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試験

 学院長が私のおばあちゃんの兄であったという事実が判明した翌日、その日のすべての授業を終えた私は学院の図書館へときていた。シアやリディたちは、イルを囲んで教室で勉強するらしい。私もシアに声を掛けられそうになって、慌てて席を立った。教室を出る間際まで送られていたイルからじっとりとした恨みがましい視線に、バレているかもしれないけど気づかないふりをして。

 図書館に行くと、今まではほとんど利用者のいなかった館内とうって変わって、ここ数日は大勢の学生が出入りしていた。試験まで日がないからだろう。ぺちゃくちゃとしゃべり騒ぐものはいないけど、それでも普段と比べるとざわついた雰囲気だ。

 素早く辺りを見回すと、すでにどの場所も埋まっていた。予想はしていたが、それでも小さなため息が漏れ出た。

 

 気を取り直して私は、腕に抱き込んでいたバッグを持ちなおし、図書館で読書や勉学のために均等に配置されたテーブルではなく、出入口すぐ近くにあるカウンターへと入り込んだ。カウンターは本の貸し出しが行われる場所で、今日の担当であろう司書をしている職員がいるはずだ。

「こんにちは」

「……あら、ヒナちゃん? 今日は当番じゃ……って、勉強するなら他の生徒に見えないようにしなさいよ」

「はい、ありがとうございます」

 私がカウンターに入ると、気づいた司書と互いに視線だけを合わせ黙礼する。小声で簡単に言い訳をし、そうして少し手狭ではあったが、イスとテーブルを確保することができた。

 

 教科書類で普段よりも重量の増した荷物をテーブルに置くと、その開放感にふー、と息をつく。何となしに入口を見ると、私の後にきた学生が先ほどの私と同じようにキョロキョロを辺りを見回していた。座る場所がないと判断したのだろう、困り顔のままどうすることもできずに図書館から立ち去っていた。

 何人かそんな人たちを視界に入れていると、申し訳なさも感じないわけではないが、ここにいると見たい資料もすぐに見られる。もちろん職員がダメだと言うなら、ここから立ち去るつもりだ。

 しかし図書館でアルバイトをする学生だけの特権かもと密かに思っている。

 

 ノートと教科書を開き、試験範囲を確認しながら復習していく。学院に通うのは上流階級が多いが、幼いころから親や家庭教師に習う彼らと違って、たとえばイアンのような数少ない平民出身の学生は頭に入れなければならない事柄が多い。平民どころか日本出身の私なんて、この国の小さな子供たちにも常識的な知識で劣るかもしれない。

 まぁそんなこと今さら考えてもしょうがないことだし、後でゆっくり知っていけばいい。全てを理解するのはまだ無理だとして、少なくとも試験を通過する点数はとらなければならない。昨日の出来事で、まだ曖昧だけど小さな目標ができたから。だから今は試験に向けて頭に叩き込むつもりだ。

 しばらく試験範囲となる箇所の復習をしていると、さきほど挨拶をした司書が私の肩を静かにたたいた。不思議に思って見ていた教科書から顔を上げると、彼女は自分の体で隠すようにカウンターを指さしていた。

「誰か来たんですか?」

 そう尋ねるが、彼女は指さしたまま微動だにせず、ただ無言で私を見つめてくる。

 私は首を傾げながら、彼女の体越しにその人を見た。

「ヴェルリル殿下……」



 私とヴェルリル殿下は図書館のカウンターに隣接する個室に通されることになった。ドアノブを握っていた司書の彼女がドアを閉めきる際に、満面の笑顔でウインクするのが見えて、私はぐっと眉間を寄せた。勘ぐらなくても彼女が何を想像しているか予想はつく。少なくとも色んな意味で、弁解の言葉を考えないといけないようだ。

 ドアが完全に閉まったのを確かめると、私が先に口を開いた。

「あの、私に何か用ですか? それにどうして私がここにいるって?」

「いきなり質問攻めだな」

「いえ別にそういう訳じゃないですけど……でも、だって」

 急いたことを指摘されて、私はつい唇を尖らせた。

「昨日のことを謝りたいと思って探してきた。待ち合わせ場所に俺ではなくてヒースがいることを伝えてなかったから」

「あ……そう言えばそう、でしたね」

「ヒースに言われたよ『伝えるべきことはきちんと伝えろ』と」

 私はパチパチと目を瞬かせた。

「ヒースと違って苦手なんだ、人とうまく話すのが」

 むっつりとしかめっ面で言うヴェルリル殿下に、私は一瞬だけ体をかたくしたが、次の瞬間にはこらえ切れず笑ってしまった。

「比べるものじゃないと思いますよ。ヒースとは。だってヒースみたいにすぐ打ち解ける人ってなかなかいないと思いますし。それに……」

 私は笑いながら最後の言葉を言いかけて、止めた。案の定、ヴェルリル殿下が眉を寄せて聞いてくる。

「それに、なんだ?」

「いいえ、なんでも」

 ヒースのように社交的なヴェルリル殿下が想像できなくて、つい笑ってしまったのだ。それに、真面目で真剣な面持ちをした彼の方が、きっと格好いいと思うから。


「……ヒナ?」

 そんなことを思ってしまったからか、不意打ちのように呼ばれた名前に、私は大げさに肩を揺らした。少しだけ逸らしていた視線を向けると、目の前ではヴェルリル殿下が不思議そうに私を見ている。見上げれば目が合って――まぁふたりで話しているんだから当たり前だけど――たったそでだけで、それまでどうにもなかったはずの私の心臓は大きく鳴りだしてしまった。

……なんて単純な私の心臓、それでいて無視することはできない。

でも私は私の心に気付かないふりをする。よそ見をしていると、ようやく見つけた目印を見失いそうで、たまらなく不安になるから。

今、私はいつも通りに笑っている。体の奥底から響いているこの胸の高鳴りは、私が口に出さない限り外に出ることはない。ただ、この音は訴え続けるように、彼が部屋を後にするまで止まることはなかった。


「ーーーあ、結局昨日のこと、殿下に話してなかった」

 図書館での勉強を終え、夕食も取り終えた私は帰った部屋の中、もう眠るという段階になってそのことを思い出した。

「ん? 昨日というと、魔石のことか?」

「そう、今日……たまたまヴェルリル殿下と会ったんだけど、その昨日のこと話してなかったなと思って」

 横になっているシーツの中で、ロウがもぞりと動くのを肌で感じた。

 部屋は明かりを消している。星明かりを感じられる薄めのカーテンが、わずかに開いている窓から入る風でゆるやかになびいている。風とともに入りこんでくる妖精たちはかすかに発光しながら自由に部屋の中を漂っていた。

「ヒナが言わなくともヒースが伝えているだろう」

「まあそうなんだけど……」

「ならばヒナから話せば良いではないか」

 そう言うロウに、私はかたく口を閉ざした。

 きっと私からじゃ話しかけられない。それは推測などではなく断定できるものだった。よそ見している場合じゃないと思っても、思い返せば意識をすることはあった。

 うーうーとうなっていると、ロウが迷惑そうにベッドの隅に移動していく。

「……ヒナ、静かに寝るか、寝ないのなら勉強するかのどっちかにしてくれ」


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