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次の日も前日と同様、授業後に図書館へ向かっていると、その少し手前でヒースとアスフィに会った。
目が合うとまるで待ち構えていたというようにヒースが私たちに向かって手をあげる。
「やあヒナ、ロウ」
慌てて駆け寄った私は、ヒース達のもとにたどり着くと2人に気づかれないよう密かに周辺に目を配らせた。
今日も図書館周辺はちらほらだが、生徒が行き交っている。上学年で上流貴族であり、さらに見た目も整っている2人は――主に女子生徒の――視線を常日頃より集めており、そんな彼らに堂々と声をかけられれば普段なら視線がチラリチラリと突き刺さってくる……のだが、今日はそれまでと様子が少し違うような気がした。
「……あの、何か用ですか?」
しかしそんなことよりも、今の私には声をかけてくれた彼らに嬉しさでいっぱいだった。
ヒースとは先日、おばあちゃんの指輪について明らかになった以来だし、アスフィとは初めて会う。ヒースとアスフィはいとこ同士なので、広く言えば私たちは親戚同士になるわけで。
そう思うと、生まれも育ちも違うこの異世界で彼らと出会えたことに、じーんとこみ上げるものを感じた。
「試験勉強は順調に進んでる?」
私が人目を気にしていると気づいてか、図書館の入り口から少し離れた場所へ移動して、ヒースもやや声量を落としてくれた。それにヒースは普段からコミュニケーション能力が高いためか、一見すると共通点の見当たらない私との会話は、しばらくすると周囲の好奇心から簡単に外れることができたようだった。
「ええと……それなりに。分からないことがあれば先生以外でもシア達が教えてくれるので」
「彼女たちか、それなら安心だねぇ。分からないことがあったら僕らにも気兼ねなく聞いてくれて構わないよ。……それはそうと」
ヒースがそれまで横で黙っていたアスフィの肩をずいっと押し、そうすると必然的にぐっと私とアスフィの距離が近くなった。10代とはいえ、同年代であるヒースと比べても成長著しい彼の体躯に、思わず私の足は2,3歩後退する。
「ヒースから事情を聞いた。できる限り協力する」
さらにいとこ同士とはいえ似ても似つかない仏頂面……いやいや、良く言えば寡黙なイケメンなんだけどーーコミュニケーション能力さえもヒースとは真逆だなと考えていた私は、反応が少しばかり遅れた。
「あ、はい。よろしくお願いします。……協力って?」
私は詳しく説明を求めるため、今度はヒースに尋ねた。アスフィだと会話のやり取りに、おそらくかなりの時間が掛かるのは間違いないから。
「ヒナちゃんが持っていた魔石だよ。率直に言うと、奪い取るっていうこと」
「……取り戻す」
「おおっとそうだな、アスフィ。取り戻すんだ。そう、取り戻す」
ポカンとする私に、なにやら企むような笑顔のヒースがやけに印象深かった。
「イザベラから魔石を奪い取るんですか?」
「…………取り戻す」
「へ? ああっ、取り戻すんですか?」
「おお、ナイスな反応だヒナちゃん! いやあ早速血の繋がりを感じるよ」
ははは! と嬉しそうに笑うヒースに、アスフィが黙って眉を寄せる。
「真面目に考えるんだろ」
「間違えました! わたしが、言葉を間違えたんです!」
噛み合っているのか噛み合っていないのか……。
周囲を見回すと幸いにも人はおらず、今の会話を聞かれてはいない。人の目のない今のうちに私は疑問に思ったことをたずねた。
「……でも2人ともどうして協力してくれるんですか? 学院長に言われたとか?」
「そうではないよ。いいや、少しは学院長の意思もあるけれど、これは僕たちの為でもあるから」
「ヒース達の?」
「そう」
軽く頷くとヒースは周囲を見渡した。つられて私も辺りに目をやる。
1日の授業が終わり、人の気配がほとんどしなくなった廊下。窓がなく外部と繋がっているため閉鎖感はなく、全く静かというわけでもない。遠くに見える人影は、寮へ向かうものだろう。
何気なくヒースへ視線を戻せば、少しだけ沈んだような横顔があった。見慣れたいつものゆるい笑顔とは違う表情。どうしたの、と問いたくても辺りの静けさに口を開くことをためらってしまう。
「魔石の噂が随分と広がっているからね」
ヒースの言葉に私は口を閉ざしたまま首をかしげる。
「この前、学院長と話した魔石の話は覚えているだろ? その……魔石のことがあって、イザベラの家と僕らの家は以前からあまり良好ではないんだよ」
特に最近は、とヒースが続けたところで、私はようやく気がついた。
図書館の近くで先ほど感じた女の子達からの視線、それはヒース達への好意や私への敵対心などではなかった。だからといってはっきりとした嫌悪感でもなくて、たぶん興味とかそういうものだろう。
「噂を疑わずに盛り上がる奴らの気がしれない」
不満を隠さずアスフィが鼻を鳴らす。図書館の手前で遠巻きに私たちを見ていた人たちのことか他の学生たちか、それともその両方だろうか。
気づいたところで私はヒース達に対して無性に申し訳ない気持ちになった。だって今、周囲が彼らに向けている感情は私が魔石を無くさなければ起こらなかったはずだから。
先日学院長から知らされたおばあちゃんと魔石のこと、そしてイザベラの家との関係性。
学院長の妹であったおばあちゃんが、イザベラの家の領地で貴重な魔石を見つけたまではよかったのだろう。でもその後、魔石を持ったまま消えてしまったおばあちゃん。
消えたおばあちゃんと魔石に両家が揉めることが避けられないということは簡単に想像がついた。
分かりやすく沈む私に励ましの言葉を投げかけてくれたのは、意外にもアスフィからだった。
「自分のせいだと追い込むことはない。今までのまま曖昧にされているよりも、今回のことで解決するのであれば大変なことではない」
「アスフィ……」
前向きな言葉に心が少し軽くなる。私の気持ちに反応するように、隣でロウが左右にパタパタと尻尾をふった。
「アスフィに良いところを取られちゃったねー」
そう口で言いながらも、ヒースの顔にはいつもの笑顔が戻っていた。
1人でどうにかしようと考えていた時から比べると、味方がいてくれるだけでこんなにも心強くなるのだと気付かされた。
「それで」
話がそれてしまって、それを思い出させる様にロウが足元から私たちに問いただした。
「魔石は一体いつ取り戻すのだ?」
「そうだったね。ーー実は学院長とも話したんだけれど、試験期間後に動くのはどうかなと思ってる」
言いながらヒースは私の足元に寄り添うロウへ視線を投げた。隣のアスフィも同意する様に小さく頷いている。
ヒースたちの作戦はシンプルなものだった。