近所のお姉ちゃんは担当教師
キーンコーンカーンコーン。
はっ! 予鈴が鳴ってしまった!
せっかくエリュエちゃんが間に合わせてくれたのに!
急いで走り出すけれど、今度は別の問題に気付いてしまった。
「ああっ! 服がボロボロだった!」
そう、登校途中、爆発に巻き込まれていたのを思い出した。
さっき説明した通り、真新しい制服は傷だらけになったままで、膝も穴が開いたままだ。
現実はギャグ漫画みたいに、アフロになった髪やボロボロの服が、次のシーンで元通りになったりはしない。
ま、現実はそもそも、爆発で髪がアフロみたいにはならないけど。
「ど、どうしよう……今から家にも戻れないし、替えの制服なんて、どこにも……って」
気がつけば、周りの登校している生徒たちがぼくの事を指さして、
プー、クスクス……あれ、何ー? 新しいファッション? クスクス……と笑っていた。否、笑われていた。
やばい! これは恥ずかしい! 次は違う理由で教室に行けなくなってしまった!
ぼくは急いで校舎裏の誰もいない所に行き、後ろにいるエリュエちゃんに、
この件に関してもどうにかならないかと頼み込む事にする。
「ごめん! エリュエちゃん! ぼくの、このボロボロの服を新しいのと、いや、元通りにしてくれないかな!」
パンッ! 手を突いて頭を下げる。
エリュエちゃんは他の人からは見えていないようなので、はたから見たらまんま神頼みしているのと変わらない。
まあ、内容もほとんど神頼みと同じだけど。
(ええ、いいですけど)
「ホント! 本当に出来るの!?」
(はい……あ、前以上に豪華な服になりますけど5時間かかるのと、3秒で出来ますが、ただ単に元通りになるだけなのとでは、どっちが)
「3秒で! 3秒の方でお願いしまうっ!」
エリュエちゃんの2択を最後まで聞かずに答える。
急ぎすぎて噛んじゃったが、時間がないのでしょうがない。
(わかりました……テクヤクマヤコン、テクヤクマヤコン……チンカラホイッ!)
ぱっ! おお!? 元通りになった! 理論はわからないけれども、今は助かるよ!
あ、でもこれなら、3秒の方だけでいいじゃないかな?
(いえ、5時間の方は、着ているだけで寝てしまう位に素材がいいんですよ)
(そうなんだ……って、ん? いや、それは逆にダメなんじゃないのかな?)
(そういえば、そうですね)
(……あっ、というか、わざわざ口に出してしゃべらなくても、エリュエちゃんと話せるんだ)
(はい。お互い、口に出してしゃべるのも大事ですが、簡易的な連絡はこうしてテレパシーを使うのが、わたくしの星では普通なのです)
(さっきからの超能力みたいなのといい、テレパシーといい、確かに宇宙人っぽいなぁ)
(何をもって宇宙人ぽいというのかはわかりませんが……うふふ……これでようやくホントに信じてくれましたね)
(うん。流石に、こうして連続で見せ付けられると、信じざるおえないというか……)
キーンコーンカーンコーン。
あっ! エリュエちゃんのゆったりとしたふわふわ時間に飲み込まれて、楽しい世話話をしている内に本礼が鳴ってしまった!
せっかく学校に着いたのに、結局、遅刻してしまうとは、おお、ユウマよ、情けない!
だけど、まだ先生が来るまでのタイムラグがあるのかも! それに賭けよう!
ぼくは、その一縷の望みに希望を宿して教室まで走る。
あれ? そういえば、どの組なのかまだ知らなかったのでまずは掲示板まで向かう事にした。
ええと、ぼくの名前は……あっ、あったあった……ろ組か……って、この高校、い・ろ・は、で分けられているのか。
忍者の卵を育てる学校と同じ方式なんて珍しいな。
そんな事を思いつつも、掲示板に書かれている『ろ組』まで急ぐ。
……ザワザワ……ザワザワ……
みんなざわついていて、生徒も廊下にいるようだから大丈夫な感じっぽい。
学校初日だから、準備に追われて先生方も少し遅れているのだろう。
そんな幸運にも助けられて、先生が来る前にぼくがこれから1年間お世話になる1年ろ組の前になんとか立つ事が出来た。
紆余曲折があったけれど、ようやく到着か……登校するだけでドラマがあり過ぎたな。
ふー! 緊張してきた。でも、最初が肝心! 元気よく教室に入ろう! ……よし!
ガラガラ……
しずしずと扉を開ける。
やはり、恥ずかしくて縮こまってしまった。
そんな、ダンゴ虫みたいに小さくなっていたぼくに、席に着き始めていたみんなが一斉に目を向けてきた。
……ううっ、怖いよう……
こそこそと黒板に書かれている席に着こうとする。
えーっと、名前の順だから……って、空いている席は1つしかないや。
いそいそと指定の席に座る。
ふう。なんとかゴールインする事が出来たよ~……って、な、なんだ、この威圧感!?
ゴゴゴゴゴ……!!
横からジョジョばりのものすごい視線を感じた!
思わずぼくの顔も劇画タッチになってしまう!
ヌマァ。メメタァ……。
擬音もなんと形容していいのかわからないくらいの独特の表現になりはじめた。
マ、マズい!? 早く元に戻さないと!
ぼくは、あんまりジョジョの事を知らないんだ! ボロが出る!
(あの、変な顔になっている所すいませんが……強烈に見られてますよ)
(わかってるよ……こんな、心臓を鷲掴みにするような視線に気づかないわけがないからね)
じりじりと、油の切れたブリキ人形みたいにエリュエちゃんの指差す方に目をやる。
ニヤリ……
「よう……10分ぶり、だな?」
げぇ!? 関羽!? ……じゃなかった。
そこには、さっき空き地に登場していたヤンキー口調の魔法少女の子が!
ええ! おんなじクラスだったの!? しかも席が隣だし!!
そういえば、同じ学校の制服だったな……伏線がこんなにも早く回収されるとは。
そんな、ぼくの驚いた顔を見て、確信を得たのか、
「やっぱり、おめーが今朝のやつだよな?」
と眉間にシワを寄せながら近づいてきた。
……はっ、そうか! あっちは、はっきりとぼくの顔を見たわけじゃないんだ!
それなら、どうにかウソをついてでも誤魔化して難を逃れるべきだ!
見よ! ぼくの演技力!
「ナ、ナンノコトデスカ?」
「しらばっくれるな! 後ろ姿が、おめーそっくりだったんだよ!」
「ソレ、人違イ。ボクニ似テル人、イッパイイル。ヨク間違ワレル」
「じゃあ、さっきから、なんで片言になってるんだよ!?」
「ボク、昔カラ、コノ喋リ方。ボク、イイ人。何モ見テナイ」
「怪しさ全開じゃねーかーーっ!!」
ぼくの迫真の演技はすぐさま見破られてしまい、いきなり詰め寄られた! ひえー?
こ、これは逃げるしかない!
教室の扉を開けて、今ここにある危機から逃れようと……うわ!? ぽよんっ!
「あんっ♪」
ぼくの顔に、車に搭載されているエアーバッグみたいな衝撃が広がる。
痛みは全然ない。むしろ心地よい感触だ。
この感触は、母なる大地の恵みのような……
「あら~。入学早々ドタバタしちゃって~。みんな、席に着きなさ~い!」
懐かしい声がする。そういえば、この感触も懐かしいな……ぽよぽよ……ぷにょぷにょ。
「ほら、いつまで昔みたいに私の胸に溺れているのよ~。ユウマちゃん。今はメッ、よ♪」
コツン!
いてっ……その間延びした独特の声と、ユウマちゃんのあだ名で呼ぶ人物は……まさか!?
「もしかして、冬音姉!?」
「うふふ~! せいかい~! ユウちゃ~ん♪」
豊満な胸をたゆんたゆんと揺らしながらにこやかに答えてくれるなつかしい顔。
「ええっ!? ホントに冬音姉だ!!」
なんと、4年前に遠くの町へ引越ししちゃって離れ離れになった、ぼくの家の近所に住んでいた冬音姉だった!
ていうか、どうしてこんな所にっ!?
ここに来たって事は、まさか担任なの!?
そんな昔の思い出の感傷と先程のやらかい感触に浸っていたら、今度は冬音姉から抱きついてきた。
「お久しぶり~! ユウマちゃん。会いたかったわ~!」
「うわっぷ! ……冬音姉、苦しいよ! 抱きつくのは、メッ、じゃなかったの!?」
「でもでも、私も抑えようとしたけど、ユウマちゃんの方から、いきなり抱きついてくるんだもん~!
そんなの反則よ~! ああ、この抱き心地、昔と変わってないわ~」
「で、でも……そんな事を言っても、今は先生じゃないの!? そんな事をしていたら問題になるんじゃ、」
「今は先生だけれど~、その前に私はユウちゃんのお姉ちゃんなんだから、素直に言う事を聞くものよ~。
ほら~、大人しくすりすりされなさ~い♪」
世の弟はお姉ちゃんに敵わないものなのだ。
諦めよう。ここは昔のようにお姉ちゃんのぬいぐるみになりきるしかない。
ああ……やっぱり、冬音姉に甘えるのは至福のひと時だよ……って、はっ!?
じーーっ……
さっき、ぼくを追いかけていた魔法少女の女の子を含め、教室のみんながぼくと冬音姉を三白眼で見つめていた。
明らかにみんな呆れている。
(だ、ダメだよ、冬音姉! 昔みたいにしてちゃ、教師の威厳がなくなっちゃうよ!)
ぼくの小声のつぶやきに、冬音姉もようやく、はっ! として抱きつくのを止めた。
「こ、こほん……高校生にもなって、教室を走り回るのはいけない事よ、ユウちゃ……ユウマ君」
「はい、すいません。冬音ね……冬音先生」
「よろしい」
そう言って、メガネをくいっ、とあげて……あれ? 冬音姉、昔はメガネなんかしてなかったのに……どうしたんだろう?
それと昔はこの高校の制服を着ていたのに、今は白と黒のスーツをパリッと着こなしている。
なんだか冬音姉の違う一面が見れて新鮮な感じがする。
とと、そんな事より早く冬音姉から離れないと。
2人のたどたどしい演技もそこそこに、クラスのみんなが席に着いた。
うう、まだ魔法少女の女の子、睨んできてるよ……早く席替えをしてくれないかな。
そんなぼくの思いは届かずに、このクラスの始まりを意味するHRが始まった。
「おほん。みんな、席に着いたわね? 本当は、みんなの自己紹介をしたかったんだけれど、時間の都合で先に入学式をする事になったの~。
だから、早く講堂に……あっ、でも、先生の自己紹介はしておくわね~」
そう言ってから、冬音姉は黒板にチョークで大きく自分の名前を書く。
春峰冬音……ていうのか。ああ、ずっと冬音姉って呼んでたから、苗字を始めて知ったな。
「これから1年間、あなた達を受け持つ事になる春峰冬音です。
さっき、ユウマちゃ……ユウマ君が下の名前を呼びましたが、
教師と生徒の関係をしっかりと保ちたいので、苗字で春峰先生と呼んで下さいね!
えーっと……私は今日、みなさんと出会えた事が出来て、とても嬉しいです。みんな知らない子ばかりだけど、
これから仲良く、でも厳しく、勉強や学生生活を、1人の人生の先輩として教えあっていきたいと思っています。
私も今年から先生になりました。だから、私もみんなと同じ1年生です。あなたたちと同じようにわからない事だらけだと思うけれど、
それでもしっかりステップアップしていって、立派な、みんなから尊敬される、頼られる教師になろうと思っています」
お、思ったよりしっかりしているな。やっぱり、教師になったからかな?
昔の印象だと、もっとぽやんとしていてたような……さっきみたいな感じの。
「だから……あっ!」
ヒラリ~、パサバサ…………ヒュー!
あっ、冬音姉が教壇の下に隠していた、おそらく、そこにさっきの挨拶が書いてあった紙、
それが風に飛ばされて教室の外へと飛んでいってしまった。
「ああん! その紙がないと、ちゃんと挨拶が出来ないわ~」
そう、こんな風におっちょこちょいだった。
「先生~。別に紙がなくてもいいから、早くわたし達に自己紹介をして下さい」
「うう……そうね、ありがとう。あなた優しいのね~」
そうそう、何があってもへこたれず、いつも笑顔で明るくて、こんな風にみんなに優しかったなぁ。
……って、それじゃ、昔と全然変わってないじゃないか。
ああ、あのカンニングペーパーを読んでいたから、昔と違うな~、って感じたんだな。
この調子じゃ、何も変わってなさそうだ。
あ、でも、それだと逆に心配になってきた。自己紹介も、紙なしで出来るのかな?
「ええと、その、だから……ううっ……頑張っていきたいから」
思った通り、ぐだぐだで案の定ダメだった。こういう所も昔と変わっていない。
昔も率先して前に出る方じゃなかったから、緊張しているんだろうな。
(冬音姉! 緊張しないで! ファイト!)
緊張している冬音姉に、小さな声で声援する。
(……うう……あ、ユウマちゃん? うん、ありがとう!)
ぼくの言葉が届いたのか、ニパ~、と冬音姉は笑顔を取りもどして、うなずいてくれた。
どうやら100%勇気が出たようだ。