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ぼくの背後のおっとり幽霊

 シュタッ!

 ひと仕事終えた魔法少女が、ぼくの隠れているドカンのすぐ近くに降り立った。

「ふぅ……」

 シュウウン……。

 ため息と共に、マーブルプリンキャラメルの変身が解かれる。

 その格好は……なんと、今日からぼくが通う高校の制服だった!

 ええっ! どう見ても中学生、いや小学生だと言っても通用するくらいの、ちっさな女の子なのに!

 魔法少女は、まさかの同級生!?

 驚いて固まっているぼくに気付かないまま、女の子が学校へと向かいだす。

 けれど、もっと驚いたのは、次にその少女の口から出た言葉だった。

「ちっ! 入学初日から怪人のやつらがウロチョロしやがってよ。……ったく、だりーぜ。呼び出されるあたしの立場も考えろっつーの!」

 と、首をコキコキとならしつつ、かったるそうに声を出す。

「…………えっ?」

 さっきの可愛らしい、天使のようだった魔法少女と同人物とは思えないくらい、あまりの人相の悪さと口の悪さに、思わず声を出してしまった。

「っ!? おい、そこに誰かいるのかっ!!?」

 ぼくの声を聞いた女の子が殺人現場を見られた犯人のような顔で振り向いてきた。

 ああ、しまった! 声を出してた!

 マズい! このままじゃぼくも亡き者にされちゃうよ! ど、どうしよう!?

(ここは一目散に逃げましょう! 正直に話してもいい結果が生まれるとは思いません)

 うん、そうした方がいい。

 なぜならあの子の背中から、魔法少女だとは信じられないくらいに殺意の波動が出ているからだ。

 安易に近づけば暗闇の中、38Hitくらいはコンボをくらいそうなので逃げる事にするした。

 三十六計、逃げるに如かずーっ!

「ぼ、ぼくは、何も見てませーーーーん!!」

 顔を見られないように彼女とは別の道へと逃げる。

「あっ! 待てっ! おいっ!」

 ぴゅーーーっ! 少女の制止を無視して、足を渦巻き状にしながら走る。

 というか、なんで正義の味方から善良な市民であるぼくが逃げないといけないんだろうか? 普通、逆じゃないの?

 そんな事を思いつつもスターを取ったひげ面のおっさんばりの速さで逃げたのだった。






(あの……もう大丈夫ですよ?)

 世界新記録も真っ青な走りを堪能していると、そんな声がぼくの頭の中に響いた。

(そ、そうかな?)

 言われた通りに振り返って来た道を見てみる。

 あの子は……よし、いない。

 ふぅ~どうやら逃げ切れたようだ。助かった。

 逃げると経験値はもらえないけど命あってのものだねだからね。

(流石にあんなに走れば、あの人も追ってこないでしょう)

「確かにそうだね。ここまでこれば安心だよね」

(向こうも呆気に取られて、追いかけてなかったようですけど……)

「一応、念のためさ。なんかあの子の目が怖かったしね……って、ん?」


 あれ?


 誰にも追いつかれないくらいのスピードで走っていたのに、ぼくの後ろの方から未だに声がするぞ。

 ……というよりか、今気づいたんだけれど、飛ばされた時からずっとこの声と話してたこの声の人物をぼくは知らない。

 えっ? じゃあ、背後にいるのは一体……?

 途端に背筋が凍り、全身に震えが走る。

 それじゃあ、声の持ち主はずっとぼくの後ろにいた……?

 ひぇー!! いきなりジャンルがホラーになっちゃったよ!

(あの? 滝のように汗を流されて、どうなされたんですか?)

「ナ、ナンデモナイヨ」

(まぁ、声も変になっていますよ! 診てさしあげますから、こちらを向いて下さい)

「見ちゃダメだ! 見ちゃダメだ! 見ちゃダメだ! 見ちゃダメだ!」

(そんな事を言わずに、さぁ!)

「ひぇー!? 悪魔のささやきだ! ぜ、絶対に、ぼくは見ないぞ!」

 だが、『見てはいけない』と強く思えば思うほど、人は見たくなるものなのだろうか。

 意識に反して、ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る、ぼくは振り向く事にしたのであった。

 …………くるりっ。

(あっ、ようやくこちらを見てくれましたね♪ 初めまして~♪)

 ぼくに向かって、声の主が元気よく挨拶をしてくれたのだけれども、


 ふよんふよん…………う、浮いてるーーーっ!?


 そこには、宙を漂っている半透明の幽霊が! しかもご丁寧に火の玉まで付けて!

「ぎゃーーーーっ!? 出たーーーーっ!! 悪霊退散っ! 悪霊退散っ!」

 突然の心霊的な出会いに、思わずアメコミ風に口から心臓が飛び出して驚いてしまった。

 というよりかさっきからなんなんだ!?

 魔法少女に、悪の組織に、それに幽霊まで出てくるなんて!

 いや、そんな事はどうでもいい! ひとまず、除霊をしなければ!

「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前~!」

 必死の除霊を試みたけれど、素人だからだろうか、幽霊は一向に消える気配はなく、ぼくの奇行を物珍しそうに見ているだけだった。

(あの~、それは一体、どういった効果があるのですか? 面白い踊りですね)

「これは幽霊を退散する方法だって、いつも黒い手袋をしている小学校の先生が主役のエッチな漫画で読んだんだよ!

 てか、なんで朝から幽霊が出てくるんだよー! 幽霊は夜に出てきて、なんぼの商売でしょ!? 昼間は墓場でぐーぐーぐーじゃないの!?」

(はぁ……そうなのですか)

(そうなのです! だから、早くこの世の心残りを解消して成仏しちゃってよ! お願いしま~す。成仏して下さ~い)

 除霊が効かないとわかると、今度は泣き落としの作戦に移行した。

 ……のだけれども、幽霊はお気楽そうに、う~ん、そうですねぇ……と考えるようなポーズを取って、

(あのー、落ち着いて下さい。わたくし、幽霊ではありません)

「……カイコクシテ下サ~イ……って、えっ?」

 その幽霊の、幽霊じゃない発言に、キョトンとしてしまう。

「えっ? だって今の、君のその姿を見たら、100人中100人の人が幽霊だって、」

(いえ、ちゃんと見て頂ければわかると思いますが、足があるので幽霊ではないのです)

「そ、そうなの?」

 言われた通り見てみると、宙に浮いてて半透明だけれども、確かにちゃんと足はあった。

「うーん……いやでも、おキヌちゃんにも足はあったし、これだけじゃ説得力がないよ」

(でもわたくしの世界では、足がないのと、白い三角布をしていないと、幽霊の風上にも置けない、そう言い伝えられていましたが、)

「そんな事ないよ。最近は、幽霊業界も多種多様になってきているから、色んな幽霊がいてもおかしくないんじゃないかな?

 自分は普通の人間だと思ってても、物語の最後に、実は幽霊でした。っていうオチの映画だってあるし」

 まあ、そんなひねた設定の映画は大体、酷評されるけどね。

 しかし、彼女は他に自分が幽霊じゃない証明が出来ないのか、途端に落ち込み始めた。

(そうなのですか……うう、それでも確かに、わたくしは幽霊ではないのです……一体、どうすれば納得して頂けるのですか?)

 確証はないけれども、でも信じて欲しい、という困り果てた顔をぼくに見せてくる。

 ぬぅ! 困った顔がなんとも可愛らしい!

 こんな子をイジめるのはよくないよね。

 という訳で、

「わ、わかったよ。信じるからさ……だから、そんな顔をしないでよ」

 顔を従来の2割増し位、キリッとした表情をしてダンディな声でなぐさめる。

(ホントですか! ありがとうございます!)

 キラキラ~♪ と幽霊……じゃない女の子が顔をほころばせた。

(わたくしが言うのもなんですが、よく信じてくださいましたね?)

「うん。困っている人がいるなら、まずはその人を信じてあげる事から始めないとね!」

(わぁ! 素敵な考え方です! そんな素晴らしいお方と巡り合えるなんて光栄です!)

「いえいえ、当然の事をしたまでさ……」

 そんな歯の浮いたカッコいい事を言っているのだけれども、本当の理由は、その子が稀にみる美少女で、とても可愛い女の子だったからだ。

 水色の髪を肩まで伸ばしていてまつげも長くて、お嬢様みたいなオーラを醸し出していた。

 言葉遣いもどことなく上品だし、本当にどこぞの国のお嬢様なのかもしれない。

 これなら仮に幽霊だとしても一向に構わない。

 かわいいは正義です。

「ええと、それで、一体どういう事なの? さっきの争いの中で何が起きたのかな?」

 さっきから非日常的な事が立て続けに起きていて、頭の整理が追いついていない。

(すいません。わたくし、あなたに憑依してしまったのです)

「ひょ、憑依? それって、幽霊が誰かに取り憑くやつだよね?」

(はい。そうです)

 そういえば、ずっとぼくの周りをウロウロと漂っているけれど、離れようとしていないな。

 なるほど。これが憑依というやつなのか。

「憑依をしているけれども、幽霊じゃない、と?」

(その通りです)

 うなずく幽霊じゃない女の子。

 そういえば、確かに幽霊の格好には程遠い服を着ているな。

 銀色で光の反射するテカテカした、ずっと見ていたら目に悪そうな、ナイロンのような生地の服だ。

「なんというか……宇宙人みたいな服だね……でも、宇宙人なわけ、」

(ああ! そうです! それです! わたくし、宇宙からやって来ました!)

 幽霊の子、改め、宇宙人の子が思い出したかのように大声を出す。

(そうです……そうでした……あっ、わたくしは……えーっと、エリュエ……でしたっけ? ……と申します。初めまして)

 ペコリと頭を下げて、厳かに優雅な仕草で自己紹介をしてくれた。

「あ、ああ。わざわざご丁寧にありがとうございます(なんで疑問文なんだろう?)あっ、ぼくはユウマって言います」

(まぁ、素敵なお名前ですね。響きも綺麗でとても似合っていますよ)

「いやいや、そんな」

(ふふふ……ご謙遜なされて。思った事を言っているだけですから)

「いや、そんなに褒められると恥ずかしいな……」

 ……って、なんだ?

 なんで幽霊みたいな宇宙人の女の子と、社交辞令的な挨拶をかわしているんだ?

 目の前に地球外生命体がいるという、人類の歴史に残るかもしれない瞬間なのに、その記念すべき初の対話がこんな世話話って、それでいいのかな?

 なんかこの子の空気がとても穏やかなので、ぼくもそれにつられて、ゆったりとしてしまう。

 ……って、いかん、いかん! ん? あれ? 別に和んでもいいのかな? 

(という事で、ユーマさん。わたくしが、宇宙人だとわかっていただけましたか?)

「う、うん? …まぁ、信じる事にするよ。とても信じられそうにないけども」

(そのお気持ちはわかりますが……あっ、わたくしの事は、気軽にエリュアって呼んで下さい)

「わかった……えと、それじゃ、エリュアちゃん、でいいかな?」

(はい! ありがとうございます♪ ユーマさん!)

 こうして、エリュアちゃんとぼく、宇宙人と人類の初コンタクトが成功した。

 なんだかあっけなかったな……未知との遭遇を題材とした、壮大な映画や小説や研究とかがいっぱいあるんだけど、その人達に申し訳が立たない。

 一生懸命考えてくれた先人方、本当にすいません。

 すんなりと簡単に、平和的接触をする事が出来ました。

 そんな、未だに到底信じられないような出来事だけれども、実際に目の前に幽霊……じゃなかった、宇宙人のエリュアちゃんがいるんだから信じるしかない。

 まぁ、不幸中の幸いというか、取り憑かれたのが、こんなに可愛い女の子でよかった。

 これが暑っ苦しい汗っかきでメタボのおっさんでした、とかだったら目も当てられない。

 なにせずっと取り憑かれているわけだし、これはこれで良かったのかもしれない。

 地獄に仏ならぬ、幽霊が美少女って感じかな?

「って、ちょっと待って。憑依って事は……もしかして、ずっとぼくのそばにいるわけ?」

(はい、そうですが……なにか困った事が?)

「い、いや、その……ト、トイレの時とかは~?」

(ああ。それでしたら、目をつむっておきますので、お気になさらずに)

 いや、微笑んでくれるのは嬉しいんだけど、ぼくの方が気になるんですけど……

 それに他にも色々……ゴニョゴニョとか……困ることが……

(? なんですか? その、ゴニョゴニョとは?)

「ああっ!? 地の文を読んでる!? って事は、ぼくの考えている事もわかるの!?」

(はい。ユーマさんに取り憑いているわけですから、思考もバッチリです)

 ニコッと、安心して下さいと言わんばかりの満面の笑みを浮かべてくれるが、これはやっかいだ。

 やましい事をしている訳じゃないけれど、なぜか緊張してしまう。

 悪い事をしてないのに横断歩道の向こうから警察官の人が歩いてくると、訳もなく妙にドキドキする感覚と似ている。

 出来るだけ何も考えないようにしよう。

 ……ああ! そう思うと、逆にいけない事を考えてしまいそうだ! 

 その時は、出来るだけテンションの下がる事を考えるようにしておこう。うん。


 って、そんなバカな事を考えているだけじゃ何も始まらない。

 過ぎた事は仕方がないんだし、取り憑かれたままでもいいから、早く学校に……って。

「ああっ!? かんっぜんに、学校の事忘れてたっ!! い、今、何時!?」

(ええと……電波を受信するに、JPN標準時間08:26:14秒です)

「あああ! 完璧に遅刻だーーーっ! 入学初日から遅刻なんて最悪だ! ガッデム!」

 さっきまでの騒動で、すっかりさっぱり、学校の事を頭から消していたよ!

 今から走っても、絶対に間に合わない!

 うう、これをきっかけに、目を付けられて、教科書や靴を隠されて、トイレでイジめられて、登校拒否になって、ひきこもりになって、一家離散で最終的に自殺なんて事に……

 い、嫌だ! 死にたくない! 死にたくないよぅ!

 新しい環境という緊張からか、必要以上にナーバスになってしまっているぼく。

 その様子を、じっと見つめていたエリュアちゃんがひと言、

(あの、ユーマさんの行きたい目的地ってどこですか?)

 と聞いてきた。

「ん? 都万月つまづき高校だよ。そこに行きたいんだけど、この時間じゃもう手遅れなんだ。

 ぼくの家から急いでも20分はかかるし、さっき、でたらめに走っちゃったから、ここがどこだかわからないし、今から向かっても間に合わないよ……」

 どうしようもない現状を再確認して、情けない声を出すぼく。だけど、エリュアちゃんが、

(わかりました。今すぐにその都万月高校へと行けば、ユーマさんは助かるのですね?)

「まぁ、助かるっちゃあ、助かるけど……でもそんな事、」

 出来るわけがないんだ、と言おうとする前に、エリュアちゃんがぼくの頭の中で、ぶつぶつ、とものすごい速さで何かをつぶやきはじめた。

(衛生からのGPS通信を解析…………解析終了。座標確認。目的地にワープします)

 彼女が、頭の中でそんな言葉をつぶやいた瞬間、ぼくは光に包まれて……シュン!

 まるで地面がなくなったかのような錯覚に陥った。

 それにあわせて、ジェットコースターのてっぺんから、一気に下へと落ちた時みたいに、腰が抜けた状態になった。

 あたりは一面真っ白な景色となり、でも、ものすごい速さで移動している感覚は、肌を通してビンビンと伝わってくる。

 何がなんだか、状況がわかっていないぼくをよそに、まだエリュアちゃんは、うわ言のように喋り続けていた。

(ポンッ。実際の交通規制に従って安全運転を行って下さい。ポンッ。次、200m先、右折で、ポンっ。

 このまま2km以上道なりです。ポンッ。この先、渋滞で、ポンッ。突き当たりを左折してください)

 なにやら、カーナビの音声案内のお姉さんみたいな喋り方をしているエリュアちゃん。

 ポンポン言ってるけど、あれは口で言ってないでしょ? モノマネでもしているの?

 ショートしている頭でそんな事を考えていると、

(ポンッ。目的地周辺です。運転お疲れ様でした)

 気がつけば、ぼくは入学する高校の校門前にいた。

「………………へっ?」

 一体なにが起きたのかわからない。

 けれど、ぼくの目の前には校舎がある。校舎に掛かっている時計は……30分前。

「ええっ!? ここ、学校!? も、もしかして、今の一瞬で学校に着いた……?」

 落ち着いて考えられないけれど、今の現状を鑑みると、

「エリュアちゃんが、ここに、ここまで運んでくれたの?」

 これが正解なのだろう。

(はい、そうです! ……あの、助かりましたか? それとも、迷惑でしたか?)

 後ろで青い火の玉と体を浮かばせながら、申し訳なさそうに聞いてきたエリュアちゃん。

 この子、こんな事が出来るなんて……! エリュアちゃん、恐ろしい子!

「う、うん! 驚いたけど、本当に助かったよ! ホントにありがとう!」

 嬉しさのあまり、エリュアちゃんに抱きつこうとしたけれど……

 すかっ。

「ありゃ?」

 ごちん! 体をすり抜けてしまった。いててて……あ、当然か、幽霊なんだし。




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