ここまでのほほんとは
…………ドサッ。
全ての精魂が尽き果てたかのように自室のベッドに顔を埋めて倒れこむユーマ。
もう起き上がる気力も体力も残ってなさそうだ。
(色々と大変でしたね)
(………………)
エリュエちゃんの慰めにも何も答えない。
シクシクと泣き声がするのは気のせいだろう。
(あの時の皆さんはすごかったですね。ユーマさんを取り合いへし合い、くんずほぐれず)
(………………)
(ユーマさんも必死に抵抗しましたが、最後には陥落してしまい、ぐったりと……)
(………………)
(それでも、ユーマさんのピー、がピー、するなんて思いもしなかったですし、それに、)
(ああ! もうこれ以上、思い出させないでくれよ! エリュエちゃん!)
ガバッ! と枕から泣きそうな顔を上げ、宙に浮かんでいる天然幽霊に非難の声をあげる。
どうやらトラウマなみの出来事があったようだ。
そっとしてあげよう。
大体の想像はつくけれども。
(うう、あんな事されたら、もうお嫁に行けないよ……エリュエちゃんにも見られたし)
(そうなのですか……でも、大丈夫ですよ。ユーマさんは男の人だから、お嫁に行けなくてもお婿に行けばいいんですし)
(そういった意味じゃないの! ナチュラルにベタなボケをして!
ああ、星が違うとニュアンスが伝わらないのが、ちょっと歯がゆいよ……)
ま、エリュエちゃんの場合は特別な気もするけれど。
(あっ、そういえばですけど、)
エリュエちゃんが、何かを思い出したような顔をした。
(……なに? お風呂場の事は、もう話さないでよ)
(いえ、わたくしの体の事です)
体……体かぁ……体といえば、さっきの3人の体はとても……じゃなかった、ええと。
(そういえば、ずっとバタバタしててエリュエちゃんの話をゆっくり聞く暇がなかったね)
(そうです。ユーマさんは朝からノンストップで、女の子とドタバタしてましたからね)
(女の子は余計だけど……まぁ、合ってるけど……)
今日の運勢を見ていたら、絶対に女難が出ていたであろう。ぼく限定で。
(それで、話っていうのは?)
(はい。少し曖昧なんですけれど……ええと、どこから話せばいいものやら……)
(何でもいいから話してみてよ。そうすれば、思い出すきっかけも掴めると思うし)
(どんな事でもいいのですか?)
(うん。些細な疑問から事件というものは解決する、ってじっちゃんも言ってたから)
ぼく好きな推理漫画の孫がね。
(はい。わかりました! ……それでは、男の尊厳というものとは、いったい)
(ああああ! 何でもっていうのは、エリュエちゃんに関してで、ぼくの事じゃないの!)
(そうですよね。うすうすはわかっていましたけれど、何でも、とおっしゃるので)
(ごめんごめん。確かにエリュエちゃんにとってみたら、ぼくらの風習が珍しいのかもしれないから、聞きたくなるんだと思うけど……)
ふぅ。エリュエちゃんと組めば、天然の漫才が出来るよ。
宇宙人と話すのってやっぱりとっても難しい。宇宙会話教室とかどこかでやってないのかな?
(で、話を戻すと、どんな話をしたいのかな?)
(はい。わたくし、どうやら記憶喪失みたいなのです。何も覚えていないんです)
(ほうほう、何も覚えていないとな……って、ええ!? エリュエちゃん記憶喪失なの!?)
(はい)
さらりと世話話の延長で話してくれたエリュエちゃん。
そんな、「あ、思い出した」とか言った感じで話すような内容じゃないから! というか、すごい普通だよね!?
エリュエちゃんが、全然動揺してない事に、ぼくが動揺しちゃうよ!
(自分が記憶喪失だって、いつ気が付いたの!?)
(朝の真由さんと女幹部さんの戦いの後ですが……)
(ええ!? 結構、最初らへんじゃない!? なんで、そんな大事な事を……って、ぼくがバタバタしてたからか……
いやいや! そうだとしても、そんな事になってたならもっと早くに言うべきじゃないかな!?)
(それでも、ユーマさんが大変そうでしたから)
叱られているような顔で、そんな事を言ってくれるエリュエちゃん。
な、なんて優しいんだ。
理由としては、なんとなく少し違う気もするけれど、でも純粋に嬉しいよ。
(うう、エリュエちゃん。君ってホントいい子だね……自分の事を後回しにしてぼくを助けてくれるなんて……
ぼく、今、モーレツに感動してます……あんた、ええ子や)
(いえいえ、わたくしなんて、ただ単に、ぽやんとしているだけですから)
……それはちょっと、そうかもしれない。
でも、エリュエちゃんがいい子である事に変わりない。
やはり、今の状態を治してあげたい。
(記憶喪失って事は、何も覚えていないの?)
(はい。名前は覚えていたのですが、宇宙人というのも忘れていたぐらいですから……)
(そうか。記憶喪失って、そうそう起こる事はないんだけれどなぁ)
(そうなんですか? わたくしは困っていないのでいいのですが。能力も使えていますし)
(そういえば、そうだね。テレポートとか、ハッキングとかの、色んな能力は使えていたもんね。あれは忘れていなかったの?)
(ええと、忘れていたのですが、体が覚えていたというか……あ、でも、今は体はないから……うう、なんて言えばいいんでしょうか?)
(いや、言いたい事はわかるから。でも体がなくちゃ始まらない……って、そうそう!)
大事な事を忘れてたよ! ていうか、普通は本人が気づくはずなんだけれども。
(はい、なんですか?)
(エリュエちゃん、ぼくに取り憑いてるけど、『元の体はどこにあるか』とか『なんでそんな体になった』とか心配しないの!?)
(確かに気になりますが……まぁ、大丈夫でしょう。
仮に体がなくなったとしても、意識さえあれば、ユーマさんに取り憑いていればいいんですから)
そう言って、ぼくの肩に乗っかるようなポーズを取って笑うエリュエちゃん。
(いや、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないと思うけど……)
(ユーマさんは別に、わたくしの事なんてお気になさらなくてもいいんですよ?)
(そうだけどさ……やっぱり、元に戻った方がいいと思うんだけどなぁ)
(わたくしは、今も充分に楽しいからいいのですけども……ユーマさんが、そう言うのでしたら元に戻りましょうか……
そういえば、アイスという食べ物も食べてみたいですしね)
う~ん。根本的に考え方がぼくとは違う。
体がなくても意識はあるから別にいい、なんて、普通だったら考えられないよ。
おおらかというか、エリュエちゃんの事でオロオロしている自分がバカらしくなってくるよ。
……いや、それが普通なはずだ。
誰だって、記憶をなくしたら取り戻したいし、体がなくなったら元に戻りたいはずだ。
(やっぱり体がなくなるのは、色々困ると思うから、今日は遅いけど、明日からでも体を捜していこうよ。ぼくも一緒に探すからさ)
(そうですか。わかりました。わざわざありがとうございます)
(そんなお礼を言わなくても……エリュエちゃんにも、たくさん助けてもらったしお礼を言うのはぼくの方だよ。
……エリュエちゃん、今日は本当にありがとうね)
ぼくの肩にいるエリュエちゃんにお礼を言う。
それを見たエリュエちゃんは感涙したようだ。
(ああ、なんて心遣い……わたくしの為に頭を下げてくれるなんて……!)
(何度も言ってるけど、そんな事ないからさ)
(いいえ……ユーマさん。今日1日、ずっと見てきましたが、あなたは本当に心がピュアでお優しい方なのですね……あなたのような方が……あなたのような……?)
そこまで言いかけて、エリュエちゃんはあごに手を当てて、なにやら思案し始めた。
(今、何か言おうとしたのですが……えーっと、何かを思い出せるような……えーっと……ああ、忘れてしまいました)
(そうか……残念だな。でも、その調子ならまた思い出せるはずさ)
(そうですね! この調子なら死ぬまでには戻れそうです)
ぼくの励ましに明るい顔を向けてくれる。いや、死ぬ前には戻ろうね。
あ、でも元の体次第では、悠長な事も言ってられないんだ。
今の内に少しでも情報を知っておかないと。
(やっぱり、さっきの事って、思い出せないの?)
(うーん。難しいですね……でもさっきの話の中にティン! と来るものがあって、それで何かを思い出せそうな気がしたのです……)
(え? 今のやり取りに思い出せそうな要素があったの?)
(はい……それを言おうとして、記憶が取り戻せそうだったのですが……)
今の会話の内容って……優しいとかピュアとかだよな……そんなのに反応したのかな?
(そうですね。ユーマさんがピュアなのに反応したかもです)
(そんな……ぼくは別に純粋でもないよ)
(いいえ、そんな事あります)
そう言ってくれるのは嬉しいけど、今日の事を省みても、自分がピュアとは言いがたい。
エリュエちゃんは、ぼくの地の文を、心の内を読めるはずだから、
あんな事やこんな事を考えているのもわかっているはずだから、全然ピュアじゃないのを知ってるのに……
(いえ、男の子でしたら、それ位、異性に興味を持っているのが自然だと思いますよ。
それでも自分を律して、相手を助ける方を選択する事が素晴らしいのです)
(は、はぁ……ありがとう)
なにやら、エリュエちゃんの独自の考えにぼくも揺らぎそうだ。
この子が宗教を開いたら、ぼくも入信しそうな勢いだよ……って、ぼくの話はいいから、エリュエちゃんの話をしないと。
毎回、話があっちこっちに飛んで行っちゃうな。
(で、ぼくに取り憑いたのは、やっぱりぼくが爆発に巻き込まれて飛んでいた時なの?)
そう。あの時、初めてエリュエちゃんの声を聞いたんだった。
(そうです。わたくしが、ふよふよと小鳥さんと空を漂っていた時に、ユーマさんが空から舞い降りてきたのです……ああ、運命的な出会いでした)
そんな目をキラキラと輝かせなくても……ま、空から人が降りてきたら驚くわな。
(それで、その時に、ぼくに取り憑いたんだよね?)
(はい)
てことは、それでぼくは助かったわけだ。文字通り、エリュエちゃんは命の恩人って訳か。
(それじゃ、その前は?)
(えーっと、小鳥さんと遊んでいて……その前は、ネコさんと遊んでいて……犬さんは、吠えて怖かったですね……その前は、ウサギさんで……もっと前は……)
どうやら、色んな動物と触れ合ってたようだ。なんとなく想像がつく。
しかし、このままのスピードだと、らちが明かない。先に夜が明けそうだ。
ぼくが話をリードする事にする。
(……じゃあさ、記憶を失ってから一番最初に覚えているのは?)
(そうですね……えーっと、あ! ユーマさんの学校の近くの路地にいました)
(おお! やっと、具体的になった! それで?)
(それで……散歩している犬さんがを追いかけて、途中でネコさんを見つけて……)
(オーケー。わかった、わかった。そのままぼくに出会ったんだね)
(はい! よくわかりましたね?)
いや、もうホントになんというか……この子は自分の境遇を悲観していないのがすごい。
記憶喪失になって、自分の体がなくなっても、自分自身を探そうとしなかった人なんて過去の映画とかマンガにあっただろうか? いや、いまい。いてたまるか。
(とにかく、今の所の手がかりは、ぼくの高校の近くで気が付いたって事でいい?)
(はい!)
(それ以外は?)
(わかりません!)
元気よく答えてくれるエリュエちゃん。はぁ……自分の事なのに。ぼくがやるしかないか。
でも体と……記憶かぁ……難しいな。記憶が蘇らないと体も元に戻らなそうだし……
まぁ、でも早い所、エリュエちゃんの体を見つけないとな……。