魔法少女と女幹部
「それじゃ、行ってきまーす!」
真新しい制服に身を包み、妹よりも一足早く学校へと向かう。
前に行っていた中学校よりも、今日から通う高校の方が歩いて20分程遠いからだ。
「「いってらっしゃ~い。気をつけてね~!」」
母さんと妹の声を背に受け、勢い良く扉を開けて家を飛び出す。
扉を開けた瞬間、朝日が輝く……うおっ、眩しっ!
くぅ! 目がしみる程のいい天気だな~。入学するにはもってこいの最高の陽気だよ。
さっそく、高校入学への登校第1歩目を踏みしめる。カツッ。……うん、いい音だ。
いつもより早く起きたからなのか、周りの景色も心なしか少し違って見えた。
電線にとまっている小鳥たちも、ぼくを祝福しているかのようにさえずいている。
ああ、新鮮なみずみずしい空気、清々しい空。そんな爽やかな朝の匂いに囲まれると、なんとなく、これからの素敵な予感を感じさせてくれる。
ゆっくり歩いても、到着出来るくらい早めに家を出たし、幸先のいいスタートだ。
これからどんな高校生活が、ぼくに待ち受けているんだろう?
少し不安もあるけれど、友達がいっぱい出来るといいな……あとそれと、中学では恥ずかしくてあんまりしゃべれなかったけど、
女の子とも、ちょっとでもいいから話が出来たり、お近づきになれたらな……
そんな、わくわくどきどきとした甘酸っぱい、それでいて晴れやかな気持ちを胸にスキップしていく。
ふん、ふふん、ふん♪
ミュージカルのように、背中に羽が生えているかのような軽い足取りで、曲がり角を曲がったその瞬間、
チュドーーーーーン!!!!
「どっひゃあーー!!?」
80年代のギャグアニメで聞いたような爆発音が鳴り、それと同時に、よく吹っ飛んでいた代表的存在の冴羽リョウか諸星あたるのように吹き飛ばされた。
どうやらすぐ後ろで爆発が起きたようだ。
ぼくは、めんどうなことになったなぁ、とか、朝飯をもう少し食べておけばこの爆発に巻き込まれなかったのになぁ、とか色々な思いを巡らせつつも空中を遊泳した。
電柱より遥か高く空を遊覧飛行しながら、ゆっくりと目を閉じる。
ああ、小さい頃の思い出が走馬灯のように駆け巡る……幼稚園のお遊戯会の時の事、小学生の運動会の時の事、
中学生の修学旅行の時の事、エスポワールで安藤から星を奪った時の事……いや、闇の遊戯ゲームの時だったっけ?
まあ、いいや。とにかくぼくの脳裏に走馬灯が走っているのは確実なのである。
だって3階の高さまで吹き飛んだんだよ?
誰がどう考えたって、「あ、これは死んだな……」って思うでしょ?
だから走馬灯が走るのも当然、諦めるのものも当然の事なのだ。
決して、ぼくがヘタレだという訳ではない。
ぼくは両親と妹に謝りつつも、せめて1日でも良いから高校には行ってみたかったなぁ、と現世での心残りを感じていた。
しかし、そんな夢は適うはずもない。なぜなら、ぼくの体は万有引力の法則に従って、今、まっさかさまに地面へと落ちているからだ。
助かる見込みは……ない。
(みんなごめんね……主人公なのに開始早々に、ぼくはドロップアウトするよ……)
そんな世俗とのお別れを済ませて、悟りを開いた時、
フワッ……。
と、柔軟材を使っていないのに驚きのふわふわ感、みたいな感触が全身を包み込んだ。
これが天国に行く時の気分なのかな……これだったら、ネロも幸せだったのかもね……
(いえ、あなたは死んでいませんよ)
ああ、天使の声が聞こえる。可愛い、透き通るような清らかな声だ……
(いいえ、わたくしは天使ではありません。ほら、起きて下さい)
「………………えっ?」
誰かの声に促されて、目を開けてみると……ぼくは地面に立っていた。
ん、あれ? もしかして生きてる? あんな爆発に巻き込まれたのに?
天国に行ったのかと思ったけれど、ここは間違いなく近所の空き地だった。
……という事は、ぼくは死んでないって事?
た、助かった! なんで助かったのかはわからないけれど、九死に一生を得た!
ひゃっほー! ぼくは高校に行く事が出来るんだ! やったー! ……て、あれ?
だがしかし、生きてると安心したら、次は現実的な思考が頭に張り巡らされていく。
自分の着ている服を見ると、爆発に巻き込まれた事で、全身 煤だらけ。
ぴっかぴかだった真新しい制服は、家を出て3分で廃品回収の品に成り下がっていた。
な、なんて事だ! これじゃあ、違う意味で学校に行けないじゃないか!
入学初日からこんな姿で登校すれば、確実に3年間、いや、下手したら一生、変なアダ名をつけられるに決まっている! ど、どうしよう!?
先ほどまでの生死に関わる問題に比べれば、どうって事ないのかもしれないけれど、しかし、この問題もぼくにとって重大な問題に違いはなかった。
そんな時、遠くの方から変な声が聞こえてきた。
……ん? なんだろう? ぼくは現状の対策を考えるのに忙しいってのに。
けれど、目の先にいるモノを見た瞬間、そんな考えは頭のどこかへと吹っ飛んでしまった。
なぜなら、ありえない平和な日常では考えられない人達が闊歩していたからだ。
「おーほっほっほ! やってしまいなさーい! この町を恐怖におとしめるのよ!」
「イーーッ!!」
ステレオタイプの悪の女幹部が怪人たちを従わせて練り歩いていた!
「おーほっほっほ! ほら、あなた達! ぐずぐずせずにきっちりと破壊活動をなさい!」
「イーーーッ!」
なんてこった。まさか現実でこんなベタな集団に遭遇するなんて。サインをもらいたい位だよ。
「おーほっほっほっほっほっほっほ……げほっ、げほっ!」
えっと、そんな別に無理して笑わなくてもいいんだけれど……キャラ作りなのかな? 大変そうだ。
さっきから話す前に毎回律儀に高笑いをしているリーダー的存在の女幹部さんは、なんというか……
怪しい仮面と鞭とボンテージみたいな露出の多い黒い服を身にまとっていて怪しい雰囲気を醸し出していた。
ザ・悪の幹部といっていい格好だ。
よい子のみんなへ披露するには少々過激過ぎるので、お見せ出来ないのが残念です。
「だ、大丈夫ですか!? 悪の女幹部さま! しっかりして下さい! お水です!」
「あ、ありがとう。……ごくっごくっ……ふぅ。これでまた笑う事が出来るわ」
なんだか本末転倒な気もするけども。
というよりか、悪の女幹部って身内で言うのは恥ずかしいような気が。
しかしそんな事は構わないのか、また高笑いをし始めた女幹部さんが行進をし始める。
高飛車な悪の女幹部の周りには、これまた今時いないような、全身黒タイツの戦闘員がうようよと群がっていた。
いまどき全身黒タイツって……ていうか、「イーーッ!」って何?
ちゃんと意思疎通できるの? さっき普通に喋ってたけど?
こいつら、見るからに怪し過ぎるよ。
けれど、妙に威圧感のある集団は無慈悲にもぼくのいる空き地に向かってきていた。
「ええっ!? ど、どうしよう! あんなのに絡まれるなんて罰ゲームにも程があるよ!」
突然の変質者たちの出現に、慌てふためくぼくは混乱し過ぎて、もうなにがなにやら、はぁーさっぱり!
といった状態で、まったく理性的な行動を取る事が出来なかった。
そんなぼくに対して、
(早く隠れて下さい。さっき見たのですが、あの人たちが町を破壊していました。見つかるとまた爆発に巻き込まれちゃいますよ)
と、的確な指示をしてくれる声が。
……はっ! 確かにそうだ。早く逃げなきゃ!
我に返って辺りを見回したのだけれども……
ああ!? ここの空き地、行き止まりだ!
うう、どこかに隠れないと! でも、どこに隠れればいいのやら……
(それなら、あの土管の中に隠れれば見つからないと思います)
(あ、本当だ! あそこなら!)
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言われた通りに今どき何に使うのかわからない、3本に積み重ねられている土管の中に潜り込んだ。
「おーほっほっほっほ! 市民の悲鳴を聞くのは楽しいわね! もっと泣き叫びなさい!」
その直後に、奇特な方々が到着なされた。ぼくに気づいている様子は……ない。
ふぅ……どうやら見つからずに済んだようだ。
あんな奇抜な服装の人に見つかったら何をされるかわからないよ。
その怪しい女幹部さんは、ピシィ! と鞭を鳴らしながら、高い所が好きなのか、ぼくの隠れている土管の上を陣取った。
(しかし……あんな怪しい人、見た事ないなぁ……一体誰なんだろう?)
(さぁ、わかりませんが……見た目から判断するに、悪者でしょうね)
(いや、それ位、ぼくもわかるんだけど……)
それにしても、このままずっと土管の上に居座られると、ぼくも抜け出せなくなってしまう。
そうなると、入学式に出席できなくなって……いや、ホントにそうだ!
すっかり忘れてた! このままだと遅刻してしまうよ!
はわわわ、一難去ってまた一難だ!
でも、今、土管から出たら100%あの集団に見つかってしまうよね。
絶対にタダじゃすまないよなぁ。あの女の人から、新しい道に目覚めるような事をされそうだし。
うーん、捕まってもいいから外に出ようか、いや怖いし、いなくなるまで待とうか……
と、自分の命と、遅刻するかしないかを天秤にかけて悩んでいた時、
「待ちなさーーーーい!」
電柱のてっぺんで、ひらひらと短いスカートをなびかせながら立っている中学生くらいの小柄で可愛い少女が、
ぼくの上でたむろしている女幹部達に向けて声を上げた。
……どうやって、あんな所まで登ったんだ? 忍者じゃあるまいし。
そんな事を考えているぼくをよそに、彼女はポシェットから、子供のおもちゃみたいなステッキを取り出し、決めポーズと共にステッキを天にかざした。
「不思議の国からやってきた、乙女でかわいい女の子!」
ピロリロリン♪
「夢と希望と愛と勇気と情熱と、あと可愛さと知性と……えっと、凛々しさと!」
ふわりん♪
「そしてなにより、みんなの笑顔と応援(と視聴率)が私に力を与えてくれる!」
シャキーン♪
「ふわふわトロトロ、マーブルプリンキャラメル、ここに参上♪」
きゃるるーん♪
かわいい決めポーズを決めて、小柄な女の子は、マーブルプリンキャラメルという、多分、魔法少女だろう、に変身した。
その間に流れていた1分近くの音楽と、彼女の後ろに存在していた不思議空間も消えた。
……えーっと、色々ツッコみたいけど……誰だろう? あの子も見た事ないや。
(わたくしも見た事がありません。でも正義の味方なような気がします)
(いや、それもわかるんだけどさ、そう言った意味じゃなくて……)
しかし、女幹部と怪人達にはおなじみの、見知った顔のようだった。
「げぇ! プリキャラが、もうこんなに早くに登場!?」
「まだ、爆破シーンを全然撮ってないぞ! 今週の尺、足りるか!?」
「ど、どうします!? 幹部様!?」
タイツの上からでもわかる位に汗をかいて焦っている黒タイツたちが、鞭を持った女王様に指示を仰ぐ。
「ね、ねえ、どうしましょうか、早苗さん……じゃなくて女幹部様!」
「うううううろたえるんじゃないわよ! まままままだ、慌てるには早い時間よ!」
「幹部様の方が焦ってるような気が、」
ピシィ!
「す、すいません! 女幹部様! まだ慌てるには早い時間でした!」
「よろしい」
「でも、プリキャラなんてどうすればいいのやら」
「それは、私も困ってるんだけど……ていうかあんた達、『イー』以外、言ったらダメでしょ!」
ピシィ!!
「イーーッ!!」
……魔法少女の登場で、悪者達は早くも内部分裂が起きているようだった。
なんだか既にアホらしさが随所に漂っている。
そんな場を引き締めるべく、魔法少女プリキャラが再び決めポーズを決めた。
「女幹部! 今日という今日は、絶対に許さないんだからっ! 覚悟しなさいよね!」
シュタッ! 電柱のてっぺんから、一息でこの空き地まで飛んできた魔法少女。
……短いスカートから見える真っ白いアレは、きっと見せても構わないものなのだろう。
「イ、イーー!?」(どうしますか!? 幹部様?)
「イーーーッ!!」(今週はあんまり予算がないから、秘密兵器もありませんよ!)
「あ、あんた達で何とかしなさいよね! わ、私は、ほら! 用事があるのよ!」
「イ、イーー!?」(そ、そんなー!? 幹部様、見捨てるなんて、非道い!)
「知らないわよ!」
そういって、ピンヒールのかかとで戦闘員たちを足蹴にする女幹部。
踏まれている怪人は、痛そうだったけれども、気持ち良さそうな声を上げていた。
……どうやら、あの時、外に出なくて正解だったようだ。
「ほらほら、ここがいいの? それなら、ちゃんとおねだりしなさいよ! この犬!」
「イ、イーーッ!」(ああ! この卑しい畜生めに、もっとご褒美をお与え下さいっ!)
「ホント、ありえない位、あんたって卑しいダメ犬ね! ほら、ほらっ、ほらっ!」
「イイーーッ!!」(あっ、あっ、あっ、らめーーーーーっ!!)
「こんなに汚しちゃって、はしたないわね……ふふっ、さいっこうにいい気分」
えー、一応、念のために言っておくと汚したのはよだれです。
「イ、イーーッ……」(あの、女幹部さま……プリキャラがそこにいるんですが……)
ビクンビクン、と横たわっているのとは違う、戦闘員が女幹部に報告をする。
「あ、そうだったわ……コホン」
女幹部は、今の咳払いで、先ほどのやり取りを全てなかった事にした。
というか、魔法少女の子、さっきの間に攻撃すればよかったんじゃないの?
しかし、正義と悪の間でも約束事というのは存在しているのか、魔法少女は電柱を飛び降りてから相手の準備が整うまで微動だにしていなかった。
魔法少女の変身シーンも、みんな黙って見てたから、これでおあいこなのだろうか?
そんな事はさておき、女幹部が仕切りなおしをして、また対決が開始された。
ジリ…………両者、睨みあったまま動かない。
2人の間に砂埃の混じった風が吹く。西部劇に出てくる藁みたいなのが転がる。
なんだか、先に動いた方が負けそうな雰囲気だ。
お互いの人差し指が時折り、ピクリと動くが、どちらもまだ目立った動きをしていない。
それにしても、ハードボイルド志向な渋い戦い方だな。とても魔法少女ものとは思えないよ。
魔法少女の見た目からすれば、ハデな爆発シーンが多そうなのに……
土管の中で観戦しているぼくが、2人の決闘にケチをつけた、ちょうどその瞬間、
バッ! 一方が横っ飛びに飛んだ! 飛びながらも鞭をしならせて、相手を威嚇した!
最初に動き出したのは女幹部だった!
空高く飛んで、身軽に猫みたいな動作で塀をつたって、路地まで行って、
そのまま見えなくなるまで走って……って、ええっ!? 戦わずにいきなり逃げ出したよ!
バトルっぽい展開だったのに、ありえなくない!?
そんな、敵前逃亡の女幹部が、安全な場所まで避難したのを確認して高笑いし始めた。
「おーほっほっほ、魔法少女プリキャラ! 私、ちょうど、この後の予定が詰まっていてね。
今回もあなたを倒せなくて残念だわ! 日曜日の朝にまた会いましょう!」
タッタッタッタッ……声だけは威勢が良かったけれど……どっちらけもいい所だ。
「女幹部めっ! また逃してしまったわっ!」
魔法少女は少しだけ追いかけて、でも、すぐに追うのを諦めてに悔しがっていた。
いや、あの様子じゃあんまり悔しがっていないな。
……なんだこれ? どんな茶番劇だ。
水戸黄門とか、ルパン3世と銭形警部でも、こんな非道いのはなかったぞ。八百長か?
しかし、魔法少女はしてやったりと満足げな表情だった……あんた何もしていないよね。
どうやら、これが魔法少女と女幹部のいつもの展開というか、黄金パターンらしい。
これは1クールじゃなさそうだ。長寿番組っぽい『なあなあ』の雰囲気を漂わせていた。
だが、端役にとっては、長寿番組だとしても生き残れるかどうかは、全く関係がない。
卑怯者の女幹部に見捨てられて、ポツネンと取り残された怪人たちはというと、
「イ、イーー?」(ど、どうする?)
「イ、イーー!」(ここは逃げるっきゃないよね)
「イーーーッ!」(そうだ! そうしよう! 全員退散だ!)
「イーーッ!?」(ひえーっ!? 逃げろーーっ!)
と、『イー』という言葉だけで会話をしていた。
……なんというか、器用だな。
そうして、蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出した怪人たちだけれども、正義の使者が悪者(の下っ端)を見逃すはずもなく、
「いっけーーーー♪ ハイパー・ミラクル・オラクル・ベリー・シュガー・レモネード・パイン・サワー・スカッシュ・アタッーーークッ!!」
魔法少女が、可愛い決め顔でステッキから魔法を放つ。そして、いくつもの虹色の光が怪人の方へと飛んでいった。
きゅるるんるーーん☆
「イーーーーッ!?」(ぎゃーーーーっ!?)
どっかーーーーん♪
とてつもない爆発が……って、あれ? 怪人のいる場所が空き地から、どこか山奥の更地みたいなロケーションに変わっていた。
その場所に変わってから、派手な爆発が怪人たちの断末魔と共に起こり、そして、また舞台が空き地へと戻った。
……というか、この演出は、昔の仮面ライダーとかの手法じゃなかったっけ?
演出家か作り手は、なにやら魔法少女というものを勘違いしてそうな気もするけれど……
だがしかし、どうやら今の攻撃で怪人たちは全滅したみたいだった。
魔法少女のおかげで今週も町の平和が保たれたようです…………めでたしめでたし