冬音姉との思い出と窮地のぼく
「じゃ、じゃあ、紙もなくなった事だし、質問形式にしてみましょうか!
は~い、みんな~? 私に質問のある子は、手を上げて~!」
冬音姉がそう言うのだけれども、やはり入学初日で緊張しているのか、
それとも恥ずかしいからなのか、最初に手を上げるような子はいなかった。
……仕方がない。ぼくが手をあげるか。
「あっ! ユウマちゃん♪ は~い、お姉ちゃんに何でも質問してね~」
もう既に口調が昔に戻っているが……まぁいいか。
「ええと、冬音姉……春峰先生は、なんで学校の教師になったんですか?」
そう。保母さんとかだったらわかるのだが、正直、冬音姉は全然高校の教師っぽくない。
どうして、この職業を選んだんだろうか? 純粋に聞いてみたかったのでまずそれを聞く事にした。
引っ越した先で何かきっかけがあったのかな?
「えーっと、それも~、紙にもっともらしい事を書いたんだけれど……うーんと」
「春峰先生。別に紙に書いてあった事を思い出せなくても、素直に教師になりたかった理由を言えばいいんですよ」
「でも……う~ん。そんな事言ったら、みんなにバカにされるかもしれないし~」
「そんな事ないよ。例え、みんながバカにしてもぼくだけはバカにしないからさ、ね?」
「ユウマちゃん……」
じ~ん……!
ぼくの言葉に感動して、突き動かされたのか、ようやく話す決心がついたようだ。
「うん、わかった。ユウマちゃんがそこまで言ってくれたんだもん。いいよね?」
別にいいけど……なんで、ぼくに聞くのさ? その理由は、3秒後にはわかった。
「私が……私が高校の先生になったのは~、ユウちゃんと会いたかったからです~!」
キャッ、言っちゃった♪ と嬉しそうに告白する冬音姉。
……………………はっ?
「先生になろうとした本当の理由は~。先生は、4年前までユウちゃんの近所に住んでいて、
本当の姉弟みたいに仲が良かったの~。けれど、突然引越しする事になっちゃって~。
ああ、運命ってホント、時に残酷なのよね~。
それで、寂しい思いをしていたけれど、私が大学を卒業する頃に、ちょうどユウちゃんが高校生になるから
『あ! それじゃ、ユウちゃんの学校の先生になろう!』って思ったのがきっかけなの~」
……………………えっ?
ぼくは、冬音姉の爆弾発言に頭が追いつかなかったけれども、
その言葉にクラスの女の子で噂が好きそうな3人組が、キャーキャーと騒ぎ始める。
そして、その中の1人が、手も上げずに質問に参戦してきた。
「じゃあ、先生は今、彼氏とかいないんですか~?」
「うん。今までいなかったよ~。だって、私にはユウちゃんがいるもの~」
「まさか、愛の告白とかされたんですか~?」
「うふふ……それは、ひ・み・つです♪」
キャーキャー!
「じゃあ、じゃあ、ユウ君が卒業しちゃったら、どうするつもりですか?」
「寿退社もいいかもしれないかな~って、思ってるの~」
キャー、キャー、キャー!!
「それじゃ、わたし達と一緒に卒業する事になるんですか?」
「そうかもしれないわね~。でも、もしかしたら、」
「もしかしたら?」
「私の方が先に、卒業しちゃうかもしれないかも~♪」
「それって……」「もしや……」「まさかの……」「いわゆる……」
キャーキャー! キャーキャー!!
事態は収拾がつかない位に盛り上がってしまっている。噂好きの3人組どころか、女の子の大半が黄色い歓声を上げていた。
一方の男性陣はというと、
(教室に天使みたいな先生が入ってきたと思ったら、既に先を越されていたでござる)
(近所のおさななじみのお姉さんが担任の教師で、ベタ惚れだと!? それなんて……)
(あいつ、許さねー!! バッキバキにしてやんよ!)
(おい、屋上に行こうぜ……久々にキレちまったよ……)
ひ、ひぃ!! 殺意のこもった目でめちゃくちゃ睨まれている!
一言も喋らないうちから、クラスの男子を全員、敵に回してしまった!!
守ってくれそうな人は……肝心の教師の冬音姉は、うふふ♪ って笑っているだけで全然あてにならないし……
いきなり孤立無援? なにこれ? 初っ端から積んじゃった?
ていうか、なんでこんな事になったんだーーっ!?
オロローン、と泣き叫んでも、上上下下右左右左BAを押しても、全く状況は変わらなかった。
くそ、あの紙が飛ばされてからおかしくなったよ。なんでいきなり、教室の中で突風が吹くんだよ!
常識的に考えておかしいだろ!? それに、まだ寒いし花粉の季節なのに、なんで窓が開いているだよ!
あああもう! なんて間が悪いんだーーっ!!
そんな事を考えている内に、さっきの女の子たちと冬音姉のコイバナが、更にエスカレートしていた。
「ええ~? そうね~、子供は……ん~、やっぱり上は女の子で、下はユウちゃんみたいに格好いい男の子がいいかな~
……あっ、でもユウちゃんが『冬音姉。ぼく、もっと子供欲しいよ!』って、迫ってきたら~、私は拒めないかも~」
キャーキャー!! キャーキャー!!
な、なんて話をしているんだ……冬音姉は、もう、ただの恋する乙女になっていた。
「それじゃ、2人の初キスはどこで?」
「ユウちゃんとチューはいっぱいしているけど、初めてのチューは、やっぱり覚えているわ~。
あの日は、夏の暑い日の夕方だったのよね~。ちょうど買い物帰りで、急に土砂降りの雨が降ってきたのよ。
途中で偶然一緒になったユウちゃんと、雨宿りをする為に私の家に入ったんだっけ。
家の人はちょうど誰もいなくて仕方がないから、びしょびしょに濡れた服をお互い脱ぎあいっこして一緒にお風呂に入ったの~。
……それで、上がった瞬間に停電になってしまって、怖がるユウちゃんを連れて、私の部屋の中に向かって~……」
ゴクリ……
いきなりエロティックな話に移行したので、場にいる全員が固唾を飲んで、冬音姉の話を聞き入り始めた。
って、おいおい! これは教育上問題がないかい!? これは止めないと!!
「冬音姉、そんな話は、もうやめ……もがっ!?」
(うるさい! 今、いい所なんだから、あんたは黙ってて!)
噂好きの女の子の1人に口を封じられた。
むぐぐぐ、手をどかせない程に力が半端ない! 噂好きのパワー恐るべし!
なので、話を止める人が誰もおらず、依然、冬音姉の、めくるめく猥談がクラスのみんなの耳へと届けられていく。
「それで、電気の点かない薄暗い部屋の中で、お互いの髪をふきふきしていたの。
1枚のタオルしか使ってなかったから、ユウちゃんの顔がすっごく近かったのを覚えているわ~。
濡れた髪が肌に貼り付いていて、怖がっている顔も、とってもキュートで扇情的で、もうキュンキュンがキュンキュンしちゃって、
心がかき乱されちゃって~『もう、しちゃっていいかな? ああ! でも、ダメ! 私は、ユウちゃんのお姉ちゃんなんだから!』
って葛藤を繰り広げていたの~。心の中では天使ちゃんと悪魔くんがいつも戦っていて、毎回、僅差で天使ちゃんの方が勝っていたんだけど、
その時、運悪く、大きな雷が鳴っちゃったの。それで、ユウちゃんが、『怖い!』って私の胸に飛び込んできて、
潤んだ瞳で見上げてきて~。そのかわいさといったら、もう~! 私の理性を吹き飛ばすのに充分だったわ~。
そこまでお膳立てされたら、私も覚悟を決めなくちゃ! と思って、『恥ずかしいけど、ユウちゃんになら、いいよ……』
って答えて、お互いに下着のままだったけど、ベッドに入り込んだの。私がお姉さんだから、上になって、お互い初めてだったけれど、
ユウちゃんが上手く出来るように、優しくリードしてあげて、それで……」
ピンポンパンポーン
『1年生のみなさん、入学式をするので早く講堂に来て下さい。特にろ組のみなさん、早く来て下さい。繰り返します。1年生のみなさん…………』
ピンポンパンポーン
「あ、ちょうど放送も鳴った事だし、それじゃあ、みんな講堂に行きましょうか~」
ポン、と手を叩き、脱線した自己紹介を止めて、廊下に出る冬音姉だが……
(それって、ぼくが幼稚園の頃の話でしょ!? しかも、キスの話だから!)
(ユウさんは、あの教師の方と大変に仲がよろしいのですね?)
(そうだけど、あんな言い方じゃ、絶対にクラスのみんなに誤解されたよーー!)
案の定、ぼくの口を未だに押さえていた女の子が、
「いい話が聞けたわ……あんた、中々やるじゃない! ……色んな意味で」
と、おばさんみたく意味深な発言をぼくに向けて言ってきた。
(やっぱり、誤解されてるーーっ! 色んな意味って何ーっ!? 違うんだから!!)
「むがが! がう! がう! むがむがーーーっ!」
「……あ! 口を押さえていたの忘れてた。ごめんごめん……ほら、もうみんな廊下に並んでいるから、早くわたし達も行くわよ!」
「ぷはっ……はぁはぁ……今のは違うんだ。みんな聞いて欲しいんだけど……」
ようやく口封じが解かれ、ついでに誤解も解こうとしたのだけれども、既にもうみんなから色眼鏡で見られていて弁解する余地がなかった。
これは、参った……どうにかならんかねぇ……いや、ムリだな……
しかたがない。今後の行動で汚名を返上するしかない。大人しく廊下に並ぶか。
ホント、冬音姉は言葉が足らないんだから……それじゃ、教師はやってけないよ……
というか、さっきのアナウンス、明らかに冬音姉のためだったよね?
これは教師生活早々、先生方にマークされているな。教師1年目で仕方ないかもしれないけど、
やっぱり、おっちょこちょいだし、おっとりした性格だからだよな~。
もしかして、朝の予定が遅れていたのも冬音姉のせいだったりして……
まぁ、冬音姉のおっとり空間は決して悪くないし、逆に癒されるし、生徒からは絶大な人気を誇る事は間違いないけどね。
そうして、冬音姉の先導で教室のみんなが移動するのだけれども、
ギロギロ……
(ううぅ、忘れていた)
(そうですね。彼女、あの教師の話の間中、ずっとユウさんを睨んでいましたよ)
(そうなんだ……ああ、刺すような視線、ってこういう事を言うんだね……すごく痛い)
そう。今もずっとあの朝の、口の悪い魔法少女の子に睨まれてるのだ。
ぼくは、その子から出来るだけ離れるように歩き出す。
いつかは追求されるんだと思うけれど、出来るだけ遅めたい。あわよくば、何事もなかった事にしたい。
とにかく、入学式の時は男女別れるから、追求されなさそうだけど……
はぁ……どうしようかな……