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「ヒースの言うようにうまくいくかな? ロウはどう思う?」
「どうもこうも、ヒナは他に良い考えを思いつくのか?」
「そう言われたら……思い浮かばないんだけどさぁ」
ヒースとアスフィの2人と別れたあと、図書館で勉強する気分になれなくなった私は女子寮の自室へ戻ってきていた。椅子に座り、教科書をなんとなくパラパラとめくり、先ほどのヒースたちとのやりとりを思いかえしながら、ーーそして呻いた。
「〜てゆうか、私には絶対荷が重いって!」
魔石を取り戻す方法として、学院長が出したというひとつの案。それは私が直接イザベラを説得するというものだ。
実にシンプルすぎる作戦である。
というのも、ただ奪うだけならこの国の中でも凄腕の魔法士である学院長が魔法を使えば、イザベラが隠していても不可能では無いはずだ。そもそも力押しが可能であれば、私たち以外でも魔石を狙う者もいるかもしれない。
しかし実際はそんなことができず、反対にイザベラは私のおばあちゃんの指輪であった魔石を自分のものであるとどんどん吹聴していっている。おそらく、いや確実にロータス学院の外部にも貴族などの上流階級にはすでに噂は広まっているはずだ。
私たちがすぐに行動できないでいる理由は、目下の問題であるその「噂」が一番の原因だった。
つまりのところ、周囲には魔石がイザベラの家のものであるという認識が広まっているのである。私たちが気づく前に先手を打たれていたのだ。そんな中無理に奪ってしまえば、今度は本当に私たちが魔石を盗んだと思われてしまう。この前学院長から聞いたおばあちゃんと魔石の出来事の二の舞になってしまう。
そうなれば噂を信じている者たちから非難されるのは確実だ。
「……ちゃんと指輪を調べれば嘘か本当か、わかるはずなのに」
「ふむ、確かにそこは引っかかるな」
ベッドの上で丹念に体を毛づくろいしていたロウ(もう犬にしか見えない)が、私の独り言に反応して言った。
「ーー確かに、確かに私とヒナはすでに契約を結んでいる。だから魔石から離れて今もヒナと共にいることができるのだが……イザベラがどんなに嘘の噂を流しても、我らの繋がりを消すことはできないはず」
そう、この国での魔石は貴族がそれぞれ管理しており、魔石には管理する貴族の家紋が記されている。
おばあちゃんの指輪であった魔石は、おばあちゃんがイザベラの家の領内で見つけた後、一緒に異世界ーー日本へとトリップししている。魔石には管理する貴族の家紋なんてものはなかったと記憶しているから、見つかって日の浅い魔石だったことは間違いないはず。
魔石がおばあちゃんの指輪だと言える証拠は、魔石の精霊であるロウと魔石を見つけたおばあちゃん、そして今は私との繋がりともいえる契約だけ……。
ロウと話しているとハッと気づいた。
「ねぇ思ったんだけど。契約?しているなら魔石は私たちのって証拠にならない?」
「ん? ヒナにしてはよくそんな前のことを覚えているな」
「え……ヒドくない?」
「冗談だ。ーーヒナの考えは確かに証拠になりうるよ」
「じゃあ」
「それこそ素直にイザベラが話を聞いて、魔石を我らに渡してくれたら、の話だがな」
聞いて私はガックリと肩を落とした。
「手元に魔石がないといけないわけ?」
「そうだ。魔石がヒナの元にくれば、私も魔石の中に戻ることができ、それが魔石の持ち主の証拠にもなるだろう」
「結局イザベラを説得しなきゃいけないのは一緒ってことね。ヒースが言っていた説得、というのはつまりそのことなのかな?」
もう一回話を聞いてみようかな、なんて思っているとロウが私を見上げて言った。
「そうか説得だ」
何か分かったようにロウが1人(匹)で頷いているが、私は一体どういうことか分からない。
「イザベラも魔石を本当に自分のものとするには私がヒナからイザベラへと契約し直すことが必要なのだ」
「ふむ」
「つまりだな、彼女も私たちと話し合いをしたいと考えているのではないか?」
「ふむ……なるほど!」
「ヒナ、本当に理解したか?」
気づけばいつの間にか、真っ赤だった夕日がほとんど沈み、代わりに空には小さな星が薄く輝き始めていた。
見えづらくなった教科書を閉じて椅子から立ち上がる。部屋の壁や天井に配置してあるランタンのようなガラスに『光よ』と唱えれば、室内の照明に小さく揺らめく炎らしき明かりが灯る。
呪文を唱えなくても魔法を使うことはできるが、授業の延長で練習の為にも普段はこうやって言葉にだして魔法を使うようにしている。その中でも光の魔法は学園で最初の頃に学んだ基本的な魔法で、自分自身でも最初の頃と比べて随分と上達していると思う。
「ねえロウ」
少しばかり窓を開けば隙間から夜の涼やかな風が入り込んでくる。夏の峠はもうすぐそこ、という季節だが一旦太陽が沈んでしまえば日本にいた頃の様な鬱陶しい暑さを感じることがなく、さらりとした夜風が心地良い。
「私にイザベラを説得することができると思う?」
不安げに問えば、ロウらしいさっぱりとした答えが返ってきた。
「できないと言ってほしいのか?」
「意地悪な答えね。……そこは言わなくてもできると言ってよ」
「それでは……ヒナにならできるさ」
振り返れば私と同じ紫の瞳を持ったロウが、私を見上げていた。見慣れた色だからか、その瞳を見つめ返せばどこか懐かしく、不思議と心が落ち着く気がした。私ならやれるはずだと、そう思わせてくれた。
「だがまずは、試験も頑張らないとな」
「それは--、言われずとも頑張りますよ」
ひとまず、今夜からしばらくは徹夜の日々が始まりそうだ。