魔法少女はヤンキーでした
「はーい。それじゃ、今度はみんなの自己紹介を始めましょうか~」
クラスのみんなが教室に戻った頃、冬音姉の担当教師の鶴の一声で、恥ずかしがり屋にとって鬼門である自己紹介が名前順で開始された。
うう、ぼくも恥ずかしがり屋なので、この方法は、なんとなく死刑執行のカウントダウンに思えるよ。
「あ~、下ヶ原中学出身の……んん、貴洋です。趣味は読書と音楽鑑賞です。これから1年間、よろしくお願いします」
パチパチ……無難な自己紹介が、滞りなく執り行われている。
ああ、もうそろそろ、ぼくの出番だ~! 自己紹介なんて考えてなかったし、緊張しすぎて周りの様子なんて全く耳に入らないよ~。
「…………は、あたしの所に来なさい! 以上!」
ガタンッ! ザワザワ……ザワザワ……何、あれ? ……さぁ? ……ザワザワ……
ん? 周りがざわついているけど、どうしたんだろう? 誰かがウケでも狙って変な事でも言ったのかな?
いやいや、そんな事はどうでもいい。どんな自己紹介をすればいいだろう?
面白いのを……いや、スベったら怖いし、無難なのを……いや、印象が薄いのもイヤだな……じゃあ、真面目に……いや、それも……うーん、難しいな。
ぼくは、シャイなくせして、かなり高度な自己紹介をしようとしていた。男の子なら、理想は高くあるべき、って母さんも言ってたしね。
……あ、もうちょっとしたら、さっきから睨んでくる、怖い魔法少女さんの紹介だ。
それくらいは聞いておこう。そういえば、まだ名前も知らないしね。
(魔法少女の子は今どんな感じなのかな……もうそろそろ、ぼくの方を見ていないよね?)
チラリ、と気付かれないように、横にいる恐怖の魔法少女さんの様子を見る。
どうやら、みんなの自己紹介を全然聞いていないようだった。
ちょうど順番がやって来たようで、魔法少女さんは自己紹介をし始めた。
「あー、あたし、真田真由っつー名前だ。あたしをなんて呼ぶのかは勝手だけどよ、別におめーらと仲良くするつもりはねー。
だからあんま、気安くあたしに話しかけてくんな。それと、いじめるつもりはねーけど、
あたしをバカにしたり、邪魔するやつはギタギタにするから。そこんとこ、夜露死苦」
ふむふむ、なるほど、真由さんというのか。
真由さんは、なんともオリジナリティ溢れる、唯我独尊的な、かなり気合の入った、野性味のある、バリバリ全開な自己紹介をぼくたちに披露してくれた。
……というよりか、『よろしく』が『夜露死苦』に自動変換されているよ。これはただ事じゃない。
どうやらこの方は、ヤンキー族スケ番科、という国の絶滅危惧種に指定されている人のようだった。珍しすぎる。
自己紹介も終わりかと思った誰かが、拍手をしようとしたのを真由さんが手で制した。 そして、バッ、とぼくの方をすごい形相で向いてきたと思ったら、
「あと……そこのお前! これが終わったら、こ、校舎裏に来いよ!」
もじもじしながらそんな事を宣言してきた真由さん。心なしか、仄かに顔が赤くなっている。
そして、赤くなった顔を見られないよう、うずくまるような格好で椅子に座った。
みんな拍手をする暇もなく、ぽかーんとしている。
ぼくはというと、もう頭の中では、校舎裏で胸倉を掴まれている所まで容易に想像出来てしまって、
どうしたらデッドエンドを回避できるのかと頭を悩ませていた。
やっぱり、今朝の変身を見られて怒っているのかな……というか、直接指名!? しかもクラスのみんながいる目の前で!!
ぼくはもう、自分の自己紹介で、何言おうかなんて全く吹っ飛んでしまって、あわわわ、と真っ青になる事しか出来ていなかった。
教室は、入学式をする前のように、また女の子がキャーキャーと騒ぎ出し、
「真由ちゃんって子、あの子が教室に来た時からずっと見てたわよ!」
「さっきの入学式の時だって、あの子を探して、きょろきょろしてたし」
「それ、ほんと~!?」
「ほんと、ほんと! 今思えば、恋焦がれているような目をしていたかも~」
「まさか、ひとめぼれ!? しかも入学初日に、校舎裏でいきなり告白!?」
「みんないる前で予告なんて、だいたーん!」
「早くも先生と三角関係ぼっぱつ!? これは、要チェックだわ!」
とやたらと姦しい。
一方、男子はというと、お気の毒に、という表情を、全員ぼくに向けてくれている。
……あれ? お気の毒という割には、みんなこめかみに血管が浮き出ているけれど、どうしてなのかな?
まさか、『かわいいは正義』という理由だけで、全ての事柄を正当化させるとかいう事をしているのなら、それは間違っているとぼくは思うよ。
(でも、わたくしと出会った時に、ユートさんも同じ事を言っていましたが……)
(うう、確かに……けど、前言撤回。やっぱり、かわいくても、怖いものは怖いよぅ)
そうして、真由さんを取り巻く騒ぎが収まった頃に、ぼくの出番がやってきた。
さっきの騒動で、逆に緊張が吹き飛んでしまっていたのか、スムーズに自己紹介をこなせた。
というか、周りのニヤニヤとした好奇な視線で、何を話したのか覚えていない。
まぁ、この後に起こる惨劇を考えたら、もうこんな事はどうでもいいというか……。
そんな感じで、今日の授業は終わる事となった。今週は、1週間短縮授業なのだ。
「それじゃあ、今日はここまでね~。みんな、車に気をつけて帰るのよ~」
冬音姉は、小学生に言うみたいに、ぼくらに向けてお別れの挨拶を済ませる。
クラスのみんなはというと、これからの学校生活がどうなっていくか、希望と不安がまざった表情を浮かべながら教室を後にしていく。
ぼくもそれに倣って、早くお家に帰りたいのだけれども……
ゴゴゴゴゴゴッ!!
真由さんからの熱烈な視線を無視して帰れる程、ぼくの神経は図太くなかった。
「や、やぁ。真由さん。ぼ、ぼくに一体なんの用が……」
「ほらっ! 早くこっちに来いっ!!」
和やかに挨拶をしようとした、ぼくの首根っこを掴んだまま、引きずっていく。
は、恥ずかしいから、せめて、自分の足でえええぇぇぁぁぁ…………ズルズルズル……
そうして、引きずられるままに校舎裏に連れ込まれた。ヤンキーの定番スポットだ。
いい意味で使われるケースははっきり言ってほとんどない。今回もそのケースっぽい。
ドン!! ひぃっ!?
真由さんの右手は、ぼくの頭の横にある壁を殴っており、恐怖心を煽りつつも退路を断つ、という2つの役割を果たしていた。
これは完全に無事では済まないパターンだ。
うん、パターン入ったな、これ。……良くて、病院行きだろう。
不機嫌な真由さんは顔を赤くしながらも、すごみのある顔をしてガンをつけてくる。
「おまえ……見たよな?」
「見てません!! 真由さんが、プリキャラなんて、ぼく、知らないですから!!」
真由さんの顔が、ハニワのようにポカーンとなる。
「バラすの早すぎだろ……おい、じゃあ、なんでお前がその事を知ってんだ?」
「えっ……?」
「気づいてないのかよ!? それはあの場にいたやつしか知らねー事だろ!」
「あっ!? そうだった! 墓穴を掘ってしまった!!? はわわ! どうしよう!」
「やっぱ、お前か…………ていうか、口、滑りすぎだろ……」
「いえ、なんとなくそう思っただけで、ただの偶然なんです……ぼくは無関係です」
「こんだけ証拠を喋りすぎてんのに、まだシラ切るつもりかよ!? 逆にすごいぞ!?」
怒った背の低い真由さんに胸倉を掴まれてしまい、身動きが取れなくなった。
ガンをつけられ、お互いの鼻がくっつく位までの距離になる。
可愛い顔立ちだけれども、今は悪い予感しかしないので、出来れば近づいて欲しくない。
「おい……」
「ひゃ、ひゃい!?」
「あたしが魔法少女だって秘密、誰にも言わねーか?」
「い、言いません! ええ! 神に誓って言いませんとも!」
「さっきの口の軽さで、おめーのどこを信用しろってんだ!?」
「わざとです! わざと! それに真由さん、吐け、って感じだったじゃないですか!」
「それはそうだけどさ! ……うーん、しかし、イマイチ信用できんなぁ……」
「じゃ、じゃあ、どうしたらいいんですか?」
他にどんな方法が……と、首をかしげて考えていた真由さんが、何か思いついたようだ。
「そうだ……いい事を思いついた。あたしの手伝いをしたら、許してやる」
「て、手伝い……?」
「そっ。これから、おめーはあたしの舎弟となって、あたしの命令を聞いてくれる、って言うんなら許す。それ以外なら、ぜったいに許さない」
「で、でも……」
ドン!
「あ? おめーに拒否権なんてもんはねーから。返事は、はいかイエス。わかったか?」
「イ、イエスゥ……」
すごみのある声に、ついには腰が砕けて、へなへなと地面にしゃがみ込んでしまう。
「なんだよ。なっさけねーなー。そんなんじゃ、あたしの舎弟はつとまんねーぞ?」
カカカ、と豪快に笑う真由さん。あの~、別につとまりたくないのですが……
「そ、それで、一体、どんな事をすればいいんですか?」
ぼくがそう質問すると、真由さんはニヤリ、と悪い笑みを浮かべて、
「なぁに、ちょっとした潜入さ」
とほそく笑んだ。