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夕食をとったあと、私とイアンは移動して外のベンチに並んで座った。寮は男女で分かれていて一緒に入ることはできないし、まだ大勢の人がいる食堂で話を続けるわけにもいかなかった。
暮れた外は建物同士をつなぐ道に、規則的に灯りが配置されている以外に光源は見当たらない。その微かな光の下には甘い空気を漂わせた恋人たちが堂々とイチャついていたりする。そんな恋人たちを横目で見ながら、私たちは甘い雰囲気とはほど遠い、重い空気の中でさらに声を落として話の続きをしていた。
「――俺が聞いたのは1年のイザベラって女子が最後の魔石を持ってるって噂。イルたちの家での夜会の後からだよ。その話が広まったのは」
「あ、私もそれ聞いたことある。他は何か聞いたことある?」
「他は……噂なのかは分からないけど、彼女が次の女伯爵になるらしいとか、かな」
「伯爵? 女の人でもそういうのになれるんだ」
「継げる爵位は多くはないらしいけどね。彼女の父親は爵位をもつ貴族なんだけど、彼女は一人っ子で、女性でも継げると爵位と聞いた。でみもし彼女が結婚して息子が生まれれば彼女は退くだろうけど。今のところこれはただの噂だから、実際は近親の誰かが爵位を継ぐって可能性が大きいとは思う」
村や街で暮らしてみて、普通の人の生活は知っているけど、貴族とかになるとまだよく知らないことだらけだ。でも私もいつまでたっても、そう言ってられないということは理解しているつもりではいる。
私の気持ちに比例したように、もともと小さくしていた声の大きさがさらに無意識に下がる。
「……複雑そうね。私じゃよく分からないよ」
今はまだ。シアたちは友人として接してくれるけど、もし卒業したらどうなるのだろう。同じこの広い王都に暮していても会えなくなるのだろうか。
「俺も。ここに来る前は貴族っていい暮らししてるんだろうなーなんてくらいに思ってたんだけど、もしかすると俺たちが思ってる以上に大変だったりするのかも」
灯りが弱すぎてはっきりと表情が見えない。でもイアンが確かに笑ってるというのが何となく感じ取れた。
上級生であるイアンの授業の様子など、私がはっきりと知る機会はないけど成績はそれなりにいいらしいとラネさんからこっそり聞いている。卒業してイアンがリコット亭を継ぐ可能性は低いかもしれない。イアンもまた、私とは別に考えることがあるのだろう。
「ところで、最後の魔石ってなに?」
暗くなってしまった雰囲気を変えるように、私はもうひとつ気になった話題をイアンにふった。
「ああ、それはそのまま言葉通りの意味。この国で最後に発見された魔石だからね」
「最後?」
「そう。もう親の親の世代だけど、その魔石のあとに新しい魔石は国内でまだ見つかっていないから。だから最後の魔石」
イアンの話を聞きながら、私はただじっと周囲の暗がりを見つめた。頭の中で話が少しずつ繋がっていく。最後の魔石はきっとおばあちゃんの魔法のゆびわだ。
私は右手で胸元を触り、指輪の感触を思い出しながらイアンに尋ねた。
「指輪の話だけど、イアンは信じてくれるの?」
「は、嘘だった?」
驚きの声を上げるイアンに、私はあわてて首を振る。
「ほんと! 本当のことだよ」
「今更驚かせるなよ……、ヒナが言うこと俺は信じるよ。でもま、理由はあるんだけど」
ひざ上で腕を組んだイアンは、ひと息呼吸をためて話を続けた。
「ヒナはさ、じいさんの村から来ただろ?」
「そうだけど……」
「最後の魔石が見つかったのは、あの村を囲む森の中からなんだ。それにその魔石が消えてなくなったのもあの森からだって言われてる。今でも王宮の魔法士や学院の人間が村に行ったりしてる」
イアンの言葉に静かに耳を傾けていた私は、大きく目を見開いた。息を飲み込んだ音が、ひどく大きく耳に響いた。
「イアンは私があの村から来たから、指輪の話を信じたの……?」
そう尋ねたら、イアンは無言で私を見つめた。
「――いや、そうじゃない」
街灯の淡い光は私たちに濃い影を落とす。無意識にイアンの方へ身を乗り出していた。じっと見つめれば、イアンの瞬きまではっきりと見ることができた。
「これはあの村の人間なら誰でも知っている話だ。最後の魔石を見つけた人間のこと」
「見つけた人?」
復唱した私にイアンが頷く。
「そう。森の古く巨大な樹の根元から見つけたらしい。長く生きる樹に森の妖精が集まって石になったんだ。ずっと昔、魔法が国中の人に行きわたっていた時代には、そんな風に色んなところで魔石が生まれていたと言われてる――っと、それで魔石を見つけた彼女は、しばらくして消えたんだ。……あの森で」
そこまで話したイアンは一度地面に視線を落として、見つめていた私へと顔を向けた。
「俺らと同じくらいの年代だった彼女は、村へ避暑に来ていた貴族の娘だった。ロータス学院にも通ってたらしい。とても頭が良くて、妖精にも慕われていた。魔法を呪文を使うことなく発現することもできたそうだ」
話を聞きながら私は視線を彷徨わせた。呪文を使うことなく魔法が使えた? それが当たり前ではないことは、学院に入って目の当たりにしていること。それができるのは、私と日本にいるお兄ちゃん、それに私たち兄弟に魔法を教えてくれた、おばあちゃん。
行きついた推測は、イアンの言葉で確実なものになった。
「彼女はヒナと同じ、紫の目をした少女だった。少女の名前はフローリス。ヒナ、君が自分のおばあさんの名前だって言っていた名前と同じだ」