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「不憫な……」

 一日の授業が終わり、勉強道具をもって寮の自室へと戻った私はロウに憐みの言葉を投げかけられた。

「友人もいないのか」

 続く言葉に私は苦々しく唇を引く。ぐうの音も出なかった。


 王都を見渡せる丘の上で、おばあちゃんの指輪を取り戻すことを改めて確認してから数日。指輪の行方について、現在最も有力な情報だと思われる、消えた魔石の噂を私はまだはっきりと確認することができていなかった。

 夜会の次の日から学院でも、その消えた魔石の噂話が生徒たちの間で飛び交っていた。私がはっきりと噂話を確認できていないのは情報には事実以外にも推測なども多く含まれていて、どれが真偽なのか確かめるすべがなかったから。そして一番は、学院内で飛び交う噂話を直接聞いて回ったわけではなく、教室で、食堂で、廊下の隅で……あくまで噂としての話だからだった。

「確かに……言い返す言葉もないけどさ。でもそう言っても友達少ないのは今更だし、私にうまい話術があるなら話は別だけど」

「シアたちがいるだろう。もういい加減、彼女たちにも聞いたらどうだ」

 机に今日の課題を取り出していた私はロウの言葉に動かしていた手を止めた。

「それは、最後の手段。できればシアたちに知られずに見つけたいの」

「……ヒナがそう言うなら口は出さん。が、今のままでは進むものも進まんぞ」

 静かに話すロウの言葉に耳を傾けながら、私は自分の手元をじっと見つめる。

 ロータス学院に入学して数か月が過ぎようとしていた。こちらの世界でも季節がめぐり、今年の冬はロータス学院で過ごすことになるのだろう。成績は別としてだが、授業にも最初と比べてすっかり慣れたし、魔法の使い方も大分身についてきたと思う。これは日本にいる頃、おばあちゃんがまだ生きていた時に教えてくれた言葉や聞かせてくれた話があったからこそだと、今だから分かる。おばあちゃんが話していたのはおとぎ話なんかではなかったと気づいたのはもう随分前のことだ。

 時間というものは気づけば過ぎているものだ。月日は経つが今もなお、私の秘密を知る人はいないし、それ以前に友人とよべる人も少なかった。

「巻き込みたくないのよ。シアたちを。何が起こるか分からないじゃない」

 魔石はまるで高級なダイヤモンドのようだと思う。それを取り返すのだ。近づいた先に何があるかなんて分からない。もしかすると危険なこともあるかもしれない。私は私のために魔石、おばあちゃんの指輪を探すことを決めたからいいものを、シアたちにまで私の意思を押し付けることなんてできるはずもなかった。

「彼女たちに協力してもらえば道がみえるかもしれんぞ。それでもか」

「それでもよ。だって友達だから」

 矛盾だな、と呟かれたロウの言葉はあまりにも小さすぎて煙のようにすぐに消えてしまった。





 それからまた数日。学院の図書館でのアルバイトのあと私は、食堂で食事をとることにした。

 午後の歴史と魔法学の授業を終えたのは夕方少し前。授業のある日は2日に1度、夕食時までの数時間のアルバイトを今もなお続けていた。

 図書館でのアルバイトは私にとって色々と好都合だった。私が学生だからかアルバイト自体は本の整理や掃除雑用、受付と簡単なものだったし、空いた時間には読書や課題をすることもできる。ロータス学院の図書館も王都の図書館に劣らず豊富な数を誇る書籍があり、日常生活のささいな事柄から、魔法に関することなどたくさんの情報を、しかも無料で得ることができるから本当にありがたい。

「でもよく考えると、だから友達少ないのかも・・・・・・?」

 食堂の隅のテーブルで今日の夕食を眺めながら行き着いた考えは、あながち嘘ではないし少しショックをうけた。

 それでも今更だなと思うことにして、とりあえず夕食と向き合うことにした。今夜のメインはシチューにした。他にはパンとサラダとデザートだ。

 食事時に適当な席に着くと飲み物がテーブルに現れる。皿は食べ終わったり、席を離れればいつの間にか消えている。いつだったか、席を立ってふとテーブルを振り返ると小さな光が皿を持ち上げて次の瞬間には消えていた。それも魔法なのだろう。この学院には魔法の気配があちこちに漂っているからいちいち驚いていてはきりがない。


 ひとりで考え事をしながらモグモグと食事をしていると、後ろから声をかけられた。

「今夕食?」

「そうだよ。イアンも?」

「うん。向かいいい?」

 どうぞ、と言う前に私の向かいに移動したイアンは席に腰を下ろしていた。どうやらイアンの夕食はサンドイッチのようだ。分厚いトーストにサーモンサラダが山盛り。いつの間にか水のグラスとパンプキンスープ、バター皿まで出てきていた。なるほど飲み物だけではなくて、その他も勝手に出てくることがあるらしい。誰のチョイスかは不明なところだが。

「この間の休暇は店に帰った?」

 ぼんやりテーブルを眺めていると、話し出したのはイアンのほうだった。

「あ、帰ったよ。イアンは帰ってないんでしょ? ラネさんが『近くにいるのにまったく顔も見せやしない!』って膨れてたよ」

「うわ……もしかしなくても次帰ったら仕事漬けかも」

「かも、じゃなくて確実にね」

 私がくすくす笑うと案の定、イアンは渋い顔をしてみせる。

「じゃあさ、その時はヒナも一緒に帰ってよ」

「もちろん。代わりに途中、何か奢ってよね」

「一人で帰るくらいならそれくらいはお安いご用」

 途中談笑しながら食べる食事は久しぶりで、あっという間に感じた。ここのところ、シアやリディと夕食をとっていなかった。


「――ねぇヒナ」

「なに?」

「何かさ、相談事とかない?」

 突然言われて、私はぱちくりと目をしばたたかせる。そんな私の視線に、イアンは少し気まずそうに視線を下げていた。

「いや、何もないんだったらいいんだけど。最近ヒナ、リディ達といることも少ないし一人でいるところを見かけるからさ」

「え・・・・・・?」

「違ったらいいんだ。その・・・・・・いじめとか。ほら、俺ら市井の出だろ? 学院生活の中で嫌なこととかあるかもしれないしと思って」

 周りを気にするように呟かれた小さな声に私は口をつぐんだ。

 今日の夕食にイアンが声をかけてきたのは、たまたま居合わせたからじゃなかった。心配をかけていたのだとようやく気づいた。

 あの夜会が過ぎてからというもの、私は時間がありさえすれば魔石やイザベラのことばかりが頭を占めていた。仕事以外で図書館へも多く通っていたし、噂話を聞くために構内を歩き回っていた。必然、ひとりでいる時間も増えて、自分のことだけで精一杯だった。シアたちとはもちろんしゃべっていたけど、それも必要最低限で、時々はうわの空だったかもしれない。

 心配されるような出来事とか、行動がありありと思い当たりすぎて、私はしばらく固まった。

「イアン・・・・・・その、ごめん。心配かけちゃったみたいで。・・・・・・リディたちも?」

 気まずげな顔をしたままイアンが頷く。

「夜会の後からヒナの様子がおかしいって相談されて。・・・・・・自分たちのせいかもって」

 イアンの最後の言葉に私はすかさず反応した。

「それは違うから!」

「分かってるって、おれもそれは違うだろうって言っといた。俺もさ、前似たようなこと友達に仄めかされたことあるし」

「そう・・・・・・」

 私がほっと息をつくと、イアンも緊張が取れたように胸をなで下ろしている。

「何か勘違いだったみたいだな。安心した」

「こっちこそごめん、最近ちょっと考え事があって」

「いじめじゃないよな?」

「それはもちろん! 陰口は・・・・・・あるけど」

「あー、俺もある。その時はちょっとへこんだかな」

 笑って語るイアンに引きずっている様子はなく、私もつられて微笑む。

「でもさ、心配してることには変わりないし、何かあったら俺やリディたちに相談して。力になれることあるかもしれない」

「ん、ありがと」

 イアンたちの優しさが申し訳けなさよりも、それ以上に私の心を軽くさせる。浮上した気持ちが私の頬を自然と緩めていく。

「ちなみに俺が来たのは友人兼、家族代表としてだから。それと俺は恋愛相談だったら受け付けません」

「なにそれ! 私もイアンに相談しませんから」

 言って、私はついには声を上げて笑っていた。お腹を抱えて笑うのも、冗談を言い合うのも随分久しぶりかもしれない。そんなことを頭の中で浮かばせながら同時に、イアンの何気ない言葉に、それまでの考えを変えることに対して抵抗感が薄らいでいくのが分かった。


 テーブルの上で手を組む。そうして私は向かいに座るイアンの両目をしっかり見つめた。

「――ねイアン。やっぱりひとつだけ、話聞いてくれる?」

「話?」

 今朝、ロウにも同じようなことを言われたときは拒んだのに、何で今になってそんな簡単に、と囁いてくる自分がいる。人の考えが変わるのは意外とささいなことがきっかけなのかもしれない。だって友達とか家族とか、そんな単純な言葉が人の気持ちをあっけなく変えてしまうから。

「イアンは魔石の話、知ってる?」

「魔石……? ああ、うん。最近噂話でよく聞くよ」

 やはり噂は広まっているらしい。私は一度つばを飲み込んでから、乾いていた喉を潤すためにグラスに半分残っていた水を一気に飲み干した。イアンはそんな私を不思議そうに眺めている。

 おばあちゃんの指輪は私と家族を繋ぐもの。そしてこちらで曖昧な存在である私とこの世界を繋ぐもの。魔石を取り戻せば私は私を知ることができるはずだ。たとえそれが私のこれからにとって良であっても悪であっても。もちろんできるだけ迷惑はかけたくなかったから、今までは自分一人でなんとかしようとしていた。でもそうでなはかった。頑なにこもり続けるのではなくて、必要なのは他者への少しの信頼なのかもしれない。

「どこまで噂が広まってるか分からないけど――あの魔石、私が持ってたものなの。私の、おばあちゃんの指輪なのよ」

 この秘密がこの先私に何をもたらすのかまだ分からない。今はただ、私と家族やこの世界とを繋ぐ唯一をこの手に取り戻したいだけ。

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