以外愛せない」
おどけておかしく笑ってみる。でも、言葉に嘘偽りはない。実琴は僕の顔を見ながら、一瞬目を丸くして、フリーズした。やがてそれが解けると柔らかな微笑を浮かべてくれた。
「よかった。真琴が私以外の誰かを愛するなんて、耐えられない」
その柔らかな微笑を見て、僕の心は暖かに癒される。そうだ、言祝くんは傷つけてしまったかもしれないけど、自分の気持ちに嘘をついて優しい言葉をかけていたら、僕も実琴も言祝くんも傷ついていただろう。実琴が、実琴だけが、僕に答を、正しさを教えてくれる。実琴がこうしていてくれれば、僕はきっと僕を貫いて生きていける。
ぐー、と。いきなりお腹が鳴った。誰でもない僕のお腹である。
「あ、あはは」
「食べてきなよ」
「うん、そうする。実琴は」
「いい。食べてきて」
「分かった」
僕はベッドを飛び降りて、部屋を出る。シチューの美味しそうな香りが漂ってきて、引き寄せられるように階段を下りた。リビングにはもう父さんもいる。険しい顔で新聞を広げていたから特に気にしないようにした。母さんの横から鍋の中のシチューを覗く。もう出来上がっていた。僕は食器棚に駆け、皿を出す。
「ねぇ聞いてよ母さん」両手にシチュー用の皿を持ってテーブルに向かう。「今日告白されちゃってさー。言祝くんっていう男子に」
「それで、どうしたの?」
何となく答を悟っているような母さんの苦笑が見えた。僕も苦笑を返し、母さんの皿をテーブルに置いて、再び食器棚に向かう。
「そりゃあフったよ。男子とか興味ないし」今度は一枚だけ持った。テーブルに向かう。「僕には実琴がいるし」
母さんの返事がない。僕は不思議に思って母さんのを見ると、その苦笑が悲しげに陰っていた。理由は知っている。僕が実琴の話を出すと、父さんも母さんもそうして実琴の話を拒否する。だから僕は、実琴の片割れとして、実琴の背中を押し、父さんと母さんに実琴を受け入れさせるんだ。
だと、いうのに。
「いい加減にしなさい」
父さんの低い声が響く。母さんの顔から笑みさえも消えた。僕の顔からも笑みが消えた、と、思う。
「おまえは女の子だろう」新聞を閉じた父さんは、皺が目立ってきた顔で僕を睨んでいた。体が動かなくなった。「勘違いも大概にしなさい。おまえがどうしてもというからズボンを履かせてやっているだけであって、おまえは男の子じゃない、女の子だ。彼の気持ちも考えてやったらどうだ。……あまり酷いと、ズボンを取り上げるぞ」
電撃のような疼きが全身に走る。それを発散するみたいに、皿をテーブルに叩きつけた。幸い割れなかった。でもそんなことを気にしている余裕はない。テーブルに乗った皿を見落とすように、何かを捉える機能が今の僕の目には欠落していると言うのに、ただただ俯いた。
「……僕は」
女の子じゃ、ないはずだ。ああでも、男の子だという自覚もなかった。クローゼットに入ってる二着のセーラー服、一つは実琴のものだとしたら、もう一つは誰のものだろうか。
「それに……」父さんの声が躊躇いを帯びる。言うときははっきり言う父さんにしては珍しい。今度はどんな『妄言』を吐くのか。「実琴はもう、いない」
シチューをかき混ぜる母さんの手が止まる。リビングの時が止まる。同時に僕の心臓も止まったような気がした。何かを言いたいのに、何かを考えたいのに、何も思いつかない。全身を走り回っていた電撃のような疼きが一斉に一カ所に向かって駆け出す。頭だ。頭が痛い。
「なにそれ……僕は実琴と話してるし、触れて、抱き締めてる! 何で実琴がいないとか言うの! いくら実琴が部屋から出てこないからって、存在を忘れるなんて……あんたそれでも親かよ!」
「忘れてるんじゃない!」ついに父さんが声を荒らげる。僕は怯んで、血の気が引いた。「2月! おまえたちが塾に行った、その帰りの道! おまえたちは車にひかれただろう! 実琴は、そのとき死んだだろうが!」
頭に集結していた疼きが、まるで爆発するかのように一気に消える。そして、一つの記憶を構成した。
夜。駆け寄ってくる人間。仕事帰りのサラリーマン。トラックの運転手。星空。煌々と明るい都会の空。冷たいコンクリート。痛む身体。顔を傾ける。隣に倒れている実琴。血まみれの顔。涙を湛えた顔。実琴に這い寄る。実琴に手を伸ばす。実琴の目から涙がこぼれた。
交通事故。凄惨な事故現場。この、あまりにリアルな生々しい記憶は、何だろうか。あんな怪我をして、実琴は今何事もなかったように過ごしている。後遺症も何もない。内蔵も潰れたりしていない。
この記憶、僕の部屋の実琴。どっちが本物なのか。どっちが、偽物なのか。
「葬式もやった。……本当に、まるっきり覚えていないのか?」
「……じゃあ」どっちが本物なのか、どっちが偽物なのか。偽物であってほしいものが本物になってほしくないから、本物であってほしいものが偽物になってほしくないから、どうにかして否定しようと、否定してもらおうと、辛うじて紡いだ言葉は、疑問だった。「じゃあ、僕が話して、触れて、抱き締めた、あのあったかい実琴は、」
どうか、偽物でもいいから、本物だと、言ってほしかった。すがるように、父さんを見上げる。
「夢か、幻覚でも、見ていたんじゃないのか」
父さんの言葉を蹴って、母さんが僕を呼ぶ声を蹴って、現実を蹴って、結論としてフローリングを蹴った。
実琴に聞こう。実琴が、実琴だけが、僕に答を、正しさを教えてくれるのだから。いや、聞かなくてもいい。扉を開けば実琴がいる。それが何よりもの答なのだから。ただそこに、ベッドに座っていてくれるだけでいいから。ドアノブに手をかける。実琴、教えてよ。ドアを押す。本物を、本当を、真実を、教えてよ。
誰もいない。僕の部屋には、誰一人として、いない。何も、誰も。さっき部屋にいた実琴はどこに行ったのだろうか。僕の部屋から外に出るには、リビングを通らなきゃいけない。危険だが窓からも降りられる。でも窓は開いていない。クローゼットを開けたが、隠れているわけでもない。
「実琴。ねぇ、実琴」名前を呼んでみる。「実琴。実琴。実琴。返事をしてよ実琴。かくれんぼは嫌いだよ実琴。会いたいよ実琴。姿を見せてよ実琴。話そうよ実琴。抱き締めてよ実琴。あっためてよ実琴。ねぇ、実琴! 実琴ぉ! 実琴ぉ! ねぇ、実琴ってばぁ!」
ひとしきり騒いだら、部屋の静けさと寒さを感じた。この部屋はこんなに静かでこんなに寒かっただろうか。部屋を見回して、あるものを見つける。
写真、そこには、王子服を着た僕がピースサインをして映っている。これは、演劇の衣装がタンスから出てきたから、二人で着て撮ってみようと、つい先月撮って現像した写真のはずだ。さっきまでは実琴が映っていたはずなのに、今はもう、写真の中には僕しかいない。隣半分が不自然に空いている。
実琴はいつだって答を、正しさを、僕に教えてくれる。実琴が間違っていたことなんて、ない。間違っていたのはいつだって僕。
静かで寒い部屋。隣半分が不自然に空いている写真。
そうだ、これが、真実だ。
真琴は思い込みが激しいだけの女の子です。実琴は幽霊でも真琴の妄想でもご自由にお取りください。
名前の由来は、真琴=まこと=真、実琴=みこと=命、となり、二人の頭文字で真実となるようにしました。
言祝一星くんは、優等生の卒業遠足に登場している、言祝朔人くんの二歳下の従弟です。
実はこの頃無性に不思議な恋愛もののお話を書きたがっていて、御手洗くんのお話も書いていました。書きかけで終わっていますが……。