魔王、村人になる
橙月6日
ワシ、何をしているんだろうか……。
日々の生活に追われ忘れていたが、ワシは魔王なんだよ。
人間どもを恐怖に陥れる破滅の王や!
忘れてはいかん。思い出せ魔王よ。
体を巡る黒き血の残忍さを
さあ、笑え魔王、大地を震わせ人間どもを絶望させる笑いを
「ふはは、……あ、床が汚れている」
いかんいかん、掃除するのを忘れてた。
そうそう、塩をきらしていたんだ、店が閉まる前に買っておかないと。
橙月7日
行商人から買った『自給自足Q&A』のおかげでささやかながら野菜を作る日々が続いておる。
借金返済中…の家に小さな(魔王が大の字で寝れるぐらいかの)畑があって、自給自足すれば生活が楽になると思って始めたのだ。
最近、親友ヴィスナー以外の人からも声をかけてくれるようになって、じんわりと温かい幸せを感じるなぁ。
村人Bのおばあさんと会話できる日も近いかな…
魔王超充実中
4魔王、木こりになる
橙月8日
家の返済するためにも、伐採の仕事を始めることにした。魔王だって働くねん。
明日から、村人Dさんと森に行くので、今日は早く就寝しようっと。
伐採って斧で木をカコーンカコーンってやるんだろ。魔王できるかな、ちょっとドキドキ。
どうしよう眠れそうもない……
行商人から難しい本を買っておけばよかった。
橙月9日
ちょーつかれた。まおー、もうねます。
橙月16日
一週間前の日記は何なんだ。魔王、読み直して恥ずかしくなったよ。
まあ、伐採の仕事を始めた日の夜だから、仕方ないのだが……。
伐採の仕事は、超キツイよ。ワシが魔王でも、キノコに襲われる魔王だけれども……いや、HPはすごいだぞ、これぞラスボスっていうぐらい。って日記に言い訳書いているんだ、いいわけがない!
… … …
こほん。さて、ああ伐採の仕事だったな。重労働だが、良いものだ。気持ちよい疲れだ。
生きているってすばらしいものだな。
ただ、そう言いきれるのは、もうちょっと過ぎてからかな。魔王、今はまだ疲れと筋肉痛でヘロヘロ。
とはいえ借金返済のため明日も頑張る!
橙月18日
村長の娘アリアがしているペンダントは母親の形見と教えてくれた。
アリアは笑っていられる。
悲しい事があったのに。村人やワシに見せる笑顔は柔らかくて優しい。
アリアがまぶしく見えた。人は、アリアは魔王より強い。
橙月22日
森の中で花畑を見つけた。伐採という重労働に明け暮れる日々。色とりどりの花は魔王の心にしみる。
蝶々が飛んでいるよ。蝶々さんコンニチハ。
「あのーマオーさん……」
一緒に伐採仕事している村人Dさんに見られちゃったよ。魔王、超恥ずかしかった。
5魔王と村人
橙月23日
一つ、困った事が起きてしまった。魔王、これから心配……
畑仕事した時、うっかり鎌で切っちゃった、てへっ。
しかし、それを村人Bのおばあさんに見られてしまったのだよ。
魔王、血の色がブラックやねん。
村人Bさん、すごく驚いてた……もしかして魔王だって事バレちゃった?
橙月28日
うーん。黒い血見られちゃった事件以来、村人の視線が変なような気がする……。
親友に相談してみようかな。でも、何て言う?
「ワシ、魔王だって事がバレちゃったどうしよう」って……。
親友にも魔王だって事言ってないのに。思い切って親友には話そうかな。
橙月30日
親友ヴィスナーに、本当の事を話す事にした。
親友と言っておきながら隠し事してはいけないと気づいた。
ヴィスナーは何て言葉を返すのだろうか?
魔王は人間の敵、剣をワシを助けてくれたあの剣でワシを倒そうとするのだろうか?
もしそうなったらワシはどうしよう。魔王に戻るのか?人間を絶望に陥れた魔王に。
………
考えてはいけない。すべては明日、どうなるのか、どうするのかは、その時決めることにした。
橙月31日
ワシは焼いたクッキーを手にして、ヴィスナー宅のドアをノックしようとした。
「聞いているんですか、ヴィスナーさんっ」
扉に触れようとした拳を止めた。どうやら先客がいるらしい。
ワシは身を低くして窓際に向かった。
開かれたドアから覗いてみると、町の人たちが椅子に座っているヴィスナーを取り囲んでいた。
「マオーちゃんは、魔王なんだよ」
「もしこのまま魔王を村に置いたら、どうなることか」
「村に魔王の部下がきて滅ぼされてしまう。
いや、世界が滅亡してしまう」
………
村人たちはワシを恐れていた。
そしてヴィスナーにワシを退治してくれと頼みにきたのだ。
「………」
取り囲まれたヴィスナーは立ち上がった。
立ち上がる一瞬が長く感じた。
ああ、ここまでか。親友ヴィスナーもワシを魔王として見つめ……そして
「待ってください。
確かにマオーさんは黒い血を持つ魔王かもしれません。
しかし、マオーさんが俺たちに襲いかかったことがありますか?手料理を配ったり、木を伐ったり農作業しているマオーさんが世界を滅ぼそうとすると思いますか?」
村人たちはしぃんとした。反論する者はいない。
「俺は信じます。マオーさんは、素晴らしい隣人さんでいられる事を」
「ううウヴィスナーくぅん、やはり、君はワシの親友だっ」
親友ヴィスナーの発言に、ワシは涙をちょちょびらし、隠れていた事をわすれて声をあげた。
「ま、マオー…さん……」
涙と鼻水を流すワシを見た村人たちは、ワシにかけた誤解を解いてくれた。