魔王、破産する
1魔王破産する
ワシは魔王。
暗黒の地で人間どもに恐怖をいだかせ破壊と殺戮を繰り広げる破滅の王。黒竜にまたがり、何万ものモンスター軍団を率いて大地を血に染め上げていた……ていたのだ。
黒き栄光が暗転したのは、冥王の息子が持ち出した投資話に乗ってしまった事から始まる。
「今は投資で儲ける時代ですよ」
人間から強奪して富を得てきたワシにとってみれば、儲けなど考えてもみないもんだよ。幻の巨大鳥から取った骨と紅竜の皮でできたオーダーメイドの玉座に座り、金のゴブレットに注がれるワインは極上ランク以下はない。そんな日々を送ってきたんだ。更に儲けなんて気はなかったのだが、目を輝かして語る冥王の息子に「面白そうだな」と思ってしまった。もちろん、株は損をするとも聞いてたよ。損してもまた人間どもから巻き上げればいいと思っていた。
最初はうまくいってた。まあ、だいたい物事はそんなもんだよ。うまくいくから大失敗する典型的なパターンだ。
「すごいですよ。買った影商事の株価が上昇し続けてます」
冥王の息子は、さらに次の投資話をもちかけ、その儲け話を聞きつけた奴らが次々と城にやってきて、ワシも断る事もなく次々と株を買い、儲けた。
そして破滅がやってきた。
冥土ショックと関係者たちは言っていたな。もともとあの世なんだから、これ以上のショックはないじゃないのかと思うが……。
とにかく、株価は暴落し、あれよあれよという間にワシの資産は底をつき、さらに地下を堀り始めた。借金というやつだよ。
はあぁ
いかん、ため息が漏れてしまった。
魔王が借金と聞いて、部下たちが城を離れた。幹部たちは親が兄弟が子供が不治の病にかかったから故郷に戻って看病したいと口を揃え荷物をまとめた。食い扶持がないと知った下級モンスターたちは蜘蛛の子を散らすように姿を消した。
城内は荒れ始め、そして奴がきた。
『差し押さえ』とかかれた札を持って。七三に分けたスーツの男たちが城のいたるところに札を貼り付けた。しかもこの札、サンダーボルトの魔法がかかったマジックアイテムで剥がそうとしたら魔王の体でさえビリビリとくるとんでもない代物だ。
「城がワシの城が……」
巨万の富と破壊と滅亡の魔王はこうして城を追い出された。破壊の王は破産の王になってしまったのだ。
2魔王さまよう
灰色月2日
今日から日記をつける事にした。
いつか借金を返して城に戻ってくるだろう。再び巨万の富を手に入れて贅沢な日々が当たり前になった頃に読み直して、二度とこんな事がないように自分にムチを入れるために。
城を後にして、どうするかが問題だ。冥土やモンスターが住む暗黒地区で細々と暮らそうかと考えたが、ホームレスの魔王を元部下たちに見られたくない。魔王にだってプライドはあるのだよ。いや、魔王なんだからプライド自体持っている。ん?何か書いてて悲しくなってきた……。
暗黒地区を離れよう!
新しい生活を始めるのだ!
灰色月3日
財産ゼロというかマイナスなんだが、ともかく生活していくためにはゴールドが必要。今着ている一流のデザイナーにつくらせたオーダーメイド服やアクセサリーを売ることにした。もちろん、安い服を買うつもりだよ。裸でうろつく変態魔王で捕まりたくない。
よく、巨万の富を持ち贅沢三昧してきた者が、一般人の住む地区に迷い込んでぼったくられる笑い話がある。ワシも笑い話の一員になるのかのう。『破産魔王 涙の笑い話』」とかタイトルつけられて。
『何でも買い取ります。お気楽にご相談ください』と書かれた看板をみつけ、ワシは風のように入った。ここはまだ暗黒地区だから元部下に見られたくないからのう。
運良く店内に客はなく買い取りコーナーを目にしたワシは大急ぎで服やアクセサリーをカウンターに置いた。力が入ってミシミシと聞こえたがワシは気にしない。
「買い取ってくれ」
「ひぃぃぃ」
店員は悲鳴を上げて逃げ出そうとしたが…何とか買い取ってくれた。はて、笑い話にはならなかったな。そういえば、ワシは魔王だった。質素な服を着てフードで顔を隠したとしても魔王の恐怖オーラが漂っていたらしい。
灰色月4日
手に入ったゴールドで新天地を探すことにした。暗黒地区を出てどこに行こうか。天空の者が住む百光地区は抹殺される危険があるから論外。妖精地区も住みづらそうだ。想像してみなさい花畑にたたずむ魔王を。できれば、ワシを魔王と知らない所が良い。
………
人間界だ。
人間は多すぎるほどいるから、魔王を知らない人間だっているはず。
人間界か、ワシ肌が灰色しているから目立つかのう。暗黒地区のリサイクルショップの店員だって逃げだそうとしたし。うーん………。うん、悩んでもしかたない。悩んでいる魔王なんて格好悪い。魔王は笑ってこそ魔王。うん、我ながら良い事を書いた。今日はここまでにして明日に備えよう。
緑月15日
感動の人間世界にたどり着いたよ日記から、2週間が過ぎてしまった。
毎日かかさずに書こうと決心したのに…
緑月20日
また、5日日記をサボってしまったが、まあ、そんな事はどうでも良い。今日は超運命的な日になんだ。
森を歩いていたら、キノコのモンスターに囲まれてしまった。
マズイ事になった。
知能の低いキノコ達は魔王であるワシを獲物にしようとしたのだ。
「何をする、こら、後ろをつつっくな。
わぁ、ほ、胞子が目に入ったではないか!
ワシは魔王だぞっ」
魔王、とうとう窮地に立たされてしまったのだ。
「へるぷみー」
思わず叫んでしまったよ。
そんなワシに神は見捨てなかった、いや魔王だから神なんていないのだが……。
窮地に陥ったワシに手を差し出してくれた人間がいたいた。その人間はキノコを退治してくれたのだ。何て良い人なんだろう。
というか、ワシ、どんだけ弱いんだ……涙が出てきた。いや、これは胞子のせいだ。
緑月21日
『村人募集・空き家 あります』
という看板を見つけた。魔王にも幸福が舞い降りてくれたのだよ。
灰色肌という不気味な格好にもかかわらず村長は、快く迎え入れてくれた。
「最近、目が悪くなってのう」
そんな事を言っていたけれども……
新しい我が家は、ホコリをかぶっていたが生活に必要な家具とかは揃っていた。
村長の温かい気配りに超感謝しつつワシは掃除にとりかかった。
掃除は昼頃に終わり、お昼に村長の娘さんがお弁当を届けてくれた。魔王、村長の家に足を向けて寝れないよ。
「これから、長い返済で大変かもしれないけれども、頑張ってね」
帰り際、娘さんはニコッと笑いながら一枚の紙を手渡し帰って行った。
紙には………契約書?家購入?に、にっにじゅうまんごーるど……20万ゴールド!!
ワシ、また借金っすか!!!
3魔王、村人になる
緑月22日
すっかり忘れてたが行商人から本を買っていたんだっけ。
リモット村で生活していく以上、村人とうまくつきあっていかなければならない。魔王としては超一流だが、村人は素人(?)だからのう。本を読んでおいたほうが良いだろう。
「はじめての定住&永住」によると、なになにお隣さんにご挨拶しるのはマナーか。なるほどなるほど。
さっそく引っ越しそばを持って隣さんのドアをノックした。
「あのぅ、初めまして、隣に引っ越して………あーっ、あなたはっあの時の」
な、なんと。なんとなんなんだよ。お隣はあの時に助けてくれた……えーっと月日にキノコの魔の手から救ってくれた恩人さんだったのだ。
魔王、超驚き、超嬉しい!
橙月5日
日記を2週間ほどサボった事は置いといて……
お隣さん、ヴィスナーっと言ってたな。うん、良い人だよ。
作りすぎたおかずを受け取ってくれるんだよ。
ああ、これは本に載っていたんだ。わざと作りすぎてご近所さんにプレゼント作戦すれば、イメージアップになると。
とはいえワシ魔王やねん。外見恐いねん。
引っ越してきたばかりの頃はもっとひどかったんだよ。村人Bのおばあさんなんて目があっただけで悲鳴を上げて逃げ出したんだから……
今もワシを遠巻きにみる村人の方が多い中、ヴィスナー君だけは作りすぎたおかずを受け取ってくれて、しかも、この事を話したら
「大丈夫ですよ。皆、マオーさんの温かさに気づいてくれますよ」
ヴィスナー君、超良い人だよ。
ワシはこれ以降、ヴィスナー君を心の友、親友の称号を贈ることにした。