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故意

 お昼をとった後すぐに教室へと戻った。私たち以外のクラスメイトたちもすでに多くが戻っていて、雑談をしつつ結果が気になるのか、ザワザワと普段よりも騒がしい。

 試験からの解放感からか、これから始まる休暇への待ち遠しさからか、試験前と比べるとみんなの顔が随分明るくみえた。そう思う私もきっと側から見れば同じような表情なのだろう。実際、私も試験が終わって胸が軽くなった一人だからだ。


 試験結果はまとめて即日わかるようになっていた。

 いつもの席に着き時間が来ると先生が教室に現れるのと同時に、試験結果が記された用紙が天井から各々の机に舞い降りてくる。ある程度の魔法の光景は見慣れたものだ。私は特に驚くこともなく用紙を手に取ると恐る恐る結果を見た。


 まずひと通りの結果を確認する。段々とにやけそうになる唇を噛み締めて、最後に小さくガッツポーズした。シアたちとの勉強のおかげもあって、ギリギリではあるが私も無事に合格することができたのだ!

 しかし改めて用紙をしっかり読み込んでいくと今度は気分が落ち込んできた。……合格できたことは嬉しいが、どうやら私には大量の宿題が割り振られるらしい。そう喜んでばかりはいられなかった。


「さすがシア様ですわ!」

 目の前の席ではリディがまるで自分のことのように、シアの成績を喜んでいる。

 案の定に高得点で試験を通ったシアとリディはいいとして、仲間だと思っていたイルもそこそこの得点であった事にも肩を落としたのだった。


 試験発表と先生の簡単な挨拶も終わると、そのまま1年生は早々と夏季休暇突入となった。高得点、高評価で課題もほとんどない悠々自適な休暇となるであろうシアとリディは先に寮へと戻り、早速帰省の準備に取り掛かるそうだ。イルはというと、課題の参考となりそうな本を見繕うために図書館へ寄るとのことだった。


 イル以上に多くの課題がある私もイルと一緒に図書館へ向かいたいところだったが、それよりも先にどうしても会っておきたい人物がいた。シアたちと教室で別れてから話す相手もなくひとりになった私は、視線を彷徨わせるふりをしながらまだ残っているイザベラを遠目で確認した。




 私にとっては試験よりも重大な問題がもしかするとこれから解決するかもしれない。


「ふぅ」

 思えば束の間の開放感だった。考えれば考えるほど緊張してきて、無意識にため息も出てきた。

 休暇を前に楽しげなクラスメイト達の中できっと私だけが未だ緊張し続けているに違いない。確実にそうだと言いきれる自信がある。

 ともかくこれ以上深く考えすぎないようにと意識しながら、教室の入り口で彼女が出てくるのを待っていた。




 人の噂なんて意外と移ろいやすいもので、あんなに人に囲まれていたイザベラの周囲も噂が広まる以前ほどに戻っていた。


 私の姿にイザベラも気づいていたようだ。軽く視線が重なると次に近くにいた子達に何か呟いて、イザベラ本人だけが私の方へと近づいてきた。


「――いいの? 彼女たちと一緒じゃなくて」

 思わず尋ねたのには理由がある。遠目にだが、イザベラを囲んでいた数人のクラスメイトたちが私の方を見ながら話しているのが分かった。話の内容が聞こえなくとも、良い内容ではないことは確かだ。


 もともと上流階級がほぼ占めている学院である。嫌味なんて私のような平民出身にとっては日常の一部だった。もちろんそんな事を言う人間はごく一部な訳ではあるが。

 普段はシアやリディといった友人たちのおかげで表立って何かされるわけでもないけど、それでもあまりいい気分ではない。一応私も学院長の(おばあちゃん)の孫ということが判明したばかりなのではあるが、それが周知した時を想像すると、彼女たちの反応が少し楽しみではある。


 私の質問にイザベラは目を大きくして数回瞬きを繰り返した後、おかしそうに笑った。

「いいのよ、一緒にいても同じ話ばかりなんだもの」

「同じ話?」

「魔石よ」

 笑みを浮かべたままのイザベラが私をまっすぐ見つめて言った。

 あっさり、という言葉がぴったりというような口ぶりに私は一瞬聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。こちらから話を振っておいてなんだが、まさか渦中の本人から魔石という言葉を聞くなんて。


 イザベラは私が返答するため唇を開こうとした時さらに言葉を続けた。

「噂なんて長く続くものではないし、ただその短い間でも鬱陶しかったのよね。まぁでも耐えた甲斐はあったわ」

 意味深な言い方に戸惑ってしまう。頭の中で反芻させ、確認するために問いた。

「もしかしてわざと噂を流したってこと?」

「そういう言い方はあまり好きではないけど、まぁそういうことね。王都や郊外まで噂が広がるのにもっと時間が掛かると覚悟してたから、こんな近くで会えるなんて驚いちゃったわ」

 目を細めてゆるく口角が上がる。その表情の変化に私の背が一瞬ぞわりと冷えた。


 イザベラのその仕草のひとつひとつが、年相応のあどけなさを感じず随分と大人びたように見えた。外見はともかく、実年齢でいえば私の方が上である。年下だからと侮るといけないのではないか。そこまで思い至ってようやく私は「しまった」と後悔せずにはいられなかった。


「この話は今はここまでにして、続きは屋敷でゆっくり話しましょう。ヒナから誘ってくれたのよ。ーーきっと楽しい休暇になるわ」




 まさか本当に先日ヒースに言われた「バカ!」という言葉を体現する状況となろうとは。


 私はイザベラが用意していた2頭引きの箱型馬車に乗り、ロータス学院を出ようとしていた。対面にはイザベラが座り、私の隣にはロウが器用にちょこんと座り込んでいる。イザベラの膝で丸くなっている猫ーーアートフィレイスは牙が見えるくらい大きなあくびをした。


 さてどうしてこんな急展開になっているのかというと。



 教室をイザベラと一緒に出た後、共に一旦寮の自室へ戻ると、荷物をゆっくり選別する時間もなく早々に校門へと連れていかれた。持ち出せたものは小さなバッグとその中にアルバイトで貯めた僅かばかりのお金と、部屋で待っていたロウだけだった。


 もちろんヒース達に知らせる時間もなかった。気休めだが、走り書きで隣室であるシアの部屋のドアにメモを挟む。おそらくまだ部屋にいるはずだが、直接説明することは何となく憚られた。もしものことを考えれば、ここで出会った数少ない友人たちを巻き込みたくなかった。


 簡単に「早速イザベラと出かけてきます。休暇中にシアの家に招待してもらえるのを楽しみにしてます」と記しておいた。今はもう夕方前で、こんな時間に出発するのだからしばらく会えなくなることを覚悟していた。突然のことでシアたちは驚くかもしれないし、ヒースたちにはまたきっと「バカ!」と怒られるに違いない。


 ……私の秘密を知るヒースとアスフィのように、もしヴェルリル殿下もその事実を知っていたなら、イザベラといなくなった私を心配してくれるだろうか。ふとそう考えた自分自身に赤面した。いいや違う、この気持ちは正当な憧れだ。誰だって身近に格好いい王子様がいれば淡い思いの一つや二つあるはず。

 色々考えてしまえば、イザベラについていくことを躊躇してしまいそうになるので、頭を振って無理やり考えないようにした。


「突然立ち止まったかと思えば、どうかしたか?」

 先に進むロウが階段の踊り場で私を振り返った。

「なんでもない。イザベラが待ってるから急ごう」

 そう言って、ロウの後を追うように私は階段を小走りで降りた。

 とにかく今は、目の前のことだけを考えないと。自分から動かなければ、おばあちゃんの指輪はきっと戻ってこないとそう思った。

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