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 頭の中が考え事でぐるぐると渦を巻き続ける。黙りこくる私に、イアンも気を使ってか無言のままだ。私の様子にイアンも確信しているに違いない。

 ちょっと待てよ、と私は胸の中で呟いた。

 色々と話が頭に入りすぎて動転していたけど、これでおばあちゃんについて――おばあちゃんの家族のことが分かることに気づいた。それは指輪を見つけること、そのもうひとつの目的だ。私は頬が、胸が熱くなるのを感じた。

 周りの誰かに直接尋ねたらどうだ、と言っていたロウの言葉もまんざら嘘なんかではなかった。これはイアンに聞かなかったら分からなかったことだ。ロータス学院にイアンが通っていなければ、魔石の話なんてしなかったはずだから。私の身近にあの村出身で、学院や魔法に詳しい人なんて他にいない。

 部屋に戻ったらお礼にロウをぎゅうぎゅうに抱きしめてやろう。まあ多分嫌がられると思うけど。

 目を閉じてその光景を浮かび上がらせると、思わず笑みが出た。

 それからゆっくりと顔を上げ、イアンを見つめた。

「魔石を見つけた彼女は……きっと私のおばあちゃんだと思う」

「そうか」

 私の言葉に驚くこともなく小さく頷いたイアンは、なにか思案するように腕を組んだ。魔石について他に情報があるのかと、私は口を閉ざしたまま様子を伺う。

「ヒナはその魔石を取り戻したいということ、だよね」

「うん」

 間を空けず返事をしたが、含みのある物言いに、私は眉を寄せてイアンを見上げた。

「取り戻したい、か」

「なに? まだ指輪……魔石のことで何かあるの? それともイザベラのこと?」

 悩むように唸るイアンに早口で捲し立てる。イザベラの名前のところで、イアンの唸り声が止まった。

「……そうか、イザベラか」

「だから! 彼女がどうしたのって聞いてるじゃない」

 ひとり納得するイアンに少し苛立ちを感じていた私はイアンの肩を揺さぶった。

「っいや分かった、だから、話すからって」

 

 イアンが一息置く間、そわそわとするのを堪えながら私はぎゅっと口を閉ざした。

「魔石だけど、もう一度確認するよ? ヒナは魔石を取り返したいと思ってる」

「うん、そうよ」

「俺は学院の生徒だし、あの村出身だし、消えた魔石について貴族じゃないけど知ってる方だと思う。でももともと魔石に関しては、貴族階級や魔石について研究している魔法士じゃないと知らないことがほとんどなんだ」

「それは……私も前に聞いたことある」

 先日、王都の図書館へ行ったとき、ヒースが話していた。貴族ではなく、しかも1年である私が魔石を知っていることに、なにか探るような目で見られていたのを思い出した。

「だから俺がヒナに教えられることなんて少ししかないんだけどさ、……ヒナは魔石が誰のものかは知ってる?」

 唐突な質問に、私は一瞬反応が遅れた。

「え――持ち主、見つけた人? いや、国のもの?」

「大きく捉えれば国のものだね。でも普通はその魔石の管理を任された貴族のものだ」

 それも聞いて知っていた私は頷いて返事をする。

「でも最後の魔石といわれてる、おばあちゃんが見つけた魔石はおばあちゃんのでしょ? 貴族だったわけだし、根っこは国のものだとしてもよ」

「それが分からないんだ」

「え?」

 予想外の回答に、つい大きな声で聞き返してしまった。

「大昔と違ってここ長い時代、魔石が見つかるのは稀有なことだ。だから見つけたヒナのおばあさんの家と、魔石のあった土地の領主との間で話し合いがあるはずだった、のに……」

「のに?」

「当時、ヒナのおばあさんは魔石と共にいなくなってしまって、話し合いどころではなくなってしまったらしい。これは村の年寄りに聞いた話だよ。村や森でも長い間大捜索があったらしいからね。それで、話し合うはずだったうちの村を治める領主だけど、タイナート家、つまりイザベラの家なんだ」

 私は目を大きく見開き、口もぽかんと開いたまま、ただイアンの言葉を頭の中で反芻させた。

 絶句、というのはきっと今の私をぴったりと言い表す表現だ。

 呼吸するたびに酸素が脳を巡って思考する。少しずつ理解していくたびに、徐々に私は不安と絶望に駆り立てられた。

 おばあちゃんの指輪を取り戻す云々の前に、またひとつ大きな壁が立ちはだかったようでもあるし、それに……

「それじゃ……魔石と一緒にいなくなったおばあちゃんは、どういう、扱いなの?」

 犯罪、という言葉が浮かんで、私は否定するように頭を左右に振る。縋るようにイアンを見つめると、気まずげに視線を逸らされた。

「犯罪者じゃないよ。でも誘拐されたとか、その、殺されたとか、表ではそういう風に言われてる。彼女が消えたのも突然だったし、原因もはっきしりていないから」

「つまり、うやむやに情報を隠されてる」

「……そういうことになるね」

 申し訳なさそうに話すイアンに、私は1人だけで落ち込んでいることに気づいた。

「イアン、何だかごめんね。でもありがとう、私だけだったらきっとずっと進まなかったと思うから」

 そう言ってイアンに笑いかけると、イアンも少し安心したように息を吐いた。

「これらどうする? 噂の魔石はイザベラが持っているって聞くけど、やっぱそれ取り返す?」

「そうしたいって最初は思ってたんだけど、でもイアンの話を聞いてちょっと思ったの」

 一度言葉を切って口を閉じた。たった今思いついたことを、まとめながらゆっくりとイアンに話した。

「おばあちゃんの指輪が戻ってきたら嬉しいと思う。改めてきちんと魔石についてイザベラと話し合ったうえで、それで手元に戻ってきたら、ね」

「もしその話し合いがうまくいかなかったら?」

「それは……諦めるわ。潔くね。だって元はといえば、指輪を無くしてしまった私が悪いんだから。それに、確かに指輪は大切だけど、ここにはロウもいるし」

「ロウってヒナの犬?」

 イアンは傾げているが、私はそれに曖昧に微笑み返す。

 おばあちゃんの指輪がきっかけで、私はこの世界にきた。もしその指輪がわたしの手元から離れるなら、きっとそれは指輪の真意なのだろう。日本に戻ることもできなくなるが、それならそれで私もこの世界で生きていく決意が固まる。

「――とりあえず、どうにかイザベラと話せればいいんだけど・・・・・・」

「しばらくは無理だろうね」

 即答するイアンに、私は大きく落胆した。

「だよね、少なくとも学院内じゃ話しかけられないか」

 イザベラが噂の魔石を手に入れた件で、授業中以外は多くの学生達が学年関係なくずっと囲んでいた。中には教師の姿まであって、ここ数日を思い出しただけでも、とてもじゃないが話しかけるどころか気軽に近づくこともできやしない。

「・・・・・・ヒナのおばあさんの家族だけでも会えればいいんだけど」

「イアンはおばあちゃんのこと知ってる?」

「いいや、貴族らしいということは知っているけど、それ以上のことは俺も知らない。随分前のことだし村の人たちでも知っている人はいないだろうね」

「そう・・・・・・」

 イザベラと通じれば、いずれはおばあちゃんのことも分かるだろう。しかし現状では彼女とゆっくり時間を取ることは難しい。

 やはり少し間を空けて、噂が盛り下がるのを待つしかないのか――そう考えたところで、思わぬところから別の声が飛び出してきた。


「俺が知っている」

 背後から聞こえてきた声に、私とイアンは同時に振り返る。外灯の薄明りに見慣れた姿があった。 

「なんだ……ヴェルか、驚かすなよ」

 現れた人間がヴェルリル殿下だと分かってほっとしたのか、イアンが胸を撫で下ろしながらつぶやいた。

「だったらこんなところで話をするな。沿道から離れているとはいえ、誰がいるか分からない」

「あまりこそこそするのも逆に怪しいだろ。ここだったら恋人同士にもみえて近づいてくる人もいないだろうし」

 同意を求めるようにイアンが私に肩を寄せる。元はといえばイアンを連れ出したのは私のほうで、だから私もはっきり否定することもできない。冗談と分かっているし、つられるように曖昧に笑うと、明らかにむっとした表情でヴェルリル殿下が無言で私たちを見下ろしていた。

「そんな睨むなよ。珍しいなヴェルが表情……って、えまさか」

 イアンがヴェルリル殿下と私の顔を交互に見比べながら驚きの声を上げた。同時に寄せていた肩も離れて、並んで座るベンチに空間が開く。その表情は声とは裏腹にほんのり赤かった。何を想像しているかなんてイアンの分かりやすい表情と様子から読み取れた私は、慌てて隣にある口を止めた。

「いやいやいやイアン! 何か勘違いしてない?!」

 勝手に想像された挙句、照れたように顔を赤くするから、私まで恥ずかしくなりそうだ。急に開いた隙間に詰め寄ろうともしたが、頭上から感じる視線に身動きがとれなかった。 

 変な方向に向かいそうだった話題を変えるため、何とか話を軌道修正した。

「――あ、あの殿下、一番初めに何か知ってるって言われてましたよね?」

「あ……そういえば」

 思い出すようにイアンが顔を上げる。それを追って私もヴェルリル殿下を見つめると、それまでじっと閉じていた唇が開いた。表情はまだ少し不機嫌そうだった。

「……噂の魔石については、俺たちも興味があって調べていた。昔のことでもあるし中々情報が掴めなかったが、意外と近くにあった」

「近くに……?」

 呟きながら思案するが、私にはこれといって浮かぶものは思い当たらない。夜の暗闇に彷徨わせる視線と同じように、色々考えてみても見つかるものも見つからない。イアンも同じようで、しきりに首を傾げていた。

「次の休日、朝食が終わる時間の前に門の前だ」

「えと?」

「遅れるなよ」

 それだけ言うと、背を向けたヴェルリル殿下は外灯の並ぶ沿道の方へと向かっていった。

 そして残ったのは私と、イアン。元の顔色に戻ったイアンは真面目な顔をして私にとんでもない事を言ってのけた。


「とりあえず言えることは、いつまでもヒナの味方だから」

「え」

「身分差は大変かもしれないけど、でもきっとそれを乗り越えた先には……」

「いやいやいや!」

 本当に勘違いだから、と強く言えばきょとんとするイアンにがっくりと項垂れた。

「俺、状況がよく飲み込めてないんだけどさ。魔石のことは村にも関係あるし、ヒナのことも他人事じゃない。何かできることあったら言って」

「……イアン」

 私はヴェルリル殿下が歩いて行った沿道に視線を向けた。途絶えそうだった目印が、まだ遠くだけど夜を照らす外灯のように燈ったかのようだった。

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