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『ねえ、おばあちゃんのいた世界はみんな魔法が使えるの?』

 ランドセルの男の子がおばあちゃんに聞いている。

 あ、これってお兄ちゃんかな、多分10歳くらいの。


『そうねぇ、力が強い人と弱い人はいるけれど、ほとんどの人が使えるわよ。』

 すげー!! と言いながら家のリビングで2人は話している。


『お外でもまほう使ってもいいの?』

 小さな女の子がお菓子を食べながら2人の近くにとことこやってきた。


 男の子がお兄ちゃんだから女の子は私だな。小学校に入学したころかな。そう思いながら懐かしい風景を見ていると話が進んでいく。


『そうね、みんな魔法を使ったり、妖精たちと遊んだりもできるわね』


『いいなぁーひなもお外でみんなと遊びたいー』

 そんなことしたら、みんなにまたいじめられるぞ。と兄が幼い私に言っている。ふふっそんなこともあったなー


『ねぇ、おばあちゃんは元の世界に帰らないの?』

 兄はふと、そんなことを聞いていた。


『そうね、1度は帰りたいかしらね』

 ああーー! 雛、お菓子こぼしてるぞ! と兄が私に駆け寄っている。

 だから私たちは「帰りたい」と言った祖母の、その少し悲しそうな顔を見ることはなかった……



 + + + +



 

 カタカタと少し甲高く、木の戸が動くような音で意識が浮上した。

「んっ……、」

 それから私は少しの眩しさを感じ、まつ毛をふるわせてから瞼を薄く開けた。

「……んー、ここって………」

 見覚えのない天井に硬めのベッド。一度目をとじまた目を薄っすらあける。―――うん、夢じゃないみたい。


「あら、起こしたみたいだね」

 ごめんなさいねぇ、と言いながら私のいるらしいベッドの頭の方にいたのは知らないおばあさんだった。


 彼女は日の光を入れるためか、窓をあけている。さっきの音はこれのようだ。

 窓と言ってもガラスではなく、雨戸のようなものでそれを開けてからカーテンをかけていた。


「あの、ここは……?」

 なぜ、私がここにいるのか分からないので事情を聞きながら体を起こそうとする。


「村の入り口に倒れていたんだよ。丁度うちのおじいさんが通りかかって、近所の人とうちまで運んだのさ。それから丸1日半、寝続けていたんだ」

 おばあさんはそう言いながら、水の入った桶と布を持って私のところへ来た。


「顔は軽くふいたけど、もしまだ気持ち悪いところがあったらこれで拭きな。家に運んだ時は、顔も体もどこそこ汚れていたからね」

 私に布と水の入った桶を渡すと彼女は部屋から出て行った。


 急なことでまだ頭が回らないけど、とりあえず桶に入った水で顔を洗い、軽く腕や足、首などを拭いていく。一通りそれらの作業が終わるとまた彼女がきた。


「まだ病み上がりでそんなに食べられないと思うから、ミルクを温めたものを持ってきたよ。ミルクは体にもいいし、少しでも飲みなさいな」

 そうやって私にミルクの入った木でできたお椀を渡そうとする。


「で、でも、助けていただいただけでご迷惑がかかっているのに、また迷惑をかけるわけには……」

 そう。倒れていたところを運んでもらい、しかも家のベッドまで借りるなんて、すでにかなりの迷惑をかけているはずだ。


「あんたは人が倒れていても、助けないのかね? そしてその人が目を覚ましてもそのままほっぽり出すのかい?」

「それは……」

「ほら、また倒れられた方が迷惑になるよ! 文句を言わずに飲みなさいな!」

 おばあさんは無理やりに近い状態で私にミルクを渡す。渡されたお椀を持っておろおろとしていると、


 ぐぅぅぅ~~~っっ


 と、私のお腹が鳴った。

「体は正直なようだね。さぁ、温かいうちに飲んでしまいな」


 私はお腹が鳴った瞬間、顔が赤くなるのに気付いた。そしてそれを隠すかのように一気にミルクをお腹に入れていく。おいしー!


「顔も正直なようだね。まだ足りないようだから、今度はスープでも持ってくるよ」

 私がミルクを全部飲んで安心したのだろうか、おばあさんは優しい笑顔でスープを持ってくるため部屋を出て行った。


「なんだかよくわからないけど、優しそうな人に助けてもらってよかった」

 鼻の下についているミルクを手でぬぐいながら、彼女の出て行ったドアをみる。

 彼女の使っていた言葉は日本語とは異なっていたが、昔兄と一緒におばあちゃんに教えてもらったのが幸いしたらしい。意外にも覚えていた。


 私はベッドに座ったまま今の状況を考える。おばあちゃんの話でこの世界の存在は知っていたけど、国の名前や人々、彼らがどのような生活を送っていて、どんな生き物がいてどんな文化なのか、ということはほとんど知らない。


 私が知っているのは異世界、オイリスにある物語。それは地球でいうシンデレラや桃太郎といったもので、実際のものを元にしているお話はあの「魔法のゆびわ」くらいしか知らない。それに、小学校高学年、中学に上がったころからはほとんど話を聞かなくなった。かわりに、妖精や魔法の使い方を聞くようになり、今はあまり物語の内容を覚えていないのだ。


 今になって、おばあちゃんは故郷を思い出す話はしたくなかったのかもと思う。


「今度は野菜たっぷりのスープを持ってきたからね」

 彼女はそう言って部屋へ入ってきた。

 ……えと、結構大きくありません? その入れ物。

 おばあさんはカップ、じゃなくて大きなお椀、丼ものを入れるような大きさのものにスープを入れている。

 さあ、お飲み! とでも言うようにそれを渡してくる。


 で、でかい。

 満面の笑顔の彼女を見ると断ることもできず、私はミルクを飲んだ時のようにスープを飲んでいく。


 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……

 喉を鳴らしながらスープを飲み込んでいく。さっきミルクを飲んだのにすんなりとお腹に入る。

「っはーー、飲んだ!」

 野菜もスープと一緒に口に入れて噛みながら飲んでいった。自分では気付かなかったが、思った以上にお腹がすいていたらしい。


 ふーーーっ、とため息をついていると、


「これだけ飲めたら体の方は異常ないわね」

 よかったねぇ、と私のおばあちゃんに似たまなざしで私をみる。


 彼女はミルクとスープの入っていたお椀と私が使った桶と布を持って、「ちょっと待っといでね」といい、また出て行った。


 私はお腹が膨れた満足感か、だいぶ体力が戻ってきたみたいだ。でも、やはり険しい森の中を歩き続けたせいかかなり筋肉痛にはなっている。実を言うと、さっきスープのお椀を持つだけでも少し腕がプルプルしてしまったのだ。


 体を動かすのがおっくうだが、このままベッドに居続けるのもいけないと思い、少しでもましになるように腕をまわし、足をもむ。

 するとおばあさんが服らしきものをもってきた。


「あんたのきている服はどうも見たことがなかったからね、脱がしかたがわからなかったんだよ。でも汚れたままじゃあ、あんまりだろうと思って家にあった服を持ってきたよ」

 そう言って渡されたのは、もしかしなくても男物の服?


 彼女の持ってきたものは、今おばあさんがきているようなワンピース型のものではなく、頭からかぶる形の上着に腰を紐で結んではくようなズボン。

 えーと、私って男の子に見えるの?


 渡された服を見て固まっている私を、おばあさんは私が服を気に入らなかったのかと勘違いしたようで、

「家には若いものがいないからこんなものしかないけど、後で近所の人にでもいらなくなった若者が着るような服をもらってくるからそれまで辛抱しておくれ」


「ち、違うんです! その、あの……」

 い、言いにくい。てか、なんか恥ずかしい! 男の子に間違われてるんですっなんていえないよう。


「大きさは大丈夫だと思うんだけどねぇ」

 おばあさんにはそんな私の心の声なんてもちろん聞こえない。

 ここは女らしくはっきり言うしかない!


「あの、私は女です」

 私は下を向き、おばあさんの顔を見ずに思い切っていった。


 そしておそるおそる、顔をあげると、そこには目を見開いたおばあさん。

 私と目が合うと「はっ」と気を持ち直し、

「そうよね、髪が短いからって男の子とは限らないわよね」

 一度は驚いた彼女だったが、年の功からだろうか、すぐに気を取り戻したようだ。

 私の娘の若いころのものがあるからすぐに持ってくるわね、と言いながら渡した服をもち部屋を出ていく。


 この世界の女性は長髪が一般的なのだろう。おばあさんも髪の毛をお団子のようにまとめていたが、おろしたら長いのかもしれない。

 私はそれに比べるとかなり短いと思う。

 私の髪は耳より少し下の長さのボブヘアー。日本にいた時は結構気に入っていた髪形だったけど、ここでは男の子に間違われる。うーん、これぞ異世界文化の違いか。



 + + + +


「そういえば、まだ名前を言ってなかったわね」

 そういうおばあさんの横には、旦那さんだろうか、おじいさんが座っている。

 今いるのは最初私がいた部屋の隣にあるキッチン兼リビングの居間にいる。


「わたしはトリアだよ。そして、こっちが旦那のボーロだ」

 どうやらおばあさんはトリアさんでおじいさんがボーロさんらしい。


「私は雛です。いろいろとご迷惑をおかけしました」

 ぺこりと頭を下げお礼を言う。


「ヒナというのね。ヒナみたいな子が外で倒れていたらこの村の人間なら誰でも助けたさ」

「いえ、服も貰ったし、もらってばっかりで……」

 あの後、私はトリアさんの娘の若いころの服をもらい、今着ている。


「こっちも男の子と間違えてすまなかったなぁ。どうりであんなに小さくて細ッこかったのか」

 ボーロさんがすまなさそうな顔をしてあやまってくる。本当に優しい人たちだ。 


「体はもう大丈夫だとは思うんだけど、これからどうするんだい? もし行くあてがないんならここに住むかい?」

 娘の部屋もあるし、私らもヒナがいると孫が増えたように感じてうれしいしねぇ、といってくれる。


 きっと、トリアさんたち夫婦は私がなんらかの事情があることを分かっていて、一緒に住もうと言ってくれているみたいだ。


 オイリスにトリップして4日目、この世界で初めて出会った人たちは心やさしい老夫婦だった。

 

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