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新たな日常

 

 今、私は生まれて初めての経験をしている。


 地下から汲みあげる水。初めて見る本物の井戸。水場だからか屋根がかけてあって影になっているからか、太陽の下よりひんやりしている。


 目の前で次々と井戸水が汲み上げられていく。

 私は初めて目撃する光景にワクワクとした目で作業するおじさんを眺めていた。今まで本物の井戸なんて、ましてや実際に使う現場なんて現代日本でそうそうとお目にかかれない。


 おじさんは私の羨望のまなざしに気付いたのか、作業の手を止めて不思議そうに尋ねられた。


「おや、君は見たことがない子だな。水を汲みにきたのかい?」


「はい。今日からトリアさんとボーロさんの家でお世話になってます、ヒナといいます。えと、水を汲みたいんですけど、やり方が分からなくって見てました」


「もしかして、おととい村の入り口で倒れていた子かい? ……女の子だったんだねぇ、てっきり男の子かと思っていたよ」

 口をあけて笑いながら話すおじさん。

 どうやら、おととい私を運びこむのを手伝ってくれたみたいだ。でも、やっぱり男の子に見られてたみたい……。さすがにちょっとこれから髪伸ばそう。


「にしても、井戸水を汲むのが初めてなのかい? まさか、どこぞの貴族のお嬢さんだったりなんて言うんじゃないだろうね?」


 家の中に水道設備がない事から、この世界では井戸水が生活用水だと分かる。おじさんの言うように貴族など、使用人のいるところ以外は子供でも井戸を使えるのだろう。そういう訳で、その井戸を使ったことのない私におじさんは疑惑の目を向けられていた。


「……以前住んでいた家は森の中にあって、そこには井戸なんてなくて近くの泉などの水源からとっていたんです」


 とっさについた嘘ではなく、これは村に入る前にロウと決めていたこと。

 もし、他人に家はどこか、家族はどこか、と聞かれてもいいように少しの事実と嘘を混ぜて、私の身の上話を作ることにしたのだ。


 どうやらおじさんは完全には納得してないようだけど、訳ありとでも思われたのだろう。それ以上は追求してこなかった。そして水の汲み方を教えてもらう。


「意外にっ、お、重い」

 井戸には水を汲む際に使う滑車がついている。その滑車に縄をかけ、縄に桶をくくりつけて井戸の中に落とし、縄を引っ張ってあげる。という要領であり、理解はしたが。

「かなり重いっ!」


 筋肉痛がよけいひどくなる!と思いながら引っ張ってると、

「こりゃ欲張って入れすぎたな。ヒナちゃんには少しきついぞ」

 おじさんが見かねて手伝ってくれた。


 肩で息をしていると、持ってきた桶があっという間に満水になった。


「ありがとうございます」

 私はそう言ってその桶を持ち上げようとしたら、

「トリアばあさんのとこまでだろ? 手伝ってあげるよ」

 と私が持ち上げようとしていた桶をもってくれた。


 どうやらおじさんには私と同じくらいの子供がいて、その子も水汲みはするが、こんな大きなものではしないらしい。左手にはおじさん家ので右手は私が持ってきたもの。重たいから持っていけないだろうって家まで持っていってくれるみたい。


「これからはもう少し小さな桶を持っていくことだな。面倒だが、何回か往復した方が確実で安全だ」


 さっきは私のことを男の子と間違えて笑っていたおじさんだったが、親切に声をかけてくれる。実を言うと、笑われた時ちょっとむっとしたことは取り消すことにした。


 家の前までついてきてくれたおじさんは自分の家の水をもって帰って行った。


「さ、ロウも中に入っていいって言われたから入ろ?」


 私はドアの前で待っていたロウに声をかけるが、返事はない。


「ねえ、ごめんって謝ってるからさ、機嫌直して」

 そうやって謝るが、ロウはプイッと顔をそむける。


 どうやら私が倒れた時、ロウはかなり心配してくれたらしい。でも、村人がやってくるのを見てゆびわの中に入ったらしいのだ。そして、私が今朝目覚めたのにもかかわらず、全然ロウのことを心配したり探さなかったから拗ねてるみたい。


 だからこうやって謝っているんだけど……一向に機嫌が戻らないみたい。

 そりゃ、悪かったと思ってるけど、あの状況じゃしょうがないよ。


「ふん、どうせ私のことなど忘れていたのだろう? 誰がこの村まで連れてきたと思っておるのだ」

 私が今夜使う水を汲みに外へでた瞬間、ゆびわからロウが飛び出し、それからずっと今のような状態なのだ。


「もお〜私がロウのことを忘れたりなんてするわけないでしょ」


 意地っ張りなんだから、というのは言わず心に留め、ロウの反応を見る。

 まだ顔をそむけたままだが、耳がひくひくしてるのと尻尾がかすかに地面上で左右に揺れているのをみると図星のようだ。


 私はドアを開けて、入り口に置かれた桶をなんとか中に入れ、次にロウを抱き上げて一緒に中に入る。無理やり抱きあげられたロウは私の腕の中でおとなしくしている。


「あら、もしかしてその仔がヒナの言っていたロウかい?」

「はい。本当に家に入れても大丈夫ですか?」


 いいとは言ってくれたけど、こちらは居候の身。少しでも2人が嫌がるそぶりをみせたら、仕方ないけど外に出すか、またゆびわに入ってもらうか、と考えていた。


「あらぁ、フサフサでかわいいじゃないか。ミルクでも飲むかい?」


 どうやら大丈夫みたい。小さくてかわいい外見からか、おばあちゃんはロウにミルクを与えようとしている。


「あ、ロウはミルクを……」

 飲みません、というか、食事しませんって言ってもいいのか?なんて悩んでいる間にトリアおばあちゃんは準備を済ませてしまった。素早い。


 なんて説明しようかと思案する私の目の前で、ロウアッサリと問題を解決してしまった。ぺろぺろっとミルクを飲んだのだ。


 今更だけどロウってミルク飲むの? 今までそんな素振りしなかったよね?


 目を丸くしてそう思っている間もロウはミルクを飲見続ける。まさしく愛らしいワンコにしか見えない。


「ちゃんと全部飲むなんていい仔ね」


 気持ちの良い飲みっぷりにトリアおばあちゃんは嬉しそうにロウを撫でた。ロウも気持ち良さげに顔を上げ、軽くげっぷしてあくびをする。


 確かロウは普通の妖精じゃないって言ってたけど、どういうこと?

 私の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだ。

 あとで、問い詰めてやろうと思いながら私も夕食がのっているテーブルにいき、椅子に座る。


「ヒナも今日は色々手伝ってもらって助かったよ。昨日の今日でおかな空いているだろうし、遠慮なく食べて頂戴ね」


 ロウにミルクをやり終えたトリアさんも席に着く。ボーロさんはすでに着席ずみだ。


 私たちの目の前には、温かくて愛情のこもった料理が並んでいる。どうやら私がいないうちに作ってくれたみたい。

 トリアさんにお礼を言い、それからいただきますと心の中で呟いて、私は4日分の栄養を補うかのように食べていった。



 + + + +



「ねえ、ロウ、さっきのあれ、どういうことなの?」

 私たちは今朝目が覚めたときにいた部屋を与えられて、今ベッドの上にいる。


「どうして食事できるの? なんか、ロウのすべてが謎過ぎてもう何聞いたらいいかわかんないよ」 

「食事に関して言えば、私のように個体を持った妖精は人間の食べるものからも魔力を補うことができる、とでも言っておこうか」

「個体、体? それは自然にいる妖精とは違うの?」


 初めて聞いた内容に興味を持ち、さらに問いかける。


「自然にいるものは、力が弱くあたりを漂い、主を決めていない者たちだ。私のようなものと違い、彼らは人間の食料から魔力をじかに得ることはできん」


 そういって、ベッドの中に潜り込んでくる。


「主? ねえ、主って何? ロウの主は私ってこと?」

「あーっ、質問の多いやつだ。ヒナは私にとって半分主で半分違う」


 そういうのは自分で調べることだといい、もう寝るぞ、と強制的に質問タイムを修了してきた。


「えー、もっと教えてよ」


 布団にもぐったロウを起こそうとするが、体をくるんと丸めてしまってもう話す気はないみたい。


「もうっまだ聞きたかったんだけど。……しょうがない。明日から牧場の手伝いもあるし私も寝よ」


 今日の夕飯のときに話したのだが、居候させてもらう分、何か手伝えることはないかと聞いていたのだ。そんなことはしなくても、ときどき手伝ってもらうくらいでいいと言われたが、無理を言ってお仕事を手伝えるようにしてもらった。


 とりあえずは、仕事内容を覚えることから始めて、慣れてきたら牧場の仕事を手伝うこととなった。


 横になり休もうとすると色んなことが頭をめぐる。


 お父さん、お兄ちゃん、学校のみんな、どうしてるだろう。お兄ちゃんはもしかしたら何か感じ取ってるかもしれない。考え始めるとより頭が冴えてしまいそうになるにで、強制的に考えないようにする。


 都合のいいことに、慣れない生活に体は休息を求めていて、しばらくするとウトウトしてきた。

 朝は早いみたいなので、私はこれからのことと、おばあちゃんのゆびわについて考えながら眠っていった。

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