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 貴族街の端に着いたところで馬車から下りて歩くことにした。

 リコット亭まで送ってくれると言ってくれる御者のおじさんだったけど、ここまで送ってもらって十分だったし、私は小さく首をふった。おじさんに礼を伝え、馬車が再び元の道へ戻るのを見届けてから門をくぐった。


 門を通った先に広がるのは、もう見慣れた活気ある街並み。飛び交う声、道はしには様々な店が軒を連ねている。

 やっぱり正解だった。静かで品のある貴族街も素敵だったけど、賑やかなこちら側は馬車よりも自分の足で歩きたい。

 昨夜のこともあって、早くロウと会うために小走りに近い早歩きで街を突き進む。急がないと、と思いながらも、途中どうにもやはり周囲に目移りしてしまう。こちらの世界にきて大分経つけどしょうがないよね。

 

 すれ違う大勢の人の中には見慣れない、民族的な衣装の人や大きな荷物を背よった行商の人、浅黒い肌の人もいれば白人の人もいる。王都でも大部分を占める平民の暮らす街は多種多様だ。その賑わいの様子に最初は日本との違いにただただ驚くばかりだった私だったけど、今では国の大きさとか文化とか感じられるようになった。

 もちろんまだ全てに慣れきっているわけではない。それでもただの観光客からここロータスの国民に近づいてると思う。そう意識するようになったのは、もう自分の家に帰れないってそう思っているからかもしれない。

 仮にもし、こちらにきてしまったきっかけだろうと思われる、おばあちゃんの指輪が私の手に戻ってきて、それで日本に帰れるとしても、その時私はきっと迷うだろう。

 

 徐々に歩みが遅くなる。ついに足を止めた私の横手には、どこかの店のショーウィンドウがあった。

「結構、伸びたかも」

 ガラスに映る自分を見つめた。日本にいた頃は肩ほどだった髪は、今では胸まである。

 帰れたとしても、元の生活にすっかり戻ることはできないだろう。人と違うこと。様々な情報がテレビやインターネットで張り巡らされたあちらでは普通じゃないと生きづらいことを知っているから。もちろんお父さんやお兄ちゃん、友達のみんなにだって会いたい。でも好奇の目にさらされて平気でいられるほど私はきっと強くない。

 だからといって、こちらに留まり続ける理由も、今はない。

 ギュッと拳を握りしめる。伸びた爪で手のひらに感じる痛みは、これが現実だと知らしめてくるようだった。



「パンは焼きたて。まだ熱いから布で包んどくよ。それからチーズ3枚とほし肉ね。かごにナイフがあるから食べるときはパンにはさんで食べるとこれまた美味いんだよ」

「うわあ、ありがと、ラネさん」

 持ち手のついたバスケットにラネさんが私のお昼ご飯を入れてくれている。まだホカホカのパンの横に置いたチーズと肉はパンの熱で食べるときにはいい具合になりそうだった。

 私はラネさんが用意してくれる様子をお客さん用のテーブルに腰掛けながら眺めていた。

「でも急に用意してもらってごめんなさい。やっぱ、少しだけでも手伝ってこうか?」 

 歩いてリコット亭に戻ってきたのはもうすぐ店が開店という時だった。まだ人気のない店内はおいしそうな香りが充満していた。外の街並みも客寄せが立ち、匂いに釣られて店に吸い込まれていく人で溢れている。これから昼の駆け込み時だ。

「いいんだよ、ヒナも休日なんだからゆっくりしなさい。学院じゃ空いた時間には働いてるんだから、こっちに帰ってきたときまで忙しくすることはないよ」

 ラネさんがかごを私に差し出す。しぶしぶと受け取ると、やわらかく温かな手が私の頭に置かれた。

「ラネさん・・・・・・」

「食べて遊んで勉強して、そうして夜はぐっすり寝る! そうすれば1日元気に過ごせるさ」

 私より少しだけ高いところにある瞳は優しさに溢れていた。

 なにも聞かれなかった。私も普段どおりにしていたつもりでも、半日考え事をしてしまったのが顔に出ていたのかもしれない。でもそうじゃなくても彼女には分かるのかもしれない。

 ぬくもりに安堵して目を閉じた。肩の力が抜けていくようだった。閉じたまぶたの真暗な向こう側に、母や祖母の面影を見た気がして薄らと涙を滲ませた。

「・・・・・・うん。また休みの日に来るね」

「そのときはイアンも連れてきておくれよ! あの子ったらまったく帰ってきやしない!」

「あははっ、分かった。イアンもね」

 たとえ嫌がったとしても、引っ張ってでも連れてこようと決意した。



 店を出て私がロウと向かったのは街の入り口、石門だった。

「このまま学校に行ってもいいんだけど、久しぶりに外から眺めたくなっちゃって」

 王都は外の森とを区切るように石壁がそびえ立っている。唯一外へ出られるのは見張りの兵士が立っている石門で、私には想像もつかないが有事の際には、それは頑丈な城砦となるのだろう。

「今からだとあまり時間もないけど、でも私たちなら大丈夫でしょう?」

 歩きながら話す私に、答えを返してくれる人はいない。代わりに左足を服の上からぺしりと何かが叩いた。足元を見ると、横を歩くロウの尻尾が左右に大きくゆらゆらと揺れている。応えはそれだけで十分だった。

 手持ちの身分証を兵士に見せて外へ出た。すぐ外は隣街へ続く街道がまっすぐ伸びるだけで、あとは開けた平地だ。ぽつりぽつりと木々がある他は特に目立つものはなく、外へ出てたった数歩なのに王都と比べると少しだけ寂しい。

 街道沿いを歩いて数分、途中馬車が1台だけ通り過ぎた。出てきた門もすでに見えなくなっている。前方後方、周りには誰もいないことを確認すると私たちは道を逸れ、雑木林の中へと進む。

 街道の様子が見えなくなるほどに進んだところで、隣を歩いていたロウが大きく変化した。馬車を引く馬と同じくらいまでになったロウが脚を折ると、次にその背に乗るようにと私を促した。

「どこへだ」

「街を見下ろせる丘の上まで」

 ロウに跨りながらそれだけ呟く。

 王都へ初めて来た時に通った丘の上、王都を見渡せる場所。

 ロウも私の言った場所がわかったのか、それ以上尋ねられることもなく、無言で了承したというようにピンと立つ耳を震わせた。

 風が頬を刺す。ロウはひと蹴りで何本もの木々の間を通り過ぎた。大きさは馬と同じでもスピードはそれ以上だ。風と枝葉のなる音の間に、ロウの息遣いも一緒に後ろへと流れていく。

「頭を上げるなよ」

「ん!」

 私はそう一言喉を鳴らすので精一杯だった。

 走り出してすぐに雑木林からすでに木々の鬱蒼と茂る森へと景色は変わっていた。見たい、思いっきり風を感じたい! でも私はそんな風景の変化を楽しむこともなく、ただ振り落とされないようにロウにぎゅっとしがみつく。舌を噛まないように歯を食いしばった。

 昨日、馬に乗った時のことが自然と思い出される。……舌が痛みを思い出して、ロウの首元に顔をうずめながら苦く眉間を寄せた。うー、くそう。

 そんな私の葛藤にロウが気づくことはなく、ぐんぐん森を進むと、あっという間に王都を見渡せるところまでたどり着いた。

 首をもたげて、ロウが私を地面におろす。ロウはそのままの姿だ。王都からはもちろん、街道からも離れて見えないからこのままでも大丈夫だろう。

 私たちはしばらく黙ったまま、空に高くのびる山脈を背に広がる王城と王都を見つめた。


 そうして静かに佇んでいると、周りの木々から小さな光が無数に寄ってくる。まるで遊んでって言っているみたいに、私とロウの周りを飛びまわる。

「昨日、何かあったのか」

 最初に沈黙を破ったのはロウだった。

「おばあちゃんの指輪、見つかるかも、しれない」

「見つかるかも?」

 繰り返すように問われて、私はでもまだ頭の整理ができてなくて、言い淀む。私は昨日のことを思い出しながらゆっくりと言葉を並べた。

「かも。……昨日ね、指輪の噂を聞いたのよ。行方しれずの魔石、指輪が見つかったって。だからその魔石がおばあちゃんの指輪かもって思って。でも……」

「でも……?」

「魔石はね、数が少ないから国と貴族で管理しているんだって。だからもし指輪が見つかったとして、私の所には戻ってこないかも」

 そして指輪とおばあちゃんの関係次第では目の前に指輪があったとしても、手を伸ばすことすらできない。

「大丈夫だ」

 沈む私にロウが大きく声をあげた。

「指輪はヒナのものだ。もちろん菊も正当な持ち主で、契約者だったさ」

「契約?」

「以前も少し話したが、ヒナと私のような関係だ。魔石には力がある。森にいる小さな妖精たちよりずっと大きいな。でもそれは魔石の持ち主との相互関係で成り立つんだ。ヒナが私を認めて、私がヒナを認めて、そうなった時に魔石の持ち主はヒナになった。国や貴族が何を言おうとその絆はなくならん」

 地面に横たわっていた尻尾が大きく揺れる。沈んでいた光が舞いあがって、空が輝いた。

「見つけるのだろう? 菊の家族を。ヒナは確かに日本で生まれ育ったが、こちらもヒナの故郷だ。それに私もいる。ヒナはひとりじゃないさ」

「ロウ……」

 多分、ううんきっと。私は誰かにそう言ってもらいたかったんだと思う。1人じゃないと思うだけでどんなに心強いかなんていうのは、こちらにきて気づいたこと。

 ロウはそんな私の気持ちに気づいて言ってるのかは分からない。でもこれだけは言える。ロウは私にとってかけがえのない相棒だ。

「それでこれからどうするんだ? 指輪が見つかったかもしれないんだろう?」

「まずは噂について調べようと思ってる。後は、魔石について」

「噂については私も詳しく知りたいな。魔石については……」

「ロウは他に何か知ってることないの?」

「ふむ、そうだな……」

 唸るようにロウが低く喉を鳴らす。その間に先ほど周りに散った光たちが再び集まってきて、なぜかロウの尻尾に集まっていた。発光する尻尾を眺めていると、ロウが尻尾を揺らした。すると光がまたバラバラに散って、しばらくすると尻尾に光が戻って行った。遊んでるって思われてるのかも。

「こちらについて記憶していることはやはりほとんど少ないな」

「えっと、それってどういう?」

「魔石は元は小さな妖精の集まりなんだ。長い時間をかけて集まったものがひとつになって、魔石になるのさ」

「つまり、もしかしてロウは生まれたばっかりってこと?」

「少なくともヒナよりは随分昔に生まれているがな。だがこちらの記憶は薄い。覚えているのもお前の祖母である菊くらいなものだ」

 そういえば前も聞いたかも、と私は呟きながらロウの大きな体を上から下へとゆっくり眺めた。

 素早く、まるで飛ぶように森を駆け抜ける力。普段は仔犬のようなのに巨大に変化する姿は魔法以外のものではなく、私の何倍も生きてきたと言われても驚きはない。・・・・・・うん、私も随分とこちらの世界に馴染んでいるな。

「そっか、それじゃあしょうがないよね」

 言ってすぐ、私とロウの間を光が飛んだ。これで何度目か。小さな妖精たちはまた飽きずにロウに集まっている。

 その様子に目をやりながら、私はそういえば、とロウに言った。

「ロウはこっちで生まれたんだよね。どこで生まれたの?」

 自然の豊富な場所ならどこでも見られる妖精たち。自由に動き回る彼らをみると、人間のような故郷だなんて概念はあるかは分からないけれど。

「生まれたところか? あの森だぞ、最初に私たちがこちらに来た時にいた森だ」

「そうなんだ……って、あの森?!」

「そういえば話してなかったな」

「今聞いたよ!」

 つい声が大きくなる。さっき、こちらの国にも慣れて驚くことが少なくなってきたと思った矢先だ。不意とはこのことだ。そしてロウはさらに打ち明けてくる。

「ならばこのことも知らんな。菊と出合ったのもあの森で、日本へトリップしたのもあの森だ」

「は・・・・・・? ええ?!」

 二重、三重と続くロウの話に、私の頭はパンク寸前だ。私の声に驚いてか、妖精たちが周りで勢いよく跳ね上がっているけど、そんなの気にしない。

 ロウが不思議そうに首を傾げる。 

 ・・・・・・ちょっと可愛い、とか思ったけど今の私はそれよりも。

「思ったんだけど、もしかしたら。指輪のことも、おばあちゃんのことも、なにか手がかりあるかも」

 これは偶然ではなく、きっと魔法の力が関わっている。偶然はそんなに重なるものじゃない。

「だとしたら、ヒナが先ほど話していた噂と、あの森について調べれば何か分かるかもしれないということか」

「うん、噂は指輪の行方について、あの森はおばあちゃんについて繋がっていると思う」

 すごく胸がドキドキする。こちらに来て、今までもたくさんドキドキすることがあったけど、それとはまた違う。

 期待感、かもしれない。

 指輪が見つかって、おばちゃんの家族を探し出せたら、何かが変わる気がするから。

「指輪が見つかったらどうするんだ?」

「え?」

 私の心を読んだようなタイミングで問われて、私はロウを見上げた。巨大化したロウは立つ私よりも高い。そんな私を見下ろす瞳は、私と同じすみれ色。

「日本へ帰るのか?」

「それは・・・・・・」

 返答に、詰まる。改めてロウに聞かれて、私は答える事ができなかった。

 ロウの首に腕を回す。私は半分顔をその柔らかな毛に埋めながら、王都を眺めた。壮大な街並みに、遠目でも存在感のある城。背後には守り囲うように王都を抱く山脈は美しかった。

「ここへ来よう」

 私は小さく呟く。

「指輪が見つかったらここへ来よう。その後のことは、またその時考える」



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