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 ヴェルリル殿下の姿を見送った後、私はしばらくそのまま立ちすくんでいた。赤らんでいるだろう頬を両手で抑える。幸運なことに周りに人影はない。

 いや、人がいなかったからこそ声をかけてくれたのかも。


 そんなことを考えていると、気分とそれから頬の熱が少し落ち着いた気がして、私はひとつ息をゆっくり吐いてから改めて、図書館へと足を向けることにしたーーのだが。


「ふっふっふ」

 聞き覚えのある声だと気づいたところで、ビクリと肩を揺らした。

「び、びっくりした。ヒースどうしたの? てかなんで隠れてるの?」

 図書館へ向かう廊下に規則的に配置されている大きな柱から、体を斜めにして上半身だけをだしたヒースがいた。


 気配を感じなかっただけに、急に現れた姿に驚いた。心臓に悪い。遠目でもわかるほどニヤニヤとした笑みをしたヒースがゆったりと歩み寄ってくる。なにやら嫌な予感である。

「ヒナはーーヴェルと随分仲がいいみたいだね〜」


 聞いて軽くむせそうになった。

「えぇっ、なに? なんで?」

 慌てたような私を見てヒースがさらに笑みを深める。

 そして片手を軽く上げたかと思うと、その手を自分の頭にポンポンと当てる。


 それを見た私はカァッと頬が熱くなるのがわかった。

「見てたのね!」


「いやー、ヴェルが女の子相手にあんなことするの初めて見たからね」

「べ、別に意味なんてないから! きっと妹みたいな感じだから!」

「なるほど」

「にやけながら言わないでっ」

 ヒースの反応はまるで私が慌てる様を楽しんでいるとしか思えない。落ち着け、そう思っても私の顔から熱は一向に引く気配がない。

「ついさっきまでヴェルと一緒にいてね。別れたあとに2人に気づいてあえて声をかけないでみたら、なかなか面白いものが見れた」

「面白いものって」

 完全に面白がっているヒースに、私は諦めてぐったりと肩を落とす。まったくヒースときたら!


「でもヒナはヴェルのことが好きなんだろう?」

「そんなことない!」

 率直な言葉に反射的に反論の声をあげた。はっとして、慌てて周りを見渡す。大丈夫、今度こそ近くには誰もいない。


 強い口調で言ったためかヒースから、からかいの表情が消えていた。珍しく少し戸惑った様子のヒースに、私自身もムキになりすぎたことに気づいて、誤魔化すように咳払いした。


「きっと本当に意味なんてないのよ」

 そっぽを向き、呟くような小さな声。ヒースではなく自分に言い聞かせるために言った。


「ヒナはそう思っているかもしれないけど、向こうは分からないよ」

 私の独り言に、ヒースが答える。

 反応して私が再度反論しようとすると、それを遮るようにヒースが続けた。

「僕らはうんと小さな頃から一緒にいるけど、ヴェルが女の子に自ら進んで話しかけることなんて見たことなかったから」

「それは、きっとたまたま……」

「偶然も必然も起こったことにはかわりないさ。これは僕の推測だけど。もしお互いに気持ちがあるなら、一緒にだってなれる可能性もあるよ」

「なに急に……そ、そんなの無理だよ。ありえない。だって相手は王子様なんだから」


「ありえなくもないよ。王族と平民でも結婚はできるし、それに階級が気になるっていうんなら」

 再びムキになって言い返す私に、ヒースが意地悪そうに微笑み返す。

「ヒナも正式に認められれば、上流階級のご令嬢の仲間入りだ」

 驚きに目を見開いてヒースを見上げる。

「どういうこと、って言いたげな顔だね。言葉そのままさ。ヒナにも後で説明するつもりだったんだけど、今、君を僕の家の養女にする話が進んでいるんだ」


 急な話で頭がフル回転だ。私はヒースを見つめたまま、パクパクと唇を開閉させる。

 つまり、えーと、どういうことかというと。

「私、ヒースと兄妹になるわけ?」

「……そっちに反応するところがヒナらしくていいと思うよ」




「なんてことはない。ごく自然の流れさ」

 ヒースはまるで当たり前のことだという様に話した。


 大まかにはこうだ。

 学院長の妹であるおばあちゃんの孫が現れた、ということがヒースの家族や親戚に知れ渡り、その孫である私を養女として向かい入れようとなったわけらしい。


 あまりの話の速さと展開についていけない。

 というか会ってもない人たち(親戚?)、みんな簡単すぎない? そりゃあ疑われたりするより随分いいことなんだけど……。

「いやいや、簡単に受け入れすぎじゃない? 当事者の私が言うのもなんだけど、もし偽物だったり嘘だったりしたらどうするのよ」

 あまりにスムーズすぎて、こちらが困惑してしまう。ヒースの話が本当なら、ヒースの家族や親戚はおおらかなのか、心が広いのだろうか?


 疑心暗鬼になっていると、ヒースが私を安心させるためか、ある事を教えてくれた。

「最初は両親や叔父たちもヒナの話を疑っていたんだ。その娘は怪しい、ってね」

「やっぱり」

 最初に私の存在を学院長が伝えた時、騙されているのではと親戚中で争論になったそうだ。

 それはそうだ。いなくなったはずの学院長の妹、しかも孫だという娘が突然現れたのだから。


「屋敷の祖父の部屋に数枚の姿絵があるんだ。その中に若い頃の祖父を描いたものもあって、そしてその中に祖父と一緒に並ぶヒナのおばあさんの絵もあった。まぁ幼い頃のだけれどね。僕は初めてじっくりとその絵を眺めたんだけど、よく似ているよ」

 ヒースがまっすぐと私を見つめる。誰に、と尋ねるまでもなかった。

「おばあちゃんに? 私が?」

 ヒースの話をゆっくりと頭の中で反芻する。

 理解すればするほど、じんわりと涙が浮かぶのが分かった。

「髪や肌の色なんかは違うんだけど、顔の造形と瞳の色はまるでそっくりだ」


 私はそっと自分の顔をなぞる。

「実はヒナが気づかない間に親族の誰かがヒナの姿を確認してね。それでようやく信じてもらえて、納得したらしい」

「そうなの? 全然気づかなかった」

「ヒナに黙ったまま話を進めて悪かったね」

「ううん、いいの。むしろポッと出の私のことを信じてくれた事が嬉しいから」

「ここだけの話、彼らーー叔父たちがあまり反対しなかったのはヒナの指輪が目当てっていうのもあったりするんだけど」

「ああ、なるほどね。まぁ嘘つかれたり裏で色々言われたりするよりは、そういう理由の方がわかりやすいね」

 おばあちゃんの指輪--もとい魔石は数が少ないため上流階級がそれらを管理しているらしい。希少なものであるから、魔石を保持することで得られるステータスなんてのもあるのかも。これは私の勝手な推測だけど。

 私は苦笑いしながら、正直に話してくれたヒースに心から感謝する。この世界に来て始めの頃のことを考えると、友人ができて、親族だという人に出会えたことがどんなにすごいことか言い表せないから。


「いつか会ってもらえるのかな」

 生まれ育った日本から遠い遠い異世界にいる血のつながりを持った人たち。私とどこか似ているところがあるのだろうか。

「全員は難しいかもしれないけれど、早ければ冬に会える機会があるかもしれない」

「冬に? 」

「シーズンが始まるからね。みんな田舎から王都へと引っ越してくるんだ」

「聞きたいこといっぱいだけど……とりあえずシーズンというと」

「社交会だね。色んな所で舞踏会が開かれるよ」

「うわあ、貴族っぽい!」

 素直にそう驚けば、ヒースがおかしそうに笑う。

「タイミングが合えば、いや合わずとも誰かしらヒナに会いに来るかも」

「……私に会ってくれるの?」

 想定していなかったヒースの言葉に、ためらいつつも私は困惑を隠さなかった。


 学院長からおばあちゃんと、おばあちゃんの指輪である魔石の話を知ってから、もしかするとヒースやアスフィ以外の家族や親戚にあまり良く思われていないのではと考えていた。なぜならおばあちゃんが偶然に、とはいえ国宝級とも言える魔石とともに消えたのだ。しかも魔石のしっかりとした持ち主も決まる前に、別の領地内で。家族親族にさまざまなバッシングがあっただろうことは、当時の当事者ではない私にも想像はできる。

 だからこそ、親戚であるという彼らが私に会いたいと言ってくれていることに対して、少しの嬉しさと不安があるのだ。


「ーー正直いえば、ヒナのことを快く思っている人は少ないんだけどね。それでもヒナの魔石のこともあるし、会わずに親族同士で仲違いするより、少しでも歩み寄れるならその方がいいと思うよ」

「そうだね。魔石のこともおばあちゃんのことも、いつまでも背を向けてたらいけないもんね」

 普段より随分真面目な励ましに、心打たれた私はヒースに信頼の眼差しを送った。軽い口調や仕草がヒースを軽い雰囲気に見せていたが、声色を変えるだけでなんとも見違えるようだ。少しだけ見直した。少しだけ。


「ーーそしてもしヒナが順調に僕の義妹になってヴェルと結婚したら、僕って将来の王弟の義兄になるってことだよね!」

「まだ言ってる!」

 軽蔑の目でヒースを睨め付ける。

 先ほどの信頼はあっさりと崩れ去ってしまった。

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