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6

 離れた図書館の入り口が開き、人の姿を確認した私はヒースに文句を言うべく開いていた口を閉じた。

 夕方でいくら人が少ないとは言ってもここは学院内なのである。どこで話を聞かれるか分からない。


 図書館から出てきた生徒たちが数人私とヒースのいる方へと向かってくる。夕方も過ぎる頃なので寮へと帰るのだろう。


 私たちはさっきまでの会話と全く関係のない話をしながら、試験勉強のためだろう数冊の本を抱え談笑しながら歩いて行く彼らを横目で見送る。姿が見えなくなったところで、私はホッと胸をなでおろした。


「ところでヒナ、君のおばあさんの指輪のことは誰かに話した?」


 あぁ、もちろんアスフィやヴェル以外でね。と、ヒースが声を小さくして付け加える。


「ええと、シア達にはまだ話してないんだけど。でもイアンには話したかな。村のこともあったから」

 おばあちゃんの指輪を魔石とはあえて呼ばないヒースをみて、私もそれに倣った。


「イアンか。まぁ彼なら大丈夫だろうけど、出来るだけ早めに僕からも口外しないよう伝えておくか」

「養女になるって話は」

「もちろんまだ僕らだけの話さ。それは彼女に知られるリスクを出来るだけ避けたいというのもあるんだけど」


 彼女、とはイザベラのことだろう。

 ヒースの話からするとどうやら学院長は指輪を取り返すまで、出来るだけこちらの情報を彼女側に漏らしたくないらしい。


「とりあえず今のところ、指輪について知っているのは私たちとアスフィ、ヴェルリル殿下、イアンってことね。……あ、そういえばランセル殿下もロウのこと知ってるや」


「ランも?」


「そう。いつだったかな、少し前の休日にリコット亭に帰ろうと王都へ行った時だったんだけど。その時に偶然、ランセル殿下と一緒になって、ロウがただの動物じゃないって気づかれたんだよね」


「貴族や魔法士なんかの専門家以外では魔石について知っている者は少なくなっているけど、王宮ーー王族ともなれば魔石や妖精について僕らより幾分かは知っていることが多いだろうからね。もともとヴェルが魔法について興味あって勉強していたから、ランも無意識に知識がついたのかもしれない」


 ヒースとのやりとりに私は「なるほど」と頷きつつ、以前より意外に思っていたことがあったので尋ねてみた。


「そういえばヴェルリル殿下って背も高いし体つきも結構しっかりしてるでしょ? どちらかといえば騎士っぽい雰囲気だなと思ってたんだけど、魔法の方に興味があるんだね」

「あぁ、確かに。剣も苦手じゃないようだけど、ヴェルは昔っから魔法に熱心だった。将来は王になるランを支える立場になるんだろうし、今しか好きなこともできないんじゃないかな。まあこれは僕らにも言えることなんだろうけど」


 ヒースも思うところがあるのか、自嘲気味に笑う様子を見たら、なんと返事をすればいいかうまい言葉が浮かばなかった。言葉を探している間に、また図書館から数人の生徒が出てきたので、何となく私たちもその中に紛れて歩き出した。



 夕暮れが進み、空高くでは薄っすらと星が瞬き始めた。寮にも淡い明かりが灯っている。


 扉は開かれていて、暑い昼間と比べると十分に涼やかな夜風がさわさわと寮内へ入り込んでいる。普段なら談話室となっているホールでは学年関係なく各々で気ままに自由時間を過ごしているのだが、試験前の今はみんな自室にこもっているのか、随分と人が少ない。


 ついに上手い言葉が見つからず会話が続かないまま、寮の前まで来てしまった。開いたドアの前に立ち止まり、少しだけ気まずい雰囲気だ。


 頭の中で慌てて言葉を探していると、意外なものが会話のきっかけを作ってくれた。

 突然、私の足元で何やら絡まるものを感じた。


「ニャオン」


 一声そう鳴くと次はヒースの足元で私にしたように長い尻尾を絡ませていた。


「この猫」

「知ってるのヒナ?」


 ヒースの足に軽く頭を擦りつけた後、おすわりをして私たちを見上げている。その黒く艶やかな毛並みを私は見覚えがあった。


「うん。この子、イザベラの猫よ」

「イザベラ?」


 頷く私を見たヒースが疑問を表すように眉を寄せて自らの足元に座るその猫を見ている。その表情が訝しむ様であるのは、イザベラが私たちが今頭を悩ませている渦中の人物だからだろう。


 なんでこんな時に。

 先程までヒースと話していた魔石のことを思い出して、タイミングよく現れたイザベラの猫に私も疑うように視線を送った。


 見上げるように顔を上げた猫と視線が合う。以前も感じていた不思議な感覚に思い当たる節があった。


「もしかして……、この猫、ロウと同じ魔石じゃない?」


 呟く私に、ヒースが同意するように答えた。

「僕も思った。……そこの君、僕らのこと気づいているんだろう?」

 ヒースが足元の猫に小声で話しかける。私からヒースへと視線を動かしたその猫は、しかし再び「ニャーン」と鳴くだけであった。




「こんばんは」


 声をかけられた私たちは同時に声の主へと顔を向けた。


「……やぁ、こんばんは」

 驚いて声を出せなかった私とは裏腹に、普段通りに何事もなくそう挨拶できるヒースを、今度こそ尊敬したいと思う。


「私の猫が急に外へ飛び出してしまって。ーーそんなところに隠れていたのね」

「この猫はイザベラ嬢のだったのか」


 ヒースはまるで今初めて知ったかのように少しだけ驚いてみせる。そんなヒースをイザベラは気づいているのかいないのか、表情からは想像できない。


「えぇ、そうなんです。ーーさ、アートフィレイスこちらへ来なさい」


 イザベラから呼ばれると、理解しているのか長い尻尾を揺らしながら彼女の方へと向かう。やはりロウと同じく魔石に宿る妖精なのだろうか。


 私たちは猫がゆったりと歩く様子をただじっと眺めた。

 アートフィレイスーーイザベラがそう呼ぶ猫が彼女の足元に顔を寄せる。寮の入り口とは言っても試験前で声を聞かれるほど近くに人はいない。


 おばあちゃんの指輪についてイザベラに問いただすチャンスだと分かってはいるが、突然来たその機会に私は少し混乱しながらも、しかし機会を逃すわけにもいかず、思い切って口火を切ることにした。


「話があるんだけど、少しいいかな」

「いいわよ。何かしら……ヒナ」


 すんなりと返事が返ってくるとは思ってなくて、私は言葉を続けるのに一瞬喉を詰まらせた。


「じゃあ率直に聞くけど、イザベラは私のおばあちゃんの指輪のこと知ってる?」

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